第42話 やっと光明

「ったくよ、あのナターシャが診てるんだぜ。それこそ、信じなくてどうすんだよ」

 俺がいうと、ミーシャとカレンは頷いた。

「だよねぇ、アレがみてるんだもんねぇ」

「……は、はい!!」

 やっと笑顔が戻った二人に俺は笑みを向けた。

「まあ、暇だろうがもうちっと待ってろ。また迷宮で遊ぼうぜ!!」

「おうよ、待ってるぞ。この野郎!!」

「……絶対ですよ!!」

「おう、俺はたまにしか嘘つかねぇ!!」

「なんだよ、たまにってよ!!」

「うるせぇ、気まぐれなんだよ。猫だけにな!!」

「んだよ、この猫野郎!!」

「いいから、帰れ。うるせぇよ!!」

「この野郎、寂しいくせに!!」

「面会時間終わってるんだよ。迷惑掛けるな!!」

「はいはい。いくか!!」

「……は、はい!!」

 騒ぐだけ騒いで、ミーシャはカレンを連れて出ていった。

 しばらくして、ナターシャがそっと入ってきた。

「これ、わかります?」

 俺の足をそっと押して、ナターシャが聞いた。

「……全然感じねぇな。自分の体だって気がしねぇ」

 ナターシャはため息を吐いた。

「前もいいましたが、よく見積もっても五分五分です。ひたすら回復魔法を掛けて、ダメならダメ。そんな感じですね」

 俺はため息を吐いた。

「迷宮でならともかく、こんな下らねぇところで……やってらんねぇな」

「はい、気持ちは痛いほど分かります。最善は尽くします。当たり前ですけれどね」

 ナターシャは一つ息を吐いた。

「ミーシャとカレンは?」

「……カレンはともかくミーシャは感づいてるぜ。だからこそ、治さねぇとな」

 俺は小さく笑みを浮かべた。

「やるだけやります。安心して下さい」

 ナターシャは部屋から出ていった。

「クソ!!」

 俺は一声叫び、ベッドに転がった。


 一夜明けて暇つぶしに魔法書を読んでいたら、ナターシャが数名の魔法医と共に部屋に入ってきた。

「まあ、ゆっくりやるしかありません。痛みはありませんよ」

「痛くていいから、とっとと治してくれや。暇で死にそうだぜ」

 ナターシャが笑った。

「じゃ、死ぬほど痛いのいきます?」

「……う、嘘、優しくして?」

 ナターシャに鼻ピンされた。

「はい、じっとしてて。毎日これの繰り返しで経過観察です。一週間が目処ですかね、思わしくなければそれ以上やっても無駄です」

「その時は潔く引退するさ。ダラダラやるのは性にあわねぇからな。まだ懲りてぇねなら、ミーシャを頼んだぜ」

 ナターシャに鼻ピンされた。

「馬鹿野郎、なに腐ったこといってる。はい、とっと治療!!」

「……ミーシャの万倍痛い」

 ナターシャを初めとした治療チームが同時に回復魔法を使った。

「……はぁ」

 思わずため息がでたが、いつにも増して真剣なナターシャは見向きもしなかった。

 しばらく続けて考え、連れてきた魔法医たちに細かい指示をだし、再び回復魔法による治療が始まった。

「……なあ、面会謝絶にしといてくれ。うるせぇのがこられちゃ困る」

「なにか、いいましたか。聞こえませんね」

 俺は苦笑した。


「おらぁ、見舞いだぞ!!」

「うるせぇ!!」

「……こ、ここ、病院!?」

 底抜け馬鹿野郎なミーシャと、青くなってブレーキを掛けているカレンがやってきた。

「知るか、私は私のやりたいようにやる!!」

「怒られちまうぞ!!」

「構うもんか。いっくぞー!!」

 すっとナターシャが現れ、ミーシャにゲンコツを落とした。

「うるさい!!」

 ナターシャは去っていった。

「……痛いぜ」

「……そりゃ、痛くされたからな」

「……な、なにやってるの」

 カレンが小さく笑った。

「な、なによ、ナターシャだって分かってるくせに」

「それとこれは別問題だ」

「……確かにうるさい」

 俺は笑った。

「いいから普通にしてろ」

「……普通にしたら暗くなるぞ。だから、強引に引き上げる!!」

 ミーシャは笑顔で鼻ピンしてきた。

「カレン、そういや師匠はどこいった。全然姿を見せないが?」

「……は、はい、それが……一日中黙々と剣の手入れをしていまして。食事もロクに取らない有様でして」

 俺は思わず苦笑した。

「なるほど、アイツらしい。俺なんかより、そっちの面倒みてやれ」

「……は、はい、それが誰も近づけないというか、放っている空気が鬼気迫るというか、とても近寄れる状態では」

 俺は笑った。

「んだよ、あの野郎。俺になんかあると、すぐこれだからな」

「……そ、そうなんですか?」

 俺は苦笑した。

「俺とミーシャでやってる時にな、物好きにも近寄ってきやがってな。剣を捧げる相手を見つけたとか、なんか馬鹿野郎なこといいやがってよ。手が及ばないところで俺になんかあると、ガチでヘコみやがるんだ」

