第28話 地下四階にて

「……な、なんです。あの大きいもの」

「ヘルムギガースだ。ここじゃよくいる」

 地下四階。

 のっけから、デカいのが現れた。

「いいか、ビビるな。デカいだけのウスノロだ」

 俺は呪文を唱えた。

「ほらよ」

 真空の刃がデカブツの体を切りつけた。

 同時にレインが飛び込み。左手首から先を切り落とした。

「カレン!!」

 レインが声を掛けた。

 それで我に返ったカレンが飛び込んでいき、今度は右手首から先を切り落とした。

 怒り狂ったデカブツが、二人を踏みつぶそうと足を上げた。

「ほれ」

 俺が振った杖の先から極低温の冷気が吹きだし、その足を凍結させた。

 レインの剣がその足を粉々に砕き、倒れ込んできたデカブツを二人が左右に跳んで避けた。

「トドメだ!!」

「……はい!!」

 道を譲ったレインはバックアップに回り、カレンの刀がデカブツの首を跳ね飛ばした。

「まあ、こんなところだ。間違わなきゃ敵じゃねぇ」

「……はい」

 再び緊張の色がみえるカレンに声を掛けると、きつく結んだ口から微かな声が聞こえた。

 隊列を組み直し、再びミーシャを先頭に先に進んだ。

「今回は未踏領域の探索だね。前回で大体終わっているけど……」

 ミーシャがクリップボード片手に頭を掻いた。

 地下五階への階段周辺。

 俺たちの目的はそこにあった。

「一応、注意は怠るなよ。見落としがあるかもしれん」

「いわれるまでもなく、ちゃんとやってる」

 ミーシャと会話をしながら通路を進んでいくと、また魔物が出現した。

「……臭い」

「グールだ。嫌だろうが、ぶった切れ」

 嫌な顔をするカレンに、俺は苦笑した。

「僕も嫌だけどね。仕方ない」

「……はい、師匠」

 なんてやってたら、四体いたグールの一体が跳躍して、カレンの鎧を引っ掻いた。

「……うわ!?」

「よっと……」

 声を上げたカレンのサポートに回り、レインはソイツを真っ二つにした。

「油断はするなよ。あの臭いのに引っかかれたくはねぇだろ」

 俺は呪文を唱えた。

「しゃらくせぇ」

 俺の杖から放たれた無数の火球が、残る三体のグールを炎上させた。

「……そ、そんな強力な魔法。タンナケットも嫌だったの?」

 ミーシャが問いかけてきた。

「嫌に決まってるだろ。鼻が曲がっちまう」

 カレンに鼻ピンされた。

「……あの、この使い方は?」

「間違ってる!!」

 ミーシャがカレンにゲンコツを落とした。

「……ごめんなさい」

 素直に謝り、俺を抱きかかえた。

「ああ!?」

 ミーシャが俺を引ったくろうとしたが、カレンは放そうとしなかった。

「……本当に酷いことしてしまいました」

「……そこまで深刻じゃねぇぞ」

 俺は自分で飛び降りた。

「ほら、いくぞ。いつまでも終わらねぇ」

「はーい……」

 ミーシャがふくれっ面で歩き始めた。


 幾度も戦闘を繰り返し、カレンの動きも熟れてきた頃、俺たちは前回探索出来なかったエリアに到達した。

「変質前は、なんてことのない場所だったんだけどねぇ」

 クリップボードの紙にガリガリ書きながら、ミーシャは歩みを進めていた。

「ここまででも大分変わっている。油断はするな」

 俺はミーシャというよりは、全員に向けていった。

「そうだねぇ……おや?」

 ミーシャが足を止めた。

「どうした?」

 ミーシャは答えず、壁の石を押した。

 すると、壁がスライドして人一人通れる程度の通路が現れた。

「……こ、これは」

 カレンが声を上げた。

「まあ、よくある仕掛けだ。なっ。先生」

「誰が先生だ!!」

 ミーシャが文句をいいながら、通路をつぶさに調べはじめた。

「罠はないね。いこう!!」

 元気に行って、率先して通路に入った。

 俺たちも続き、程なく小部屋に出た。

「カレン、ちょっと待て」

 ミーシャに、そのままついていこうとしたカレンを止めた。

「……どうしました」

「ミーシャの検分が済んでからだ。怒られちまうぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「……そ、そんな、危ない」

