第37話 カレン始動

「よし、いこうぜ」

 街を出発した俺たちの馬車は、迷宮を目指して走りはじめた。

 目抜き通りを抜けて街門を潜り、どこにでもあるような田舎道を走っていた。

 街ではブッ弛んでいても、迷宮に向かって街を出れば、全員それなりに引き締まった顔になった。

「カレンも、ちっとは分かってきたか?」

 適度な緊張感を漂わせるカレンに、俺は声を掛けた。

「……は、はい、何となくですが」

「それでいい。まだなにもしなくていいぞ。無理して死なれたら困るからな」

 馬車は走り続け、迷宮まであと僅かになった。

「……おっと」

 俺は呪文を唱え、杖をかざした。

 右側の草むらのあちこちで小爆発が起き、カレンを除く全員が一斉に馬車から飛び降りた。

 直後に湧いて出てきたむさい連中に向け、レインが素早く突っこんで斬り合いをはじめ、ナターシャが杖を構えて飛び込んでいった。

「……ったく、こういう連中がいるから」

 静かに呟き、ミーシャもククリを抜いて突っ込んでいった。

「ほらよ」

 盛大に爆発が起き、集団の半分が吹っ飛んだ。

「……手加減はしねぇぞ」

 杖から放たれた純白の光線が草むらをなぎ払い、根こそぎ吹き飛ばした。

「……もう一発」

 さらに爆発がおき、散り散りになった集団をレイン、ナターシャ、ミーシャが片っ端から片付けていった。

「……うん、よし」

 俺は大きく息を吸い込んだ。

「よし、急ごうぜ!!」

 全員が素早く馬車に飛び乗り、何事もなかったかのように進みはじめた。

「……い、今のは?」

 キョトンとしたカレンが聞いてきた。

「なんでもねぇ、ただのゴミ掃除だ」

 程なく、馬車は迷宮の中に入った。


「……あ、あの、なにかもの凄いものをみたような」

「ああ、気のせいだろう。時々、そういう怪奇現象が起きるんだ」

 俺は笑い、馬車から飛び降りた。

「……ほ、他はともかく、ミーシャが!?」

「おう、先生。カレンがなんかみたってよ」

 俺は笑った。

「なに、なんかみたの?」

 ミーシャがカレンに問いかけた。

「……こ、こっそり、戦っていませんでした?」

「なにボケてるの。知ってるでしょ、私はまともに戦えないぞ!!」

 元気よくいって、ミーシャは小さく笑みを浮かべた。

「……」

「まっ、適材適所ってやつだ。先生に戦いなんかやらせてみろ、邪魔でしょうがねぇよ」

「そういうこと!!」

 カレンが愕然とした。

「……あ、あれで邪魔って。私より遙かに腕がいいのに!?」

「錯覚だ、気にするな。よし、準備しろ」

 俺たちは馬車から荷物を下ろし始めた。

「……」

「カレン、固まってると運んじまうぞ」

 俺は笑った。


「うん、ミーシャが凄かったって」

「……は、はい。まさか」

 出発の準備が整い、一呼吸置いたところでレインとカレンが喋りはじめた。

「タンナケットが全員をみて戦えないって判断したんだから、大した事ないんじゃないの。僕だって大した事がないはずなんだけどね」

「……わ、私ってこの猛者集団のどこに?」

 俺は笑った。

「猛者じゃねぇって。こんなのこの迷宮にはゴロゴロしてるぜ。そうだな……カレンには前衛戦力の一角を担ってもらうつもりではいる。持っている能力的に他に使えるところがねぇし、その刀の腕は磨けばもっと光るぜ。そうすれば、俺やナターシャもかなりやりやすくなるしな。まあ、下手に先生なんか前にだしてみろ。勢い余って俺が魔法でぶっ飛ばしちまうぜ」

