第33話 瀬戸際の階段
「どうだ、先生?」
「……これが、なかなか。いいねぇ」
俺は階段で作業中のミーシャに声を掛けたが、全く聞いてくれなかった。
「こりゃダメだ。まだ、先に進めねぇぜ」
俺は思わず苦笑した。
「おい、こりゃ本気でダメだ。あれは放っておいて、大休止にするぞ」
レインとナターシャが頷き、背嚢の上に括ってある寝袋を広げた。
「……こ、ここで眠るのですか?」
カレンが、信じられないという様子で呟いた。
「そうか、なんだかんだでお前は初めてか。じゃあ、なんのためにわざわざ寝袋なんざ背負ってるんだ?」
俺は思わず笑った。
「……な、なにか、そういうプレイかと」
「こ、こら。しかも、なんだそれは」
俺は思わず怒鳴った。
「……いえ、なんでもないです。ここで、眠れる神経が分からないです」
俺はまた笑ってしまった。
「当たり前だ。馬鹿野郎なイカレポンチだからな」
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
レインとナターシャは、早々に寝息を立てはじめた。
「……し、しかも、寝付きが恐ろしく早いですね」
「まぁな、いつ魔物に襲われるか分からねぇし、そうなったら寝られねぇからな」
俺がいうと、カレンは変な汗を掻き始めた。
「……ま、魔物、くるんですか?」
「当然だ。こっちの都合に合わせてくれるわけねぇだろ。今のうちに寝とけ」
カレンは俺をみた。
「……む、無理」
そして、そのまま床に蹲った。
「な、なに、勝手にみんなして寝やがって!!」
床に丸まっていた俺を、ミーシャが軽く足で突いて起こした。
「お前が熱心に遊んでやがったからな。邪魔しないでおいたぜ」
「遊びじゃねぇ!!」
ミーシャは床に胡座をかくと、俺を押し込んで目を閉じた。
「なんだ、終わったのか?」
「まだ、ホントもうしつこい!!」
一声叫び、そのまま黙った。
「……寝なきゃダメだ。寝なきゃダメだ。寝なきゃダメだ」
おっかなびっくり床に広げた寝袋に入り、カレンが呪文のようにボソボソ呟いていた。
「……追い込むな。余計に眠れんぞ」
俺は苦笑した。
「見てみろ、先生なんてこれで寝てるぜ」
「……えっ?」
カレンが目を開けてこっちをみた。
ミーシャは胡座で座ったまま、俺をその中に突っこみ、目を閉じて寝息を立てていた。
「……なんですか、それ!?」
カレンが声を上げた。
「なにせ、先生だからな。半端な神経してねぇぜ」
「……し、神経も凄いですが、その格好って!?」
カレンが寝袋から這い出し、俺たちの方に近寄ってきた。
「……せ、せめて、これがあれば」
カレンが俺を掴んだ。
「ば、馬鹿野郎、よせ」
瞬間、ミーシャの素早い拳がカレンの顔面を捉えた。
「……」
「……こうなる。間違っても、俺に触るな」
顔をさすりながら、カレンは俺をみた。
「……ど、どうなっているんですか!?」
「……さぁな、俺にも分からねぇ」
カレンは肩を落として自分の寝袋に潜ると、また呪文を唱えはじめた。
「まあ、これも慣れの問題なんだがな……」
俺は苦笑しながら、本物の呪文を唱えた。
「……あ、あれ、いつの間に」
しばらくして、カレンが起きた。
「なんだ、もう覚めちまったか。加減を間違えたか……」
「……あ、あの?」
俺は杖をみせた。
「睡眠の魔法だ。ちっとは眠れただろう」
「……は、はい。ちょっと、スッキリしました」
カレンは、目をゴシゴシ擦った。
「もうちっと寝とけ。コイツらは、まだ当分起きねぇぜ」
「……ど、どれだけ神経太いのか」
俺は笑った。
「じきこうなっちまうぜ。なかには、宿のベッドより快適だっていう、馬鹿野郎もいやがるぞ」
「……これも、修行」
カレンはまた寝袋に潜った。
「……修行って、お前」
俺は苦笑して、また睡眠の魔法を使った。
「さっきより、強めにしておいたぜ。これで……」
「……あ、あれ?」
さっきより早く、カレンが目を覚ました。
「……マジかよ」
