第25話 新メンバー加入
「悪いね。迷惑掛けちゃって」
魔法医のところに見舞いにいった俺たちに、ベッドの上のレインが申し訳なさそうにいった。
「焦らず治せ。迷宮は逃げたりしねぇ」
「いや、情けない……ところで、その子は?」
レインが不思議そうに聞いた。
「……はい、カレンと申します」
そうメシ食ってる時にであったヤツ、カレンまでついてきてしまったのだ。
「ああ、メシ奢ったらくっついてきちまった」
俺は苦笑した。
「その腰のもの……菊一文字じゃないか。初めてみたよ」
レインの顔が輝いた。
「……はい、家宝を勝手に持ち出してきました」
カレンは腰から鞘ごと抜いて、レインに手渡した。
「い、いいの、みていいの!?」
「……お前、元気じゃねぇか」
俺はため息をついた。
「模造品じゃないね。正真正銘の菊一文字だ」
鞘から刃を抜いて、レインがいった。
「よく分からんが、凄いのか?」
俺が聞くとレインが頷いた。
「ああ、模造品はいくらでもあるけど、本物はかなり少数。これ一振りで、もう立派なお宝だよ」
「うん、すっごい欲しいけど、ずっと我慢してる……」
ミーシャが体をプルプルさせながらいった。
「……家に帰ったら怒られるという程度ではすみませんが、もう戻る気はないので」
カレンはレインから刀を受け取ると、カレンはそれを腰に戻した。
「まあ、ここの不文律で事情は聞かねぇが、あまり意地は張らねぇ方がいいぞ」
「……はい」
カレンは小さなため息をついた。
「まあ、レイン。しっかり治して、ちゃんと帰ってこい」
「ああ、もう少し待ってくれ」
俺たちは病院を後にした。
ちょうど昼時だったので、俺たちは「火吹きトカゲ亭」にいった。
「あんたら、いいところにきた。ビーフシチューをリニューアルしたんだ。食べていきな!!」
俺たちがくるのを待っていたかのように、いきなりテーブルにビーフシチューが置かれた。
「……美味しそう」
カレンが呟いた。
「タンナケット……」
「分かってるね……」
「……食わねぇよ。とっとと食っちまえ」
ナターシャとミーシャに睨まれ、俺はテーブルの上で丸くなった。
「……はい」
カレンは、スプーンに掬ったシチューを俺に差し出した。
「……お前、いいヤツか?」
俺はそのシチューを一口舐めた。
「熱いが……美味い」
猫舌でも根性があれば食える。
俺はスプーンのシチューを全部舐め取った。
「ああ、みてない隙に!?」
間抜けなミーシャがやっと気がついた。
「……いけなかったですか?」
カレンがキョトンとした。
「だ、ダメ、私の猫に餌付けしないで!!」
俺はミーシャの顔を引っ掻いた。
「……」
「頂くぞ」
ミーシャが固まった隙に、俺はヤツのシチュー皿からビーフの角切りを一個くすねた。
「……うむ、美味いな」
トロトロに溶けるほど煮込まれた肉が、シチューの程よい酸味と溶け合って実に美味い。
「こ、この!!」
ミーシャが、俺の首根っこ掴んでぶら下げた。
「なんだ、もう食っちまったぞ」
「か、可愛くない!!」
ミーシャは俺を放り投げた。
「いつから俺が可愛くなったんだ……」
俺はもう一度テーブルに飛び乗った。
「さて、なにか注文しよう」
「はい、お待ちどう!!」
恐ろしいほど大量のメシが、テーブルに置かれた。
「……ナターシャ、またやったな」
「はい、つい頼みすぎてしまって」
ナターシャは嬉しそうに、大皿に盛られた数々を小皿にとり分けはじめた。
「カレン、ここはなんでも美味い。好きなだけ食え。どうせ、俺たちだけじゃ食い切れん」
「……えっ、そんな毎回毎回」
「あなた、あまりお金ないでしょ。素直に奢られておきなさい!!」
ミーシャがいった。
「……このご恩は」
一言つぶやき、カレンは意外と旺盛な食欲をみせはじめた。
「さて、俺は……」
「はい、あなたはこれ!!」
おばちゃんが普通に猫缶を置いていった。