「っていうか、マジで一回ぶっ飛ばしただろ!!」

 一回怒鳴ってから、ミーシャはカレンに笑みを送った。

「これがきっかけで、戦闘要員失格だって!!」

「変なところでボケッとするからだ。危なく死にかけたじゃねぇか。カレンは気を付けろよ」

「……」

 カレンは、目を見開いてガタガタ震えた。

「うん、僕のいうこと聞いて覚えれば問題ないから」

「……し、師匠、お願いします!!」

 カレンがレインの腕にしがみついた。


「なに、将来の練習がしたい?」

「……は、はい、とてもではありませんが!?」

 地下一階に入る手前で、カレンが必死に訴えてきた。

「熱心だな。いいだろう、ちょうどよくここは適当に魔物が出る場所だ。レイン、あとは任せるぞ」

「うん、分かった」

 レインはカレンの肩に手を置いた。

「よし、先にいっておくぞ。俺が怒鳴ったら、なにも考えずどこでもいいから跳んで身をかがめろ。まあ、レインの動きを真似ればいいが、いきなりはキツいだろうからな」

「……は、はい」

 カレンが微かに震えながら返事を返してきた。

「固くなるな、よけい動けねぇぞ」

「大丈夫。まだなにもしなくいいから、とにかくついてきて」

 俺とレインの声に、カレンが頷いた。

「よし、先生。頼んだぜ」

「あいよ!!」

 元気に叫んだミーシャの目つきが鋭くなった。

「よし、いこう」

 ミーシャを先頭に俺たちはゆっくり、地上一階のフロアに踏み出た。

「カレン、そこじゃない。ミーシャの真裏にいてくれ。なんかあったら、ミーシャが盾になる」

「……えっ?」

 カレンが声を上げた。

「そういうこと、安心してついてきて」

 ミーシャが肩越しに笑みを送った。

「……そ、そんな!?」

「それが、ミーシャの持ち場なんだ。邪魔すると蹴られるぞ」

 俺は笑みを送った。

「……そ、それじゃ」

「なにかあっても一人で済むし、同時に二人やられるよりは残る全員の生還率が上がるからね。ここは、そういう場所なんだ」

 ミーシャは小さく笑い、ゆっくりと先に進んだ。

「だからって簡単に死んでいいわけじゃねぇからな。勘違いするなよ」

「……は、はい」

 カレンが恐る恐る返事した時、ミーシャがいきなり身を伏せた。

「退け!!」

 俺が怒鳴った瞬間、レインがカレンを押し倒し、俺が振った杖から火球が放たれた。

 前方で大爆発を起こし、ボロボロの天井が一部崩壊した。

「……いけね、気合い入れ過ぎちまったぜ」

 再び立ち上がったミーシャがクリップボード片手に頭を掻いた。

「うーん、変異はないかな。罠は大丈夫そうだね……」

「……」

「うん、このタイミングなんだ。ちょっとでもずれると……わかるね?」

「よし、とにかくひたすら練習だ。とりあえず、片っ端から叩き潰すぞ」


「退け!!」

 間一髪カレンの頭を掠めた火球が、前方で爆発を起こした。

「……」

「うん、いい感じ。もう少しで覚えるね」

「ほれみろ、先生なんかお呼びじゃねぇよ。いい勘してやがるぜ」

「悪かったね、鈍くさくて」

 ミーシャが苦笑した。

「……こ、これが、冒険。癖になりそうです!!」

「……ちと違うが、まあ、いいか」

 俺は息を吐いた。

「大分慣れてきたみてぇだから、練習は終わりだ。本番いくぞ」

「……ほ、本番!?」

 カレンが声を上げた。

「ああ、今まで魔物いたか?」

「……ええ!?」

 俺が笑うと、ナターシャが呪文を唱えた。

 パキンと音が聞こえ、一気に魔物の気配が濃くなった。

「魔物よけの結界だ。いきなり戦わせるような、ひでぇことはしねぇよ。これから実戦だ、いつ俺が魔法を撃つか分からんぞ。今度は声も掛けねぇ。とにかく、死ぬ気でレインに食いつけ。なるべく、当てないようにはするがな」