「……あ、あれ、ヘコんでるんですか!?」

 声を上げたカレンに俺は笑った。

「なんでも、俺を守り通すつもりでいるらしくてな。それが出来ねぇとガチでヘコみやがって、自分の殻に籠もっちまう。ほっときゃ直るから問題ねぇ」

「……そうですか。では、私も馬鹿野郎になりますか」

 カレンはそっと椅子から下りて、俺が寝ているベッドの脇で片膝を突いた。

「……な、なにしてんの?」

「……この身この刃はタンナケットのものです。存分にお使いください。ここに、その誓いを立てます」

「ば、馬鹿野郎、い、いらねぇよ。重いよ!?」

「……」

「な、なんか、すげぇムカつく!!」

 ミーシャが椅子から立ち上がった瞬間、カレンは思い切り睨み付けた。

「……こっちはついで」

「……こ、怖い」

 ミーシャがそのまま椅子に座った。

「……これでいいです。やっと落ち着きました」

「馬鹿野郎、俺が落ち着かねぇよ。なんで、こんな馬鹿野郎ばっかなんだよ」

 俺はため息を吐いた。

「……こ、この猫、私のだよ。あげないから」

「……誰がそんな事を。私はあくまでも道具に過ぎませんから」

「おいおい……」

 俺は深いため息を吐いた。


「お、おい、もう帰れって。夜になっちまったぞ」

「……側にないと役に立ちませんから」

「……私は意地だ」

 なにか妙なスイッチでも入ったようで、カレンもナターシャも帰ろうとしなかった。

「ま、まあ、いいけどよ。ミーシャ、気がついてるよな?」

「……もちろん」

 ミーシャはそっとククリを抜いた。

「そもそもの発端みてぇなもんはこれだぜ。お前、ちゃんと足抜けしてきたのかよ」

「……ちゃんと抜けてきたら、わざわざこないでしょ。なんとか、隠れていたんだけどな」

「……やれやれ、また一暴れですか」

 カレンがそっと刀をとった。

「その必要はねぇと思うぜ」

 俺は笑った。

「……ナターシャか。もうやってるね」

「……は、速い」

 呟いた二人に笑った。

「そりゃ、母ちゃん怒らせたら怖いぜ。まあ、ゆっくり……」

 全身に怖気が走った。

「伏せろ!!」

 手元に杖はなかった。

 意味はないが布団に体を引っ込めた時、カレンが飛びつくように覆い被さった。

 窓から飛び込んできた火球が炸裂し、病室のアレコレを吹っ飛ばした。

「おい」

「……はい、かすり傷です。ミーシャも問題ありません」

「……イテテ。アイツら、虎の子の魔法使いまで動員したな」

 ミーシャが頭を掻いた。

「……おい、杖を貸せ。馬鹿野郎どものアジトの場所は、分かるんだろ?」

 カレンが黙って預けていた杖を渡してきた。

「こら、そんな体で無理するな。二十キロ以上も離れてるし」

「……上等だ。その辺りに地図があったはずだ。持ってこい」

「あーあ、ブチキレた。はいはい……」

 ミーシャが地図を持ってきて、そこにペンで印を付けた。

「変わってなければそこだよ。いくらタンナケットでも……」

「……お前、俺のフルパワー知らねぇだろ。迷宮じゃ必要ねぇからな」

 地図の情報から飛行経路を設定、着弾地点を設定……。

 脳裏に描いたプランに従い呪文を組み立て、俺は詠唱と共に全魔力を解放した。

