第35話 それぞれの……
「あ、あの……お金足りない……」
ミーシャが伝票を片手に震えていた。
「さぁ、知らんな。お前の懐事情なんてよ。奢ってくれるんだろ」
俺は思いきり笑ってやった。
「か、加減してって……」
「迷宮で加減しなかった罰だ。こんなもんで勘弁してやるだけ、ありがたいと思え!!」
俺はまだモソモソ食ってる連中をみた。
「……おい、手加減するな。こんなもんじゃねぇだろ」
レインとナターシャの目が光った。
「うん、いいのかな。本気で……」
「まあ、タンナケットの指示ですからね……」
「……ああ、構わねぇ。徹底的にぶちのめしてやれ」
俺の声と共に、二人が雪崩のように注文をはじめた。
「……こ、こんなところまで」
カレンがポカンとした。
「……俺たちが常に全力でやるわけねぇだろ。ただの馬鹿野郎なんだからよ」
ニヤッとして、俺はミーシャの肩に飛び乗った。
「さて、先生。どうだ?」
「……こ、言葉もない。ごめんなさい」
机にばったり伏せ、ミーシャは動かなくなった。
「……おう、なんならよ。この店の全員に奢ってやるか。好きなだけな」
「……か、勘弁してください。もうしません」
魂でも抜けたかのように動かなくなったミーシャの肩から下り、俺はカレンを見た。
「まあ、これと同じ目に遭いたくなかったら、くれぐれも俺をブチキレさせるなよ!!」
「……あ、あれ、ブチキレてたの!?」
「……分からなかったか。毛が逆立ってたの。気を付けろよ」
俺は笑みを浮かべた。
「オバチャン、いつも通り足りねぇ分はただ働きだ。こき使ってくれ」
「あいよ、いつものコースだね」
オバチャンはニヤッとミーシャをみた。
「……な、なんです、ここ!?」
「メシ屋だぞ。食ってるじゃねぇか。それ以外にみえるか?」
顔が青ざめたカレンに俺は笑った。
「……まあ、俺がブチキレなければだがな。業務提携ってやつだ。覚えておけ」
カレンがコクリとうなずいた。
「……か、仮にブチキレると、なにが?」
「おう、なんなら体験しとくか。一緒にな!!」
カレンがカタカタと首を横に振った。
「まあ、それが賢明だな。自分でいうのもなんだが、誰だよこんなの考えたのってな!!」
「……」
カレンが完全に沈黙した。
「まあ、運が良ければ今晩一晩で許してもらえるだろう。エラい食っちまったから、どうか分からんがな!!」
宿の部屋に戻り、俺はベッドの上で丸くなった。
「……な、なにか、もの凄く怖いのですが」
カレンの顔色が悪かった。
「……言っただろ。一人のリスクは全員のリスクだってな。それを踏まえない行動を取るような本物の馬鹿野郎はいらねぇ。命がいくつあっても足りねぇからな。仮にそれが付き合いが一番長ぇミーシャでも容赦はしねぇ。まあ、アイツはそこまでじゃねぇって分かってるから、これでも軽く済ませてるんだぜ。そのくらい危険なんだ、あそこはな。それを忘れるな」
カレンが頷いた。
「……腕試しなんて軽い気持ちでいましたが、とんでもなかったですね」
「馬鹿野郎、それでいいんだよ。ちゃんと、やっちゃいけない事さえやらなけりゃな。まあ、怖いとこ見せちまったが、これは必要なことだと思ってくれ。俺たちがなんとかするから、まずはあの空間に十分慣れてくれ。余計なことは考えるなよ。俺もお前に死なれちゃ困るからよ。期待してんだからな」
「……は、はい」
カレンが小さな笑みを浮かべた。
「よし、それでいい。さて、今日はあのうるせぇのがいねぇし、お一人様を満喫するか」
俺はベッドの上で目を閉じた。
「……なんだ、カレン。俺にうっかり触ると危ねぇぞ。おっかねぇのが、どこでみてるか分からねぇからな」
目を閉じたまま俺はいった。
「……な、なんで分かるの!?」
「……馬鹿野郎、どこで鍛えたと思ってる。こんなボロ宿の部屋で分からねぇようじゃ、生き残れねぇぜ。だから、まずは慣れて欲しいんだ。俺だって、なんども死にそうな目に遭いながら、なんとか生きてるんだ。それでもやめねぇってんだからよ。馬鹿野郎以外のなにもんでもねぇさ」
カレンの気配が近づいた。
「……ちょっとした冒険です。悪くないかと」
「……ほう、いい根性してるな。いいだろう。どうなっても、知らねぇからな」
カレンはベッドに座り、俺を膝の上に乗せた。
「……なにか、落ち着きますね」
「……変なヤツだな。喋って魔法使って、おまけに口が悪いクソッタレな猫だぞ。自分で気持ち悪いぜ」
カレンがそっと俺の背に手を置いた。
「……ミーシャはいいですね。私もこんな相棒が欲しいです」
「……やめとけ、底抜け馬鹿野郎が移るぞ。相棒が欲しけりゃレインにしとけ、アイツは面倒見がいいいし間違いねぇ。俺が保証するぜ」
カレンは俺の背を撫でた。