「……せめて、開けていって」
ちらっとミーシャをみると、なにかニヤニヤして俺をみていた。
「開けて欲しいの?」
俺が頷くと、ミーシャは猫缶を取った。
「どうしよっかなぁ!!」
なんてミーシャがやってたら、カレンがそれを奪い取って素直に開けた。
「……可哀想です。猫を虐めたらいけません」
「……」
ミーシャが黙った。
「……な、なに、猫好き?」
俺がカレンに問いかけると頷いた。
「こ、コミュニケーションなの。虐めじゃないの!!」
ミーシャが慌てて弁解した。
「……虐めているとしか思えません」
カレンがズバッといった。
「カレンよ、これが俺たち流だ。ミーシャに悪気はねぇ」
「……あなたがいうなら」
「な、なんで、タンナケットのいう事は素直に聞くの!?」
ミーシャが俺に鼻ピンした。
瞬間、カレンが腰の刀に手を掛けた。
「……」
「こ、これも、俺たち流だから……」
カレンが刀から手を放した。
「……あなたがいうなら、そうなのでしょう。ごめんなさい」
「だ、だから、なんでタンナケットに素直なの!?」
ミーシャがまた叫んだ。
「また、妙なのが出てきたな……」
俺はため息を吐き、猫缶の中身を食ったのだった。
メシが終われば暇な時間になった。
ナターシャはいつも通り教会へ向かい、俺とミーシャは適当な買い物でもしようと市場に向かった。
「あ、あれ、くっついてきちゃったの?」
「……はい、ご迷惑でなければ」
俺も気配を感じ取れていなかったのだが、いつの間にかカレンもついてきていた。
「め、迷惑じゃないけど、なにか買い物?」
「……いえ、今はお金の持ち合わせがありませんし、特に当てがあるわけではないのですが、いまのうちに迷宮探索に必要なものをみておきたいと」
カレンが小さく頷いた。
「そうだな、一人で挑むのは不可能ではないがキツいぞ。それに、物入りだ。まあ、みてまわろうか」
俺たちだって、特に目的があるわけではなかった。
カレンを連れて、一通り市場をみてまわった。
「……こんなに」
「ああ、これを運ぶだけで一苦労だ。そういった意味でも、仲間はいた方がいいな」
一人で潜れば身軽だが、食料や水の問題で小まめに地上を往復する事になる。
そういうスタイルを好む連中もいるが、まあ、この辺りは趣味の問題だ。
「まあ、無理しない方法を探りなよ。相談には乗るから!!」
ミーシャが気軽にいった。
「……はい、少し考えます」
カレンが頷いた。
「よし、あとはあのオヤジをからかっていくか」
俺たちはいつもの武器屋に行った。
「よう、クソオヤジ」
「なんだ、化け猫!!」
これが、いつもの挨拶だ。
「ん、新しいメンバーか?」
「いや、メシ奢ったら懐かれちまってな。暇つぶしにきたぜ」
「馬鹿野郎、こっちは忙しいんだ。お前たちはいつ武器しか買っていかねぇが、防具も扱っててな、今は新作の開発中なんだ!!」
オヤジは怒鳴ったが、カレンをみて動きが止まった。
「そ、それは、菊一文字!?」
「……なんだか、凄いもんらしいな」
これをみたヤツらがみんなこんな反応なので、多分凄いのだろう。
俺には分からねぇが。
「……」
「安心しろ。このオヤジは、ただの武器野郎だ。信用していい」
一瞬身を固めたカレンにいうと、小さく息を吐いて腰から鞘ごと刀を抜き、オヤジにそっと差し出した。
「こりゃありがてぇ。俺もみるのは初めてだ……ふむ」
オヤジは鞘から刀を抜いて、真顔でじっと見つめていた。
「なるほどな。銘品ってだけの事はある。隙がねぇ……」
オヤジは刀を鞘に戻し、カレンに返した。
「まあ、こんなもんみちまったあとで恥ずかしいんだが、俺も刀を打ってな。小刀だがよかったら持っていきな」
オヤジは小ぶりの刀をカウンターに置いた。
カレンは黙ってそれを手に取り、そっと鞘から抜いた。
「……こ、これは」
カレンが驚きの声を漏らした。