 過剰魔力の放射だけで、ボロボロの病室の壁と天井が根こそぎ吹き飛び、露わになった夜空に向かって、無数の光の矢が解き放たれた。

「……二十秒で着弾だ」

「……す、すご」

「……こ、こんな実力が」

 ミーシャとカレンが呟いた。

「ったく、楽しくねぇな。だから、やりたくねぇんだがよ。こうもうぜぇとさすがにキレるぜ」

 俺は杖を回し、カレンに差し出した。

「まともになるまで持っててくれ。うっかり、ぶちかましかねねぇからな」

 カレンが杖を受け取り、大事そうに抱えた。

「さて、杖持ってねぇ猫の病室でなにが暴発したんだかねぇ。怖い世の中だぜ」

「……タンナケットって、ちっこいのにパワフルだね」

「……び、ビックリしました」

 俺は笑った。

「これしか能がねぇもんでな。こんなもん、魔力任せに叩き付けただけだ。魔法としてはゲテモノだぜ」

「……げ、ゲテモノ」

「……こ、これで」

 俺は笑った。

「さて、妙に風通しがよくなったことだしよ。なんか喋ろうぜ。なにせ、暇でよ」

「……さ、さすが、私の猫。ただ者じゃない」

「……ミーシャ、タンナケットに惚れたら怒る?」

 ミーシャがカレンにゲンコツを落とした。

「お前にはレインがいる!!」

「……いけね、忘れてた」

「……何気にひでぇな」

 俺は咳払いした。

「まあ、いいや。あとはナターシャがゴミ掃除してくれるだろう。俺たちは適当にやってようぜ」

「……この部屋でか」

「……せめて、どこか他の部屋に」

 なんてやってたら、ナターシャがやってきた。

「あーあ、また派手に吹っ飛ばして。怪我はなさそうね。部屋をかえるから」

 というわけで、病室ばっかりぶっ壊している気がするが、俺たちは違う部屋に移動となった。


「あなたたちは帰りなさい」

 ナターシャの声に、ミーシャとカレンは首を横に振った。

「ちゃんとタンナケットの面倒はみておきますから」

 しかし、二人はまた首を横に振った。

「困りましたね。付き添いが許可されるのは、危篤状態の患者さんだけなのですが」

「……不吉なこというなよ」

 俺は苦笑した。

「こりゃ退ける方が苦労するぜ。このまま置いとけばいい」

 ナターシャはため息を吐き、一度部屋から出た。

 しばらくして戻ってくると、何やら制服のようなものを差し出した。

「看護助手の制服です。どうせなら、こき使ってあげます」

 ナターシャはニヤッとした。

「……こ、これは、やばい予感」

「……なにか、嫌な予感が」

「帰るか着替えるか、どっちにしますか?」

 二人は意を決して、制服に着替えた。

 瞬間、ナターシャの目つきが変わった。

「おらぁ、サボるなぁ!!」

「は、はい!?」

「のわわ!!」

 ナターシャは二人を病室から蹴り出した。

「……あーあ、知らねぇぞ」

 俺は苦笑して、そっと目を閉じた。


「お前らも懲りねぇというか、飽きねぇな……」

「な、なんの、このくらい……」

「……ど、どうって事はないです」

 入院してから一週間経った。

 どうも具合の悪かった足も若干よくなった気がするのは、俺の希望的観測かもしれない。

 実際の所は、かなり微妙な感じだった。

「正直にいいましょう。芳しくはありません。順調なら、とっくに歩いていますからね」

