第27話 デビュー戦

 迷宮初のカレンを連れた探索は、俺にとっても初といえた。

「まずは肩慣らしだ。地上階層で戦闘の勘を掴め」

「……はい」

 お馴染みの臭いヤツことゾンビとか、甘く見なければ問題ないゴブリンなど、戦闘練習の相手にはちょうどよかった。

 レインはあえて手を出さず、俺も必要最小限の魔法しか使っていない。

「……これが、実戦」

 あえてカレンに戦闘のほとんどを任せているため、それなりに息が上がっている状態だった。

「ああ、これから行く地下四階はもうちと面倒なのばかりだ。こんなもんだと思うなよ」

「……はい」

 そんな調子で地上階層を無駄に歩き回り、俺たちは小休止をとった。

「さて、休んだら本番だ。ミーシャ先生の出番だぜ」

「ぷ、プレッシャー掛けないで……」

 ミーシャがカタカタ震えていた。

「おい、先生。なにがたついてやがる。普通にやれ」

「わ、分かってるけど、先生とか虐めるな!!」

 なんてやってたら、ちゃっかりメシを作っていたレインが皿を持ってきた。

「……えっ?」

「うちのパーティー名物だ。レインのメシは美味いぞ」

 俺はミーシャに猫缶を開けてもらった。

「虐められた仕返しだ。タンナケットは猫缶を開けたヤツに、問答無用で懐く!!」

「……おい」

 俺はため息を吐いた。

「……そうなんですね」

 それを真に受けたカレンが、もう一個猫缶を開けた。

「こ、こら、無駄にするな」

「……嫌ですか?」

 カレンが俺をじっと見つめていた。

「……嫌じゃねぇけど」

「こ、こら!?」

 ミーシャが声を上げた。

「私の猫にエサを与えるな!!」

「……自分で言ったんだぞ」

 俺は二個の猫缶を食って、なかなか満腹だった。

「馬鹿野郎、食い過ぎだ」

「……吐いたら殺すよ?」

 ミーシャの冷たい声が聞こえた。

「……ね、猫だもん」

「理由にならん!!」

 鼻ピンされた俺は、ため息をついた。

「まあ、これがうちだ。バカだらけだろ?」

 俺がいうとカレンは笑みを浮かべた。

「……いいと思います。このくらいの方が」

「いったな。後悔するなよ」

 しばしの休憩の後、俺たちは地下一階に下りた。


「……なにか、空気が違います」

 カレンがいった。

「不気味だろう。これが迷宮ってやつだ」

 この独特の空気に慣れるには、まあ、十回は潜らないと無理だろう。

 向いてないヤツは、この段階でアウトだ。

「……はい。でも、ワクワクします」

「ほう、その調子だ。いくぞ」

 いつも通りミーシャを先頭に、俺たちは地下二階の階段を目指した。

「そこら中罠だらけだから、変なところに触らないでね」

「……は、はい」

 やはり、カレンはガチガチだった。

「おいおい、楽しくいこうぜ」

 俺はいつもの癖で、カレンの顔面を引っ掻いていた。

「……あっ」

「た、タンナケット!?」

 速攻でミーシャに首根っこ引っつかまれ、鼻ピンの嵐を浴びた。

「あ、謝りなさい!!」

「ご、ごめんなさい」

 すると、カレンが笑みを浮かべ、鼻ピンをかましてきた。

「……これで、いいですか?」

「う、うん……」

 ミーシャが目を丸くした。

「なにをバカやっているのですか」

 ナターシャが苦笑して、回復魔法でカレンの傷を治した。

「よ、よし、いくぞ!!」

 気を取り直した様子で、ミーシャが再び歩みを進めた。

「罠の見分け方教えてあげようか。基本的には勘なんだけど……」

「……はい」

 ミーシャが実際の罠をモデルに、なにやらカレンに解説を始めた。

「……俺には教えてくれないのに」

「タンナケットに教えても無駄。猫の手で解除できるか!!」

「……猫差別だ」

 俺たちは、程なく地下二階への階段に到達した。


「ここにきたら、まずはあそこ寄ろう!!」

「……あそこ?」

 ミーシャの言葉に、カレンが不思議そうな声を上げた。

「まあ、ちと変わった友人だ。寂しがりだから、人が増えたのは喜ぶだろう」

