第44話 タンナケットの大乱調と復帰
「だから、何度も言わせるな。俺はもう迷宮には潜らねぇ。テメェの我が儘で、お前らを巻き込むわけにはいかん」
俺はボロ宿のベッドに乗り、静かにいった。
「そうなると、私たちは自然解散になりますね。タンナケットなしで迷宮に潜るほど、私たちは無謀ではありませんから」
ナターシャが笑みを浮かべて答えた。
「俺の代わりなんて探せばどっかにいる。なにも、一番出来るとは思っちゃいねぇよ。一時的かもしれねぇが、こんな欠陥抱えた魔法使いなんて害にしかならねぇ。普段、お前らに厳しい事いってるんだ。テメェだけ甘くするわけにはいかねぇ。むしろ、もっと厳しく判断するべきなんだ」
俺は黙っているカレンをみた。
「悪いな中途半端で。バカをやるにも資格が必要なんだ。あの迷宮は、甘くねぇからな。隙をみせたら一瞬でやられる。そうと分かって、俺がみすみすくれてやるわけにはいかねぇんだ」
「……タンナケットの代わりがいる。ふざけるな!!」
カレンが怒鳴った。
滅多にないので、大体動じないレインですら驚きの表情を浮かべた。
「ふざけちゃいねぇ。マジの話しだ。いつ戻るかも分からねぇのに、お前らを付き合わせるわけにはいかねぇ。敵の攻撃魔法に反応出来ねぇ魔法使いなんざクズ以下だ。大したことねぇヤツだったから、数秒遅れでナターシャが対応出来たが、あれがまともな相手ならお前らはここにはいねぇぞ。そんなゴミ以下の魔法使いなんざ俺が許さねぇ」
「カレン、このパーティの採用基準は何気に厳しいんだ。自分がその基準から外れた以上、もう一緒に行動できない。と訳しておこうか」
レインが小さく息を吐いた。
「……なんですかその基準。どこか故障したら、支え合うと聞きましたが、それでも納得できないんですか?」
カレンが静かにいった。
「支え合うのと寄りかかるのは違うぞ。勘違いするなよ。俺はお前らが嫌いでいってるんじゃねぇよ。その逆だからの判断だ。俺が足引っ張って全滅してみろ。俺はクズ以下に成り下がってるから仕方ねぇが、巻き添えなんて食わせたら目も当てられねぇ。俺がまだミーシャとやってた頃、不調を承知で無理をして何度ヤバい事になったか。馬鹿野郎でもいい加減学習はするさ」
「……承服できませんね、到底。皆さんも文句の一つくらいいったらどうなんですか?」
カレンが黙っている全員に声を掛けた。
「まあ、みてなって。そろそろ電池が切れるから!!」
「……えっ?」
ミーシャの言葉に、カレンがキョトンとした。
俺は小さく息を吐き、ベッドにそっと丸くなった。
「……」
「ほら、大人しくなった!!」
「……ど、どうしちゃったの!?」
ミーシャが笑った。
「今回は折れるの早かったよ。相当堪えてるね!!」
「……もしかして、強がり?」
ミーシャが笑った。
「まあ、似たようなもんか。基本的に臆病だからさ、いうこといっとかないと気が済まないのよ。全部吐き出しちゃえばこれ。この程度だったって事は、よっぽどショックだったね。これは……」
「……は、早くいって!!」
カレンが慌てて俺を抱きかかえた。
「……ごめんなさい。こうするべきだったのです」
「……間違っちゃいねぇよ。どいつもこいつも、慣れすぎてまともに聞いてくれねぇからな」
俺はため息を吐いた。
「そんじゃ、明日も遊園地で遊ぶぞ。あんなところで、遅れをとるような私たちじゃねぇし!!」
「……そ、それは、あまりに可哀想」
ミーシャの声にカレンが反応した。
「タンナケットがちょこちょこいうけど、もしなにかあったら私が引っ張る事になっているんだ。まっ、コイツほど上手くはないけどさ!!
