第47話 魔法使いの杖
ミーシャが大イビキかいて寝ている脇で、俺はいつも通り杖の手入れをしていた。
軽く息を吐き、傍らに置いてあったちゅ~るを取り一口運んだ。
金属の杖は木製の杖と違って手入れは格段に楽ではあったが、いい加減にやっていいものではなかった。
「あの野郎、また過激なセッティングしやがったな。頼んだこと以上の事やりやがって」
俺は口の端を上げ、ちゅ~るを一口やった。
いってみれば、爆弾を振り回しているようなものだった。
気を抜けば暴発して終わりだ。骨の欠片も残らないだろう。
「あ、あの、一人の世界をお楽しみのところ申し訳ないのですが……」
「のわぁ!?」
俺は思わず飛び上がった。
「ご、ごめんなさい!!」
ペコリと頭を下げたのはニーナだった。
「ば、馬鹿野郎、まだ明け方だぞ。寝てろ!!」
「いえ、起きてしまって……その杖、見せて頂いてよろしいですか?」
ニーナに問われ、俺はそっと差し出した。
「……純度AAAクラスの魔硝石をこんなに。これでは、コントロールしろという方が難しいですね」
「分かるか。扱い方は半端なく難しいが、魔法の能力をフルに発揮出来る利点があるからな。それにどうも俺の魔力は標準より高いみたいでな、並みの杖じゃ三回も使えばゴミ箱行きだ」
ニーナは俺に杖を返し、自分の杖を掲げて見せた。
「……バランスは悪くねぇが、改良の余地はあるな。自信がねぇのか、マージンを取りすぎだ。お利口さんの杖より、じゃじゃ馬の方がいい働きをするぜ」
ニーナは頷いた。
「はい、正直このセッティングでも怖いのです。杖が持つ能力の半分も使っていないでしょう」
「なるほどな。俺のセッティングは、破壊力重視の攻撃魔法向けにしてあるんだが、お前は回復魔法の方が得意だったな。俺は元々回復系はあまり得意じゃねぇから、真面目に考えた事もねぇんだが……紙とペンあるか?」
ニーナは黙って紙とペンを取り出した。
「攻撃系と回復系はそもそもの性質が違う。同じ発想でやったら使い物にならねぇ。まずは基礎に置く魔硝石の属性を考えねぇとな……回復系は『水』だったか」
「はい、あと『風』の配分も重要ですね。これがおかしいと安定しません」
俺は紙に書きながら考えた。
「そうだな……ここは押さえておくとして、これに攻撃向けの要素も積み重ねていくと……構成比率はこんなもんか。あとは、お前の魔力がどの程度かだな。あまり高純度の魔硝石を使うとガス欠になるからな。こればかりは……ん?」
気がつくと、俺たちの周りをみんなが起きてキョトンとして見つめていた。
「な、なんだ、起きたのか?」
「……タンナケット、今もの凄く目が鋭く活き活きしてたよ?」
ナターシャがポソッといった。
「……み、みちゃった?」
ニーナを除く全員が頷いた。
「ば、馬鹿野郎、冗談だよ冗談。俺が分かるわけねぇだろ。猫だぞ猫!!」
俺は笑ったが、誰もなにもいってこなかった。
「な、なんかいって!?」
「……魔法使いの基本は呪文ではなく、それを生かす杖からなのです。これほどの使い手となれば、並みならぬ知識と拘りがあるとは思っていたのですが」
ニーナは小さく笑みを浮かべた。
「ば、馬鹿野郎、俺はただの魔法を使うキモくてダサい猫なの。そんな目で見ないで!?」
俺はベッドの下に潜り込んだ。
「タンナケット、半端仕事はいけません。ちょうどいいです。私の杖もみて下さい。迷宮で拾って悪くはないのですが、どうもしっくりこないのです」
俺の尻尾を引っ張ってベッドの下から引きずり出し、ナターシャが笑みを浮かべた。
「馬鹿野郎、俺の仕事じゃねぇ。あのオヤジの領分だろうが!!」
ニーナが俺をじっとみた。
「設計をお願いしてもよろしいでしょうか。これなら、安心して使う事が出来ます」
「私も便乗しましょう。タンナケットなら、下手な仕事はしないでしょうから」
ニーナにナターシャが便乗した。
「馬鹿野郎、真顔でいうな。断れなくなっちまうだろうが!!」
「……」
「……」
二人はなにもいわず、俺をただじっと見つめた。
「……ああ、俺の馬鹿野郎」
俺はデカいため息を付いた。
「なによ、今まで隠してたな……」
ミーシャが鼻ピンをかました。
「隠してたんじゃねぇ、考えたくなかっただけだぜ。まだ覚え立てで、色々調子こいてた時期があってな。よく分かりもしねぇのに、俺が教わってた魔法使いの正式な弟子に、今思えば正気とは思えんようなイカレたセッティングの杖を作っちまってな。結果は練習に使ってた原っぱどころか、村を半分ぶっとばすような大惨事を起こしちまった。それ以来、俺はうるせぇ注文は出すが、その道に通じた野郎に任せる事にしているんだ」
