第32話 凄いんだかそうじゃないんだか

「だぁぁぁ、やけ食いだ!!」

 ミーシャが運ばれてきたメシを、凄まじい勢いで食うというよりは吸引していた。

「……分かった。とにかく謝るから、落ち着け」

 俺はため息を吐き、皿の上の猫缶の中身を平らげた。

「……やはり、この味は落ち着きますね」

 カレンが笑みを浮かべた。

「ああ、こんな薄暗れぇジメジメした場所には貴重な場所だ。大事にしねぇとな」

「うん、少し味が変わってるね。研究したっぽい」

 レインが呟いた。

「そりゃお前、好きで作ってるんだ。熱心にやるだろうよ」

「おかわり!!」

 ミーシャが怒鳴った。

「……お前、そろそろいい加減しとけ」

「うるせぇ!!」

 ミーシャに鼻ピンされた。

「……おっかねぇぜ」

「よほど頭にきたのでしょう。自分の庭だと思っている迷宮でコケにされて」

 ナターシャが笑った。

「ここが庭ねぇ……」

 俺は苦笑した。


「……食い過ぎた」

 ミーシャがグッタリとテーブルに倒れていた。

「……まあ、ちょっと可哀想だから大目にみてやろう」

 俺は呪文を唱え、杖でミーシャの頭をぶん殴った。

「……」

「……胃もたれと胸焼けの魔法だ。すっきり治ったか?」

 さらに、ナターシャが呪文を唱え、杖で思い切りミーシャをぶん殴った。

「……魚の目を落とす魔法です。治りましたか?」

「な、なんなの、あんたら!?」

 ミーシャが怒鳴った拍子に、背中から椅子ごと倒れた。

「……ねぇ、一回帰らない。私、最後は死んじゃうかもよ?」

 ミーシャがポツッと呟き、小さく泣き始めた。

「おいおい、そうはさせねぇよ。絶対にな」

 俺はミーシャの隣で丸くなった。


「よし、気を取り直していくぞ!!」

 落ち込んでも、立ち直ればスッキリなのがミーシャの取り柄だ。

「さてと、ここからは通常通りの探索だ。いい加減、地下四階にケリをつけよう」

 俺は杖を持ち直した。

「そうだねぇ、あともうちょっとだから……」

 クリップボードの紙を捲りながら、ミーシャが頭を掻いた。

「あとは地下五階への階段周辺だろ?」

「うん、順調なら今回で終わると思うよ……」

 俺はミーシャの肩に飛び乗った。

「……な、なにか、完全に二人の世界になっていますね」

「まあ、元々そういう仲だからねぇ」

 カレンとレインの声が聞こえた。


 地下一階を抜け、地下二階に下りた俺たちは、慎重に歩みを進めた。

「うん、ここも異常ないね」

「まあ、そうコロコロ変わられても困るがな」

 俺はミーシャの肩に乗ったまま、辺りを見回した。

 まあ、ミーシャほど敏感ではないが、俺でも特に変化がない事は感じ取れた。

「うん……寄り道は考えないでいこう。地下四階優先で……」

「それがいいだろうな。必要なら、後でまた探ればいい」

 俺たちは真っ直ぐ階段を目指した。

 あと少しという頃になって、それは起きた。

「あっ……」

 ミーシャの短い声と共に、俺は肩から勢いよく弾き飛ばされた。

「た、タンナケット!?」

 床に転がった俺に慌ててミーシャが駆け寄ってきた。

「……」

「タンナケットは、嘘はいいませんでしたね。もし、肩に乗っていなかったら、今頃ミーシャの首を矢が射貫いていたでしょう。さながら猫の盾。防御魔法が間に合ってよかったです」

