第46話 新人加入

「ってことでだ、ちゃっかりそのまま拾っちまったニーナだ」

「はい、洗濯物ぐらいはできますので、よろしくお願いします」

 ニーナがペコリと頭を下げた。

「洗濯物ね。タンナケットが了承したくらいだからね。きっと、いい洗剤使ってくれるんじゃないのかな」

 レインが笑った。

「なるほど、ただ者じゃないってことか!!」

 ミーシャが苦笑した。

「……えっ、どこから見ても普通だけど」

 カレンが不思議そうな顔をした。

「考えてもみなよ、仲間にしてもおかしくない感じだった、アイーシャとターリカは体よくコボルトに押し付けたんだよ。不合格だから!!」

 俺は苦笑した。

「あの二人は、この迷宮を心から楽しめねぇからな。そこが一番重要だ。ぶっちゃけ、持ってる能力なんざどうでもいいんだよ。なきゃないでなんとかすんのが、冒険ってやつだろ?」

「……は、はい」

 カレンがキョトンとした。

「んでもって、三年だったか。それなりの経験者に入るが、いいことも悪い事もあってな。ナターシャ、相棒欲しがってただろう。みっちりしごいてやれ」

「全く、最初からそのつもりだったくせに!!」

 ナターシャがニーナの肩を軽く叩いた。

「よろしく」

「は、はい!!」

「……こ、怖いんだけど」

「……よ、よりによって、ナターシャとは」

 ミーシャとカレンが変な汗を掻いた。

「怖いかどうかは、ニーナ次第だな。よし、先生。気合いいれていけ。ここは変質後初めて入るフロアだぜ」

「はいはい、いわれなくても分かってるよ」

 息を吐き、ミーシャは隊列の先頭に立って慎重に歩みを進めた。

「いいね、このヒリヒリくる感覚。変な事覚えちゃったよ」

「全くだぜ。うっかり試しなんて考えなきゃよかったぜ。なっ、カレン」

 カレンが小さく笑った。

「……私をこんな風にしたのは、どこかのクソ生意気な猫ですよ。どうしてくれるんですか」

「いうじゃねぇか、その調子だ」

「なにか、皆さん楽しそうですね」

 背後でニーナの声が聞こえた。

「だからいったでしょ、バカになるって。もう手遅れですからね」

 ナターシャが笑った。

「うん、緊張してるんだかしてないんだか。これがポイントだから覚えておいてね」

 レインがポソッといった。

「馬鹿野郎、緊張なんかするかよ」

 俺は素早く杖を構えて呪文を高速詠唱した。

 ほぼ同時に、前方の三人が床に伏せた。

「フレア・バースト」

 狭い通路にど派手な爆発が巻き起こった。

「警戒はするがな。さすがに、半端なヤツが出なくなったな」

 俺は杖を回して持ち直した。

「……すごい」

「まあ、これだけで生き延びているようなものですからね」

 ポカンとしたニーナにナターシャが笑った。


「うーん……ここってそんなに複雑じゃないし、隠し通路や部屋も作りようがない構造なんだよねぇ」

「なるほど……通過階か」

 なんの面白みもない、ただ通るだけの階を通過階と呼ぶ。

 この迷宮にも何フロアもあったが、変質後はどうなったか分からなかった。

「ニーナ、直感でいい。ここはなにかありそうか?」

「ええ!?」

 驚いた様子のニーナだったが、しばらく考えて首を横に振った。

「あまりに単純過ぎます。絶対になにかあると思います」

 俺は頷いた。

「よし、先生。もう一回まわるぞ。今度は逃すなよ」

「そうだね。もう一回やろうか」

「……あ、あっさり!?」

 カレンが声を上げた。

「ああ、三年も潜ってりゃこの迷宮の癖も自然と身につくもんだ。それが導き出した直感は嘘つかねぇよ。命に関わるからな」

 俺は小さく笑った。

 一度歩いた場所を丹念に調べ直していると、ミーシャが足を止めた。

「なるほどね……こりゃわからないか」

 ミーシャは壁の一部分を指差した。

「これは、タンナケットの出番だね」

「ああ……ルーン文字か」

 俺はミーシャの肩に飛び乗り、壁に彫り込まれた文字を読んだ。

「勉強はしておくもんだぜ。楽しみが一個減るところだったな」

 俺は素早くその文字で綴られた言葉を読み上げた。

 一瞬景色が暗転し、どこか広い部屋に移動していた。

「お、お宝だ!?」

「馬鹿野郎、いきなりノーマルにもどるな。お友達がお待ちかねだぜ」

 大量の金貨を取り囲むように、数体のゴーレムが配置されていた。

 レインが剣を抜き、カレンが刀に手を掛けた。

「先生、邪魔だから退いてろ。ニーナ、いちいち固くなるな。楽しくパーティーやろうぜ」

 俺は杖を振りかざした。

 無数の光球が吐き出され、そこら中で爆発音が響いた。

「どうだ、この野郎!!」

 ナターシャとミーシャが連続鼻ピンをぶちかました。

『馬鹿野郎、真面目にやれ』

「……に、睨まないで。並ぶと怖い」

「あ、あの?」

 ニーナがキョトンとした。

「ああ、このバカ猫のイタズラです。音だけで殺傷力ゼロ。こんなもんばっか開発して……」

 ナターシャがため息を吐いた。

「ゴーレム数体相手に、この余裕ですか?」

 ニーナがポカンとした。

「あんなデカいだけのトロい野郎のどこが怖いんだ。もう終わってるしな」

「えっ?」

 俺とニーナが喋っているあいだに、ゴーレムは全て土塊に戻っていた。

「うん、魔法なら一発なのにね」

「……まあ、腕が鈍っちゃうからちょうどいいです」

 剣を抜いたままのレインと刀に手を掛けたままのカレンが笑った。

「馬鹿野郎、もっとゆっくり味わえ」

 おれは苦笑した。

「ほらね、馬鹿野郎ばっかりでしょ?」

「いやはや、噂以上でした」

 ナターシャとニーナが笑った。

「よし、お宝だー!!」

 ミーシャが金貨の山に突撃していった。


「先生、なにやってるんだよ。探せばこんだけ出るじゃねぇか」

「だって、転移の魔法絡めるのは反則だよ。罠との区別が難しいから、基本的に避けるしね」

 ミーシャが苦笑した。

「ったく、いつも通り山分けだからな。ニーナ、ラッキーだったな。いきなりお宝の山だぜ」

「えっ?」

 ニーナがキョトンとした。

「馬鹿野郎、うちの面子だろうが。こんだけあれば、なんか好きなもん買えるだろ」

「は、はい!!」

 ニーナが笑みを浮かべた。

「よし、先生に今後の行動を聞こう。どうするんだ?」

「また試験ね。このまま調子こいて進むと思ったか。ニーナのコンディションは無理に引っ張っても直らない、逆に悪化しちゃうよ。成り行きでこうしちゃったけど、まずは地下二階でしっかりケリ付けておこうか。装備もマシにしたいし、そのあとは、街で仕切り直しだね。あそこのメシも食わせておきたいし」

「上出来だ。聞いたな、まずは地下二階に戻るぞ」

 俺たちは地下五階から四階への階段へと向かった。

「そ、そんな、私は問題ないので、先に進んで下さい」

「馬鹿野郎、嘘つくならもっとマシな表情になってからいえ。ミーシャだって、同じような体験をしてるんだ。誰よりも分かると思うぜ」

「そ、そうなんですか……」

 俺は小さく笑った。

「そんなんじゃ楽しめねぇぜ。何のために進むんだか分からねぇよ。やる事済ませて切り替えるぞ」

「は、はい!!」


「おう、なんだよ。いきなり一人増えた上に全員ボロボロって、どれだけ力一杯楽しんでるんだ。治してやるから待ってろ!!」

「あ、あの、これは!?」

「……分からん、なんでか懐かれちまった水の精霊だ」

 地下四階で暴れ回り、全員それなりに怪我だらけで地下三階に戻った。

 氷の浮島を作ると同時に現れたウンディーネの力によって、俺たちの怪我は一瞬で治った。

「よし、いくぞ!!」

 ウンディーネが氷の浮島を押し、地下二階への階段へと向かっていった。

「私はここで水浴びしているけどな、上と下のフロアでなにが起きてるかくらいは分かるんだ。だから、お前たちがくるとすぐにちゅ~るを用意出来るんだな」

「……そ、そりゃ、どうも」

「だからな、この子になにがあったかも知ってるぞ。突然の事で混乱したのは分かるが、憑霊防止措置をしなかったのは大失敗だったな。階段の入り口に集めておいたぜ。私の力じゃそれが精一杯だ」

