第24話 喧嘩するほど仲がいい?
三日後、俺とミーシャは市場の武器屋に出向いた。
ナターシャは、レインが入院している魔法医の元にいっている。
このあと、俺たちも合流の予定だ。
「出来てるか?」
俺はオヤジに声を掛けた。
「ああ、納期は守るさ」
オヤジはカウンターに杖を置いた。
金ともなんともつかない、オリハルコン独特の色合い。
俺はその杖を手に取った。
「どれ……」
俺は杖に魔力を込めた。
目覚めた杖が、淡く光りを放った。
「どんな感じ?」
ミーシャが心配そうに聞いてきた。
「こりゃまた、お前と同じだ。とんだじゃじゃ馬だぜ」
思い切り鼻ピンされた。
「誰がじゃじゃ馬だ!!」
「なんだ、自覚なかったのか?」
もう一回鼻ピンがきた。
「……いい加減痛い」
「そりゃ、痛くしてるからね」
ミーシャは鼻を鳴らした。
「どうだい、直すようなら直すが?」
「うむ、もう少し中の魔硝石の感度を上げてくれ」
魔硝石とは、魔法の源泉である精霊力と魔力を媒介する特殊な石の事だ。
これが入っていないと、杖などただの棒きれだった。
「おいおい、これ以上感度を上げちまったら、扱いきれねぇぞ」
「それは、俺が決めることだ。いいから、やってくれ」
オヤジは頭を掻いた。
「全く、お前さんは過激なセッティングが好きだねぇ。こんな杖使うヤツ、他にいねぇよ」
ブチブチいいながら、オヤジは作業に入った。
「ミーシャ、この店のいいところを教えようか?」
暇だったので、俺はミーシャに声を掛けた。
「なに?」
ミーシャが返してきた。
「他の店じゃ受けねぇような武器でも、文句垂れながら作ってくれるところだ。なにか欲しいものがあったら、好きにオーダーしてみるといい」
「そうなんだ、じゃあ……」
ミーシャはいつも持っているクリップボードに挟んだ紙に、なにやら書き込みをはじめた。
「よし、上がったぞ。それで死んでも、責任は取れないからな!!」
オヤジは杖をカウンターに置いた。
「どれ……」
俺はそれを手に取り、魔力を込めた。
先ほどとは桁違いのエネルギーが杖に集中し、バリバリと放電しはじめた。
「うむ、いい感じだ。行儀のいい杖は、好みじゃないからな」
「物好きだねぇ……」
オヤジがため息を吐いた時、ミーシャが書いていた紙をカウンターにおいた。
「……いいアイディアだ。だが、高くつくぜ」
オヤジが眼鏡を直した。
「いいの、いくらでも払う!!」
ミーシャが元気よくいった。
「おいおい、何をオーダーしたんだ?」
いささか不安になって、俺はミーシャに聞いた。
「秘密!!」
ミーシャが俺を抱きかかえた。
「いいだろう、これならすぐ出来る」
オヤジは紙を片手に作業に入った。
「ホントだ、なんでも作ってくれる!!」
「何を頼んだんだ……」
それから待つ事数十分。
オヤジがそれをカウンターに置いた。
「……」
「オリハルコン、ウェアドラゴンの髭、フォースラビットの被毛を使った、多分こんなバカなものは世界に唯一だと思う、推定最高級猫じゃらしだ」
俺は何も言えなかった。
どれもこれも希少性が高く、これだけで下手すると城が買えるだろう。
また、なんてアホなものを。
「これはタンナケット専用だ。嬉しいだろ!!」
「馬鹿野郎!!」
俺はミーシャの顔面を引っ掻いた。
「そうか、嬉しいか!!」
「どうすりゃ、そう解釈できる」
俺はため息を吐いた。
「全く、これ以上アホなものを作られたら堪らん。支払いはいつものアレで頼む」
「おう、そうしてくれ!!」
俺がミーシャの腕から飛び降りようとしたら、それを阻止された。
「アレってなに?」
「おう、お前さんの生着替え写真だ!!」
瞬間、ミーシャの目が凍り付いた。