ミーシャが笑った。
「よし、休憩するぞ!!」
ミーシャが元気に叫び、俺たちは息を吐いた。
「タンナケットも戻って来たじゃん!!」
「どこがだ、詠唱ミス三回だぞ。悪化してる」
俺はため息ついた。
「ただの嫌みじゃ。このヘボ!!」
「……そりゃどうも」
俺は床に丸くなった。
それをカレンが拾い上げた。
「……いいじゃないですか。采配は見事です」
「こんなののいうことを聞く方がどうかしてるぜ……」
俺は軽く目を閉じた。
「魔法使いの替えはいくらでも利くのですが、こればかりはなかなか」
ナターシャが言った。
「うん、そういうこと。このやり方に慣れちゃってるから、交代されるとねぇ」
レインがいった。
「どうだ、オンボロ猫。少しは価値が分かったか!!」
ミーシャが鼻ピンした。
「魔法がオンボロな魔法使いってなんだよ。意味あるのか?」
「どうでもいいわ、そんなこと。必要ならどっかからパクってくるから!!」
「……パクるなよ。怒られるから」
「さっさと直りやがれ、地下五階の探索しねぇと気持ち悪いんだよ!!」
「だから、俺なんて……」
「いくぞぉ、麻痺させてやれ!!」
全員が立ち上がった。
「今回は直るまで街に戻らん。監視もしっかりしとけ。また逃げると面倒だ!!」
カレンが抱きかかえたまま、ニッコリした。
「……お、お前が監視かよ。ブチ殺されるかも」
「……さぁ、どうでしょうか。無駄な血は流したくないですね」
カレンが俺を力強く抱きしめた。
「……お、終わったかも?」
「……逃げなきゃなにもしません。ガンガン行きましょう!!」
というわけで、本気でひたすら地上一階を周り続けた。
「馬鹿野郎、俺だって魔力が底なしなわけじゃねぇぞ」
さすがにへたばって床で伸びていると、ミーシャが笑った。
「なんだ、このくらいでへたばったか。いつものアレはどうした!!」
「……お疲れさまです」
カレンが俺を拾い上げた。
「……お前、ミーシャにブチノメされるぞ」
「……大丈夫です。おかげで仲良くなれましたから」
カレンが小さく笑った。
「……甘いな。あれはそう簡単には気を許さねぇぞ」
俺は小さく笑った。
「カレーン、今はいいけどどさくさに紛れて、私の猫を取るなよ!!」
「……」
「……今俺を抱かせてるだけでも上出来だ。大したもんだぜ」
俺は小さく息を吐いた。
「やっと、信じる気になったかね。カレン、アイツは重いぞ」
「……え、ええ!?」
カレンは俺を強く抱きしめた。
「今度はこっちかよ。俺も忙しいねぇ」
「よし、いくぞー!!」
ミーシャが元気よく叫んだ瞬間、レインとナターシャがゲンコツを落とした。
「……」
「それはダメだね。常にパーティー全員のコンディションには気を配る事」
「タンナケット代行にしては、ショボいですね」
レインとナターシャが笑った。
「む、向いてないんだって。あの猫のマネが出来るか!!」
ミーシャが怒鳴った。
「だってさ」
「大変だこと」
レインとナターシャが笑みを浮かべた。
「……ったく、どうあっても引退させねぇ気だな」
俺はため息を吐いた。
「もういい、一回帰るぞ」
俺の声に全員が頷いた。
俺はため息を吐いた。
「ほら、行くぞ。疲れた!!」
俺たちは馬車で街に戻った。
「さて……悪ぃな。自分で納得できないコンディションで、迷宮に潜るわけにはいかねぇんだ」
皆が寝静まった深夜、俺はそっとベッドから下りた。
「感覚が戻ればまたくる。待ってろとはいわねぇが、どっかで会おうぜ……」
俺はボロ宿を出ると、乗り合い馬車乗り場に走った。
奇跡としかいいようがないが、俺が生まれた田舎へ向けて一本だけ深夜急行便が存在した。
それの出発間際、馬車の扉が閉まる間際に文字通り飛び込んだ。
馬車が走りだし、街から抜けて速度が増すと俺はため息を吐いた。
いきなり首根っこ掴まれ、ぶら下げられた。
「……ほら、きた」
「か、カレン!?」
カレンは小さく笑った。