「……あ、あの、また?」
俺は答えず、フルパワーの睡眠魔法を使った。
「……」
「……あ、あの?」
カレンがすぐに起きた。
「……なるほどな、極端に魔法耐性が強いか。いざって時は、盾に使えるな」
「……あ、あの、顔がとことんマジな上に、目つきが極限まで悪いですけど」
俺は笑った。
「おっ、なにがだ?」
「……い、今、猛烈に身の危険を感じましたが!?」
カレンが寝袋から出て、傍らにあった刀を手に取った。
「……い、今のうちに、排除しておいた方が!?」
「落ち着け、ただの冗談だ」
俺は笑みを浮かべた。
「……そ、そうは思えませんが」
「なんだよ、このくらいの事やらねぇと、変に緊張しやがるだろ!!」
カレンは刀をおいた。
「……なにか、無駄に疲れました。寝ます」
カレンは寝袋に入り、すぐに寝息を立てはじめた。
「なんだよ、もう順応しやがったか。やりゃ出来るじゃねぇか……」
俺は苦笑して、そっと目を閉じた。
「……さてと、続きを楽しませてもらおうかな」
「……やっぱ、遊んでるじゃん」
再びマジなミーシャになり、階段の罠解除に向かった。
「しっかし、こりゃいつ進入許可が出るかねぇ」
俺は苦笑して、呪文を唱えた。
火球が飛び、どこかで爆する音が聞こえた。
「……い、今さりげなく、なにしました?」
全員が起きて寝袋を丸めて撤収作業を進める中、カレンが目を見開いて俺を見つめた。
「別にどうって事はねぇ。なんかきたから撃った。それだけだ」
「……気配、全く感じなかった」
レインが苦笑した。
「タンナケットは、寝てる最中でさえ常に周辺を警戒している。だから、僕たちは安心して寝られるんだ」
「……重ね重ね、ダサいなんて口が滑ってごめんなさい!!」
カレンがペコッと頭を下げた。
「十分ダセぇよ。なにせ、自分のメシも一人じゃ食えねぇんだぜ。そっちの方が、魔法より大事だろ」
「……こ、今度から猫缶開けさせて下さい!!」
俺は笑った。
「馬鹿野郎、そんな事したら、ミーシャにガチでぶっ殺されるぞ。寝てるときのアレみただろ。お前は、ただ俺に触っただけだぜ?」
「……は、はい」
カレンが、階段で作業しているミーシャの背中をみた。
「……ある意味、ミーシャが一番分からないです」
「同感だ。ったく、変な野郎だぜ」
カレンが小さく笑みを浮かべた。
「……まあ、いい人であるのは間違いないですが」
「どうだかねぇ」
俺がいった途端、なにか石みたいなのが階段から飛んできて体に合った。
「……ほら、分からない」
「……おっかねぇな。うっかり、なにもいえねぇぜ」
俺は苦笑して、ミーシャの背中をみた。
「よし、終わったぞ!!」
いつもの馬鹿野郎なミーシャに戻り、階段から上がってきた。
「……これが一番落ち着きます」
「俺もだ」
俺はミーシャの肩に飛び乗った。
「な、なんで、いつも歩いてるのに!?」
「まあ、予防策だ。ナターシャ、頼んだぞ」
俺は後ろのナターシャに声を掛けた。
「はい、任せてください」
小さく笑みを浮かべてから、呪文を唱えた。
俺の体を青白光りが包んだ。
「なにも、タンナケットが盾にならなくても!?」
「今回のお前は、全くツイてねぇ。ロクな事にならんかもしれんだろ?」
息を吸い込み、ミーシャは真顔になった。
「……さて、いくよ」
「いつでもこい」
俺たちは階段を下りはじめた。
「……な、なにか、皆さんの緊張感が半端ないですね」
どっか抜けてるレインは、滅多にみせない真顔で剣を抜き、ナターシャも引き締まった顔で杖を構えていた。
「……カレン、お前も用心しておけ。そもそもが、まともな階段じゃねぇ。こういうときは、なにかに巻き込まれる可能性がある」
俺が低くいうと、カレンは頷いて刀を抜いた。
しばらく下りていくと、先頭のミーシャの足下で微かな音が聞こえた。
同時に、レインが一瞬動き乾いた音が聞こえた。
「……ミスったか」
「……ああ、簡単な矢の罠だ。真面目にやったのか?」
俺とミーシャは短い会話を交わした。
