第31話 お届け物
今回は緊急で街に戻っただけだった事もあって、俺たちは翌日には再び迷宮に向かった。
「なにか、あの迷宮にはいい思い出がないですね」
あそこに妙な連中に閉じ込められていたターリカが、どうにも優れない感じでいった。
「思い出なんざ、これから作りゃいい。冒険者とかいうバカどもの相手してれば、ボロ宿で燻っているよりはいいと思うぜ」
「はい……」
まあ、そうそう簡単にいかない事は分かっている。
しかし、ボロ宿に籠もって盗賊の真似事やって憂さ晴らしするくらいなら、こっちの方がまだマシだろうと思ったのだ。
「私は記憶がほとんどないので……あそこにいた事は確かですが」
アイーシャが困ったようにいった。
「記憶なんて作りゃいい。綺麗に上書きしちまえ」
ミーシャに鼻ピンされた。
「記憶は大事だぞ。なんだと思ってるの!!」
「……ごめんなさい」
ミーシャが珍しくまともだった。
「……あ、あの、また足を引っ張ってしまったら、思い切りケツを蹴飛ばして下さい」
「カレン、言葉使いに気を付けろ。ミーシャの真似するな!!」
ミーシャに思い切り鼻ピンされた。
「私はケツなんていわないぞ。タンナケットだろ……」
「……ごめんなさい」
「なんかさ、まだ可愛いタンナケット?」
レインが吹きだした。
「テメェ、ケツ引っ掻くぞ!!」
ミーシャに鼻ピンされた。
「ケツじゃくて、せめて尻……」
「……ごめんなさい」
「全く、すっかりタンナケット弄りが癖になってますね」
ナターシャが笑った。
「……そ、その、ご尊顔を引っ掻かせて頂きますわよ?」
またミーシャに鼻ピンされた。
「……純粋に、キモい」
「……どうしろってんだよ!!」
俺はミーシャの顔を引っ掻いた。
「それでいい!!」
「なんだよ、いつも通りじゃねぇか……」
まあ、いつもの馬鹿野郎どもを乗せた馬車は、迷宮の駐車場に到着した。
「さて、まずは地下二階のコボルト野郎を目指すぞ。届け物があるからな」
いつもの面子にアイーシャとターリカを加え、俺たちは地上階層に入った。
「……こ、今度こそ」
カレンが刀に手を掛けた。
「おいおい、気合い入れるタイミング間違えるな。緩みすぎもまずいが、ガチガチもまずいぜ」
「……はい」
カレンはそっと刀から手を離した。
「さて、お客さんだぜ」
例の臭いヤツが四体ほど現れた。
「……これ、何度遭っても嫌いです」
カレンが刀を抜いた。
「まあ、多分好きな奴はいないと思うよ」
レインも剣を抜いた。
「よし、いくぞ」
「……はい」
レインとカレンが突っ込み、ほぼ一瞬で四体を細切れに変えた。
「結構、いいコンビじゃねぇか」
俺は構えていた杖を引っ込めた。
「な、なんか、今日魔物多くない!?」
形だけククリを抜いたミーシャが叫んだ。
「知らねぇ、新しい従業員の歓迎会でもやってるんじゃねぇのか」
俺は杖を構え、目の前にいる夥しい数のゴブリンに向かって、無数の氷の矢を飛ばした。
「とにかく……」
「……ぶった切る」
妙に凜々しい顔でいいコンビネーションをみせるレインとカレンが、片っ端からゴブリンどもを斬り飛ばしていった。
「……カレン、言葉使い」
「タンナケット、ボケッとしてないでガンガン撃て!!」
ミーシャに怒鳴られ、俺は呪文の詠唱に入った。
「分かったよ。ガンガン撃てばいいんだな……」
俺は杖を構えた。
「連続詠唱、アイス・レイン」
通常、一つの魔法につき詠唱する呪文は一つだが、構文を少し変えることによって一回の詠唱で複数回の連射が可能となる。
疑似的に連続で詠唱している形になるので連続詠唱というのだが、魔法使いならこのくらいは出来ないと、誰にも相手にしてもらえないのだ。
視界を埋め尽くすほど盛大に散った氷の矢が、ゴブリンどもを次々に串刺しにしていった。
「……なにこれ、初めてみた」
ミーシャが唖然とした。
「……十六回だ。そりゃ、みせてねぇからな」
もちろん、前線で派手に暴れているレインとカレンに当てるようなヘマはしてない。