「まあ、大したもんじゃねぇ。習作で打っただけだ」
「……あ、あの、あとで必ずお返しします。この刀の代金を貸して頂けないでしょうか?」 なにか、必死にカレンがいってきた。
「なんだ、そんなに凄いのか?」
俺が問いかけると、カレンは頷いた。
「だとよ、オヤジ」
「いらねぇよ。持ってけ!!」
俺が声を掛けると、オヤジは即答した。
「……そ、そんな」
「まあ、このオヤジは自分が納得したものしか金を取らねぇんだ。持ってけっていってるんだから、不本意なんだろう。素直にもらっておけ」
しばらく考えていたカレンだったが、やがてその刀も腰に帯びた。
「さて、もらってばっかじゃなんだな。防具もやってるってのは知ってたが、そろそろくたびれてきた事だ。全員分揃えてぇんだが……」
「おう、そうこなくちゃな。レインは入院中だが、アイツは確かプレートアーマーだったな。いい加減、鋼なんざ重いだろう。値は張るが軽量なミスリルで作ったらどうだ?」
「いいだろう。退院祝いにしようか」
俺は二つ返事で了承した。
プレートアーマーとは板金鎧ともいう、金属の塊みたいな重たい鎧だ。
単純な防御力は高いが、それなりの筋力が要求されるうえに身が重くなるので、この街の冒険者にはあまり人気がなかった。
「次はこの坊主か……」
「誰が坊主だ!!」
ミーシャが怒鳴った。
「皮鎧か……軽量で動きやすく防御力が高めとなったら、ブリガンダインなんてどうだ?」
ブリガンダインというのは、ベスト状にした布や革の裏側に金属片をリベット打ちした鎧の事だ。
服の上から装着する上半身だけのもので、ぶっ壊れても直しやすいので人気がある。
ちなみに、表側に金属片を打ち付けたものはスケール・アーマーというが、どっちも似たようなものだ。
「前から気になっていたんだけど、高いからさ!!」
ミーシャがいった。
「今回は全員分、俺が持とう。金で命は買えん」
「ま、マジで!?」
ミーシャが声を上げた。
レインが大怪我をした事もあるが、そろそろ装備をバージョンアップしておく時期だった。
「ついでだ、普通の服じゃ心許ない。あっただろう、ミスリルを繊維状に加工して折り込んだアレ」
俺がいうとオヤジは頷いた。
「ああ、あるがあれは魔法使い用だぞ。坊主のカスみてぇな魔力を増幅してどうするんだ?」
「だから、カスじゃねぇし坊主じゃねぇ!!」
ミーシャがまた怒鳴った。
「誰がそのまま買うといった。魔力増幅ではなく、防御魔法でも込めておいてくれ。ついでに対魔法防御もな。コイツが、一番危ないポジションだしな」
「なるほどね。まあ、十五分もあれば終わる。あとは、ナターシャだが難しいなぁ」
「私がなにか?」
タイミングよく、教会から出てきたらしいナターシャが扉を開けた。
「ああ、防具のリニューアル中だ。どんなのがいいんだ?」
「いえ、今ので十分ですよ」
「……みたところ、シルクの服か。衣料品としては高級だが、迷宮探索向きじゃねぇな」
オヤジがいった。
「えっ、そうですか?」
「ああ、それじゃ裸で歩いてるのと変わらねぇよ。前からいおうと思っていたんだがな」
オヤジは、しばし考える様子をみせた。
「あまり重いのは向かないだろう。坊主の服をオリジナルのまま魔力増幅にして、追加装備でチェスト・プレートでも着けるか?」
チェスト・プレートとは、いわゆる胸当ての事だ。
限定的ではあるが、心臓などの急所を防御する事ができるし、なにより身軽なのでこれも好む者が多い。
「よし、これで装備は固まったな」
「まだだ!!」
オヤジがいった。
「なんかあるのか?」
「お前、その子だけ仲間はずれってのはねぇだろ。ここにいるのによ!!」
「……え?」
カレンが目を見開いた。
「商売か、全く。分かったよ、なんか見繕ってやれ」
「……そ、そんな、私は」
カレンが慌てた。