 ナターシャが笑みを浮かべた。

「なにやってるんですか。固くなってらしくもない事するから、こういうヘマをするんです。私たちの存在を、忘れないで下さいね」

「……忘れていたわけじゃねぇが。コイツが不吉な事いいやがるから、つい心配になっちまってな。やってくれ」

 ナターシャは俺に派手な鼻ピンを食らわし、ミーシャに思い切りゲンコツを落とした。

「……」

「……て、手加減して」

「お仕置きですから、懲りて下さいね」

 ナターシャは小さく笑った。


「馬鹿野郎、テメェのせいで痛ぇ思いしちまったじゃねぇか!!」

「馬鹿野郎、私なんてもっと痛いわ!!」

「……薬が効きすぎましたかね」

 ナターシャはもう一度俺に鼻ピンをぶちかまし、ミーシャにゲンコツを落とした。

「……痛い」

「……うん」

「このくらいですかね。この回復魔法は、調整が難しいです」

 ナターシャがため息を吐いた。

「……な、なんか、凄い」

「うん、基本的にどっちも叩けば直るから」

 カレンとレインの声が聞こえた。

「……なんなの、今回の探索」

「……ああ、なんか頭にきたぜ」

 俺とミーシャは同時に息を吸った。

『この、ド腐れ迷宮野郎!!』

 俺とミーシャの怒鳴り声が迷宮の闇に響いた。

「……うん、いこう!!」

「……よし、気合い入ったぜ」

 俺は後ろにいた他の面子をみた。

「おう、いくぜ」

「……え、えっと?」

「うん、時々乱調があるんだ。もう大丈夫だから、気にしないで」

 カレンとレインの声が聞こえた。


「さてと、また遊園地だねぇ」

 地下三階に下り、俺は氷の浮島を作った。

 ほぼ同時にウンディーネが顔をだし、手招きした。

「よ、呼ばれてるよ……」

「あ、ああ……」

 俺とミーシャが浮島に乗ると、ウンディーネは俺を抱き上げ、ミーシャを抱きかかえた。

「なんです、二人とも飼い猫になったんですか?」

 ナターシャが吹きだした

「だ、誰がじゃ!!」

「……満更でもねぇな」

 ミーシャが鼻ピンをかました。

「……」

「……ごめんなさい」

 カレンが吹きだした。

「……そろそろ、一言いいですか。二人とも、どうしょうもなくダサい!!」

「……い、いうようになったね」

「……まあ、馴染んだ証拠だ」

 ウンディーネは俺たちを浮島において、静かに押し始めた。

「……なんだよ、笑いたきゃ笑えよ」

 ニヤニヤして俺とミーシャを見つめる三人に、俺はため息交じりにいった。

「二人とも頼みますよ。頼りにしている先輩なんですから」

 ナターシャが小さく笑った。


 問題の地下四階に到達した。

「ストップ!!」

 通路を歩いていたミーシャが足を止めた。

「……タンナケットよりナターシャの方が専門か。よろしく!!」

「はいはい」

 ナターシャが呪文を唱え、目の前にあった通路の空間に光が走った。

「ここは罠がないって油断させた頃にこれか、意地が悪い!!」

「はい、そのまま踏み込んでいたら、全員即死でしたね」

「……な、なにがあったの?」

 俺が聞くと、ナターシャは笑った。

「特殊な呪縛結界です。触れたら即死ですね」

「……おっかねぇ」

 俺は苦笑した。

「……タンナケットでも、分からないことあるんですね」

 カレンが目を見開いていた。

「馬鹿野郎、俺はただの喋る猫だぞ。万能なわけねぇだろ」

「……喋るだけで、ただの猫ではありません」

 俺は笑った。

「猫は猫だ。テメェじゃ猫缶すらも開けられねぇ。大した事ねぇよ」

 カレンが笑みを浮かべた。

「……それもそうですね。ダサい!!」

「……もういいよ、それ」

 ミーシャがカレンにゲンコツを落とした。

「……誰の猫がダサいって?」

「……ごめんなさい」

「全く、バカだねぇ。僕もだけど」

 レインが吹きだした。


「それにしても不気味だね。今日は魔物がいない……」

 先頭を進むミーシャがいった。

「まあ、猫みてぇに気まぐれな迷宮だからな」

 俺は神経を張りながらいった。

「……なんですかね。妙な感覚があります」

 カレンが刀に手を掛けた。

「そう緊張しないで。いざって時に動けないから」

 そっとレインが声を掛けた。

「……はい」

 カレンが刀から手を下ろした。

「しっかりやっとけ、師匠」

 俺は笑った。

「師匠なんて柄じゃないんだけどねぇ。ただの剣バカだし」

 レインが苦笑した。

「よくいうぜ」

 俺が笑った時、全身を怖気が襲った。

「攻撃魔法!!」

「はい!!」

 素早く呪文を唱えたナターシャが杖を振り、俺たちの目の前に防御魔法の結界が展開された。

 その結界に光の束がぶち当たって弾け飛んだ。

「……おもしれぇ」

 俺は呪文を唱え、発動のタイミングに合わせてナターシャが結界を解除した。

 無数の火球が通路の向こうに消え、派手に爆発する轟音が轟いた。

「ふん……」

 俺は杖を持ち直した。

「……い、今のは?」

「さぁな。敏感なミーシャにすら気配を感じさせなかったのは上等だが、魔法なんざ使ったら位置がバレバレだ。詰めが甘ぇな」

 俺がカレンの問いに答えると、何事もなかったかのようにミーシャが歩き始めた。

「……だ、ダサいっていってごめんなさい!!」

「……お前、結構単純だな」

 俺は笑った。

「バカはバカなりに頑張るさ。死にたくはねぇからな」

 俺たちは先に進み、黒焦げの何かの山が転がってる脇を通り過ぎた。

「さて……もうすぐだね」

「よし……」

「……こ、これをみて無反応!?」

 カレンがまた声を上げた。

「ただの黒焦げだ。なにか問題あるか?」

「……も、もう二度とダサいっていいません。ごめんなさい!!」

 俺は笑った。

「ただの慣れだ。俺はだせぇ猫だぜ」

 そのまま通路を進み、問題なく階段に到達した。

「……待った。こりゃ凄いね。こんだけしつこく罠を仕掛けるなんて、病気の領域だよ」

 階段を見たミーシャが低くいった。

「先生、頼むぜ」

 ミーシャが頷いた。

「……腕が鳴るねぇ。楽しくなってきた」

 ミーシャが小さく笑みを浮かべた。

「あーあ、スイッチ入っちまった。こりゃ、当分遊んでるぜ。俺たちはメシにしよう」

「うん、作るよ。待ってて」

 事も無げにいって、レインがメシを作りはじめた。

 ナターシャは床に座って、背嚢から本を取り出して読み始め、俺はいつも通り杖の手入れを始めた。

「……あ、あの?」

 取り残されたカレンが、困惑していた。

「おう、なんか好きな事やって暇つぶししてろ。あのミーシャは、罠を徹底的に排除するまで、もう止まらん」

「……な、何か色々ごめんなさい!!」

 カレンが深々と頭を下げたのだった。

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