第38話 九死一生

「よし、本番だ。気合い入れろ」

 小休止を終えた俺たちは、本番と呼ぶ地下一階への階段へと踏み出した。

「今回は出来れば地下五階の探索を進めてぇが、カレンの慣らし運転が優先だ。先生、ムチャするな」

「うん、分かってるよ。程々のところで切り上げるから」

「……わ、私は大丈夫です。ご迷惑をお掛けするわけには」

 カレンの言葉に俺は笑った。

「死なれちまった方が迷惑だ。安心して任せろ」

「……は、はい」

 カレンが頷いた。

「さて、いくよ」

 クリップボードを片手に、ミーシャが歩きはじめた。

「……よし、特に変異なしだね。一気にいくよ」

「焦るなよ」

 ミーシャを先頭に地下一階のフロアを抜け、地下二階への階段を下りた。

「どうする、寄っていく?」

 ミーシャが笑みを向けてきた。

「寄らねぇわけにはいかねぇだろ。ここにはな」

 俺は笑った。

「よし、すぐそこだよ」

 といったミーシャが足を止めた。

「ったく……ナターシャ」

「分かっています」

 ナターシャは呪文を唱え、行く手の空間に閃光が走った。

「変な罠が増えたね。気を付けた方がいいか……」

「その辺りはお前の領分だぜ。任せるぞ」

 ミーシャは小さく笑い、ゆっくり足を進めた。

 程なく隠し通路の入り口にくると、ミーシャは足を止めた。

「あのさ、これいい加減解除してあげたら。店やってるなら邪魔だよ」

「そうか。隠れ家的で気に入っていたんだがな」

 苦笑して、俺は呪文を唱えた。

 壁のようにカモフラージュされていた通路が姿をみせた。

「よし、いこうか」

 ミーシャに続いて、俺たちは移動した。

「ああ、必要なかったみたいね」

「だろ、この雰囲気がよかったんだぜ」

 見えてきたコボルトの店は、馬鹿野郎どもで繁盛していた。

「ああ、いらっしゃいませ!!」

 アイーシャが笑顔で出迎えた。

「おう、やってるな」

「はい、なかなか楽しいです」

 アイーシャは俺たちを空きテーブルに連れていった。

「よし、なんか適当にオススメをくれ」

「はい!!」

 アイーシャは店の奥に消えていった。

「ふぅ……街にいるときより明るいじゃん!!」

 気が抜けた状態のミーシャが笑顔になった。

「ほらな、やってみるもんだろ」

 俺は小さく笑った。

「……こ、ここまでで疲れました」

 カレンがテーブルにべとっと伸びた。

「うん、力み過ぎ。もっと楽に」

 すかさずレインがフォローを入れた。

「ところで……二人の進展具合は?」

 なにか変な空気を放ちながら、ナターシャがいった。

「……こ、怖い」

「進展ってほどのものはないよ。カリカリしない」

 レインが笑った。

「そうですか。ならいいです」

 ナターシャが笑みを浮かべた。

「……お前、そこまで気になるか」

「別に……」

 ナターシャはどこか遠くをみた。

「……こりゃいかん。早急に手を打たねぇと」

 俺は苦笑した。

「ったく、勘弁してくれよ」

「もちろん、冗談ですよ。せっかくオモチャができたので、遊んでみようかと」

 俺とナターシャは笑った。

「……あ、あの?」

「うん、問題ないから。そんな心の狭いヤツは、このパーティにはいないしね」

 レインがカレンの頭に手を置いた。

「……で、でも、乱闘したような」

「ああ、あれはきっかけになる理由ができたから遊んだだけだよ。本気だったら、大変な事になってるから」

「そーいうこと!!」

「久々に楽しかったですね」

 ミーシャとナターシャが笑った。

「……も、もう、分からない」

 カレンが、いよいよ完全にテーブルに伸びた。

「ああ、ごめんね。上手くいきそうなら応援してるからさ!!」

「はい、レインなら問題ありません」

 ミーシャとナターシャがいったとき、メシが運ばれてきた。

「はい、オーナーが気まぐれで作った、なにかの炒め物です!!」

「……おい、そこいい加減にするな」

 まあ、さすがの出来映えで、なかなか上手そうではあった。

「よし、食っちまおうぜ!!」

 全員の目が光り、一斉に大皿に取り付いた。

「おう、カレンも乗ってきたな。その調子で馬鹿野郎になろうぜ!!」

「……は、はい。なにか癖になりますね」

 カレンが笑みを向けてから、真顔でメシを食いはじめた。