「そうだな、ラメラ-・アーマーなんて似合いそうだな」
ラメラ-・アーマーとは、小さな金属片等をつなぎ合わせて作っていくもので、構造が簡素でメンテナンスも簡単なので、愛用している冒険者も多い。
オヤジが次々と防具を取りだしてきて、片隅にある更衣室で着替えとなった。
「ちなみに、金属パーツは全てミスリルだ。よろしく!!」
「……容赦ねぇな」
俺はため息を吐いた。
安くはない買い物だが、まあ、冒険者が装備をケチっちゃいけねぇ。
しばらく待っていると、それぞれの着替えが終わったようだ。
「ほう、一端の冒険者っぽくなったな……」
それぞれが、ワンランクかそこらか上の装備という感じになった。
「……わ、私、こんな」
鎧を着込んだカレンが落ち着かない様子だった。
「少しは、それっぽくみえるようになったじゃねぇか。悪くねぇぞ」
俺がいうと、カレンは黙ってしまった。
「オヤジ、レインの分は預かっておいてくれ。そんな重いの持ちたくねぇ」
「分かってる。自分の足で取りにこいっていっておけ!!」
ひとしきり買い物を終え、俺たちはボロ宿に引き上げた。
「ほら、タンナケット。この前の最高級猫じゃらし!!」
「……」
史上最強の無駄遣いかもしれない、城が一個買える危険性がある猫じゃらしを片手に、ミーシャが楽しそうだった。
「あ、あれ、反応しない」
「馬鹿野郎、そんな高価なものをぶっ壊したらどうする」
高級過ぎて、俺はひたすら冷静だった。
「そ、そんな、せっかく作ったんだから遊べ!!」
「ムチャいうな」
まあ、アホなやり取りだが、そんな事をしていたら部屋の扉がノックされた。
「はい」
せっせと杖と防具を磨いていたナターシャが扉を開けた。
「……あ、あの、不躾なお願いなのですが」
現れたカレンがペコッと頭を下げた。
「なんだ、どうした?」
必死こいて猫じゃらそうとするミーシャに蹴りを入れ、俺はカレンに聞いた。
「……よろしければ、迷宮探索の仲間に入れて頂けないかと。少しでも、恩義を返さないといけません」
俺は苦笑した。
「義務感だけでついてこられちゃ困る。ちゃんと、自分に合ったパーティを探すんだ。それが、長生きするコツだぞ」
「……いえ、もう他に考えられません。もし、使えないようでしたら切り捨てて下さい。お役に立てる保証は出来ませんが、頑張ります」
もう一度、カレンが頭を下げた。
「俺の一存じゃ決められん。どうする?」
俺はミーシャとナターシャに聞いた。
「いっておくけど、タンナケットって悪猫だから、かなり人使い荒いよ?」
ミーシャが苦笑していった。
「そうですねぇ。正直、オススメはしませんが、タンナケットにしごかれたいならいいのでは?」
「……お前ら、俺ってなんかした?」
カレンは刀に手を掛け、カチンと音だけが聞こえた。
次の瞬間、ベッドの一台が真っ二つに折れた。
「……この程度の腕ですが、ごめんなさい」
カレンがため息を吐いた。
「……い、今、何やったの?」
ミーシャが聞いた。
「……俺の動体視力でも、なにもみえなかったぞ」
肉球の裏に変な汗が出た。
「これは、レインはいらないかもしれませんね」
ナターシャが笑って、ベッドに回復魔法を掛けた。
「……コイツも、冷静じゃない」
俺はため息を吐いた。
「お前、この腕があるなら引く手数多だろう。それでも、あえてうちにくるっていうなら、一つ条件がある」
「……はい」
俺は笑みを浮かべた。
「絶対に死ぬな。それだけだ」
「……は、はい」
カレンがもう一度頭を下げた。
「よし、ミーシャ。オヤジにいってこい、宿代一人分追加だってな」
思い切り鼻ピンされた。
「偉そうだな。お前が自分でいけ!!」
「……はい」
そんなわけで、パーティに新メンバーが加わった俺たちだった。
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