第26話 夏夜の出来事
前回の迷宮探索から、今日で二週間目の朝を迎えた。
まだ明け方から少し過ぎたくらい。
俺にとっては絶好調な時間に、同室となったカレンが起き出した。
「おう、今日も稽古か?」
「……はい、怠けるとすぐに鈍ってしまうので」
軽く一礼し、カレンは部屋から出ていった。
「全く、バカも見習えってんだ……」
杖を磨こうとした途端、首根っこ引っつかまれてぶら下げられた。
「バカって誰?」
ジト目のミーシャに凄まれた。
「……なんでもない。ごめんなさい」
「分かればいい!!」
ミーシャは俺を放り出した。
「なんだ、お前がこんな時間に起きるなんて珍しいな」
俺の言葉を待っていたかのように、いつの間にかそれっぽい装備に身を固めたアイーシャとターリカが現れた。
「バカも見習って励んでくるよ。怠けると鈍っちゃってねぇ」
三人は部屋から出ていった。
「……盗みかよ。馬鹿野郎が」
俺はため息を吐き、なにもみなかった事にして杖の手入れを始めた。
ちょうど杖の手入れを終えた頃だった。
部屋の扉を叩き壊す勢いで、この街の警備隊員が突入してきた。
「タンナケット!!」
「なんだ、お前か。どうした?」
血相を変えてすっ飛んできたソイツは、馴染みの坊主だった。
「このところ街を荒らし回っている盗賊団を追い詰めたんだが、激しく抵抗されているんだ。警備隊として協力要請、契約の三十四条と六十七条を適用する!!」
この街で冒険者などやっていると、警備隊から業務提携を申し入れられたりする。
俺たちのパーティーも、またその一つだった。
「……数は?」
「三人だ。銃で武装している模様!!」
「そいつはヤバいな。特例条項三百四十五も適用してくれ」
「わ、分かった!!」
俺と坊主は部屋を飛び出た。
現場はこの街の富裕層が集まるエリアだった。
デカい邸宅が並ぶ一角で、路地を警備隊員の群れが塞いでいた。
「退いてくれ」
俺はその人垣を通れる分だけ退かせて、最前列へと進んだ。
「……やっぱりな」
俺は杖を構えた。
覆面できっちり顔を隠していたが、俺には誰だかすぐに分かった。
「ほらよ!!」
バカどもが俺の名前を叫ぶ前に、睡眠魔法で昏倒させた。
「仕事は終わりだ……といいてぇところだが、俺もコイツらには因縁があってな。タダで済ませるわけにはいかねぇ。コイツらの身柄は預からせてもらえねぇか?」
俺は無意味に杖を光らせた。
幸か不幸か、俺の魔法の腕は多少は知られている。
警備隊員たちの腰が引け、全員が頷いた。
「悪いな。迷惑ついでに頼みがある。コイツらをレストア亭まで運んでくれねぇか。なに、きっちり絞って、二度とこの街に近づかせねぇようにしてやる。命までは取らねぇさ」
バカどもを担いだ警備隊員一行と共に、俺はレストア亭に戻った。
「なんです?」
部屋の扉を開けると、騒ぎで起き出したナターシャが顔を向けた。
警備隊員は部屋の床にバカどもの体を寝かせ、なにもいわずに立ち去っていった。
「ナターシャ、悪いがコイツらを適当に縛ってくれ。怪我なんか考えねぇでいい。いい加減にやってやれ」
「い、いいですけど……この三人って、ミーシャにアイーシャ、ターリカ?」
事情は分かっていない様子だったが、とりあえず探索用のロープを使って、ナターシャは三人を縛った。
「これでいいか。さて……」
俺は呪文を唱え、三人を起こした。
「……た、タンナケット」
ミーシャが力ない声を出した。
「だからいっただろう、ロクな事にならんってな。最後にいうことはそれだけだ。それを解いてやったら、三人とも街を出ていけ。それが、警備隊との約束だ。あとは、好きにやるがいい」
俺はベッドに乗り、一度使った杖の手入れをはじめた。
「……ただの喧嘩ではなさそうですね」
様子をみていたナターシャが、探るようにいった。
「俺からいうことはもうない。詳しい事は、そのバカどもに聞いてくれ」
ミーシャの泣き声が聞こえてきたが、俺は聞こえない事にした。
「……困りましたね。これはフォローのしようが」
一通り事情を聞いた様子のナターシャが、ため息を吐いた。
「……どうしよう」
そんなミーシャの声が聞こえた。
他の二人はずっと黙ったまま何もいわなかった。
「……えっ?」
そこに、稽古を終えたらしいカレンが戻ってきた。
「……な、なにがあったのですか?」
戸惑った様子のカレンに、ナターシャが簡単に事情を説明した。
「……そ、そうですか」
カレンはずっと杖の手入れをしていた俺に近寄ってきた。
「……お願いです。許してあげて下さい。間違いを犯さない人間はいません」
