第23話 ある意味ピンチ

「なんどもいうけど、ここってマジで魔物が多いね」

 げんなりとミーシャがいった。

「まったくだ、さすがに剣を振る腕が痛いよ」

 こっちもげんなりのレインだ。

「そうだな……」

 おれはそれだけ呟き、行く末を見つめた。

 地下四階も大半を過ぎただろう。

 途中でサラマンダーに抱っこされたが、せいぜそのくらいだった。

「とにかく全てを回ろう。なにかあるかもしれん」

 急ぐ事は禁物だ。

 俺たちは慎重に進んだ。

 特になんの発見もないまま戦闘の数だけが増えた頃、俺は適当な場所で小休止を宣言した。

「お前らの集中力が限界だ。これ以上は無理できん」

 この見極めが重要だった。

 一歩間違えると、つまらない所で命を落とす。

 無理していいことはなになかった。

「ふぅ、疲れた!!」

 ミーシャは床にひっくり返った。

「待て、魔物よけの結界を張る」

 俺は杖で光る魔法陣を描いた。

 この中にいれば、魔物に襲われる事はまずない。

「気休め程度ですが……」

 ナターシャが呪文を唱え、淡い光りが周囲に満ちた。

「……体力回復か。ただ転がっているよりはマシだな」

 あのレインがすぐにメシを作ろうとしない。

 これだけでも、どれだけ疲労していたか分かるだろう。

「そういえば、ずっと気になっていたんだけど、ナターシャも魔法使いなんでしょ。ど派手な攻撃魔法とか使えちゃったりするの?」

 ミーシャが床に転がりながら聞いた。

「ミーシャ、一つ教えてやろう。魔法使いにどんな魔法が使えるかって聞いて、素直に答えるバカはいねぇぞ」

 俺は苦笑した。

 例えどんなに親しくても、魔法使いは自分が使える魔法を教えたりしない。

 自分の手の内は、絶対に明かさないものだ。

「タンナケットも、どれだけ鼻ピンしても教えてくれなかったもんね。減るもんじゃなし……」

「減るから教えねぇんだ。馬鹿野郎」

「まあまあ、私の特技は回復魔法と呪術というところでしょうか。あとは、秘密です」

 ナターシャは杖を持ち直した。

「よし、メシを作るか。少しはマシになったよ」

 レインがいつも通りメシの支度を始めた。

「さて、おれは杖の手入れ……ん?」

 いつも通り杖を手入れしようとして気がついた。

 簡単には折れないはずのトネリコだが、亀裂がいくつも入っていた。

「この杖も長くはもたねぇな。俺のサイズに見合った杖なんて、完全にオーダーだぜ……」

 俺の魔力に耐えられる杖となると、相応の素材を使う必要がある。

 決して、安い買い物ではなかった。

「よし、この階が終わったら戻ろう。杖なしのタンナケットなんて、きっと泣いちゃうから!!」

「な、泣くか」

 俺はミーシャに怒鳴り返した。

「それは賛成だね。少し甘く見てたよ。四階でこれだもんね」

 メシが出来たようで、いいながらレインが皿を床に置いた。

「よし、一休みしたら出発だ」

 俺はミーシャに開けてもらった猫缶を食った。


「さて、またきやがったな」

 ヘルムギガントが通路の向こうからやってきた。

「何体いるんだろうね。飽きたよ」

 形だけククリを構えたミーシャがいった。

「まあ、いい。とっとと片そう。ほらよ」

 俺が攻撃魔法を放った瞬間だった。

 手にあった杖が限界点を超え、ついに粉々に砕けた。

 放ったはずの攻撃魔法は霧散し、敵にはなんのダメージも与えていなかった。

「チッ……あとは任せたぞ」

 俺がいうまでなく、全員が隊形を入れ替えていた。

 唯一の戦力といってもいいレインが、振り下ろされたデカ物の腕を斬り落とした。

 ミーシャが無造作に振ったククリにより、デカ物の体にデカい亀裂が入ったが、それでも動きを止めようとしなかった。

「朽ちろ!!」

 珍しく、鋭い声をあげたナターシャの魔法が発動した。

「腐敗の法か……」