「師匠はレベルが違い過ぎて、なにか近寄りにくくて。どうしたら……」
「……簡単だ。おい、レイン」
「うん?」
気配だけで、どこにいるかは分かっていた。
「カレンが話しがあるってよ。聞いてやれ」
「……ええ!?」
カレンの声が聞こえ、俺は床に飛び下りた。
「邪魔者は引っ込んでるからよ、ゆっくやってくれ」
俺はカレンの隣に座ったレインをみた。
「さて、どうすっかな……」
近くにいたナターシャが俺を抱き上げた。
「寂しそうだったもので。余り物同士、どこかいきますか」
「そりゃいいな。退屈でよ」
ナターシャは俺を抱いたまま部屋を出た。
ボロ宿を出て適当に歩くナターシャに抱えられたまま、いつしか公園へとたどり着いた。
「お仕置き中の誰かさんに見られたら、面倒な事になりますからね」
「まあ、あの店ってわけにはな!!」
ベンチに座ったナターシの脇に、俺は丸くなった。
「全く、脅しすぎですよ。ただの皿洗いなのに」
ナターシャが苦笑した。
「最初が肝心だからな。ついでだから、ちとビビらせておいたぜ。この程度でへこたれるとは思ってなかったが、間違いじゃなかったな。適当に叩かねぇと強くはならん」
「はいはい。全く……。まあ、私もボロクソにされましたからね。その度に、くたばれこのクソ猫!! くらいの気持ちで弾き飛ばしてきましたが」
ナターシャが笑った。
「おう、確かにクソ猫だぜ。もっと、クソ野郎にもなれるけどな。それじゃ、誰もついてこれねぇだろう」
「嘘つき、これで限界なくせに。強がるのもいいですが、それじゃ疲れますよ」
ナターシャは俺の背に手を置いた。
「そりゃ、俺が強がんねぇでどうすんだよ。しょぼくれたクソ猫に、誰が安心してついてくるんだよ。俺はなにがってもこうじゃないといかん」
「それは半分嘘。本心はミーシャのためでしょ」
ナターシャが小さく笑った。
「まあ、アイツはああみえて脆いからな。なんでか頼られてる以上は、最大限応えなきゃならん。そりゃ、ない根性絞って頑張るさ」
「それはタンナケットも。実はそんなに強いわけじゃないですからね。ミーシャに鼻ピンされてないと、しょぼくれたクソ猫に早変わり。まっ、いい関係だと思いますよ」
ナターシャは俺の背を軽く叩いた。
「全くもう、誰か紹介してくださいよ。いるでしょ、知り合い猫!!」
「……お前も変わってるな。こんな喋る猫なんぞ、どっか他にいたら気持ち悪いわ」
ナターシャは俺を膝の上に乗せた。
「まあ、当面はみんなのお母さんですかね。私は怒ると怖いですよ」
「……知ってるよ。チビりそうになるぜ」
ナターシャは小さく息をはいた。
「さて、もう纏まりましたかね。あのお似合いの二人は」
「どうだかね。まっ、そこは俺の管轄じゃねぇ」
俺は思わず苦笑した。
「それでは、帰りましょうか。歩きますか?」
「ついでだ、運んでやってくれ。たまにはいいだろう」
ナターシャは俺を抱きかかえ、ボロ宿に戻った。
「ああ、上手くいったみたいですね」
「そりゃ、レインがしくじるわけねぇだろ」
ベッドに並んで座り、楽しげに話すレインとカレンの姿あった。
「まあ、一安心ですか」
ナターシャが笑った。
「まあ、これでカレンも変な孤立感は消えるだろう。やりやすくなったはずだ」
俺はベッドに飛び乗った。
「さて、寝るか。どうせ、今晩は許してもらえんだろうからな」
「無理してやるから」
ナターシャが笑った。
「やんなきゃならん事はやるぞ。それが役目だからな」
「では、私もやる事やりますか」
ナターシャは俺の隣に座り、そっと膝に乗せた。
「ナターシャなら安心だ。あの馬鹿野郎じゃ手が出せんからな」
いきなり鼻ピンがきた。
「……」
「どういうことですか?」
笑みを向けられ俺は変な汗がでた。
「……やべ、怒ってやがる」
「あら、よく分かりましたね。どうしようかな、このクソ猫」
「……ごめんなさい」
「はい、結構です。滅多な事は、いわない方が身のためですよ」
俺の背に手を置き、ナターシャはそっと撫でた。
「……うちのパーティ最強かもしれんな」
また鼻ピンがきた。
「反省するまで、何発でも食らわします。それが、私の役目ですから
ナターシャが、小さく笑った。
「……うっかり、なにもいえねぇ」
「分かれば結構です。さて、あの二人はそっとしておいて、先に休みましょうか」
ベッドに横になったナターシャに抱きかかえられ、俺はため息をついた。
「なんか、すっかり一人じゃ快眠できなくなったな。あの馬鹿野郎が変な癖つけやがった」
「まあ、今日はこれで我慢してください」
ナターシャに撫でられながら、俺は目を閉じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます