第36話 こんな時もあり……
明け方近くなって、部屋の扉が開いてヘロヘロのミーシャが帰ってきた。
ナターシャの腕に抱えられていた俺を引っこ抜き、そのままベッドに転がって大きく息を吐いた。
「よう、お疲れ。ちっとは反省したか?」
「も、もうやらん。ごめん……」
ミーシャは俺を抱え、そのままじっとしていた。
「馬鹿野郎、そんな怖いなら二度とやらすなよ。俺だって好きでやってんじゃねぇ」
俺は小さく笑った。
「おや、帰ってきましたか」
起きたナターシャが声を掛けてきた。
「おう、ったく虐めてる気分になるぜ。まあ、ほっときゃ直る。いつも通りな」
ナターシャが笑った。
「クソ猫からタンナケットに戻りましたね。これで、安心です」
「……誰がクソ猫じゃ」
「……お前じゃねぇよ。どうすりゃそう聞こえるんだ」
俺は思わず苦笑した。
「えー!?」
日が昇った朝、ベッドに並んで座って話し始めたレインとカレンをみて、ミーシャが声を上げた。
「おう、馬鹿野郎のお陰ですっかり仲良くなっちまってな。あとは知らん」
俺は笑った。
「な、なんで!?」
ミーシャが俺に鼻ピンした。
「どーせ、テメェだろ!?」
「……俺はきっかけ作ってやっただけだ。あとは知らねぇって」
ミーシャはまた鼻ピンした。
「人がせっせとやってる時に、この野郎!!」
「……いや、お前が悪いんだろうが、もう一回やるか?」
ミーシャが固まった。
「……」
「よし、以上だ。とっとと顔でも洗ってこい、眠そうだぜ」
俺が笑うと、ミーシャはトボトボと部屋から出ていった。
「全く、こんないい相棒がいて、まだ欲しいんですかね」
ナターシャが笑った。
「まあ、そういってやるな。前のパーティでな、アイツといい感じだった野郎を失っているんだ。被っちまうだろうから、ちっと酷だとは思っていたんだがな、カレンをずっと宙ぶらりんのままってわけにもいかなくてな。いったろ、クソ猫だってよ」
ナターシャが少し驚いた顔をした。
「えっ、そんなことが?」
「ああ、まだ誰にも話してねぇ。特に、アイツらにはいうなよ」
ナターシャは複雑な表情で頷いた。
「よし……こら、タンナケット!!」
レインとカレンが部屋を出ていったあと、タイミングをみていたかのようにミーシャが突っ込んできた。
「ああ、いいたい事は分かってる。すまん……」
俺が息を吐くと、ミーシャがそっと抱きかかえた。
「まあ、色々辛い立場だねぇ。意味は分かってからさ、気にすんな!!」
ミーシャが笑みを浮かべた。
「まっ、俺がこんなじゃダメだからよ。気合い入れるぞ」
「ったく、無理ばっかしやがって!!」
ミーシャが鼻ピンをしてきた。
「よし、これでいい。俺はただの馬鹿野郎じゃねぇとダメなんだよ」
「おう、じゃ出かけるか!!」
俺とミーシャが部屋を出ようとすると、ナターシャが追ってきた。
「まあ、暇なのでどうです?」
「おう、行こうぜ!!」
やたらと元気なミーシャに、ナターシャは笑みを向けた。
「まあ、ミーシャは嫌かもしれませんが、早めのお昼ですかね」
いつもの「火吹きトカゲ亭」に向かいながら、ナターシャは笑った。
「さ、さっき帰ったばっかだぞ!!」
ミーシャが慌てた。
「はいはい、他にいい場所がないもので」
ナターシャは俺たちより少し前を歩きながらいった。
「全く、二人揃ってしょぼくれられたら、このパーティどうするんですか。あなたたちが馬鹿野郎だから、みんな楽しく遊べるんですよ」
「しょ、しょぼくれてる!?」
ナターシャは吹きだした。
「ミーシャは上げすぎタンナケットは下げすぎ、なんで加減知らないんですか。まあ、足して二で割ればいい感じなのですが、どうもダメそうなので」
「あ、上げすぎ!?」
「無理が出てますよ。そんな状態で迷宮に入られたらたまったものではありません」