「それを承知で、自ら買って出てやってる。アイツのスタイルなんだ」

 カレンは信じられないという表情ながらも、軽く頷いた。

 部屋の中には台座のようなものがあるだけで、他にこれといったものはなかった。

 しばらくして、ミーシャが手招きした。

「いいよ!!」

 俺たちは部屋の中に入った。

 他にめぼしいものもないため、俺は台座を調べた。

「ルーン文字に似てるが……古代文字か」

 今使われているルーン文字より以前、より魔法文明が盛んだった頃の魔法文字だろう。

 積極的に研究しているわけではないが、魔法柄の嗜み程度には読む事は出来た。

「召還系の魔法か。今じゃ廃れちまったが、昔は盛んだったらしいからな」

 その独特の文法で、俺は大体の見当をつけた。

「そっちの方は、タンナケットの専門だね。私にはわからん!!」

 ミーシャが興味なさそうにいった。

「ったく、お宝しか興味ねぇんだからよ……。ナターシャ、この部屋に結界を張ってくれ。万一の時に、迷惑かけちゃいけねぇからな」

 ナターシャは頷き、強力な結界を部屋に張った。

 積極的になにかしようとは思わないが、万一の事故がある。

 不意に妙なものが召喚された時、せめてこの部屋に留めておこうという処置だった。

「よし……。さて、召還系ってのは分かったが、なにを召喚しようってまでは分からねぇ。これ以上は責任が取れねぇから、実際に使おうとは思わねぇが……。まだあるぞ」

 俺がいったとき、たまたま近くにいたカレンの刀の鞘が台座に触れた。

 瞬間、台座が淡く輝き、強烈な魔力が溢れ出た。

「やべぇ、発動しちまった」

 俺の声で、カレン以外は全員台座から離れた。

「カレン、なにしてる」

 俺の声にも反応はなかった。

 どこか虚ろな目で俺たちをみて、ただ立っているだけだった。

「ナターシャ、解呪」

「分かっています」

 明らかに、何らかの呪縛だった。

 ナターシャの呪文詠唱の声が聞こえる中、台座の上に一振りの刀が出現した。

 それを手に取ったカレンは、鞘から抜いてそれを投げ捨てた。

「マジかよ……」

 カレンは刀を構え、俺たちと正対した。

「おい、解呪はまだか。シャレになんねぇぞ」

 分かってはいたが、ナターシャは必死の形相で呪文を詠唱し続けていた。

「分かった。僕が相手になろう」

 レインが剣を抜いて、俺たちの前に立った。

 そして、二人の斬り合いがはじまった。

 補助的に魔法を使おうかとも思ったのだが、呪縛の種類が分からなかったので藪蛇になりかねない。

 俺とミーシャは、いつでも動けるように身構えていた。

「こ、これが、レインとカレンの実力……」

 ミーシャの頬に汗が流れていた。

「ああ、全然みえねぇ。コイツら、化け物か」

 その剣の動きどころか、体捌きすらなんとか追える程度だった。

 こうなると全く分からないが、二人の実力は最低でも同等レベルだった。

「あ、あのさ、刀ってこういう切り結びに向いてないんだ。すぐに刀身が曲がっちゃう。まして、相手は肉厚で重量もある剣だし、一撃で折れても不思議じゃない。あの刀、ただの刀じゃないよ」