ペコッと頭を下げたカレンに、俺はため息を吐いた。
「……一回、徹底的に説教しておいたのに、まだ懲りないヤツもか?」
俺は杖をベッドに置いた。
無論、最初から本心ではやっていない。
ミーシャから盗み癖を抜く事はまず無理だが、それが派手に暴走しかかった時に締めておく必要があった。
「……そ、それは」
カレンが言葉に詰まった。
俺はベッドから下り、弱り切ったミーシャ、アイーシャ、ターリカに近づいた。
「……俺にあんな事させるんじゃねぇ。こんな下らねぇ事もな。時間の無駄だ」
弱々しく頷いた三人をみて、俺はナターシャに目配せした。
ナターシャは頷き、探索に必要な道具として持っているナイフで、三人のロープを切った。
「そのロープ代、きっちり払え。これも無駄だな」
俺はベッドに戻り、杖の手入れに戻った。
「……ありがとうございます」
カレンがペコリと頭を下げた。
「別に、お前にいわれてやった事じゃねぇよ。こうでもしねぇと、全く聞かねぇバカ揃いだからな」
俺は苦笑した。
午後になって、五分五分といわれていたレインが無事に退院してきた。
「もう迷宮は無理って散々脅されてさ、酷い目に遭ったよ」
部屋に入ってきたレインがのほほんといって、部屋の隅っこで朝からずっと正座しているバカどもをみてギョッとした。
「な、なに、なにかのプレイ?」
「馬鹿野郎、そんな趣味はねぇ」
俺はレインを蹴飛ばした。
「お前の退院祝いを用意してある。取りにいくぞ」
「えっ、そんなのあるの?」
レインが驚いたような表情を浮かべた。
「ああ、また怪我されたら困るからな」
俺とレインは市場の武器屋に行った。
「おう、帰ってきたか。コイツだ!!」
オヤジがミスリル製のプレートアーマーを取りだした。
「な、なに、この高級品。一山当てたの?」
「まあ、そんなところだ。細かい調整があるだろう。さっさと身につけろ」
オヤジとレインが細々とやっている間、俺は店内の椅子に乗っていた。
店の扉が開き、カレンがやってきた。
「……ナターシャが懇々とお説教をしています。私は怒られていないのに、怖かった」
「俺が怒鳴り散らす方が万倍マシだろうな。ナターシャは怒らせねぇ方がいいぞ」
俺は苦笑した。
「……はい、気を付けます。ところで、レインにはまだちゃんと報告していませんでした。この度、皆さんのパーティでお世話になる事になりまして。よろしくお願いします」
「ああ、そうなんだ。よろしく。刀使いなんて珍しいから、どんな技が出るのか楽しみだね」
レインがのほほんといった。
「おい、下手な事いわねぇ方がいいぜ。コイツの刃は、俺の動体視力でも追えなかった」
「へぇ……タンナケットがねぇ」
レインが驚きの表情を浮かべた。
「……私はまだ未熟です。お恥ずかしい限りで」
カレンがため息を吐いた。
「だとさ、その鎧の調整が終わったら、どこが未熟なんだか教えてやれ。俺は剣は分からん」
これは、俺の意地悪だった。
あれをみたら、さぞかし度肝を抜かすことだろう。
「うん、一回みたかったんだ」
脳天気にレインがいった。
「よし、街外れの原っぱでもいくか」
レインの鎧の調整を待って、俺たちは店を出た。
この街の外れには結構空き地があり、俺たちはそのうちの一つに移動した。
「さすがに的がないか……」
ただの空き地だ。
素振りくらいしか、出来る事はなさそうだった。
「……素振りで大丈夫です」
カレンは刀に手を掛けた。
また、カチンとだけ音が聞こえた。
「……このような感じです」
相変わらず、俺の目には何も見えなかった。
「へぇ、なかなかやるね」
しかし、レインは普通に声を出した。
「……えっ、みえたの?」
俺の方が驚いてしまった。
「タンナケット、甘いよ。みえてから動いたんじゃ斬られてる。感じ取るんだ」
なにか、理解不能かつ意味深っぽい事をいわれた。
「よし、リハビリも兼ねて僕も剣を振ろうかな」
レインは腰に帯びていた剣の握りに手を掛け……みえなかった。
ズバッと地面が裂け、派手に土煙が舞い上がった。
「……す、すごい」
カレンがキョトンとした。
「久々だから、ちょっと力んじゃったよ。下手くそ」
「……て、テメェ、今まで手抜きしてやがったな」
どう考えても、今までみた事ない剣捌きだった。
「手抜きじゃなくて、それほどの敵がいなかっただけ。疲れるもの」
「それを、手抜きというんだ」
俺はレインに蹴りを入れた。
「……未熟。もっと稽古しないと」