これで、大半のゴブリンは倒した。
「よし、仕上げだ」
瞬間、全身に怖気のようなものが走った。
「攻撃魔法!!」
俺の言葉と同時に、ナターシャの素早い詠唱の声が聞こえた。
瞬間的に展開されたナターシャの防御魔法による結界に、ゴブリンの群れから放たれた火球がぶち当たって弾け飛んだ。
「危ねぇヤツが混じってるな」
さっきの怖気のようなものは、攻撃魔法の標的にされた証だった。
ゴブリンは基本的に単純筋力バカではあるが、たまに魔法を使う賢いヤツがいる。
どうも、それが混じっているようだ。
「チマチマやってたら面倒だな……退け!!」
俺の叫び声と共に、レインとカレンが素早く戻ってきた。
「フレア・バースト」
序盤から派手な魔法の連発は御法度なのだが、ケチってやられたら元も子もない。
大爆発が残されたゴブリンどもを飲み込み、戦闘は無事に終了した。
「いや、このところなかった派手な戦闘だったね」
剣を鞘に収めたレインがいった。
「……疲れましたが、なにか爽快です」
カレンが笑みを浮かべた。
「なんだおい、ストレス発散か。ちっとは、ここにも慣れたみたいだな」
「……はい、今度は大丈夫かもしれません」
どうやら、カレンは少し自信をつけたようだった。
「過信はするなよ。ミーシャみたいに……」
思い切り鼻ピンされた。
「……いわないって、約束だったよね?」
「……お前、俺との約束を盛大に破ったよな?」
「やめなさい」
ナターシャに鼻ピンを食らい、ミーシャにはゲンコツが落ちた。
「いいから、進んで下さい。ミーシャが止まると全員が止まるのです」
「……お、怒られた」
「……怖い」
ミーシャが歩き出し、俺たちは戦闘痕も激しい一帯を抜け、ようやく地下一階への階段にたどり着いた。
「よし、やっと本領発揮!!」
地下に下りたミーシャは、途端に活き活きしはじめた。
「お前、本当に好きだな」
俺は苦笑した。
「好きじゃなきゃやってらるか。いくぞ!!」
ミーシャはクリップボードを持ち、いつも通り先頭を歩き始めた。
「ここが好きなんですか……」
「変わってますね……」
ターリカとアイーシャが、信じられないという感じでいった。
「まあ、わざわざここにくるのはそんな連中ばかりだ。退屈はしねぇと思うぞ」
俺の言葉に、二人はとりあえず頷いた。
上は荒れていたが、ここはいつも通り魔物の影はなかった。
「ああ、二人とも。私が歩いたあと以外は通らないでね」
ミーシャが先に釘を刺した。
「は、はい……」
「わ、分かりました」
ミーシャからバカっぽい調子の声が消えたせいか、二人にやや緊張が走った。
「先生のいうこと聞いときゃ、死なねぇから安心しろ」
俺は二人に声を掛けた。
二人は黙って頷いた。
そのまま通路を進み、ミーシャが足を止めた。
「ちょっと、待ってね」
ミーシャが辺りを見回し、手元のクリップボードの紙を捲った。
「なるほど……」
ミーシャは呟き、一見すると無造作に壁を押した。
その壁が横にスライドして開き、小部屋が現れた。
「見落とし!!」
ミーシャが元気にいった。
「い、今、なにをしたんですか?」
ターリカが目を丸くした。
「さぁな、付き合いもそこそこになるが、先生の頭の中はよく分からん」
俺は苦笑した。
「ちょっと待ってろ!!」
ミーシャは、元気なわりには慎重に部屋に入っていった。
部屋の入り口に行くと、中程にこの迷宮標準装備のチェストが置かれていた。
部屋の中を丹念に調べていたミーシャが、手招きした。
「進入許可だ。いこう」
俺たちも中に入り、チェストからそこそこ離れた場所で待機した。
「へぇ……いっちょ前に大層な罠仕掛けて」
チェストを調べていたミーシャが呟いた。
「……み、ミーシャの目がマジ」
カレンがポカンとした。
「あ、あんな顔みたことないです」
「は、はい……」
ターリカとアイーシャも似たようなものだった。
「お前ら、アイツと盗賊ゴッコやってたんだろ。あれが本気だ。お遊びとは違う」
ミーシャが罠解除の作業を始めた。
