第40話 病院の死闘

「やっと、声がまともになったぜ!!」

「ったく、うるさくなりやがった……」

 まだベッドから起き上がれないが、ミーシャは順調に回復していた。

「……まあ、こうじゃないとつまらないですね」

 俺と一緒にきていたカレンが小さな笑みを浮かべた。

 レインとナターシャはそれぞれ、なにかの用事で別行動だった。

「おお、分かってきたか!!」

「頼むから調子に乗せるな。うるさくて堪らん」

「……また、そういうことを」

 カレンが俺を抱きかかえた。

「て、てめぇ!?」

「ほらな?」

「……動けないから、虐めよう」

 カレンは俺に自分の頬をすりつけた。

「こ、この野郎。私の猫にマーキングするな!!」

「……いや、マーキングか。これ?」

「……それでは、もっと」

 自分の頬で俺をゴシゴシ擦ると、カレンはニヤッと笑みを浮かべた。

「こ、こ、この野郎!?」

「……うん、いい性格だな。いいことだ」

 俺は思わず笑った。

「……今ぐらいしかできない事なので」

 カレンは俺を床に置いて、ミーシャの額に手を当てた。

「……早くよくなってくださいね。退屈でしかたないのです」

「た、タンナケット、何があったの。なんか、別人になってるけど!?」

「さぁな、いよいよ馬鹿野郎になっちまったんじゃねぇか?」

 俺は笑った。

 不意に病室の扉がノックされ、場違いな警備隊の制服をきた二人組が現れた。

「……なんだ、コイツの身柄は俺が預かるってことで、上と話しが話しがついてるはずだが、そいつを反故にしよってのか?」

 俺はそっと杖を構えた。

「カレン、ちょっと引っ込んでろ。痛い目みせねぇと、分からねぇかもしれねぇからな」

「……は、はい」

 俺の警告に構わず入ってきた二人に、迷わず手加減した攻撃魔法を食らわせた。

「ふん、とにかく手柄が欲しい雑魚野郎か。目障りだな」

 倒れた二人を魔法で浮かして窓の外に放り投げた。

「こんなもんか……」

「はぁ、助かった……」

 ミーシャが息を吐いた。

「……あ、あの?」

「ああ、コイツが積み上げてきた悪行ってやつだ。手当たり次第に盗みやがったせいで、警備隊に追われるハメになっていたんだがな、俺が身柄を引き受けるってことで話しをつけてある。今のは、その約束を無視してまで点数稼ぎしてぇ馬鹿野郎だ。まっ、結果としてこうなるわけだが。もういい加減浸透しているはずなんだが、新任かなんかだろうな」