 いつも通り、魔法医たちと共にやってきたナターシャが静かにいった。

「はっきりいえよ。大体、察しはついてるんだ」

 俺は苦笑した。

「では……このまま治療を続ければ歩けるようにはなるでしょう。通常生活は問題ありません。しかし、迷宮は諦める事をお勧めします。以前の運動能力まで回復できる可能性は低いので」

 瞬間、ミーシャとカレンが息を呑んだ。

「よし、分かった。それがお前の判断なら従おうか。全員を脅かすわけにはいかねぇからな。ミーシャ、あとは頼んだぞ」

 ミーシャは泣き出し、カレンは俯いた。

「可哀想だから二人を出してやれ。なにもいうこともないだろう」

 しかし、ナターシャは何やら考えていた。

「……危険なので通常は使わない術式があります。命がけになりますが、一か八か掛けてみますか?」

「んだよ、ちゃんと奥の手があるんじゃねぇか。俺が冒険好きなの、しってて聞くか?」

 俺が笑みを浮かべると、ナターシャも笑みを浮かべた。

「まあ、私も気がついたら冒険野郎になっていましたからね。通常なら提案すらしませんよ、こんな外法」

「……げ、外法!?」

 ナターシャは魔法医たちに声を掛けた。

「やっぱりアレだって。覚悟できてる?」

「……めっちゃ怖いぞ」

 魔法医たちが頷き、なにやら準備を始めた。

 ベッドの周りを魔法陣で囲み、どうにも鼻につくニオイの魔法薬をばらまきはじめた。

「最後に言い残すことは」

「もういいからやれ!!」

 ナターシャは頷き、息を吐いた。

「外法といいましたよね。この術式は術者の誰かが命を落とす可能性があります。十分配慮はしますが、完全とはいえません。これは、タンナケットに聞きません。私の一存で決行します」

「お、おい!?」

 ナターシャは小さく笑った。

「タンナケットから迷宮を取り上げてしまったら、ただのしょぼくれたクソ猫になってしまいます。そんなのはみたくありません」

 そして、全員の呪文詠唱が始まった。

「お、おい、ムチャはするな!?」

 しかし、詠唱中のナターシャが答える事はなかった。

 ベッド全体が光り、しばらくして魔法医の一人が倒れた。

「中止だ。馬鹿野郎!?」

 しかし、ナターシャがやめる事はなく、さらに二人倒れた。

 結局、光が消えるまで四人倒れた。

「……お、おい」

「待って……」

 倒れた四人を診たナターシャがため息を吐いた。

「ギリギリでしたね。一時的に意識を失っているだけです」

 そして、ナターシャは俺を診た。

「……三日もあれば歩けるでしょう。問題ないと思います」

 俺は息を吐いた。

「なんだ、コイツらもとんだ冒険野郎だぜ……」

「はい、私が鍛えたひよっこ共なので。こういう状況が好きで困ります」

 ナターシャが笑った。

「あとは、経過観察で大丈夫だと思います。なんとかなりましたね」

「ったく、ビビらせるな」

 俺は苦笑した。

「おい、そこの燃え尽きてる二人を何とかしてくれ。俺の手には余る」

「分かっています」

 魂がどっかにぶっ飛んでるミーシャとカレンに語りかけるナターシャをみて、俺は小さく笑ったのだった。

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