紙にペンを走らせながら、俺はミーシャにいった。
「それでも、今はこうして真面目にやっている。嫌いじゃないんでしょ?」
ナターシャが笑った。
「馬鹿野郎、これが嫌いな魔法使いがいるかよ。言っておくが、これは設計図じゃねぇからな。ただの落書きみてぇなもんだ。やるならあのオヤジに任せろ。まともなもんが出てくると思うぜ」
「だって。ニーナ、どうしますか?」
「はい、お願いしたのは私です。この設計通りに作ってもらいます」
ニーナは笑みを浮かべた。
「ったく、つい癖がでちまったぜ。魔法になると、加減が出来ねぇもんだ」
「……魔法使いチームが、朝から妙に団結したぞ」
ミーシャがポツッと呟いた。
「おう、オヤジ。散歩してたら妙なもん拾っちまってよ。下らねぇから笑ってやろうぜ!!」
ナターシャとニーナを連れ、俺は市場の武器屋に行った。
「なんだよ、忙しいってのに……」
ブチブチいいながら出てきたオヤジがカウンターに立つと、ニーナとナターシャが持っていた紙を広げた。
「なんだ、杖か……なに?」
オヤジの目つきが変わった。
「なっ、笑っちまうだろ。どこの馬鹿野郎だっての」
俺は笑った。
「確かに馬鹿野郎だな。まともじゃねぇ。おもしれぇじゃねぇか。つまんねぇもの作ってる場合じゃねぇ!!」
「くれぐれも、このままでお願いします」
ニーナが言った。
「あたりめぇだ。これは燃えるねぇ!!」
オヤジは二枚の紙とナターシャの杖を持って店の奥に消えた。
「おーい、どうだ?」
しばらくして、ミーシャがやってきた。
「なんか知らねぇがよ、あのオヤジがオモチャ拾ったガキみたいになっちまってよ。顔も出さねぇぜ」
俺は苦笑した。
「あーあ、マジにさせちゃったよ。こりゃかかるね!!」
ミーシャは笑った。
「ったく、こんなの俺がぶっ壊しちまった前の杖を頼んだ時以来だぜ。ムチャいって困らせようって思ったらよ、あの野郎むしろ喜びやがって。あれも大層な馬鹿野郎だぜ」
「ああ、初めてじゃないのか……」
ナターシャが苦笑した。
「あんな常識外れでわけが分からない設計図、あっさり受け取ったなとは思っていましたけどね。ニーナ、覚悟した方がいいですよ。これから出来上がってくるあなたの半身は、とんでもない暴れ馬ですから」
「それも、私の腕を見越しての事でしょう。この挑戦は真正面から受けますよ」
ニーナが笑った。
「おう、いったな。覚悟しろよ、俺に任せちまったんだからな」
「……なに、そういうバトル?」
ミーシャがため息をついた。
「バトルじゃねぇよ、魔法使い式の握手みてぇなもんだ。普通、魔法使いに杖を見せろなんて気易くいわねぇよ。喧嘩売ってるようなもんだからな。だから、なんだこの野郎って返してやっただけだ。どうやら、ニーナのお眼鏡には適ったようだがな」
「……やっぱ、バトルじゃん」
ミーシャがため息を吐いた。
「魔法使いの杖は、その力量を示す鏡なんですよ。それだけ、気になったのでしょう」
「おう、俺も試験されちまったぜ」
「大変失礼しました。うっかりこんな事をしたら、問答無用で叩きのめされますからね」
ニーナが笑った。
「お前も冒険野郎だな。いい根性してるぜ」
ミーナがふと表情を暗くした。
「あの時にこの根性があれば、助けられたかもしれないですけどね。あの混乱した頭では魔法どころでは……」
ナターシャがミーナの肩を叩いた。
「よし、俺たちはいこうぜ」
「分かった」
俺とミーシャは店をでた。
「俺はなにもしてねぇからな。這い上がる取っかかりにしたかったみてぇだからよ。ちっと協力しただけだぜ」
公園のベンチに座ったミーシャの膝の上で、俺は背中をそっと撫でられていた。
「それで、絶対に他には漏らさなかった自分の杖の秘密を大公開ってわけか!!」
ミーシャが笑った。
「使えるものは何だって使うさ。杖だけあっても冒険はできねぇ、それを使うヤツの方が大事だからな。もっとも、あえてあんな風にしている真意が読めるかは、アイツ次第だけどよ」
俺は苦笑した。
「あの子は読んでるよ。絶対、分かってて納得してる!!」
「だといいがな。それが外れてたら、次にアイツが魔法を使うとき……ドカーン!!」
「……マジ?」
俺は笑った。
「俺は甘いセッティングはしねぇぜ。こりゃ楽しみだねぇ」
「ば、馬鹿野郎!?」
ミーシャが鼻ピンした。
「冒険しようぜ。死なば諸共でよ!!」
「あ、あのなぁ!?」
俺は笑って、ミーシャの膝上で目を閉じたのだった。
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