「うん、タンナケットの気配が微妙に変わるんだ。ヤバいって思ったら、考える前に全力で避けて。なるべくサポートはするから」

「……な、なるべく」

 ミーシャが笑った。

「自分の身は自分で守る事。常に意識してね」

 ミーシャはゆっくり歩きはじめた。

 すぐに身をかがめ、俺は呪文の詠唱を開始した。

 同時にレインがカレンを蹴り飛ばし、俺は魔法を放った。

 数瞬後に出現したゴブリンの一団に火球がぶち当たり、大爆発を起こした。

「よし、いくぞ。カレンが覚えるまで繰り返すからな」

「……も、もの凄く速い」

「そう、かなり手抜きだよ。頑張ろう」

 レインが笑った。


 前線でオークの集団と斬り合いをやっているレインとカレンの様子を見ながら、俺はそっと杖を構えた。

 カレンが慌てて跳んで逃げたが、レインはそのまま変わらず斬り合いをやっていた。

「……いいぞ、その調子だ。もうちょっとだな」

 俺はそっと杖を下ろした。

「なんかムカつくな」

 ミーシャが苦笑した。

「馬鹿野郎、お前にあれができれば苦労はしねぇよ。まだ数時間でこれだぜ」

 俺は改めて杖を構えた。

 今度はレインも退いて射線を確保し、おれは呪文を高速詠唱した。

 飛び出た火球がオークの群れをぶっ飛ばし、跳んで逃げていた二人が再び斬り合いをはじめた。

「ほらな、俺の目に狂いはねぇ」

「はいはい」

 ミーシャは苦笑して俺に鼻ピンした。


「よし、どうだ。いい冒険できたか?」

 俺はカレンに聞いて笑った。

「……は、はい!!」

 なにか嬉しそうなカレンが答えた。

「この階層だからこんなもんだが、下に潜るほどキツくなるぜ。まあ、だから楽しいんだがな」

「……あ、あの、さっきみてしまったもので、どうしても気になるのです。ミーシャと手合わせ願いたいのですが」

 カレンがミーシャに頭を下げた。

「あーあ、なんか怪現象みて火が付いちまったみてぇだな。おい、先生。どうするよ?」

 ミーシャが小さく笑った。

「まあ、モヤモヤしてるのもね。いいよ、余計な手加減はいらないから。怪我するよ」

「……あ、ありがとうございます!!」

 刀を抜いたカレンと、なにも持たないミーシャが対峙した。

「……あ、あの?」

「うん、気にしないで全力できて。殺すつもりでこないと、変な怪我するからね」

 ミーシャはやや身を低くして構えた。

「……うっ」

 刀を持つカレンが小さく声を上げた。

 ミーシャから放たれる鋭い空気が、俺の毛まで逆立たせた。

「……ったく、久々だからってマジになりやがって」

 俺は苦笑した。

 カレンが刀を鞘に戻し地面に蹲った。

「……う、動いたらやられる」

 俺は笑った。

「上出来だ。やっぱり、間違ってなかったぜ」

「ああ、ごめん。怖かった?」

 ミーシャがカレンに駆け寄った。

「もし、つま先一つ動かしていたら、まあ、怪我の一つでもしていただろうな。ちゃんと見抜けたじゃねぇか」

「酷いでしょ。頑張ればこのくらいはできるのにさ。お前は戦うな、ぶっ殺すだもん!!」

 ミーシャが苦笑した。

「馬鹿野郎、その程度は腐るほどいるぜ。得意分野で全力を出してくれ」

「だってよ。ったく!!」

 ミーシャは苦笑して、カレンを立たせた。

「タンナケットがこのポジションにカレンをおいたって事は、これ以上の事ができるはずだぞ。気合い入れろ!!」

 カレンの肩をポンと叩き、ミーシャは笑った。

「……こ、これ以上」

「ああ、あとは場数と慣れだけだ。先生なんざ余裕でぶちのめせるようになるぜ」

「い、いちいち私を出すな!!」

 ミーシャが喚いた。

「というわけでレイン。カレンをきっちり磨いてくれ。早く先生をぶちのめしてもらわねぇとよ」

「うん、わかった」

 レインが頷いた。

「だから、なんで私なんだよ!!」

「おいおい、気がついてねぇのかよ。あの怪現象みちまったお陰で、カレンはお前の事ライバルだと思ってるぜ」

「え!?」

 ミーシャがカレンをみた。

「……はい、当面の目標にしました。ミーシャと並ぶ腕になれば、皆さんから頼ってもらえるようになるかなって思って」

 カレンは笑みを浮かべた。

「ば、馬鹿野郎、私なんかカスだぞ!?」

 ミーシャが慌ててカレンの肩を揺すった。

「ああ、いっておく。変な癖は真似するなよ。罠で遊んだりとかな……。馬鹿野郎の極みだぜ」

 俺は笑った。

「……罠の解除は私には無理です。先生には及びません。あくまでも、これです」

 カレンは刀に手をやった。

「おいおい、ついに先生だとよ。頑張れよ!!」

「や、やめて、上げられるの嫌いだから!?」

 ミーシャが涙目でカレンを揺さぶった。

「よし、今回から本格的にやってくれ。全員でフォローするから、安心してくれ」

 俺は笑いレインに目配せした。

「休憩だって、メシ作るよ」

「……い、今ので!?」

「ああ、大体通じるぜ。はやく、こうなってくれ」

「……はい」

 カレンが笑顔を向けた。

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