第41話 重傷のタンナケット
カレンがピクッと動いた。
「ああ、動くな。用事があるのは俺だ」
俺は杖をカレンに手渡した。
「えっ?」
「うっかり変な風にされると困るからな。預かっていてくれ」
病室に警備隊員がやってきた。
「はいよ、ずいぶん遅かったな。職務怠慢だぜ」
俺は警備隊員に地下よった。
「……第五百六十七条、街中での不用意な攻撃魔法の使用を禁ずる。やってくれたね」
ミーシャが窓の外見ながらいった。
「……ええ!?」
カレンが声を上げた。
「……まっ、ある程度黙認状態なんだけど、病室一個ぶっ飛ばしちゃったらね。なに考えてるのよ。私が少々怪我したって、治療すれば済む話じゃない」
ミーシャは窓の外をみたままだった。
「さぁね、なんでだかね。思わず手が出ちまったぜ。俺も甘いねぇ」
「いいからいってこい」
「へいへい。カレン、あとはミーシャに従え。俺は戻れるか分からんからな」
「……な、なんで!?」
「……よければ説教食らってぶん殴られる程度だけど、場合によっては街からの追放もあるからね。今までの功績も考慮されるけど、この街の領主は厳しいことで有名だから分からないよ」
相変わらず、ミーシャは外を見たままだった。
「まっ、そういうこった。どれ、お勤めしてくるか」
「……ま、待って!?」
俺はカレンの声は聞こえなかった事にして、警備隊員と共に病院をあとにした。
病院は街の中心に近いところにあり、警備隊の詰め所もまた近くにあった。
「ふん、いつ見てもショボいな……」
まあ、こんなもん立派にしても意味ないが、質実剛健とは聞こえがよく、要するに飾り気のないボロい建物だった。
その中にある取り調べ室とでもいうところに入れられ、俺は事情を説明した。
「なるほど、状況は分かりました。正当防衛とでもいうべき状況ですが、やはり攻撃魔法となると……」
「歯切れ悪ぃこといってんじゃねぇよ。やっちまったもんはやっちまったんだ。どんな事情であれな。言い訳なんかしねぇし、この街の法がそうだっていうなら従うさ。面倒だから、処理を急いでくれ」
「わ、分かりました……」
取り調べに当たっていた警備隊員は、そそくさと部屋を出ていった。
「んだ、あの体たらく。あんな弱腰じゃナメられちまうぞ」
俺は思わず苦笑した。
「ああ、忘れていました。必須アイテムのカツ丼です」
「……ああ、そう。確かに必要だな」
とりあず、せっかくなのでカツ丼を食うことにした。
「あのうっかり野郎、茶も置いていかなかったぜ……」
まあ、出されても熱々は困るが、なければないで困るものだ。
なにか口の中をモゾモゾさせていると、さっきのうっかり野郎が戻ってきた。
「あの、これは別件なのですが、攻撃魔法と思われるもので家屋か一件破壊されていまいて、犯人の目撃情報が錯綜しているのですが、共通している事がありまして、二足歩行の猫がいたと……心当たりは?」
「ああ、そうじゃねぇか。どうも、このところ甘くてね」
俺が苦笑すると、うっかり野郎は頷いた。
「これは、残念ながら情状酌量の余地がありません。そのまま審議に掛ける事になります。合わせるとそれなりの処罰になる可能性があります」
「だろうな、気が済むまでしっかりやってくれ。言い訳なんざしねぇよ」
「分かりました。ご協力感謝します」
うっかり野郎は出ていき、入れ替わりに入ってきた警備隊員に付き添われて部屋を出た。
「ったく、感謝されちまったぜ。どこまでも締まらねぇ野郎だ」
俺は苦笑した。
処罰が決まるまでは、警備隊の詰め所に留め置かれる事になる。
別にこれといった事の部屋に放り込まれ、俺はため息を吐いた。
「……どう考えても、ぶん殴られるくらいじゃ済まねえな。分かってるけどよ」
軽くを目を閉じていると、部屋の扉が開けられた。
「おう、面会だってよ!!」