「刀は独特の技術が必要だからね。単純比較は出来ないけど、力任せに振りすぎかもしれない。剣ならまだいいけど、刀でやると折れちゃうよ」
「……はい、師匠」
「し、師匠!?」
俺の声が裏返ってしまった。
また、出世したもんだ……。
「……俺、よく分からねぇし、先に宿に戻るわ」
熱心な二人を置いて、俺は先に宿に帰った。
「なんだ、お前らまだそうしてたのか」
部屋に帰ると、まだ三人が正座して俯いていた。
「さて、あとはタンナケットに任せましょうか。私は散歩してきます」
ナターシャが部屋から出ていった。
「さすがに、もう懲りただろう。いいから普通にしてろ」
面倒になったわけではない。
これ以上根を詰めても、全く意味がなく無駄なだけだった。
「アイーシャとターリカは宿の仕事、ミーシャは剣バカが戻ったからいつでも迷宮に潜れるように準備だ。どうせ、足が痺れてしばらく動けねぇだろうから、適当に転がってろ」
三人は大きく息を吐き、床にひっくり返った。
「……キツいよ」
ミーシャが呟いた。
「そりゃ、キツくしたからな」
俺はベッドの上で丸くなった。
「やりたくもねぇ事やらせやがって。今日はお前の奢りだからな」
「……分かってる」
ミーシャがグッタリといって、そのまま沈黙した。
「三人とも休んどけ。ったく、バカどもが……」
俺はそのまま目を閉じた。
足音が聞こえたので目を開けると、外に出ていた三人が申し合わせたように帰ってきた。
「あら、お説教が過ぎましたか。三人とも寝てしまっていますね」
ナターシャが苦笑した。
「ほっとけ、ただの寝不足だろう」
俺はベッドから下りると、床でバリバリ爪研ぎをした。
「……やはり、爪研ぎするのですね」
カレンが呟くようにいった。
「そりゃ猫だからな。これをやらないと、イマイチ調子が悪い」
「……そうですか。可愛い」
なぜか、赤面しながらカレンがいった。
「……ミーシャにぶん殴られる危険があるぞ。気を付けろ」
俺はため息を吐き、もう一度ベッドに飛び乗った。
「今日はミーシャの奢りなんだが、起きてくれねぇとメシにもいけねぇ……」
「はい、こうしましょうか」
ナターシャは呪文を唱えた。
ひっくり返っていた三人の体が光包まれ、モソモソと起き出した。
「簡単な回復魔法です。これで、奢ってもらえますね」
ナターシャがニコニコしていた。
「い、いやその、お手柔らかに……」
ミーシャが引きつった笑みを浮かべた。
「ぎゃああ!!」
ミーシャの悲鳴が「火吹きトカゲ亭」にこだました。
「メニューの右から左と上から下、それぞれ十人前ずつお願いします。お金ならありますから」
ナターシャの容赦ない攻撃により、ミーシャの財布は瀕死の状態になった。
「……ここのご飯、美味しいです。気に入りました」
意外とマイペースに、カレンはひたすらメシを食っていた。
「まあ、安いし美味いからねぇ」
その師匠は、容赦なく高い酒を注文していた。
「た、タンナケット、助けて!!」
ミーシャが俺に泣きを入れてきた。
「なにを助けるんだ。おばちゃん、猫缶Platinum」
「あいよ!!」
俺もまた、容赦なかった。
こうして、俺たちに徹底的にトドメを刺されたミーシャは、その夜ひたすらうなされていたのだった。
「さて、面子も揃ったことだ。そろそろ迷宮に潜ろうか」
三日後、準備を調えた俺たちは、レインが操る馬車で迷宮に向かっていた。
「カレンはデビュー戦だな。今回は地下四階の残りからだ。地下三階までは、魔物らしい魔物は出てこねぇ。迷宮の空気に慣れてくれ」
「……はい」
カレンのその体から、緊張感が漂っていた。
「一つだけいっておく。中に入ったら、俺なんざどうでもいい。ミーシャのいうことだけは絶対に聞け。自分だけじゃねぇ、俺たちまで危うくなるからな」
「えっ?」
ミーシャが声を上げた。
「なんだ、自分の責任も理解してなかったのか?」
「……わ、分かった」
ミーシャが、早くも手にしていたクリップボードを強く握った。
「それじゃ、僕からもいっておくよ。中で困ったら、タンナケットに従ってね。僕たちは、ずっとそうしてきたから」
「はい、結果として、幸いこうして生きていますからね」
レインとナターシャが口々にいった。
「……分かりました」
カレンが落ち着きたいのか、刀に手を乗せた。
「あんまり、ガチガチになるな。楽しくいこうぜ」
俺たちは、迷宮に到着した。
魔物が跳梁跋扈する地下四階において、攻撃陣の一角になるカレンの加入は心強いものだった。
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