「……部屋には書き置きを残しておきました。通常通りの行動パターンなら、もうミーシャが気がついていますね。みんなで猛追している頃でしょう」
「……なんで分かったんだよ」
カレンが笑った。
「……私もボンヤリしているわけではありません。最後にとるタンナケットの行動は簡単に読めました。あえて途中で阻止しなかったのは、簡単には逃げられないよって思い知らせておこうかなと」
カレンは笑みを浮かべた。
「……いつまでも待ちますよ。だから、どこかいかないでください。今のパーティーが好きなのです。タンナケットが抜けてしまったら、バラバラになってしまいます。私はそれをどんな手を使ってでも阻止しますので」
「……おっかねぇな」
俺は苦笑した。
「しっかし、バカだねぇ。これ急行便だぜ。夜明けまでは止まらねぇぜ」
「……ご心配なく。馬にエサや水を与えるために、あと三十分くらいで到着する街に停車します。その頃には追いつくでしょう」
カレンは小さく笑った。
「ったく、どうあってもこうしてぇみたいだからよ。しらねぇからな」
「やっと諦めたか!!」
迷宮入り口で、ミーシャがいった。
「うん、やっと落ち着いたね」
「今回のファインプレーはカレンでしたか」
レインとナターシャが笑った。
「ったく、俺には引退する自由もねぇのかよ……」
「おうよ、死ぬまで働け!!」
ミーシャがいった。
「この野郎、頭にきた。テメェらから楽しみを奪ってやる。地下五階まで直行だ」
「望むところだ、この野郎!!」
ミーシャはクリップボードを手にした。
「じゃあ、いくよ」
ミーシャを先頭に、俺たちは久々に地下一階に下りた。
「変異なし。このフロアは問題ないね」
「頼むぜ。また妙なのにかかるなよ」
地下一階を問題なく抜け、地下二階に入ると、ナターシャが呪文を唱える機会が増えた。
「おい、先生。なにやってやがる。さっきから沈黙しやがって」
「……見抜けないんだ。こんな事、滅多にないのにな。私まで故障したかな」
ミーシャが頭を掻いた。
「問題ありません。呪術系は私が見抜きます。その他の罠に注意を」
ナターシャがいった。
「了解。ここはその呪術系がメインかもしれない。単純な機械式は今のところないから」 ミーシャの声と共に、俺は杖を構えた。
前方にいた三人が退き、俺は呪文を唱えた。
飛び出した炎の矢は、通路の先に飛んでいって爆発した。
「……これだけ複雑なら術者がいると思って神経尖らせていたんだが、どうもそれっぽいいのがいてな。当たりか?」
「はい、当たりですね。変な魔力の流れは消えました。戻ったみたいですね」
「どうだかな。イマイチ信用できん」
俺は苦笑した
「全く、この猫は……よし、いくよ」
ミーシャは小さく笑い、ゆっくりと歩きはじめた。
「忘れちゃいなかったんだがよ……」
「そ、そうだった……」
地下三階で氷の浮島を作った途端、ウンディーネが顔を出して手招きした。
俺とミーシャが浮島に飛び乗ると、いつも通りちゅ~るを出そうとして引っ込めた。
代わりに、俺に手をかざすと、そっと目を閉じた。
「な、なんだ!?」
俺の体が光に包まれ、若干残っていた違和感が綺麗に治った。
「……な、なに、治療?」
ウンディーネが笑みを浮かべ、親指を立てた。
「よう、相棒。派手にやってるな!!」
「しゃ、しゃべったぞ!?」
「こ、これで二回目だ!?」
ミーシャが俺を強く抱きしめた。
「わ、私より上手ですか。さすが、精霊……」
ナターシャが頭を抱えた。
「うん、相棒ね」
レインが吹きだした。
「……こればかりは、何度みても凄い」
カレンが目を丸くした。
「おい、なにシケた面してんだよ。そうじゃねぇだろ、お前はよ!!」
「ますます喋った!?」
「しかも、言葉使いが微妙に悪い!?」
「こんな場所を楽しみにきてるんだろ、嫌いじゃないぜ。なにクソ真面目になってやがるんだ。少々悪くたってそんなもんくそ食らえだろうが、馬鹿野郎!!」
「……こ、こんな子だったの!?」
「……あわわ!?」