「……今度はまた、ノリが軽いな」
俺は苦笑して部屋をでた。
「ああ、タンナケット!!」
やってきたのは、カレンだった。
「他の連中はどうした?」
「……そ、それが、行方が分からなくて」
「あいつららしい。そのうち、ボロ宿に戻ってくるさ。ミーシャも今日中には動けるようになるだろう。全員集まった時点で、ミーシャを中心に今後を考えろ。俺はいないものと思え」
「……そ、それじゃ!?」
「まあ、まだ分からんが、二件重なっちまったらな……」
「……えっ、二件!?」
「……いけね」
カレンが目つきを細くした。
「……なにか、隠していますね?」
「なにもねぇよ。お前が気にする事じゃねぇさ」
カレンが僅かに鞘から刀の刃を覗かせた。
「……抜かせないでくださいね」
「こ、こら、ここでそんなもん抜いたらシャレにならん」
ここは詰め所の面会室だ。
こんな場所で物騒なものを抜いたら、それこそシャレにならない。
「では、包み隠さず話して下さい」
「断る。これは俺の責任だ。斬りたきゃ斬れ」
俺はカレンの目を見た。
強気だったカレンの目が、急速に勢いを失っていった。
「……」
「俺にメンチ切って勝とうなんざ十年早いぜ」
俺は笑った。
「まあ、いい子にしとけ。騒ぎ起こすなよ!!」
「……絶対何とかします。例え悪鬼羅刹になろうとも」
どす黒いオーラを漂わせ、カレンは部屋を去っていった。
「……あいつ、勢い余って何人か殺っちまわなねぇだろうな」
背筋に寒いものを感じつつ、俺は肩をすくめた。
処罰が決まるまでは、通常は長くても三日程度だ。
「……それでいい。誰もくるなよ」
最初にカレンがきたきり、誰も面会にはこなかった。
さすがに勘がいい。
俺だって、もう処罰は大体察しがついていた。
「さて、田舎暮らしの野良猫に戻るかね。それも悪くないぜ」
うっかり野郎が手荷物を預かるのを忘れたため、あの日買った魔法書が手元にあった。 まあ、暇つぶしにはちょうどいい。
そんな難易度の魔法だった。
「おいっす、面会だぞ!!」
「お前、その軽さなんとかしろ」
反射的に怒鳴っていた。
「いいじゃねぇか、早くしろや!!」
「うるせぇ、今行くよ」
面会室に行くと、またもカレンだった。
「なんだ、ミーシャはまだダメか?」
「……はい、酷く落ち込んでしまって」
カレンがため息を吐いた。
俺は苦笑して、読みかけの魔法書を手渡した。
「アイツに勉強しておけっていっとけ」
「えっ?」
カレンが声を上げた。
「アイツもそれなりに資質を持っていてな。でも、俺がいるからって勉強しやがらねぇんだ。このくらいの魔法なら、余裕で使えるはずだぜ」
「……自分で渡せ!!」
カレンが怒鳴った。
「……な、なんか変な事いった?」
「……馬鹿野郎、好き勝手な妄想で遊ぶな。このボケナス!!」
「……お、落ち着け。な?」
カレンはいきなり刀を抜いた。
「ば、馬鹿野郎!?」
取り押さえにきた警備隊員を蹴り倒し、その切っ先を俺に突き付けた。
「……今度ナメた口利いたら、真っ二つするぞ。分かったか!!」
「わ、分かったから!!」
カレンは逃げるように、部屋から立ち去った。
「……おっかねぇヤツ。ナメたこといったか?」
変な汗をかきながら、俺は小さく息を吐いた。
翌日には俺の処罰が決まった。
「おいおい……」
病院の騒ぎは襲撃してきたバカ共の仕業とされ、家屋をぶっ壊した事は嫌疑不十分とされ無罪放免となった。
「いくらんでも……」
困惑していると、警備隊の迎えがきた。
「おう、なんか領主の馬鹿野郎が用事あるってよ!!」
「お前も馬鹿野郎だ!!」
なんの用事だかしらねぇが、何度かしか会った事のない領主の呼び出しだ。
どことなく警戒しつつ、俺は馬車に乗った。
領主の館は、この近所といっても差し支えなかった。