「……タンナケット」
「……そ、そんな事してない」
「馬鹿野郎、冗談だ。アレっていったらアレだ!!」
「……」
「ご、誤解だ。こ、殺さないで」
俺はミーシャに首根っこ掴まれてぶら下げられ、店の外に出たのだった。
「まあ、考えてみれば、タンナケットが写真撮れるわけないか!!」
公園の噴水の水に何度も俺を浸けてから、ミーシャはやっと我に返った。
「馬鹿野郎、カメラなんて高級品、誰も持ってねぇだろ」
ビショビショの全身を舐めながら、俺はため息を吐いた。
「もういい、お前との仲もこれまでだな。頭にきた……」
俺はその場から素早く立ち去った。
「ま、待って!!」
ミーシャが慌てた様子で追ってきたが、人の足で猫の本気に勝てるわけがない。
俺はさっさと公園を飛び出ると、通りの人混みに紛れ込んだ。
「ふん……」
通りを歩きレストア亭の部屋に戻ると、俺はベッドの下に入って丸くなった。
そのままウトウトしていると、部屋のドアが勢いよく開けられた音が聞こえた。
「ほら、いないじゃん。絶対、もうこの街から出ちゃったって!!」
ミーシャの泣き叫ぶ声が聞こえた。
「そんな事はないと思いますけれど。あれだけ側にいて、分かっていないようですね」
ナターシャの笑い声が聞こえた。
「猫は縄張りに固執するものです。まして、私たちをおいてどこかにいくと、本気で思っていますか?」
ナターシャの諭すような声が聞こえてきた。
俺は目を閉じ、気配を消した。
「……もう一度、探してくる!!」
ミーシャの声と部屋から駆け出ていく音が聞こえた。
「さて、いるのは分かっています。いつまでふて腐れているのですか?」
ナターシャの声が聞こえた。
「もう、出てきてください。お仕置きは十分だと思いますよ」
俺はため息を吐き、ベッドの下から出た。
「ほら、いた。ここしかないと思っていましたよ」
ナターシャは笑みを向けてきた。
「……アイツよりは、分かっているようだな」
「そんな事はありません。冷静になれば、誰でも分かる事です」
俺はベッドに飛び乗り、ナターシャの隣で丸くなった。
「うっかりやってしまって、後悔しているでしょう?」
「……」
俺はナターシャの問いには答えなかった。
「まあ、そのうちいなかったって泣きべそかいて帰ってきますよ。心配しないで下さい」
「……」
俺は軽く目を閉じた。
それからしばらくして、部屋の扉が開いた。
力なく泣いていたミーシャが俺を見た瞬間、目を見開いた。
そのまま飛びつくように俺を抱きかかえた。
「ごめんなさい。私、酷い事した……」
そのまま潰れるかと思うくらい、俺を強く抱きしめるとベッドに潜り込んだ。
「まあ、喧嘩するほど仲がいいとはいいますけれどね。タンナケットもミーシャも今はレインの容態を聞く状態ではないでしょう」
布団の向こうで、ナターシャが苦笑する声が聞こえた。
「なんだか、話しにくいが……レインはどうだった?」
ベッドの上に胡座をかいた中に俺を放り込み、ミーシャは手を退けようとはしなかった。
そんな中で、俺はナターシャにレインの状態を聞いた。
「大まかな治療は終わっていますが、かなり微妙といいますか……折れた場所があまりよくないのです。また迷宮に入れるかどうかは五分五分という説明でした」
「そうか……」
簡単な怪我ではないだろうと見立ててはいた。
迷宮探索に付き物でもあった。
しかし、決して愉快な話ではなかった。
「まあ、あの魔法医です。なんだかんだいって、綺麗に治してくれるでしょう。なにしろ、生死を彷徨ったタンナケットを救った実績がありますから」
ナターシャの言葉に、ミーシャの体がピクッと動いた。