 ミーシャがいった。

「そりゃ、ただの刀なんてわざわざ召喚しねぇだろ。ロクなもんじゃねぇさ」

 二人がやり合っている間も、ナターシャの解呪は続いていた。

 延々と時間が過ぎ、カレンが膝をついた。

「悪い、ちょっと痛い思いさせちゃったね」

 レインは剣を鞘に収めた。

「な、なにしたの!?」

 ミーシャが叫んだ。

「足の大きな腱を何本か少し……不本意だったけど、これで立てないと思うよ」

 カレンは床に倒れてジタバタしていたが、確かに立てない様子だった。

 すると、カレンの手から刀が離れ、そのまま宙に浮いた。

「やっぱり、ロクなもんじゃなかったぜ」

 俺は杖を構えた。

「あの刀は僕も分からないけど、とんでもない邪気を感じる。始末しておかないと、面倒な事になるよ」

 レインがもう一度剣を抜いた。

 宙に浮いた刀が狙ったのは、床に倒れていたカレンだった。

 その切っ先が向いた瞬間、一気に踏み込んだレインの剣が刀を弾き飛ばした。

「全く、面倒な……」

 奇妙な戦いだが、宙に浮かんだ刀とレインの斬り合いが始まった。

「ミーシャ」

 危ないといえば危ないのだが、そのままにしておくと、カレンが巻き込まれ兼ねない。

 ミーシャは素早く移動し、倒れたままのカレンを引きずるようにして安全圏に移動させた。

 どうやら、気絶しているようで、カレンの意識はなかった。

「これで、いいな。レイン」

 俺が怒鳴るとレインは素早く待避した。

「フレア・バースト」

 あらゆるものを消滅させる、最強の攻撃魔法だ。

 あの刀野郎も、ただじゃ済まないはずだ。

「まだだ!!」

 レインが叫んだ。

「しつけぇ野郎だ。嫌われるぜ」

 俺は呪文を唱えた。

「ポジトロン・ブラスト」

 杖から収束された細い光の帯が放たれ、健在だった刀野郎に突き刺さった。

 爆発のような轟音が轟き、刀野郎は一瞬で消滅した。

 俺の切り札。教科書では教えない魔法というやつだ。

「久々にみたけど、相変わらず凄いね」

「ああ、理屈ではこれで消滅させられねぇものはねぇはずだ」

 魔法は、意外と理屈だ。

 精霊力を使わないという、特殊な魔法も存在する。

 そういうものは自分で開発するしかなく、これもその一つだった。

「さて、解呪はどうだ?」

 レインが油断なく辺りを警戒する中、ナターシャの必死の解呪はまだ続いていた。

「よし、その間に始末しておくか。こんな危ねぇもん、放置は出来ねぇからな」

 俺は台座に向きなおった。

「それについては大丈夫。仕掛けしておいたから!!」

 ミーシャが元気にいった。

「……なにやったの?」

 俺はミーシャに聞いた。

「暇だったから、これ!!」

 ミーシャの手には、魔力を伝達するための特殊な繊維で編まれた、魔導線というものが握られれていた。

「はい、ドカーン!!」

 ミーシャが叫んだが、なにも起きなかった。

「……まさかと思うが、非常用の爆発魔法薬を仕掛けたんじゃないないだろうな」

 滅多にやらないが、どうしても壁に穴を空けたい時に、爆破するという荒っぽい方法がある。

 その時に使うのが、魔力に感応して爆発するという、なかなか危ない魔法薬だった。

「……」

「馬鹿野郎、あれは高いんだぞ。さっさと回収してこい!!」

「……」

 ミーシャはすごすごと回収しにいった。

 そのミーシャにレインが近づき、手に持っていたロープでミーシャを縛り転がし、台座に仕掛けられていた薬瓶を外してはミーシャの体に取り付けていった。

「な、なにしやがる!!」

 ミーシャがジタバタする中、レインが無言で魔導線を俺に手渡した。

「……さて、どうしようかな。お前のカスみたいな魔力じゃ感応しなかったが、俺の魔力だったら、もしかしたら感応しちゃうかもね。台座も吹っ飛ぶし」

 ミーシャの顔色が青くなった。

「や、やめて!?」

「……ドカーン!!」

 ミーシャが泡吹いて気絶した。

「……まあ、お仕置きはこんなもんでいいだろう」

 レインが魔法薬とミーシャを回収してきた。

「さてと、フレア・バースト」

 俺の魔法で、台座は粉々に吹き飛んだ。


 結構な時間が掛かったが、カレンの解呪は成功した。

「……あ、あの?」

 やはり、覚えていない様子で、カレンが問いかけてきた。

「なに、大したことじゃねぇ」

 俺は杖をシュルシュル回して持ち直した。

「待って、これから怪我の治療をします」

 疲労困憊のナターシャだったが、レインが動きを封じるためにやった怪我を治療してぶっ倒れた。

「……あ、あの、教えて下さい!!」

 まあ、気持ち悪いのは分かる。

 カレンが必死に叫んだ。

「その怪我はダンゴムシに踏まれただけだ。多分、全長三十メートルくらいあったな」

「そうそう、なんていったっけ、あの目が赤い変なヤツ」

 俺とレインは話しをはぐらかした。

「……斬りますよ?」

 カレンが殺気立った。

「……俺の口からはいえねぇ」

「……僕も無理だよ」

 俺たちがワタワタしていると、ミーシャがカレン抱きしめた。

「教えるよ。知らないと気持ち悪いもんね!!」

「……は、はい」

 ミーシャはこの次第を語って聞かせた。

「……そ、そんな、みなさんに刃を向けたなんて」

 ショックを隠しきれない様子で、カレンはそっと立ち上がると正座した。

「ち、違う、ミーシャのボケだ。ダンゴムシだって」

 俺は慌てていった。

「知っとくのは大事だよ。後学のためにもね。違う?」

 ミーシャに聞かれ、俺はため息を吐いた。

「知らなきゃならねぇ事もあれば、知らねぇ方がいい事もある。俺だって、ミーシャに話していない事は山ほどあるぞ」

「な、なにそれ!?」

 ミーシャが俺の首根っこ引っつかんでぶら下げた。

「全部話せ!!」

「嫌なこった、こんなところで寝込まれても困るからな」

 ミーシャが俺を放り投げた。

「な、なに、すっげぇ気になる!!」

 床に倒れてバタバタしているミーシャから、俺はカレンに目を向けた。

「単なる事故だ。迷宮探索には付き物ってヤツだな。そのフォローをするのが、俺たち全員の役目だ。これは、誰であってもお互いにな。じゃなきゃ、パーティーを組んでる意味がねぇ」

「……はい。しかし」

「だから、ダンゴムシだっていったろ。その程度の事だ。いちいち気にしてたら、迷宮探索なんてやってられん」

 カレンはしばらく黙り、小さく息を吐いて正座を崩した。

「それでいい。あとは、ナターシャの回復待ちだ。休憩だな」

「ああ、気になって迷宮どころじゃねぇ!!」

 ミーシャが叫び倒す中、俺たちはしばしの休憩に入ったのだった。

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