「よし、どんどん持ってこい。コイツらの食欲は半端じゃねぇからな」

 ミーシャがメシを食いながら、片手で猫缶の蓋を開けた。

「まっ、俺はいつものこれだがな」


「ありがとうございました!!」

 アイーシャとターリカに送られて、俺たちは店を出た。

「おう、先生。ブッ弛んでるんじゃねぇ」

「バレたか。勝てないな」

 ミーシャは息を吐き、クリップボードを片手に進みはじめた。

 隠し通路から通常の通路に出て歩いていると、いきなりミーシャが痙攣して倒れた。

「馬鹿野郎!!」

 ナターシャが素早く呪文を唱え、空間に閃光が走った。

「……な、なにが!?」

 直後にいたカレンが動揺した。

「あとだ!!」

 すばやく倒れたミーシャの様子をみて、ナターシャは俺をみた。

 俺は考える間もなく呪文を唱え、一気に街まで転移した。

「急げ!!」

 ナターシャとレインでミーシャを担ぎ、全速力で教会に運び込んだ。

「おい、ジジイ!!」

「どれ……」

 素早くミーシャを診たジジイが、ナターシャをみた。

 ナターシャは頷き、素早く呪文を唱えた。

 ジジイも呪文を唱え、ミーシャの体を青白い光が包んだ。

「……ギリギリだな。間に合うか」

 俺は思わず呟いた。

「……え、えっと?」

 俺はカレンをみた。

「致死系呪縛の罠だ。馬鹿野郎が油断して掛かりやがった。俺も多少は分かるが……最大限急いだが、この進行の速さだと解呪が間に合わねぇ可能性がある。覚悟は決めておかねぇとな……」

「……そ、そんな!?」

 カレンが俺を抱き上げた。

「これがミーシャの役割なんだよ。勘が異常に鋭いから適任なんだが、その代わり一番危険な立ち位置でもある。馬鹿やるためには、誰かがやらなきゃならねぇんだ……」

 カレンが俺を強く抱きしめた。

「……ったく、らしくねぇ事やらかしたな。あとで、また奢らせようか」

「……大丈夫です。きっと」

 カレンが掠れた声でいった。

「馬鹿野郎、事実を冷静にみろ。絶対に希望的観測で物をいうな。必ず痛い目に遭うぞ。覚えておけ」

「……は、はい」

 俺は息を吐き、ミーシャの解呪作業を見守った。


「……一進一退か。かなり強力だな」

 かれこれ数時間経つが、ミーシャの解呪作業は延々と続いた。

 ジジイもナターシャもぶっ倒れそうな勢いだったが、なんとか踏みとどまっていた。

「……な、なにか出来る事は」

「あるならやってるぜ。下手に首を突っ込むと邪魔になりかねん。ダセぇ猫だっていっただろ。万能なわけじゃねぇんだ……」

 俺はミーシャを睨んだ。

「……落ち着いて下さい。ここでタンナケットが取り乱したら」

 カレンの声に俺は目を閉じて息を吐いた。

「ちげぇねぇな。助かったぜ……」

 みている前で、ジジイがフラっ倒れそうになった。

 俺は素早く呪文を唱えた。

 ジジイは頭を振って持ち直し、再び呪文を唱えた。

「……あとでたっぷり寝かせてやる。今はこき使ってやるぜ」

 カレンは俺を抱きしめたまま、放そうとしなかった。


 深夜くらいになって、やっと事態が動いた。

「よし、押し切ったな……」

 ミーシャに掛かった呪縛は急速に成りを潜め、完全に消滅した。

 同時にジジイとナターシャが床に倒れ込んだ。

「……こ、今度は!?」

「ああ、問題ねぇ。魔力の異常放出だ。休めば済むぜ。ったく、冷や汗かかせやがってよ」

「うん、なんとかなったね」

 レインが息を吐いた。

「また、怖いところみせちまったか。こればっかじゃねぇんだがな」

「……だ、大丈夫です。勉強になりました」

 カレンの言葉に俺は笑みを浮かべた。

「なんだおい、着々と馬鹿野郎になってきたな。いい傾向だぜ」

「はい、もうこれなしでは」

 カレンが小さく笑った。

「ちなみにだ、十回潜れば一回くらいはこんな感じの事が起きるぜ。覚悟はいいな?」

「……は、はい!!」

 カレンはようやく俺を放した。

「よし、いい返事だ。師匠、お前バカ移しただろ」

「そうかもね」

 レインが笑った。

「ったく、あんな場所でコケやがって、カレンの試運転にもならねぇよ。まあ、今はゆっくり休ませてやるか」

 俺は床に倒れている三人を見つめたのだった。

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