「よし、着いたぜ!!」
無駄に豪華な領主の館の中を歩き、広い部屋に入るとそいつはいきなりクシャミをした。
「猫の毛アレルギーでね。この街の猫はすべからく処分してるのだ」
「テメェのアレルギーには同情するが、俺たちには関係ねぇよ」
全身が総毛立つのを感じたが、今は杖がない。
「……苦手だが、そうもいってられんな」
「以前から目障りだったのだがな、優れた魔法の使い手で街にも多大な貢献してもらっていたからな、どうしても追放処分には出来なかったのだ。まあ、これを期に『事故死』してもらおうと思ってな。もうアレルギーが限界なのだ」
「知るか。やれるもんならやってみやがれ」
途端に全身を怖気のようなものが走った。
「ふん……」
素早く身をかわし、俺は飛んできた攻撃魔法を避けた。
「テメェ、十人はいやがるな。どれだけアレルギーなんだ」
「それだけ深刻なのだよ。変な抵抗はよせ」
さらに飛んできた火球を避け、床に伏せて爆風をやり過ごした。
「魔法なければただの猫ですか。どんどんいきますよ」
部屋のあちこちから飛んでくる攻撃魔法が放たれた場所は分かるが、反撃手段がなかった。
肉弾戦で一人倒している間に間違いなくモロに食らって終わるだろう。
「……ちっ、じり貧じゃねぇか」
さらに飛んできた攻撃魔法の火球を避け、俺は考えた、
一個だけ杖なしで使える魔法があるが、これでは確実にこの街が半分は消し飛ぶし、俺の命はない。
簡単にいえば、自爆魔法だった。
「では、私も加わりますか……」
領主が呪文を唱え、俺の体が爆風で吹っ飛んだ。
「……この野郎」
俺は起き上がると、領主目がけてダッシュした。
間近で爆発が立て続けに起きたが、幸いにして影響はなかった。
「せめて、テメェだけは何とかしてやるぜ」
俺は鎧を着込んだ領主の体をよじ登った。
瞬間、馬鹿野郎が放った攻撃魔法が領主に着弾し、もんどり打って倒れたところに、俺のフルパワー猫パンチが顔面を捉えた。
狙ったわけではないのだが、ちょうど目の辺りを抉った俺の爪は、期待通りの威力を発揮した。
悲鳴を上げてのたうつ領主に、いい感じで攻撃魔法が命中した。
「……下手くそだな。おい」
俺はなにがあっても、このままこの領主を許す気はなかった。
「悪いな、一撃で葬れるだけの攻撃力はない」
俺はさらに爪で顔面を引っ掻き倒した。
そこに、俺を狙った攻撃魔法が何発も炸裂し、領主は悲惨な状態で動かなくなった。
「よし……」
そこに、やっと正確さを増した攻撃魔法が直撃して、俺は派手に吹っ飛ばされた。
「抗魔法能力が高いってのも、考え物だな……」
生きてはいたがさすがに動けなかった。
さらに数発食らって意識が吹っ飛び掛けた時、とんだ闖入者が現れた。
「……やけに遅いと思ったら。全員、生きて帰すつもりはありません」
ぼやけた視界の中で見えたのは、とんでもない殺気を放つカレンだった。
カレンに攻撃魔法が集中したが、どこ吹く風で平然と立っていた。
カレンは刀に手を掛け、一瞬だけ姿が霞んだ。
カチンと音が聞こえると、部屋中のカーテン類がバッサリ斬られ、その後ろにいた魔法野郎を叩き斬っていた。
「……急がないと」
倒れていた俺をそっと抱きかかえて背中に背負い、部屋から素早く飛び出た。
途中、警備兵が立ちはだかったが、カレンは情け容赦なく刀で排除していった。
「……急ぐけど頭に来ました。この館の連中を皆殺しにします」
「……馬鹿野郎、やり過ぎだ」
カレンは頭を横に振った。
「……これが私の信念です。大事な物を傷つけた報いを受けさせます。止めても無駄ですよ」
……完全にブチキレやがった。
俺は胸中で気が気ではなかった。
ここは、早急に離脱するべきだった。
「……おい、いいから聞け。これ以上は、俺もお前もヤバい。早く逃げろ」