「タンナケット、アレ……」
「あいよ」
俺は呪文を唱えた。
チェストが鈍く光り、すぐに消えた。
「うん……あと、コレとソレも」
「へいへい」
さらに、連続して呪文を唱えた。
「うん……」
ミーシャはまた黙々と作業を始めた。
「え、えっと?」
ターリカが俺をみた。
「なんだ、罠解除の手伝いしただけだぞ。大した事じゃねぇ」
みれば、全員ポカンとしていた。
「な、なんだ……」
「……な、なんです。その古女房との会話みたいな感じは?」
代表してか、カレンが聞いてきた。
「お前、ガキのくせに古女房って……。まあ、その程度には付き合いがあるってことだ。予想してやろうか。次は、これだ」
俺は呪文を唱えた。
チェストが光って消えた。
ミーシャが背中を向けたまま、軽く親指を立ててきた。
「ほら、当たった」
「……」
全員が沈黙した。
「も、もしかして、凄いパーティーにいたのか」
レインがポツッと呟いた。
「凄かねぇよ。罠なんてのはパターンがある。猫でも覚えるさ」
「よし、解除」
ミーシャが呟き、鍵穴に道具を突っこんで蓋を開けた。
「……な、なにこれ!?」
ミーシャが絶叫した。
「……なんだ、ゲジゲジでも詰まってたか?」
俺はチェストに近寄り、ミーシャの肩に飛び乗って中をみた。
そこには、『ハズレ。バーカ』と書かれた紙が一枚入っていた。
「あ、あれだけ苦労して、む、ムカつく!!」
「あのなぁ、この前チェストにゴミ詰めて同じ事やろうとしたんだぞ?」
一言いってから、俺は笑った。
「ほれ、これがこの迷宮だ。いちいち、楽しくてやってらんねぇ」
「楽しくねぇ!!」
ミーシャが八つ当たりの鼻ピンをかましてきた。
「おい、これみろよ!!」
俺はポカンとしていた全員を呼んだ。
その紙をみたレインとナターシャが吹きだした。
「た、確かにバカだ」
「否定は出来ませんね」
怒りのミーシャはチェストを蹴飛ばし、レインとナターシャはキョトンとしていたカレンの肩に手を乗せた。
「こんな事を四六時中やってるのが冒険者だよ」
「バカらしいでしょ?」
「……えっと、なんで楽しそうなんです?」
カレンが小首をかしげた。
「こんな事ばっかりだ。先生みてぇにいちいちブチキレてたら、血管が何本あっても足りねぇ。何でも笑いに変えろ」
「……は、はい」
カレンがコクッと頷いた。
「そんでお二人さん、全員が俺たちみたいな脳天気バカとは限らねぇ。なかには、ガチでブチキレてきて、八つ当たりで暴れる野郎もいるとは思うが、そういうヤツは全力でぶん殴っていいぞ。あのコボルト野郎は臆病で優しいから、ちゃんと守ってやってくれ。これが、誘った理由の一つだ」
アイーシャとターリカが頷いた。
「あー、ムカつく!!」
チェスト相手に暴れるミーシャを示した。
「予行練習だ。一発かましてやれ」
二人は頷いてミーシャに近づくと、アイーシャがミーシャを羽交い締めにして、ターリカが鋭い拳を顔面に叩き込んだ。
「おぶっ!?」
変な声を上げ、ミーシャが大人しくなった。
「……お客様、お目覚めになりましたか?」
ターリカがニッコリいった。
「……パーフェクトだ」
俺はニヤッとした。
「た、タンナケットだな。この野郎!!」
またジタバタしはじめたミーシャに、ターリカが拳を振り上げた。
「……」
ミーシャが大人しくなると、アイーシャは羽交い締めを解き、ターリカはニコッと笑って拳を下ろした。
「こんな感じでよろしいですか?」
ターリカが聞いてきた。
「合格だ、問題ねぇ」
ミーシャが力なく近寄ってきて、俺の首根っこ捕まえてぶら下げた。
「……おい」
「何のことかな?」
ターリカがまた拳を振り上げた。
「……」
ミーシャは黙って俺を放り捨て、そのまま床に蹲った。
「せ、せっかく途中まで格好良かったのに……」
「まあ、お前はそれでいい。ほれ、先生。とっとと行くぞ」
「チクショウ!!」
一言叫び、ミーシャは勢いよく立ち上がった。
「あったまきた、マジでやってやる……」
