第34話 やっと気がついた

「……あ、あの」

 地下五階に下り、探索準備を調えていると、カレンが近寄ってきた。

「なんだ、思い詰めた顔して?」

 俺はカレンに問いかけた。

「……は、はい、皆さん凄いので、私がここにいていいのかと」

 か細い声でいうカレンに、俺は笑った。

「まあ、俺もそうだが、コイツらはここで鍛えてこうなった。お前の師匠なんてよ、最初はへっぴり腰でロクに剣も振れなかったんだぜ。無駄に剣ばっかり集めてよ」

「……そ、そうなんですか」

 カレンが目を見開いた。

「ああ、最初から何でも出来ちまったら面白くねぇだろ。死なねぇ程度に、好きな事やりゃいいんだ。そのための遊び場だと思え。別に、仕事とか正義かざしてきてるわけじゃねぇし、なんの義務もねぇ……ただし」

 俺はカレンの目をみた。

「……一人のリスクは全員のリスクだ。そこは、忘れるな。自ずと今やるべきこと、やっていいことと悪いこと、色々見えてくると思うぜ」

 低い声でいうと、カレンは頷いた。

「そこさえ踏まえりゃ、どっかの馬鹿野郎みてぇにヤバい罠をオモチャにするとか、まあ好き勝手やりゃいい」

 いきなり首根っこ掴んでぶら下げられた。

「……誰が馬鹿野郎だって?」

「……お前以外にいるか?」

 ミーシャに鼻ピンされた。

「タンナケットにだけはいわれたくねぇ!!」

「……そりゃ、どーいうこった?」

 ミーシャが小さく笑みを浮かべた。

「……いいのか、アレ話すぞ?」

「……だ、ダメ!?」

 ミーシャは俺を放り出すと、カレンの耳に口を寄せた。

「……あのさ」

「て、てめぇ、一発食らうか!?」

 俺は反射的に呪文を詠唱した。

「……おっと、これ以上はヤバい」

 ミーシャはカレンから離れた。

「……な、なに、今の無駄な高速詠唱?」

 カレンがポカンとした。

「……は、早口過ぎて全く聞き取れなかった。こ、これもこの迷宮で!?」

「……いや、多分元々あったスキルだと思うぞ。俺も初めてみたもん」

 ミーシャが笑った。

「さて、タンナケットは私をどれだけ知ってるかな。知り尽くしてるとか、間違っても思ってないよねぇ」

 ミーシャは真顔でいって去っていった。

「……い、いま、なんだか妙に怖かった」

「……迂闊になにもできねぇ。おっかねぇな」

 俺が息を吐いた。

「まあ、アイツはよく分からんが、この迷宮については誰よりも詳しい。馬鹿野郎だが当てにしていいぞ。なにか不安なら、俺よりアイツに聞いてもらった方がいいかもな」

「……は、はい」

 カレンが頷くと、一回去ったミーシャが戻ってきた。

「こら、どさくさに紛れて人に押し付けてサボるな。それが、タンナケットの役目だろ。私はあくまで補助だ!!」

 ミーシャが苦笑した。

「なんだよ、たまには楽させろよ」

 俺は思わず笑った。

「カレン、こいつダセぇけどさ、迷宮に潜らせたら多分一番頼りになると思うよ。ちっこい猫のくせに生意気だけどね!!」

「うるせぇ」

 カレンが俺をみた。

「……た、確かになぜか安心しますね」

「でしょ、じゃなきゃ私がいうこと聞くわけない。自分でいうのもなんだけど、私は取り扱い注意だ!!」

 ミーシャが笑った。

「……は、はい」

 カレンが不思議そうだった。

「まあ、話すと夜が明けちまうから話さねぇけどな。ここには昼も夜もねぇけどよ」

 ミーシャが苦笑した。

「コイツいなかったら、私を含めてここにいる全員がいない。そんな目に何度も遭ってる。ただの魔法野郎じゃないよ。それだったら、いくらでも換えが利くからねぇ。いちいち話してたらキリがないんだけど、その積み重ねでこうなったから。焦らなくていいんじゃない。ぶっちゃけ、最初からカレンにはなにも期待してねぇ!!」

 ミーシャが笑うと、カレンが笑った。

「……では、期待されるように頑張ります。ミーシャだけにはいわれたくなので!!」

「上等だ、掛かってこい!!」

 ミーシャがカレンの頭を撫でた。


「さてと……変質後は初めてのフロアだね。しかも、なぜか今回私はあんまりツイてない。何があるか分からないから、私から少し離れてね」

 ミーシャがクリップボード片手に呟いた。

「馬鹿野郎、逆だろうが。なに固くなってやがる。よけい危ねぇぞ」

 俺が声を掛けると、ミーシャが息を吐いた。

「ふぅ……そうだねぇ。また、命拾いしたかもね」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「それでいい。ほれ、とっとといけ」