 その魔法の正体は、魔法使いなら誰だって分かっただろう。

 相手の体内を腐らせていくこの魔法。

 即効性がない上に生理的に嫌う者も多く、使う術者はあまりいない。

「さすがに、魔法なしだとキツいね」

 レインがさらに鋭い剣でデカ物をボロボロにしていった。

 再びククリを振ろうとしたミーシャを叩き潰そうと思ったか、デカ物が残されていた片腕を振り下ろした。

「おっと……」

 それを難なく避け、ミーシャは床にめり込んでいたデカ物の腕を駆け上った。

 そのままデカ物の首にククリを突き立て、力一杯捻った。

 大量の出血に押し流されるように床に下りたミーシャは、露骨に嫌な顔をした。

「うげぇ、血まみれ。やるんじゃなかった……」

「馬鹿野郎!!」

 しかし、その攻撃にもデカ物は動じなかった。

 首の傷に指で唾をつけると、出血は一瞬で止まった。

「……マジ?」

「……唾でもつけとけってか」

 その間に、レインはもう片腕をたたき切った。

「しんどいね。あとはどこを斬ればいいんだ」

 デカ物が一歩動いた瞬間、その顔か苦悶に変わった。

「やっと、心臓に到達しましたか。これで、おしまいです」

 ナターシャが笑顔でいった。

 体内から腐っていったデカ物は、程なく動きを止めて床に倒れた。

「終わったか……」

 レインが剣を収めた。

「それにしても、マズいところで杖が砕けたな。進むにしても戻るにしても、ここは魔物どもの巣窟だ。魔法なしで脱出するしかねぇな」

 俺はため息をついた。

「それはそれだよ。僕たちはそんなにヤワじゃない」

「はい」

 レインとナターシャがいった。

「はい、タンナケットは私の肩にでも乗って。いくよ!!」

 ミーシャが元気よくいって、俺たちは地上への撤退を開始した。


 レインは元より、戦闘は不得手のミーシャも奮闘し、ナターシャはこの前手に入れた極悪フレイルをぶん回していた。

 景気よく切り刻まれ、真っ二つにされ、燃え上がるグールの群れ。

 その数は、ざっと三十体は超えているだろう。

 三人が暴れ回る中、俺は何も出来ないでいた。

「よし、トドメだ!!」

 ミーシャが横薙ぎに振ったククリにより、真っ二つになって崩れたグールが五体ほど。

「いくぞ!!」

 息を整える間もなく、三人は通路を駆け抜けていった。

 続いて現れたのは、一言でいってデカいコウモリだった。

 それが二十体ほど行く手を塞ぎ、レインが挨拶代わりに一体を叩き斬った。

「おりゃあ!!」

 ミーシャがククリを振って数体をなぎ倒し、ナターシャは呪文の詠唱に入っていた。

「フレア・バースト!!」

 最強といわれる攻撃魔法が発動し、コウモリどもは根こそぎ吹き飛んだ。

「……やっぱ、使えるじゃん」

 ミーシャが唖然としていった。

「いえ、これでは使えるうちに入りません」

 ナターシャは俺をみた。

「まぁな、呪文の詠唱に時間が掛かりすぎだ。撃つ前にやられるぜ」

「よし、いこう。階段はすぐそこだ」

 レインの言葉で、また通路を駆け抜けていった。

 階段の前には、ずんぐりした何かがいた。

「クレイ・ゴーレムだ」

 俺の一言で、全員が戦闘態勢に入った。

「どっかにある核を狙うしかねぇ。待ってろ……」

 俺はゴーレムから漂う魔力を辿った。

 その間にも、ゴーレムの豪腕が振るわれ、損ねたレインが吹き飛んだ。

「回復は任せた。ミーシャ、お前がやるんだ」

「わ、私!?」

 俺はミーシャの肩に乗ったまま、引き続き魔力の出所を探った。

「……よし、指示通りに動け」

「わ、分かった!!」

 暴れるゴーレムに接近し、ミーシャは持ち前の身軽さでその体に取り付いた。

 そのままスルスルとよじ登り、俺の指示通りゴーレムのうなじの辺りにククリを叩き付けるように突き刺した。

 瞬間、ゴーレムの動きが止まり、ボロボロと崩れていった。