「そ、それじゃ!?」

 ニーナの顔が青ざめた。

「……やっぱりな。そんな事だろうと思ったぜ」

 俺はそっと杖を構えた。

「ここからでは魔法による浄化は出来ません。やるしかありませんね」

 ナターシャが呟くようにいった。

「だな。ニーナ、悪いが俺が預かるぜ」

 俺は呪文を唱えた。

 杖から吐き出された火球が通路の向こうに消えていった。

「いい狙いしてるねぇ。目標撃破!!」

「……お前な、そのノリはやめろ」

「あ、ありがとうございます」

 ニーナが小さく息を吐いた。

「こればっかりはな……。一回低級霊に憑依されちまうと、浄化するか体をぶっ壊すしかねぇ。いずれにしても、元の形には復元できねぇんだ。確かに預かったぜ。安心しろ」

「は、はい……」

 ニーナの体をナターシャが支え、ミーシャが俺に鼻ピンした。

「なに格好付けてるんだかねぇ、はいおいで!!」

 俺は黙って、ミーシャに抱かれた。

「カレンも撫でとけ、なんでか最近懐きやがったからな。この人嫌いの野良猫野郎!!」

「……は、はい!!」

「おい、可哀想に一人浮いちまったな。よしよし、私が抱っこしてやろう!!」

「え!?」

 珍しくレインが狼狽した。

「遠慮すんな!!」

 ウンディーネはレインをとっ捕まえ、そのまま抱きかかえた。

「な、なんです、これ……」

 ニーナが吹きだした。

「いったでしょう、馬鹿野郎だって!!」

 ナターシャが笑った。

「おう、ちゅ~るもあるぞ。食ってくか?」

「な、なんで!?」

 慌てるレインがよほど笑えたのか、カレンが吹きだした。

「……だ、だっせぇ!!」

「だ、だって、これどうするの!?」

 レインはバタバタ暴れ続け、カレンは腹を抱えて笑ったのだった。


「さて、いい感じで力が抜けたところで、残り気合い入れていくぞ」

「よし、いこうか」

 ミーシャを先頭に地下二階フロアを進み、コボルトの店へと続く通路前で止まった。

「どうする?」

「聞かなくたって分かるだろ。今のニーナはなに食ったって美味くねぇよ。余計なことしねぇで、真っ直ぐ街に帰るぞ」

 ミーシャが小さく笑みを浮かべた。

「そもそもロクに食えないか。そうだね、次にしよう」

 ミーシャは進みはじめ、そのまま地下一階へと上がり、順調に地上一階に出た。

「まあ、邪魔なので……」

 ナターシャが魔除けの結界を張った。

「よし、なるべく急ぐぞ。変な罠踏むなよ」

「そりゃタンナケットだよ。落ち着け」

 ミーヤシャが苦笑した。

 無事に迷宮から出ると、俺たちは馬車で街に向かった。


「さて、誰がダサいのかな?」

「……あわわ!?」

 ボロ宿に着く早々、レインがカレンを引きずって外に出ていった。

「……実は、あのレインが一番怖いんだ」

「まあ、半殺しくらいじゃないですか」

 ナターシャが笑った。

「まあ、いいや。アイツらの問題なんざ知った事じゃねぇ。ここが俺たちが使ってるボロ宿だ。うっかりクシャミするなよ。ぶっ壊れかねん」

 俺はニーナに向けて笑った。

「は、はい……私もここでいいのですか?」

 ニーナが聞いてきた。

「好きにしていいぜ。こんなところでよければな。誰かしらいるだろうから、暇つぶしにはなると思うがな」

 俺は苦笑した。

「最初はこの部屋に俺とミーシャだけだったんだぜ。もし、ニーナがここに落ち着くなら、やっと定員ってところだな」

「思えば大所帯になったねぇー!!」

 ミーシャが笑った。

「は、はい、差し支えなければ……」

 ニーナが頷いた。

「分かった。ベッドは好きな場所を勝手に占領してくれ。街にいるときは、好きにやっててくれ。変な事だけしなければな!!」

 俺はミーシャを睨んだ。

「……ま、まだ怒ってるの?」

 ミーシャが頭を掻いた。

「は、はい、ごめんなさい。少し休みたいです。気が抜けてしまって……」

 ニーナがグッタリ呟いた時、ナターシャが素早く呪文を唱えた。

 コテッとベッドに転がったニーナを見て、俺はナターシャにいった。

「基本的には任せるぜ。何でも身近に話せる存在が必要だろう。俺やミーシャじゃ、多分信じてくれねぇしな」

「はいはい、そんな事はないと思いますが。やっとできた相棒候補なので、育ててみますか」

 ナターシャは笑った。

 ベッドの上に胡座をかいたミーシャに近寄り、俺はそっと目を閉じた。

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