 俺はミーシャの肩に飛び乗った。

「階段よりはマシだ。適当にやってくれ」

 レインとナターシャは笑みを浮かべた。

「……え、えっと」

 一人、カレンが身を強ばらせてた。

「おい、カレン。なにもしなくていい。不慣れで動いて下手に怪我されるより、ゆっくり見物でもしててくれた方がいい。力抜け」

「……は、はい」

 カレンが息を吐いた。

「よし、いくか」

 ミーシャが頷いて、一歩踏み出そうとして止めた。

「……おっと、いきなりやるところだったよ。タンナケットも人が……いや猫か」

 ミーシャが息を吐いた。

「おし、撤収だ!!」

 いきなりデカい声で叫んだ。

「おい、やっと馬鹿野郎が気がついたぞ。手間掛けやがって」

 俺はミーシャの肩から飛び降りた。

「うん、この程度でよかったよ」

 レインが笑った。

「まったく」

 ナターシャも吹きだした。

「おう、カレン。よくやったぞ。いきなりで、ここまでこれたら大したもんだ」

「……え、えっと?」

 カレンが不思議そうな顔をした。

「ああ、名物っていえば名物か。俺なりのテストだ」

 俺は笑った。

「……あ、あの、なにが?」

「ああ、今回たまたまミーシャのバカが故障しやがったから、ついでにまとめて性能試験ってところだな。本来、今回はすぐに探索を打ちきって街に戻るべきだったんだ。どこまでズルズルいくかなって思っていたんだが、まあここでよかったな。ヒヤヒヤしたぜ」

 俺は笑みを浮かべた。

「こうやって全員が持ってる大体の能力を把握しとかねぇと、いざって時に困るからな

どっかダメなら他で補えばいい。一人じゃねぇんだからよ」

 俺はミーシャをみた。

「お前のせいで、全員をここまで危険に晒したんだぞ。迷宮好きもいいが、こういう時は冷静になれ」

「うっかり、やっちまったぜ!!」

 瞬間、レインとナターシャのゲンコツがミーシャに落ちた。

「……いってぇ」

「うん、修理完了」

「はい、お疲れ」

 カレンが目を見開いた。

「……こ、これが、家族」

「……いや、血縁じゃねぇし、家族じゃねぇよ」

 レインが笑った。

「うん、家族じゃないね。もっと、深いかも」

「なにしろ、命預けてますからね」

 ナターシャがいった。

「まあ、いい。ちょっとは、その家族ってやつに近くなったんじゃねぇのか?」

 俺が問いかけると、カレンは笑みを浮かべた。

「……だといいですね。頑張ります」

「おう、頑張ってくれねぇと困る。さて……」

 次の瞬間、ナターシャが高速詠唱で呪文を唱えた。

 同時に青白い光りが俺たちを包み、火球がぶち当たって弾けた。

「ふん……攻撃魔法か。俺に悟られないとは、なかなか大したもんだ」

 青白い光が消えると同時に、俺の杖から反撃の火球が撃ち出された。

 派手に爆音が轟き、天井からパラパラと石が落ちてきた。

「……ムカついたから、特盛にしてやった。しっかり食っとけ」

 俺は息を吐いた。

「おいおい、先生。不運ばらまくんじゃねぇよ。今度は俺だぜ」

「いやー、ごめんねぇ!!」

 ミーシャが頭を掻いた。

「……今の流れが!?」

 カレンが分けの分からない顔をした。

「ああ、簡単だ。俺が攻撃魔法で狙われたから、ナターシャが防御魔法で防いで、俺が撃ち返しただけだぜ。通常なら撃たれる前に気がつくんだが、なぜか感知できなくてな。まあ、どっか故障したら他ってのはこういうことだ」

「……こ、この一員のどこに!?」

「深く考えるな、そのうちどっかにハマる。そういうふうにするのが、俺の役割でな。しばらく、性能見せてくれ。試験っていっても落第はねぇから、安心しろ……まあ、俺がブチキレるようなしたら、この限りじゃねぇから、気を付けてくれよ」

 俺が笑うとカレンはコクっと頷いた。

「……やっぱり、このパーティ凄いかも」

「馬鹿野郎、単純にみるなよ。実は、大したことはねぇ。ただ、経験にものいわせてるだけだ。誰だって、このくらいできるようになる。生きてりゃな。だから、絶対死ぬな。もったいねぇからよ」

 カレンは頷いた。

「さて、先生。これどうしてくれんだよ。こんなとこまできちまってよ。また、ヤバい橋渡るのか?」

「ごめん、奢るから。タンナケット!!」

 俺は苦笑した。

「俺はいい。他の連中にきっちり詫び入れろよ」

「わ、分かってる!!」

 小さく笑ってから、俺は転送の魔法を使った。

 軽い酩酊感ののち、俺たちは無事に地上に出た。

「ふぅ、よかったな。不運がどっかいっちまってよ。これ、失敗したらどこに出るかわからねぇからな」

「え!?」

 カレンが声を上げた。

「ああ、この魔法はリスクが高い。だから、まだマシって時にしか使わないんだ。面倒だが歩いていくのは、そういうこともある。まあ、それじゃつまらねぇってものあるけどよ」

 カレンの顔色が青くなった。

「……つ、綱渡り」

「あたりめぇだ。なんで、わざわざヤバい場所にいくんだよ。それが楽しいからだろうが。何度もいってるが、馬鹿野郎ってそういうことだな。これな、うっかり覚えちまうと、もうやめられなくてよ」

 俺は笑った。

「よし、疲れただろう。街に戻って寄ってたかって先生の財布を空にしてやろうぜ」

「あ、謝るから、加減して!!」

 俺たちは馬車に乗り、街へと戻った。

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