「……いつもマジでやって?」
俺たちは、再び通路に出て、さらに奥に進んだ。
「さてと……」
気を取り直したミーシャがクリップボードを片手に進み、その後はなにもなく地下二階への階段に到達した。
「うん、異常なし。いこう」
確かにマジなミーシャに続き、俺たちは地下二階への階段を下りた。
「この近くだ。気に入ってもらえるといいな」
地下二階の通路を歩きながら、俺はアイーシャとターリカに声を掛けた。
「こんな場所に住んでいるんですか?」
ターリカが聞いた。
「ああ、ちょっとした仕掛けがあってな」
例の隠し通路の前にくると、まずはミーシャが壁の向こうに消えた。
「えっ!?」
「な、なんで!?」
ターリカとアイーシャが声を上げた。
「幻影の魔法だ。この迷宮にはよくある」
俺も壁の向こうへと踏み込んだ。
「お待ちしていました」
先に入ったミーシャの元に、コボルトがきていた。
「約束した従業員の配達にきたぜ」
おっかなびっくり入ってきたターリカとアイーシャを手で示し、俺はコボルトにいった。「えっ?」
「こ、これは?」
コボルトを見て、二人が驚いた。
「は、はい……」
コボルトは俯いて黙ってしまった。
「か、可愛いです」
「め、迷宮にこんな」
二人の目の色が変わった。
「えっ?」
コボルトが驚きの表情を浮かべた。
「なんで早く教えてくれなかったのですか!!」
「独り占めしているなんて!!」
「……い、いや、そんなつもりじゃ」
二人はコボルトの元にすっ飛んでいった。
「あの、お店をやっていらっしゃると伺っていますが!?」
コボルトを食っちまいそうな勢いで、ターリカが聞いた。
「は、はい、えっと……」
「どこですか。行きましょう!!」
アイーシャもまた、頭から丸かじりしそうな勢いだった。
「は、はい、こちらです……」
俺たちを取り残して、三人は通路の奥へと向かっていった。
「……掴みは大丈夫だね」
ミーシャが呟いた。
「なんていうか、アイツらがコボルトを料理して食っちまいそうだな」
俺はため息を吐いた。
やや遅れてコボルトの家に到着して中に入ると、二人はさっそく店内の掃除をはじめていた。
「この辺りは、宿でやっているので得意なんです」
「はい」
ターリカとアイーシャの手際が異常によかった。
「あのボロ宿、掃除なんてしてるのか……」
そんな光景見た事なかったのだが、まあ、やっているっていうならやっているのだろう。
「いや、いい方にきていただきました。ありがとうございます」
コボルトが声を掛けてきた。
「オーナー、掃除終わります」
「次は?」
「お、オーナー……」
俺の呟きにコボルトが頭を掻いた。
「そうとしか呼んでくれないのです。お恥ずかしい」
コボルトは二人に指示というよりはお願いをした。
それをテキパキと片付けていく様を見て、俺はミーシャをみた。
「なあ、あれだけ動けてあんなだせぇ捕まり方したんだ?」
「……あんな機敏な動き、みたことない」
ミーシャが唖然としていた。
「まあ、気合いの問題だな。お前には、それだけの魅力がなかったって事だ」
俺は笑った。
「こ、この……」
ミーシャは二人に中指をおっ立てた。
「よし、なんか食ってこうぜ。ここの味、癖になってるだろ」
俺の言葉に全員が頷き、適当なテーブルについた。
「おい、オーナー。いつもの」
「……オーナーはやめてください」
コボルトは赤面して、厨房に消えていった。
店内に上手そうな匂いが漂いはじめた。
「……ここにくると、ホッとします」
カレンが笑顔でいった。
「どれ、僕も作ってこようかな」
椅子を立とうとしたレインを、俺は手で制した。
「ここはアイツの城だ。野暮なことするんじゃねぇ」
「そうだね」
レインは椅子に座り直した。
「な、なんかもう、私って。上げて落としっぱなしって……」
そして、一人グッタリしているミーシャだった。
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