第45話 大休止の出会い

「んでよ、俺がメシ食ってたらよ、ミーシャの野郎が……」

「テメェ、それは話すんじゃねぇ!!」

 ミーシャが俺の首根っこ掴んでぶら下げた。

「……調子こいてるとぶっ殺すよ?」

「……ご、ごめんなさい」

 カレンが吹きだした。

「タンナケット、あれだあれ!!」

「……ふん、あれか」

 俺は爪を出し、ミーシャに猫パンチをお見舞いした。

「ぎゃあ!?」

「……忘れちゃいけねぇ、俺は猫だぜ」

 ミーシャが俺に鼻ピンを叩き込んだ。

「この野郎、妙に仲良くなってんじゃねぇ!!」

「……痛い」

 ミーシャが俺を床に放り出した。

「頭にきた。あの話しをしてやろう」

「だ、ダメ、嫌われちゃう!?」

 ミーシャはカレンの耳元に口を当て、口早になにかを語った。

「……そ、そんな」

 カレンは目を見開いた。

「……惚れたぜ兄貴。そうじゃないとな」

 カレンが赤面した。

「あ、あれ、なんで!?」

「……やはり、こいつの感性は分からん」

「やれやれ、変な弟子だよ」

 レインが笑い、カレンの肩にそっと手を乗せた。

「よし、僕がもっと面白い話しをしようか。ゴニョゴニョ……」

「……な、なんと、どこまで面白い!?」

 カレンが妙な視線を向けた。

「……で、弟子にして下さい!!」

「……隣に比較的まともな師匠がいるぞ。俺なんか師匠にしたら、面白くなっちまうぜ」

 俺は苦笑して杖を構えた。

 レインも軽く剣に手をあて、ナターシャは読んでいた本を置いた。

「ど、どうしたの?」

「……敵ですか?」

 ミーシャが慌て、カレンが刀に手を掛けた。

「まあ、ミーシャが嗅ぎつけねぇのもカレンが気がつかねぇのも無理はねぇ。敵意はねぇからな」

「うん、むしろその逆だね」

「さながら、救難信号といったところですか」

 ナターシャが床に小さな魔法陣を描いた。

「全員で当たるぞ。相手は一人、かなりひでぇ目に遭ってる。なにがあっても、無駄にデカい声は出すな」

 ミーシャとカレンが頷いたとき、すぐ近くの階段から誰かが下りてくる足音が聞こえてきた。

 力なく俯いて現れたのは、ミーシャより少し上くらいの黒髪を肩くらいで揃えた少女だった。

 着ている服はボロボロで申し訳程度の皮の胸当ても痛んでいたが、これだけはという感じで杖だけはしっかり握っていた。

「よし、回収しろ。そっとだぞ」

 レインとナターシャがそっと少女を両脇で抱え、床の魔法陣に寝かせた。

 すかさずナターシャが呪文を唱え魔法陣が光ると、どこか正体を失っていた少女の目に生気が戻ってきた。

「あ、あれ……ここは?」

「ああ。迷宮の地下五階だ。どこでやられた?」

 俺が聞くと、少女は小さく頷いた。

「地下二階で……私だけちょっとした用事で、少しだけみんなと離れたらいきなり……なにが起きたか」

「……罠か。うっかり引っかかったな」

 ミーシャが息を吐いた。

「その混乱した状態で、よくここまできたもんだな。向かう方向を間違えちまったみたいだが、そりゃしょうがねぇな。まあ、残りもので悪いがメシでも食え。少しは落ち着くだろうぜ」

 少女は頷いてゆっくり身を起こした。

 ミーシャとカレンが支えて床に座らせ、レインがメシを乗せた皿を差し出した。

 少女はゆっくりそれを食って、一息吐いた。

「ここで、こんな美味しいものが食べられるとは……」

「まあ、どんな魔法より効くだろ。ゆっくり食え」

 俺は笑った。


「よし、ちっとはマシになったな。俺たちはこれから寝るところだったんだ。すぐにでもっていってやりてぇが、ペース配分があってな。起きたら地上に送り返すから、まずは寝てくれ。無理でも横になってくれ」

「は、はい……」

 少女は自分の寝袋を広げ、そっと潜り込んだ。

「おいおい、杖はちゃんと持ってろ。飾りじゃねぇんだからよ」

「えっ!?」

 少女は一度手放していた杖を慌てて手に取った。

「……そこそこ腕が立つ魔法使いか。みりゃ分かるぜ」

「腕が立つかは分かりませんが、少しだけ自信はあります」

 ここにきて、少女は少し笑みを浮かべた。

「腕があるヤツは大体そういうもんだ。あとは安心してくれ。コイツらは馬鹿野郎だが、囲まれてりゃ安全だ」

「あ、あの、寝ないのですか?」

 俺は笑った。

「俺が寝ちまったら、誰が見張りやるんだよ。気にするな」

「そ、そういわれても……」

 ナターシャが小声で呪文を唱え、少女はそのまま眠りに落ちた。

「いい仕事するじゃねぇか」

「まあ、こういう役割なので」

 ナターシャは静かに寝息を立てはじめた。


 どれくらい経ったか、ナターシャがそっと起き出すと、少女もゆっくり目を開けた。

「あ、あれ……いつの間に」

「疲れていたんだろう。コイツらが起きたら、地上に転送するぜ。もう少し待ってくれ」

 少女は俯いて考え、思い切ったように俺をみた。

「猫のパーティーの話しは、街で聞いていました。一度お会いしてみたかったのですが、まかこんな形で……」

「まあ、なにがあるかわからんさ。だから、こんなバカな事がやめられねぇんだがな」

 俺は小さく笑った。

「はい……私も懲りないバカなので。仲間を一気に失ってしまい、途方に暮れていたのですが、やはりこの迷宮の謎を追究したいのです。仲間に入れて頂けないでしょうか?」

 俺は笑った。

「馬鹿野郎、それならうちじゃダメだぜ。迷宮の謎を追究しようなんざ、これっぽっちも考えちゃいねぇからな。楽しいから潜る。それだけだぜ」

「まあ、オススメはしませんよ。本気でバカになりますから」

 ナターシャが笑った。

「それもいいかと思ったのです。三年潜り続けて楽しかったのですが、どこか物足りなかったのも事実です。邪魔だと思ったら切り捨てて頂いて構いませんので」

 少女は微かな笑みを浮かべた。

「生憎、迷宮にゴミを捨てていく趣味はないぜ。名前は?」

「ニーナです。攻撃魔法も使えますが、どちらかというと回復系統の方が得意ですね」

「あら、いいこと聞いた」

 ナターシャが笑った。

「このパーティはバカだらけだから、生傷が絶えないのです。回復手が多いに越したことはありません」

「おいおい、バカにすんなよ。手遅れかもしれねぇが」

 俺は笑った。

 こうして、俺たちのパーティにもしかしたら馬鹿野郎が一人増えたのだった。

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