 俺は小さく笑った。

「……あの、今の怪我させたら、今度はタンナケットがまずいのでは?」

「馬鹿野郎、かかってこれるものならきやがれってんだ。いざとなったらなにするか、もうバカでも分かってるだろうさ」

 俺は笑った。

「……そういうノリ、嫌いじゃないです」

 カレンが刀を掲げ、小さく笑みを浮かべた。

「分かってるじゃねか。やるな!!」

「……絶対、別人になった」

 ミーシャが頭を抱えた。


「い、いいよ。なんとかするから!!」

「……ダメです。私が守ります!!」

「いよいよ、本格的な馬鹿野郎だな」

 言い合いする二人をみて俺は笑った。

「おい、ミーシャ。この馬鹿野郎がなんか熱くなっちまったからよ、好きなようにさせてやれ」

「ええぇ!?」

 ミーシャが頭を抱えた。

「しょうがねぇだろ。なんか懐いちまったんだからよ。俺はなにもいえねぇよ」

「ううう……苦手なんだよなぁ」

 ミーシャがため息を吐いた。

「……なにかあったのですか?」

 カレンが聞いてきた。

「ああ、コイツは基本的に人を信じねぇし、自分の庭に入ってくる事も嫌がるんだ。俺はだいぶ受け入れてくれてるようだが、それでもな」

「……そ、そうはみえない」

 カレンが不思議そうにいった。

「そりゃ、人の手前いくらでも取り繕うさ。そういうのは、ミーシャの得意技だ。騙されるなよ」

「タンナケット!!」

 ミーシャが真っ赤になって怒鳴った。

「気がつかねぇと思ってねぇだろうな。俺だって似たようなもんだからな。野良猫は人を完全には信用しねぇもんだぜ」

「……そ、そんな」

 カレンが俺を抱きかかえ、顔を埋めた。

「しょうがねぇんだよ。それが染みついちまってるんだ。なっ、先生?」

 俺の問いにミーシャが苦笑した。

「まぁねぇ……どっかでねじ曲がっちゃったからさ!!」

「……そうですか。私は悲しいです」

 カレンが俺の体で涙を拭き始めた。

「馬鹿野郎、俺はハンカチじぇねぇぞ」

「馬鹿野郎、そういう問題じゃない。なんで泣くの!?」

「……信じてもらえないのは悲しいですよ。どうやっても信じられないというのも」

「……おい、どうしたらいい?」

「……お前が変な話しするからだ!!」

 ミーシャがため息を吐いた。

「な、泣くほどのものじゃないって。ねぇ!?」

「お、おう、そうだ。個人的な問題だからよ」

「……ど、どうすれば、直るんですか?」

「し、知らないよ、分かってたらやってる!?」

「お、おう、どっか叩けば直るとかよ。単純な問題じゃねぇし」

 カレンが俺を強く抱きしめた。

「……ど、どうしよう?」

「……タンナケットのせいだからな!!」

 どうにもならない状態になった時、また警備隊のバカがきた。

「申し訳ない。手違いで妙な考えを持ったバカが……」

「……お前のせいだ」

 カレンがどす黒い空気を放ちながら、刀に手を掛けた。

「ば、馬鹿野郎、こいつはまともだ」

「て、手出ししたらシャレにならないから!?」

 カレンが息を吐いて刀から手を放した。

「し、謝罪は受け入れる。早く消えろ。ヤバいぞ」

「こ、こんな子だったの!?」

「そ、そうか、私もなにか危険を感じたので、これで!!」

 警備隊の野郎は慌てて逃げ出した。

「お、落ち着け。いいから」

「ほ、ほら、深呼吸!!」

「……こ、こうでもしないと、信じてもらえないから」

 カレンが俯いた。

「ば、馬鹿野郎、そんなことしなくていい」

「さ、さすが、うちのパーティ。妙な連中しかいねぇ!!」

「……ど、どうすれば」

「あ、あのな、なんでそんな俺たちに信じて欲しいんだよ」

「うん、大丈夫だから!!」

 カレンはため息を吐いた。

「……私にはもうここしかない。ここで信じてもらえなくなったら、どこにもいく場所がないのです」

「そ、そうか、とりあえず落ち着け」

「わ、分かったから!!」

 カレンは椅子に座り、ため息を吐いた。

「まあ、それだけ気持ちがあれば、上手い事やってくれるだろう。それが分かればいい」

 俺は小さく息を吐いた。

「……はい」

 カレンは短く答え、そのまま俯いた。

「……おい、今さら信じてるぜとかいってもな」

「……馬鹿野郎、どう考えたって嘘くさいわ!!」

「……お二人に信じてもらえないと、この先任せてもらえないから」

「そ、そんな事はねぇよ。個人的に信じるのとパーティーとして信じるのは別問題だ。ちゃんとやってくれればいい」

「……どうも、押しちゃいけないツボを押したね。これは」

 ミーシャがため息を吐いた。

「……私は常に除け者にされてきました。ここでならと」

 カレンがポツッといった。

「おう、ならここで暴れりゃいいじゃねぇか。細かい事気にしないでよ」

 俺は小さく笑った。

「……信じてもらえないのは辛い事です。努力は惜しまないですが」

「じゃあ、そうすりゃいい。このどっか歪んでる馬鹿野郎どもも、気変わりするかもしれねぇぜ」

「……はい、頑張ります。見ていてくださいね」

「当たりめぇだ。目が届かないほど、大人数じゃねぇぜ」