「さっさとくれば一瞬で治してやったのによ。馬鹿野郎の癖に妙に慎重になりやがって、上でネチネチやってるからよ。時間の無駄なんだよ。もったいねぇ事しやがって!!」
「……ご、ごめんなさい」
「……な、なんてこった」
ウンディーネは浮島を押し始めた。
「いいんだよ馬鹿野郎で。なにビビってやがる。そんなじゃ怪我じゃ済まねぇぜ。心から楽しめ。それが本望だろ!!」
地下四階への階段で別れ際、ウンディーネが親指を立て、片目を閉じた。
「ちげぇねぇや。よし、馬鹿野郎ども。地下四階からは魔物だらけだ。暴れてやろうじゃねぇか!!」
「……やっと、出番ですか」
「うん、そういうこと」
カレンとレインが笑った。
「よし、先生。頼んだぜ」
「いわれるまでもなく。いくよ」
ミーシャを先頭に階段を下り、俺はいきなり杖を構えた。
三人が待避した瞬間、俺は特大の火球を放った。
「いきなり歓迎だぜ。楽しくなってきやがったな」
「カレン、もう三歩右だね。次にミーシャが立つ位置だ」
「……は、はい」
「最短コースいくよ。ここは探索済みだから」
ミーシャがクリップボード片手に、三歩分右に移動した。
「いくよ。ここは罠がないはずだしね」
すっとミーシャが身を動かした瞬間、カチンと刀の音がした。
「……なにか飛んできたので斬ったのですがなんです?」
「知らねぇ、もう関係ねぇさ。いくぞ」
俺たちは地下四階を歩きはじめた。
「レインは右、カレンは左、先生は邪魔だ。ナターシャ、結界でスライスしてやれ!!」
こんな調子で戦闘を繰り返し、勢い任せで突き進んだ俺たちは、あっという間に地下五階の階段に到着した。
「よし、ここを下りたら大休止をとる。気合い入れ直すぞ」
おれの言葉に全員が頷いた。
「よし、先生どうだ?」
「そうだね。この前徹底的に罠を解除したから、特に問題はないね」
ゆっくりと階段を下りると、そこには珍しい事に別パーティが陣取っていた。
「どうした?」
「ああ、あんたらが噂の……そこの階段で毒を食らった。もうもたねぇ」
そのアンチャンは額に汗を掻き、床に横に横にしたもう一人の兄ちゃんを指差した。
「ナターシャ」
ナターシャは素早くアンチャンを診て、呪文を唱えた。
「お前も食らってるぞ。その顔色まはまともじゃねぇぜ」
「よく分かったな。それで、他の連中と別れたんだ。足手まといになるからな」
アンチャンが小さく笑った。
「まあ、俺だったら置いて先に進むより抱えて帰るがな。人の主義に口を挟む気はねぇよ。ナターシャ、どうだ?」
「だいぶ侵されています。通常の回復魔法では厳しいですね」
ナターシャは額の汗を拭った。
「じゃあ、通常じゃねぇやつをぶちかませ。どうせほっといても死んじまうからな」
「いいましたね。責任はタンナケットですよ」
ナターシャは小さく笑みを浮かべ、改めて呪文を唱えた。
「これは少ないが取っておいてくれ」
「金か。いらねぇよ」
アンチャンは苦笑した。
「借りを作りたくないだけだ。取っておいてくれ」
「そういうことなら、もらっておこうか」
すかさずミーシャが俺の財布を取り出した。
「ふぅ……解毒完了。どっかの猫のせいで、しばらく目眩と吐き気がするかもしれないですね」
ナターシャが小さな笑みを浮かべた。
「死ぬよりマシだ。こっちも頼む」
「はいはい、こっちは大した事ないわね」
もう一人のアンチャンの解毒も終わった。
「助かった。今ならまだ追いつけるだろう。またどっかで会おう」
「今度は、まともな時にな」
床に倒れていた兄ちゃんを担ぎ、解毒を終えたアンチャンは先に進んでいった。
「よし、こっちは大休止だ。支度しようぜ」
それぞれが寝袋を広げ、レインがメシを作りはじめた。
「まっ、この時間がねぇと生きてる意味を感じねぇや」
「……冒険野郎だから!!」
そばにいたカレンが小さく笑った。
「分かってきたじゃねぇか。いいか悪いか知らねぇがな」
俺は笑ったのだった。
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