「あれは、今までの中でトップ三に入る最悪の経験だね。どう考えても、ダメだったもん」
ミーシャがため息を吐いた。
「猫の魂は九つあるってな。簡単には死なねぇよ」
俺はミーシャに撫でられるまま、一言いった。
「あの時も、私がうっかり見落とした罠にかかって……ダメだよね。私」
ミーシャが肩を落とした。
「ふん……そのダメなのに、声を掛けたのは俺だ。いいから黙って、自分の仕事をすればいい」
俺はミーシャの胡座の中で丸くなった。
「さて、どうです。時間も時間ですし、ご飯いきましょうか」
時間はすっかり夜だった。
ナターシャの声で、俺たちはいつもの「火吹きトカゲ亭」へ向かったのだった。
「いいところにきた。新作の『春キャベツのメンチカツ』食べていきな!!」
「……今はどう考えても夏だぞ」
安くて美味いこの食堂は、相変わらずの盛況だった。
「さて、その夏なのに春キャベツを頂きましょうか」
ナターシャが注文しようとしたとき、まだ頼んでもいないのに、まるで草履みたいにデカいメンチカツがドカドカとテーブルに置かれた。
「常連様へのサービスってヤツさ。あんたにはこっちだ」
俺の前になにかの料理が置かれた。
「……俺、メンチカツ食っちゃダメなの?」
「ダメダメ、あんたには早すぎる!!」
おばちゃんは豪快に笑って去っていった。
「馬鹿野郎、八才で早すぎるなら、死ぬまで食えねぇだろうが」
俺はミーシャのメンチカツを一切れくすねた。
「ああ!?」
「ふん、のろま……」
一口食った瞬間、あふれ出した肉汁の旨味が広がった。
「……」
「な、泣いてる。美味いの、不味いの!?」
ミーシャが猫の大敵レモン汁を豪快にメンチカツにぶっかけ、ソースをドバッとかけた。
「……レモンとソースの味しかしない」
「馬鹿野郎、なんてことしやがる」
飛び散ったレモン汁が目だの鼻だのに染みて、もはやメシどころではなかった。
「どうしてお前はこうなんだ。加減というものをしれ」
「仲がいいですねぇ」
ニコニコしながら、ナターシャはメンチカツを上品に食っていた。
「ほら、こうだ」
「……がさつで悪かったね」
ミーシャはため息を吐き、エールを煽った。
「ん、お前それ頼んだか?」
「ぬわっ、そういえば!?」
俺たちの声におばちゃんが反応した。
「ああ、それあっちのお客さんから!!」
みると、少し離れたテーブルに、いかにも軟派な野郎が座っていた。
ミーシャと目が合うと、その軟派野郎は笑顔で手を振った。
「……よかったな。物好きがいたぞ」
「馬鹿者、叩きのめしてこい!!」
ミーシャに鼻ピンされ、俺はため息を吐いてその軟派野郎に近寄っていった。
「悪いな。お前に恨みはねぇが、飼い主がうるさくてな」
俺はその軟派野郎に、必殺の猫パンチをお見舞いした。
その一撃で悲鳴を上げて逃げ出した軟派野郎に、俺はひっそりため息を送った。
「ありゃダメだ。根性がねぇ」
テーブルに戻り、俺はナターシャのメンチカツをパクった。
瞬間、ナターシャの額に怒りマークが浮かんだ。
「……だ、だって、ミーシャのゲテモノなんて食えないもん」
「ゲテモノってなんだ!!」
ミーシャに鼻ピンされた。
「タンナケット、いうべきことは?」
静かな怒りを込めたナターシャの声に、俺は全身の毛が立った。
「ふしゃあ!!」
「なるほど……威嚇ですか。そうですか」
ナターシャが俺の首根っこ掴んでぶら下げ、視線を合わせてきた。
「……ごめんなさい」
「はい、そうです。最初からそうして下さい」
ナターシャがそっと俺をテーブルに戻した。
「だ、ダメだよ。ナターシャを怒らせたら、私の比じゃないから!!」
「……うん」
俺は大人しく自分のメシを食った。
「美味いけど……メンチカツの方がいい」