「……その命令は聞けません。逃げてもまた何かしらの追っ手がかかります。徹底的に叩きのめすべきです」
再び現れた警備兵を難なく叩きのめし、カレンは館内を走った。
「……あ、あのなぁ、無意味な殺戮はダメだ」
「……私は冷静ですよ。このままここから逃げてどうなりますか。一生逃げ回る事になります。そんなのは嫌ですから」
カレンが小さく笑った。
「……いや、お前絶対どっかブチキレてるぞ」
「……そうですかね。ブチキレていたら、とっくに終わっていますよ。逃げる暇は与えています。それでも向かってくる身の程知らずを、それなりの方法で処理しているだけです」
カレンは小さく笑い、館を走っていった。
「……ったく、馬鹿野郎が。あとで説教だ。ちゃんと生きてろよ」
「……当然です。おっと」
カレンが足を止めた先で、攻撃魔法が爆ぜた。
「……へぇ」
みると廊下を埋め尽くすように、明らかに魔法使いと分かる集団が立ちはだかっていた。
「……二秒ですね」
「……な、なにが」
あとは、背負われていても分からなかった。
気がつけば魔法使い集団は倒れ、カレンは何事もなかったかのように走っていた。
「……え、えっと、なにしたの?」
「……邪魔だから退けただけです。あまり喋らないで」
……はっきりいおう。怖い。
カレンは館中を走り周り、文字通り根こそぎ倒していった。
非武装の連中はきっちり見逃していたので、確かにブチキレて暴れているわけではないようだった。
武装している連中を根こそぎ排除すると、カレンは館の出口に向かって突っ走った。
「……おっと、これは」
カレンが足を止め、ゆっくり刀を構えた。
その先には、やはり刀を構えたジジイが鋭い眼光を飛ばしていた。
「……フルパワーでいかないと食われます。もう少し待って下さい」
「……おいおい、ムチャするな」
カレンから凄まじい殺気が放たれ、その眼光はこれまでみた事がないほど冷たかった。
「……」
カレンが少しつま先を動かした瞬間、鋭い金属音と火花が散った。
なにが起きているかは、俺の目では捉えられなかった。
いきなり俺の体に浅い傷が入り、派手に血飛沫が散った。
「……やはり、狙いはタンナケット。ナメたマネをしてくれる」
軽く唇を舐め、カレンは普段からは想像もつかないような獰猛さを見せつけた。
何度か火花が散り、俺とついでにカレンも何カ所か斬られ、しばらくしてカレンが蹲った。
「……か、勝てない」
そんなカレンの声が聞こえた時、どこで様子を見ていたのかレインが間に入った。
「……あの、熱いとこ悪いけど、俺ヤバいかもよ?」
「……う、動きたいのですが、私もちょっと」
そうこうしているうちに、全部打ち倒したはずの警備兵たちに囲まれた。
「……しまった、地下は漏れていた」
「……らしくていい。安心したぜ」
警備兵の囲みが狭くなり、こりゃヤバいなと思った時、スッと影が落ちた。
「借りは返すぞ」
小さく笑みを浮かべたミーシャが、警備兵を素手で片っ端から殴り倒していった。
「……す、素手!?」
「……あーあ、ブチキレたのはこっちだったぜ」
いい加減キツかったので、俺はそっと目を閉じた。
「おーい、こっちだぜ。怪しいと思っていたんだ!!」
大体終わった頃、勢いよく馬車が走り込んできた。
「……お、お前」
やたら調子のいい、あの警備隊員だった。
「おう、サービスってヤツだ。この街最大の害悪だったからな。まあ、いい。急がねぇとな!!」
ジジイを叩きのめしたレインと、ようやく噴火が収まったミーシャの手に寄って、俺とカレンは馬車に運ばれた。
「よし、いくぜ!!」
勢いよく走りだした馬車は、道ばたの露天を派手になぎ倒しつつ、街中に向かって走っていった。
「……ど、どうして、過激派ばっかりなんだ」
「一回やってみたかったんだって!!」