 俺がいうと、カレンはさらに不思議そうな顔になった。

「……こんな場所に住んでいる。なにかの犯罪者ですか?」

「ま、まあ、そういうヤツもいるが、アイツは違うから安心しろ」

 俺たちは、地下二階隠し通路に入った。

「……か、壁の中?」

「ああ、幻影の魔法だ。迷宮にはこんな仕掛けもある」

 いちいち新鮮な反応をするカレンに、俺も最初はこんなだったなと思った。

「……い、家がある?」

「まあ、元は掘っ立て小屋だったが、俺が魔法でリフォームした」

 カレンが俺に驚きの目を向けた。

「……実は凄腕の建築士ですか?」

「馬鹿野郎、俺は生粋の魔法使いだ」

 ……多分な。

「カレンのリアクションが、微妙に楽しい!!」

 ミーシャがご機嫌だった。

「楽しいのはいいが、微妙に疲れるのも事実だ……」

「……よくいわれます。どこか、妙にネジが抜けていると」

 カレンが笑みを浮かべた。

「……変なネジが抜けてなきゃいいが」

 俺はため息を吐いた。

「よし、突撃!!」

 ミーシャがダッシュして、家の扉を蹴破った。

「馬鹿野郎、はしゃぎすぎだ」

 俺は慌てて家に飛び込んだ。

「いや、ビックリしました」

 目を丸くしたコボルトに、ミーシャが頭を掻いていた。

「ったく……」

 残りの面子が家に入ったところで、俺は魔法でぶっ壊れた扉を直した。

「……実は一流の大工さん?」

「も、もういい」

 カレンのボケだかなんだか分からない言葉に、俺はため息を吐いた。

「おや、見慣れない方が……」

 コボルトがカレンに気がついた。

「……魔物?」

 カレンが刀に手を掛けた。

「おいおい、落ち着け。こいつは問題ねぇ」

「……そうですか」

 カレンが刀から手を下ろした。

「うちの新人だ。よろしく頼む」

 俺がコボルトとにいうと、カレンがペコリと頭を下げた。

「……カレンと申します」

「こちらこそ、よろしくお願いします。さっそく、歓迎の支度をしますね」

「ああ、暇だし僕も手伝うよ」

 料理を始めたコボルトにレインが加わり、家の中に美味そうな匂いが漂いはじめた。

「……ここは面白い場所ですね。こんな所があるとは」

 椅子に座ったカレンが、笑みを浮かべながらいった。

「面白いっていえば面白いが、厳しい顔もあるからな。俺だって何度も死にかけてる。ここは、そういう場所だ」

「……はい」

 カレンが表情を引き締めた。

「お待たせしました。昨日、食材を調達したばかりで、ちょうどよかったです」

 大皿に盛った料理をテーブルに並べながら、コボルトがいった。

「……美味しそう」

 カレンが呟いた。

「美味いよ。これが癖になる味でさ、迷宮に潜るとここによるのが定番!!」

 ミーシャがいった。

「……なるほど。いただきます」

 我慢できなくなったか、カレンが真っ先に料理に手を付けた。

「……こ、これは」

 そして、驚愕した。

「どうした?」

「……立派にお店が出せるレベルです。地上に出て生活しては?」

 カレンがコボルトにいった。

「いやはや、私は人間社会では魔物です。カレンさんも、最初刀に手を掛けましたよね?」

「……あっ、ごめんなさい」

 カレンが俯いた。

「とても地上では暮らせません。食材の調達も、私の存在を理解してくれる数少ない人間の商人が、わざわざここまできてくれる事でなんとかなっています。高値を吹っかけられていますが、やむを得ませんね」

 コボルトが苦笑した。

「……そうですか。では、ここで冒険者相手に食堂をやるというのは?」

「えっ?」

 カレンの言葉に、コボルトが聞き返した。

「……はい、冒険者なら理解してくれる人も多いのではと」

「か、かえって、殺されちゃいますよ」

 コボルトの声が裏返った。

「うん、そいつはいいアイディアだな。上で暇した挙げ句、出来もしねぇ盗賊の真似事やって猫に捕まった馬鹿野郎が二人いるし、護衛兼従業員として無給でこき使ってやれ。そのくらいの貸しは作ったつもりだがな」