しかし、俺の呟きを聞く者はいなかった。
「よし、食ったし帰るか!!」
メンチカツにはじまった俺たちのメシだが、ここの名物でもあるゴロゴロ芋のポテトサラダやら、自家製ソーセージ盛り合わせやら、気まぐれ魚のカルパッチョやら……結構な量を頼んだ。
代金をテーブルに置き、席を立とうとすると、いつぞやのミーシャを見るかのような、エールのジョッキをただ眺めている少女を見つけた。
「……」
ミーシャが無言でその少女に近寄っていった。
そのまま見ていると、ミーシャがその少女をテーブルに連れてきた。
「今日この街に着いたんだって。でも、誰にも相手にされないとか……」
ミーシャがいった。
「なんだ、アンタも迷宮目当てか?」
少女はコクリと頷いた。
「まあ、なんか食え。そんな青っチョロい顔じゃ、迷宮なんて無理だ」
「……ありがとう」
ナターシャが気を利かせて、手当たり次第に注文した。
「名はなんていう?」
「……カレン」
どうも、無口なタイプのようだ。
小さくはあったが、はっきりと聞こえる声で答えてきた。
「そうか、俺はタンナケット、こっちのがさつなゲテモノはミーシャで、勝手にメンチカツ食うとガチでブチキレるのがナターシャだ」
ミーシャが特大の鼻ピンをかまし、ナターシャが俺の首根っこ掴んでぶら下げた。
「……ごめんなさい」
ナターシャはニコッと笑みを浮かべ、俺をテーブルに戻した。
「……面白い」
カレンが小さく笑った。
「コホン。なんでまた、迷宮に?」
「……腕試しっていったら、みんな相手にしてくれない」
ミーシャがため息をついた。
「そんな甘い場所じゃない。そういう連中は多いけど、大体すぐに死んじゃう。邪魔になるだけだからって、そんなの相手にされないよ」
「まあ、そういうな。俺も最初はそんな感じだったもんだ。運良く生き残ってるがな。腕試しって事は、なにか特技があるんだろ?」
カレンは頷き、腰に帯びていた細身の剣を鞘ごとテーブルに置いた。
「へぇ、刀じゃん。この国では珍しいね」
ミーシャが興味を持ったようだ。
「剣と違うのか?」
俺が聞くとミーシャが頷いた。
「まあ、斬る武器っていう意味では一緒だけど、一般的な剣が叩き斬るっていう感じだとすれば、切り裂くっていう感じかな。繊細な刃でね、変に使うとすぐダメになっちゃう。銘品になるとこれ自体がお宝になるくらい、すっごい高価なものだよ」
ミーシャが物珍しげに刀を見ていた。
「ほう……腕は立つのか?」
「……分からない。少だけ自信はあるけど」
カレンは刀を腰に戻した。
「謙虚なのはいいことだ。宿が決まっていないなら、近くにあるレストア亭っていうボロ宿がある。そこにすれば俺たちもいるし、宿代なんてタダみたいなもんだ。まあ、話し相手くらいにはなれるぞ」
「……ありがとう。そうする」
そこに、大量のメシがドカドカとテーブルに置かれた。
「よく食べるねぇ。いいことさね!!」
おばちゃんは笑って去っていった。
「……ナターシャ、どれだけ頼んだんだ?」
「はい、ついうっかり頼みすぎてしまって」
ナターシャは運ばれてきたメシに手を付けた。
「……ここは、食うしかねぇな。ミーシャ」
「……おえっ」
カレンが戸惑っている様子だったので、ミーシャが肩を押した。
「ほら、食っちゃえ。タンナケットの奢りだ!!」
「……い、いいけど」
カレンはペコッと頭を下げた。
「……ありがとう。こんなによくしてもらったら、なにかお返ししないと」
「気にするな。迷宮で死ななきゃいい」
俺の言葉に、カレンは笑みを浮かべたのだった。
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