 カレンが頷いた。

「……だからこそ、この場では絶対にミーシャを守らないといけないのです。何があっても」

「……いや、怖いから殺気を出すな」

「……また、エラい子がきたねぇ」

 俺とミーシャは笑った。

「……なにか、来ますね。気を付けて下さい」

 俺を放し、カレンが刀に手を掛けた。

「……なるほどな、今日は客が多いな」

 俺は杖を構えた。

「こ、今度はなに!?」

 ミーシャが声を上げた。

「……お前、どっかの盗賊団にいたよな。ここ久しく潜んでいたが、我慢できなくなったみてぇだぜ」

「なに!?」

 ミーシャが青ざめた。

「……さて、やりましょうか」

「……おうよ、相棒」

 天井板を突き破って下りてきた野郎を、瞬時にカレンが斬り捨てた。

「いい腕してるじゃねぇか」

 俺の杖から火球が飛び出し、病室の扉を粉砕して廊下に飛んで行った。

「……マーク」

 どこかで派手な爆音が響き、感じ取っていた気配がいくつか消えた。

「カレン、ここを死守しろ。俺はちと遊んでくるぜ」

「……気を付けて」

 俺は廊下に飛び出て、間髪入れず呪文を唱えた。

 放たれた氷の矢は、廊下にいたクソッタレを氷漬けにした。

「んだよ、こんなもんか」

 廊下を駆け抜け、時折呪文を唱えて攻撃魔法を放つ。

 その繰り返しでひたすら進み、怪しい気配を根こそぎ潰した。

 その足で急ぎ病室に帰ると、三人ほどのクソ野郎どもとカレンが対峙していた。

 俺が杖を構えた瞬間、カレンがミーシャに覆い被さり、爆発系攻撃魔法が病室をぶっ飛ばした。

「ば、馬鹿野郎、カレンが!?」

 カレンの下敷きになっていたミーシャが叫んだ

「……なんです?」

 そこら中火傷していたが、小さく笑みを浮かべていたカレンは問題なかった。

「コイツの抗魔法能力が半端じゃねぇ事は知っていたからな。軽い火傷くらいはするだろうが、その程度だとは思っていた。やって欲しい事、よく分かったな」

 俺は回復魔法でカレンの火傷を治した。

「む、ムチャしすぎだ!!」

「なあ、馬鹿野郎だもんな?」

「……はい、そういう事です」

 俺とカレンは笑った。

「馬鹿野郎、逆に死ぬかと思ったぞ!!」

 ミーシャの額に怒りマークが浮かんだ。

「……ヤベ、ブチキレやがった」

「……動けないから平気です」

 カレンは椅子に座ろうとして、天井に向けて刀を突き出した。

 そこに落ちてきたヤツが串刺しになり、カレンは何事もなかったかのようにそれを放り出して鞘に収めた。

「なんだ、気付いてやがったか。魔法を使うにも微妙な位置で困っていたんだ」

「……はい、当然です。どうでした、相棒?」

 カレンが笑った。

「まあ、いいんじゃねぇか。背中を預けられる程度には、信用したぜ」

「……それはなによりです。結構、いいコンビかもしれませんね」

「ちげぇねぇ。まあ、レインには負けるがな。お前の相棒はアイツだぜ」

「……はい。しかし、これはこれでなかなかいいかと」

「そうだな」

 ミーシャが咳払いした。

「テメェらの世界に入ってるんじゃねぇ!!」

「……先生が怖いぜ」

「……動けないからストレスが」

 俺とカレンは笑った。

 そして、カレンはそのまま椅子に座った。

 俺は少し考え、カレンの膝の上に丸くなった

「……にひ」

 変な笑みを浮かべ、カレンはミーシャに親指を立てた。

「テメェ!?」

 何かがブチっとキレる音が聞こえ、ミーシャがベッドからゆっくり下りた。

「……こ、こいつ、動くよ!?」

「こ、根性だ。に、逃げろ」

 慌てて逃げようとしたカレンにゲンコツを落とし、俺の首根っこ捕まえてぶら下げた。

「……や、やめて」

「いい度胸だ!!」

 特大の鼻ピンをかましたあと、ミーシャは床に倒れた。

「……あ、あれ?」

「ば、馬鹿野郎、無理しやがって」

 どのみち派手にぶっ壊れた病室だ。

 カレンが慌てて魔法医を呼びにいき、おれは俯せにひっくり返ったミーシャの様子を伺った。

「こ、呼吸してねぇ」

 そこに魔法医が飛んできて処置が行われた。


「あー、死ぬかと思ったぜ!!」

「……呼吸止まったもんな」

「……そ、そうなんですか!?」

 新しい病室に移されたミーシャは、どこか遠くを見ていた。

「とにかく認めん。それは私の猫だ!!」

「……わ、分かっています。取らないです」

「危なっかしいったらねぇよ」

 カレンは小さく笑った。

「……早く治してください。迷宮が呼んでいます」

「だ、だから、なんか変なモンでも食ったの!?」

「……ある意味、当たってるな」

 俺はベッドで丸くなった。

「どうせ、治るまでいるんだろ」

「……は、はい、当然です」

 カレンは椅子に座って刀に手を掛けた

「だとさ、諦めろ」

 俺はそっと目を閉じた。

「な、なんなの……いいけどさ」

 ミーシャはふくれっ面で窓の外を見たのだった。

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