「……い、今のは」
「……ああ、飛んできた矢をレインが叩き落としただけだ。いいから、神経を集中しろ。死ぬぞ」
カレンは、それきり黙った。
しばらくいくと、またミーシャの足下で音が聞こえた。
同時に、ナターシャが聞き取れないほどの高速詠唱で呪文を唱えた。
青白い光が俺たちを包み、やや遅れて壁から吹き出た炎が俺たちを包んだ。
「……チッ」
「……ったく、ツイてねぇにも程があるぜ。らしくねぇな」
さらに下りていくと、今度は階段の一部がいきなり抜け、俺とミーシャが落ちた。
「……ふぅ」
「……ったく、危ねぇなぁ」
それは、いわゆる落とし穴だった。
底には鋭いトゲがビッシリ生え、先客の白骨死体がいくつも転がっていた。
そのトゲに刺さる寸前で、俺たちは止まっていた。
「……これは、タンナケットでも防げないね」
「……だからいっただろ、肩に乗せておけって。詠唱が間に合ってよかったぜ」
俺たちの体は浮遊の魔法で浮いていた。
そのままコントロールして、階段に戻った。
その落とし穴を避けてさらに階段を下りていき、地下五階のフロアがみえてきた時だった。
今度はカレンの足下で音が聞こえた。
瞬間、ミーシャがククリを振った。
「……ごめん、不運を移した」
「……も、もう限界。な、なんですか!?」
カレンが叫んだ。
「……毒針。多分、刺さったら即死に近いかもね」
「……そ、そんな」
俺はカレンを睨んだ。
「最後まで、油断するな。いいな?」
「……は、はい」
そのまま階段を下りきり、地下五階のフロアに下りた瞬間、カレンを除く全員が息を吸い込んだ
「なんだおい、久々に楽しかったな」
俺はミーシャの肩から飛び降りた。
「いやー、ごめん。いくつか見落としてた!!」
ミーシャが頭を掻いた。
「馬鹿野郎、死ぬかと思ったぜ」
「まあ、ヒリヒリしてたのしかったよ」
俺に続いてレインが剣を収めていった。
「まあ、たまにはこういうのもいいですね」
ナターシャが笑みを浮かべた。
「……あ、あの」
取り残されたカレンが、刀を構えたまま小刻みに震えていた。
「なんだ、そんなもんしまえ」
俺が声を掛けても、カレンは固まっていた。
「おい、師匠」
「うん」
レインがカレンの肩に手を置き、手に握られていた刀をそっと引き抜いた。
「……いま、皆さん凄かったような。正直、怖かったです」
カレンの声に俺は笑った。
「まあ、ミーシャだけじゃなくて、下手すりゃ全員が生きるか死ぬかの瀬戸際だったからな。そりゃマジになるさ」
「……ふ、普段は?」
カレンが恐る恐るきいた。
「全力の何パーセントとか聞かれても分からんが、まあ、基本的に適当に遊んでるようなもんだな。だってよ、楽しむためにここに潜るんだぜ。いつもマジになっちまったら、疲れちまうし楽しくもねぇだろ」
「……ぜ、全員が分からなくなった」
カレンが倒れそうになったところを、レインが支えた。
「うん、所詮はただの馬鹿集団だからさ。固くならないで」
「……いや、凄いパーティに入ったかも」
カレンの呟きに、俺は苦笑した。
「凄くねぇよ。まあ、馬鹿って意味じゃ、すげぇかもしれねぇがな」
「……も、もうダメ」
カレンが床に座り込んだ。
「よし、コイツが復活するまで休憩だ」
俺はレインに目配せし、呪文を唱えた。
飛んでいった火球がどこかで爆発した。
「うん、メシ作るよ」
レインがメシの支度をはじめた。
「……い、今のスルー!?」
「おう、いつもの事だ」
俺は呪文を唱えた。
「……な、なんなの、この人たち」
爆音と同時に、カレンが頭を抱えた。
「何度も言わすな。馬鹿だってな」
同時に杖から火球が飛び出した。
「……じゅ、呪文は!?」
「唱えたぞ。聞こえなかったか?」
「……ああ、なんかもう」
カレンが、床にグッタリと寝そべった。
これが、地下五階のスタートだった。
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