「……うっ」

 俺の言葉にミーシャが変な声を出した。

「なんなら、このバカも置いていくが?」

「ご、ごめんなさい。もうしません!!」

 ミーシャが土下座した。

「い、いえ、待って下さい。そんな、急にいわれても……」

 コボルトがワタワタした。

「……この味を埋もれさせておくなど、私が許しません。やりましょう!!」

「は、はい……」

 妙に熱いカレンに押され、コボルトが頷いた。

「よし、それならそれで……ほらよ」

 俺は、魔法でまた家をリフォームした。

 一階部分をよくある食堂風の造りに変え、二階を居住スペースとした。

「……いや、甘いな」

 気に入らなかったので、俺はまた魔法を使った。

 家を三階建てに作りかえ、一回の食堂は少し気の利いた店の内装に変え、二回は宿屋とまではいかないが、軽く休憩が取れるスペースと食材などを保管する倉庫とした。

 三階は純粋にコボルトの居住スペースだ。

「あ、あの……」

 コボルトが固まった。

「……やっぱり、凄腕の建築士で伝説の大工さんですね。間違いありません」

 まあ、このカレンの呟きはどうでもいい。

「よし、こんなもんでどうだ?」

「は、はい……」

 コボルトが、ちょうど一階の食堂部分を見回していた。

「こ、ここが、私のお店……」

「そうだ、買い出しは従業員にやらせりゃいい。まともな値段で手に入るだろう」

 俺がいうと、コボルトは頷いた。

「メニューを開発しますよ。ここまでして頂いたら、私も本気で」

「よし、頑張ってくれ。次にここにくるときに、従業員の馬鹿野郎を二名連れてくる。営業開始はそこからだな」

 俺がいうと、カレンが首を横に振った。

「……今からです。お腹が空きましたので、得意料理を作って下さい。お代は」

 カレンが固まった。

「分かってるさ。開店祝いだ」

 こういう時は妙な連携をみせるミーシャが、俺の財布から適当な金額の紙幣をテーブルにおいた。

「そ、そんな、あなた方からお金を取るなんて……」

「それはそれ、これはこれだ。美味いもの食わせてくれ」

 そして、気合いを入れすぎたコボルトがあまりに大量のメシを作り過ぎたため、それを適当な空き容器に詰めてもらって、テイクアウトしたのだった。


「どうだ、あのコボルトのお陰で少しは和んだだろう」

「……はい。変な力が抜けました」

 テイクアウトしたメシを歩き食いしながら、カレンがいった。

「しかし、食堂ねぇ。僕もいつかやろうかな」

 これまた歩き食いしながら、レインがいった。

「いいですね。夢は大きくです」

 コイツもまた、歩き食いしながらナターシャ。

「夢かぁ……忘れちゃった」

 こっちも食いながらミーシャがいった。

「……お前ら、一言いいか。食うか探索するか、どっちかにしねぇと怒っちゃうぞ」

 俺はミーシャが差し出している容器に頭を突っこんでからいった。

「……タンナケットだって、食ってるじゃん」

「……だって、美味いだもん」

 コホン。

 俺たちは地下二階を抜け、地下三階への階段へと到達した。

「この下はある意味遊園地なんだよね……」

 ミーシャが微妙な表情でいった。

「……遊園地?」

「行けば分かる……」

 ミーシャはため息を吐き、階段に足を踏み入れた。

 俺たちはミーシャを先頭に階段を下りていった。

「カレン、動くな!!」

 ミーシャがいきなり声を上げた。

 ピクッと動きを止めたカレンから、俺たちは離れた。

「……な、なにが」

「……罠の起動スイッチ踏んでる。一つ言い忘れていたよ。私が歩いた後以外は、歩いちゃダメ!!」

 ミーシャはこの前新調した、無駄に高い短刀を抜いた。

「ああ、もう一つ。みんな離れたけど、見捨てたわけじゃないからね。迷宮の鉄則、死ぬなら最低限を実践してるだけだから」

 カレンが小さく頷いた。

「まあ、任せてよ。一応、こういうのが専門でさ」

 ミーシャは短刀で、床の石を強引にこじっては放り投げた。

「うん、単純な機械式。ここをこうして……」

 ガリガリと音が聞こえ、ミーシャが立ち上がった。

「はい、終わり。足退けていいよ!!」

 カレンはそっと足を退かしたが、なにも起きなかった。

「……こ、怖かった」

 カレンが小刻みに震えていた。

「まあ、こんな感じだな。よくある事っていえば、よくある事だ」

「よくあっちゃ困るんだけどねぇ」

 ミーシャがため息を吐いた。

「よし、いくぞ!!」

 俺たちは、再び地下三階を目指した。


「……ここを、どうやって?」

 地下三階は水たまりのフロアだ。

 聞いたカレンにミーシャが笑った。

「驚くよ。先生!!」

「誰が先生だ……」

 俺は呪文を唱え、氷の浮島を作った。

 すると、待っていたかのように、ウンディーネが顔を出した。

 無論、その手にはちゅ~るがあった。

「……な、なにごと」

 カレンが刀に手を置く事すら忘れて、ひたすら驚いた。

「まあまあ……」

 ミーシャがカレンの肩を押し、俺たちは浮島に乗った。

 差し出されたちゅ~るを食うと、ウンディーネは浮島を押しはじめた。

「……あ、あの」

「心配ない、水の精霊だ。なぜか、いつも押してくれる」

 困惑した様子のカレンに笑った。

「……つくづく、ここは面白い」

「こいつが面白いって感じるなら、見込みはあるぜ」

 ウンディーネは、最短距離で浮島を階段まで押した。

「……す、すごい経験でした」

 カレンがまだ驚きを隠せない様子だった。

 ウンディーネは、いつも通り俺を抱き上げ、ミーシャを片腕に抱いた。

「……こ、このスキンシップの意味は?」

「……知るか。俺に聞くな」

 しばらくそうしたあと、ウンディーネは俺たちを放して水中に消えていった。

「ねっ、ある意味遊園地でしょ?」

 ミーシャがカレンに聞いた。

「……は、はい。楽しいですね」

「普通はビビるもんだがな……。まあ、ネジが抜けてるってのは本当だな」

 カレンが俺に鼻ピンした。

「……あの、こういう時はこれでよろしいでしょうか?」

「……いいけど、出来ればやめて。私の猫だから」

 問われたミーシャはため息を吐いた。

「よし、地下四階だ!!」

 気を取り直した様子で、ミーシャが叫んだ。

「さてと、ここから先がやっとお楽しみエリアだ。存分に暴れられるぞ」

 俺は杖を持ち直した。

 こうして、俺たちは魔物の巣である地下四階に下りたのだった。

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