ミーシャが小さく笑った。
馬車はさらに民家の柵をぶっ壊し、庭を派手に破壊しながら駆け抜け、通りに出るとどっかに向かって走っていった。
「……べ、弁償とかいうなよ」
「怪我人は黙ってろ!!」
ミーシャの声と共に、馬車はなにかの建物の扉を弾き飛ばしながら突入して止まった。
「……な、なにも、突っ込まなくても」
「よし、緊急処置だ」
派手な突撃にもかかわらず、白衣の連中は何食わぬ顔をして、俺とカレンを馬車から下ろした。
そのまま処置室に運び入れられ、魔法医の治療によってカレンはすぐに治った。
「これは……」
俺を囲んでいた誰かが呟いた。
「……ダメならダメっていえ。変に引っ張るな」
コツコツと靴の音が聞こえ、そっと俺を覗き込んだのは白衣のナターシャだった。
「私のバイト先まで押しかけるとは……」
小さく笑い、目つきを鋭くして取り囲んでいた連中に指示を飛ばした。
「さて、これはやり甲斐がありますね。痛いですよ?」
「……なるべくその辺りは配慮してね」
かくて、俺の処置は始まった。
「うーん、これは……」
ずっと処置に当たっていたナターシャが、思案気な表情を浮かべた。
「……まずいのか?」
ナターシャが真顔で俺をみた。
「はい、縫合箇所の刺繍をどうするかで!!」
「……」
「先生、血圧が急激に低下しました!!」
ナターシャがため息を吐いた。
「まあ、冗談はさておき、この切り傷は厄介です。やるだけやりますが……」
「……冗談飛ばせるんだ。問題ねぇだろ」
ナターシャは微妙な笑みを浮かべた。
「冗談でもいわないとやっていられないということです。出血も止まりませんし、よくて五分五分ですね」
「……おいおい。まあ、任せた」
「はい、分かってます。とりあえず、ノミとハンマー」
「……な、なにするの!?」
というわけで、長時間に渡る俺の処置は終わった。
「……病院に着いてからの方が、ひでぇ目に遭ったぜ」
俺はベッドに横になり、天井を見上げながらため息を吐いた。
安定するまでは安静にということで、俺は病室で一人転がっていた。
「ミーシャは知ってたが、カレンもヤバい系だな。考慮しとかねぇとな」
俺は苦笑した。
「まっ、また迷宮にいければの話しだがな。ちと、暴れすぎたぜ」
俺を起点にして色々動いた。
上手い事操作しても、どうやったって俺が全部負う事になるだろう。
「やれやれ……ん」
「よう!!」
そっとあの脳天気馬鹿野郎な警備隊員が入ってきた。
「なんだ……」
「まあ、気になってると思ってな。領主の館で起きた事については、内々で上手い事処理しておいたぜ。元々、あの領主は排除予定だったんだ。悪政が目に余っていたんでな」
警備隊員は小さく息を吐いた。
「しかし、犯罪は犯罪なんだな。心苦しいんだが、恐らくアンタならこういうだろうと思ってよ。全部乗っけちまった。誰かが犠牲にならなきゃならなかった」
「なんだ、意外と頭いいな。それでいいぜ」
俺は苦笑した。
「いっておくが重罪だぞ。この街からの追放程度じゃ済まねぇぜ。街の問題じゃなくて、国としての問題になっちまうからな」
「だろうな。そのくらいは分かってるぜ」
俺は苦笑した。
「先に手を出したのは領主だ。そこを考慮すれば極刑はねぇと思うぜ。しかも、相手が猫だもんな……まあ、遠島くらいじゃねぇか。城の地下牢にブチ込んでも意味がねぇし」
「いいんじゃねぇか、どっか知らねぇ島でノビノビやるのもよ」
俺は苦笑した。
「無理しやがって……まあ、いっても始まらねぇな。あとは、任せてくて」
「ああ、意外とまともそうだしな。どうなっても恨みはしねぇよ」
警備隊員は去っていった。
「遠島ねぇ。ぞっとしねぇよ。猫は縄張りに固執するんだぜ」
俺はもう一度、苦笑した。
「まったく、タンナケットが入院なんてさ!!」