「え、えっと……」
ミーシャが頭を掻いた。
「で、重症なのがタンナケット。あのうるさいのが全然喋らないですからね。これはこれで、問題ですよ」
「そ、そういえば、まだ気にしてたの!?」
歩いていた俺をミーシャが拾い上げた。
「なんだ?」
「う、うわ……」
ミーシャの顔が引きつった。
「分かりましたよね。まあ、馬鹿野郎なんで、なにか食べれば直ると思いますよ」
ナターシャが笑った。
「さてと……今日は猫缶じゃねぇんだな」
「まあ、こんな時のために、こっそり頼んでありました」
ナターシャが笑った。
「んだよ、いつの間に」
「まあ、そういうポジションです。ほら、とっとと食え!!」
ナターシャが笑みを浮かべた。
「うんじゃま……な、なんだこれ。すげぇうまいぜ」
「特別ですから。ほら、ミーシャも」
「う、うん……ほげ!?」
ミーシャが椅子から飛び上がった。
「なにこれ、こんな美味いメシあったの。ここ!?」
「だから、特別だって」
ナターシャは自分も食いはじめた。
「おう、ミーシャ。モタモタしてると、全部食っちまうぞ」
「こ、こら!?」
「全く、馬鹿野郎!!」
メシ食ったあとに、ナターシャが連れてきたのは公園だった。
ベンチに座ったナターシャとミーシャ。
そのミーシャの膝の上に俺は丸くなった。
「まあ、タンナケットも辛かったのでしょうね。つい口が滑ったようで、ちょっとだけ……」
「こ、この野郎!!」
ミーシャが鼻ピンしてきた。
「ああ、どっかにぶちまけたくてな。他に当てがなくてよ」
ミーシャが俺の背を撫でた。
「まぁねぇ、私よりコイツの方がキツいと思うよ。抱えていたもの、全部ぶつけたからね!!」
ミーシャが苦笑した。
「なに、大した事じゃねぇよ。ちょっとばかり、無理が重なっただけだ。まっ、たまにはいいだろ」
俺は笑った。
「どこがクソ猫なんだか……」
ナターシャが笑った。
「クソ猫はクソ猫だぜ。大したもんじゃねぇよ」
ミーシャが笑みを浮かべて俺を撫でた。
「まっ、そういうことで、コイツが手放せなくなったってわけ。ないとどうも落ち着かん!!」
ミーシャが笑った。
「そうですか。じゃあ、私も聞いてもらおうかな。大した事じゃないですが」
「珍しいな、自分の事話すなんてよ」
俺はナターシャの顔をみた。
「はい。私は迷宮ではありませんが、やはり大切な人を失っていまして。それが、迷宮に興味を向けるきっかけになったのです。なにかやっていないと、気が紛れなかったもので」
ナターシャが笑みを浮かべた。
「ほう、それは初耳だな」
「そ、そうなんだ……」
ナターシャが頷いた。
「お陰様で立ち直れましたけどね。二人の馬鹿野郎に引っ張られまして。だから、しょぼくれられてしまうと困るのです」
「なるほどねぇ、そりゃうっかりヘコむわけにはいかねぇな」
俺は思わず苦笑した。
「なんだかんだで上手く回ってるもんだな。捨てたもんじゃねぇ」
「そういう事です。エネルギー源が柄にもないことされると、困りますよ」
ナターシャは俺に鼻ピンした。
「……ば、馬鹿野郎。加減しろ」
「……もの凄い音だったね」
ナターシャは笑った。
「よし、修理完了ですね。宿に戻りましょう」
俺たちは宿に戻った。
「……な、なんですか。ミーシャとナターシャが凄い目で睨んでますが」
「うん、これは危険だね。そろそろくるよ」
レインが笑った瞬間、ミーシャとナターシャが二人に襲いかかった。
「……ふん、やっぱり馬鹿野郎の集団だぜ。こうじゃねぇとな」
乱闘が始まった四人を見つめながら、俺は苦笑した。
「おい、武器は使うなよ。あとは、勝手にやってろ」
俺は被害がなさそうなベッドの端で丸くなってやり過ごした。
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