ミーシャが元気にいった。
「……はい、どうにも調子がでませんね」
続いてカレンがいった。
「馬鹿野郎、俺だって生きてるんだぜ!!」
俺は苦笑した。
もちろん、ややこしい話しはしていない。
期が来たらひっそり姿を消すつもりだった。
「……タンナケット、はっきり言って。なにかあるでしょ。隠したって分かるぞ」
ミーシャが顔を真剣なものにいった。
「なんだ急に。お前らには関係ねぇよ」
俺は適当にはぐらかした。
「はっきりいえ!!」
ミーシャがいつになく強い口調でいった。
「……聞いてどうするんだよ。過ぎた事は変わらねぇぜ」
「やっぱりね。ただで済むとは思ってなかったよ」
ミーシャが息を吐いた。
「……あの、なにが?」
カレンが不思議そうに聞いた。
「どんな馬鹿野郎でも、領主は領主なんだ。タンナケットが珍しくブチキレて、やる事やっちゃったからね。あとはオマケみたいなもんだし、実際そう処理されたでしょ?」
ミーシャの言葉に俺は頷いた。
「さすがにいい勘してやがるな。そう処理されたって聞いてるぜ。あとは、国からどんなお沙汰がくるかだ。まあ、もう迷宮に戻れる可能性は低いだろうな」
「……ええ!?」
カレンが声を上げた。
「というわけで、先生の出番ってわけだ」
「馬鹿野郎、もう色々動いてるわ!!」
ミーシャが怒鳴った。
「……い、色々って?」
「タンナケットがやった事は、せいぜい引っ掻いたくらいだ。猫が引っ掻いて重罪になるのか!?」
「……だ、誰が証明するの?」
「馬鹿野郎、カレンに杖預けていっただろ。アレがああなった理由は、攻撃魔法によるものと診断結果が出てるんだ。杖なしの猫が攻撃魔法なんか使えるか!!」
「……いや、だから誰が杖持ってないって」
「馬鹿野郎、警備隊の詰め所で手荷物預かるだろ。そこのリストに杖はねぇし、複数の証言が取れてる。目潰しくらいは、どさくさに紛れて誤魔化せるわ!!」
ミーシャが笑みを浮かべた。
「そう簡単には引退させないからな。ざまぁみろ!!」
「……あらそう、残念」
俺は笑みを浮かべた。
「というわけで、カレン。お説教かな。タンナケットがこれだから、代行してやるぞ!!」
「……え、えっと、はい」
大人しく正座したカレンに、ミーシャがクソやかましく説教をはじめた。
「……よそでやってくんない。ここ、病室だから」
「うるせぇ!!」
ミーシャの説教は、延々と続いた。
「散々大騒ぎして、お咎めなしだとさ」
いまだ退院出来ない俺は、ベッドの上で笑った。
「当たり前でしょ。そりゃ、やる事やるって!!」
ミーシャが元気にいった。
「……あの、私」
カレンが俯いた。
「なんかやったのか?」
「えっ?」
カレンが目を見開いた。
「まあ、変なのしかいないから!!」
ミーシャが笑った。
「そういうこった。ったく、ロクなのいねぇよ」
俺は笑った。
「そういうのの調整役だから、この猫!!」
ミーシャも笑った。
「はぁ……なにか、お恥ずかしいところを」
カレンが赤面した。
「なにが恥ずかしいんだよ。いいじゃねぇか、格好良くてよ」
「うん、いいじゃん!!」
「は、はぁ……」
カレンが不思議そうだった。
「いいじゃねぇかよ。ったく、いつ退院出来るんだよ」
「そ、それがね。神経がちょっと……戻るかどうか分からないって」
ミーシャがため息を吐いた。
「……そ、そんな」
カレンがため息を吐いた。
「んなもん、気合いと根性でなんとかなるだろ」
「……いや、さすがに」
「……ど、どうしよう」
暗くなった二人に笑った。
「んだよ、辛気くせぇ顔すんな。大したことねぇ!!」
「……そう思いたいね」
「……うん」
俺の入院は、しばらく続きそうだった。
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