「よし、こっち問題ねぇ。レインはどうだ?」

「はい、回復魔法である程治療しましたが、何カ所か大き骨折をしていまして、ちゃんとした魔法医の治療を受ける必要があります」

 ナターシャが引き続き回復魔法を使った。

「おい、なんとかして動いてくれ」

「あ、ああ、大丈夫。ちょっと痛いだけだよ」

 脂汗まみれでレインがいった。

「とにかく、最短で街まで戻るぞ。幸い、この上は大した敵はいねぇ!!」

 レインの肩をミーシャとナターシャが支え、俺たちは地下三階に上がった。


「……しまった。魔法が使えねぇと浮島が作れねぇ」

 間抜けな話だが、俺にとっては魔法は体の一部だ。

 ここにきて、今さらながら気がついちまった。

 そんな時、ひょこっとウンディーネが顔を出した。

「今度はダメだ。押すもんがねぇ」

 俺がいうと、ウンディーネはいつも通りちゅ~るを差し出してきた。

「……まあ、くれるってんなら」

 俺がチュールを食うと、ミーシャとナターシャが肩を貸していたレインを背負った。

 そのまま水面を歩いていったので、俺たちもあとに続いた。

「結構、深い……」

 一番背の低いミーシャの首まで浸かる水深だった。

 俺はそのミーシャの頭に乗って、先をいくウンディーネの背をみていた。

 問題なくそのまま階段までくると、ウンディーネはミーシャとナターシャにレインを託し、俺を抱きかかえた。

「ううう、今度ばかりはなにも言えない……」

 ミーシャがプルプルしていたが、それはみなかった事にして、俺はウンディーネにただ抱かれていた。

 しばらくして満足したか、ウンディーネが俺を放し、そのまま水中に消えていった。

「まあ、助かったな。とにかく、街に急ごうか」

 迷宮探索に焦り急ぎは禁物だが、それは時と場合による。

 俺たちは最短距離で地下二階、地下一階と抜け、地上へと出た。

 地上階層は魔物も出る。

 普段ならどうって事はないが、主力攻撃陣が壊滅している今は中々骨が折れる事だった。

「っつ……」

 ゾンビの麻痺爪を食らい、ミーシャが動けなくなった。

 まともに動けるのはナターシャだけとなったが、ここでこの前ミスった「浄化」の魔法を使った。

 閃光が走り、ゾンビの体が崩壊すると、ナターシャはすぐさまミーシャを治療した。

「ふぅ、あとちょい!!」

 ミーシャが元気にいって、俺たちはなんとか迷宮から脱出した。

 駐車場の馬車の荷台にレインを寝かせ、ミーシャが手綱を取った。

「急ぐよ!!」

 急発進した馬車は、もの凄い勢いで道を走り始めた。

「馬鹿野郎、飛ばしすぎだ」

「急ぎだもん!!」

 ボロ馬車には過酷な仕打ちで街に飛び込み、そのまま馴染みの魔法医の前に駆けつけた。

 車輪の片側が景気よく吹き飛び、その先にあった酒場の扉を叩き壊した。

 そのまま車体の片側を地面こすりつけて馬車が停止したとき、ちょうど魔法医がやってる病院の前だった。

「……人に当たらなくてよかったな」

「それはあと、急げ!!」

 ミーシャとナターシャは、レインを担いで病院に入っていった。

 ここまでくれば、とりあえず大丈夫だろう。

 ほっと胸をなで下ろした時、先ほど扉を叩き壊した酒場から、強面のアンチャンたちがワラワラ出てきた。

「……人に当たらなくても、よくなかったな」

 強面に囲まれ、俺はどうしたもんかと考えた。

 街中で下手に騒ぎを起こすと、あとあと面倒な事になる。

 そうじゃなくても、喋る猫というだけで目立つのだ。

「なんだ、いくら欲しいんだ?」

 俺は金で解決する道を選んだ。

 すると、誰かが俺の首根っこを引っつかみ、そのままブラブラ下げて酒場へと入った。

 そのまま小さなケージに入れられ、酒場の隅っこにおいておかれた。

「……ここにきて、猫扱いかよ」

 腹いせにスプレーでもしてやろうかと思っていたら、ブチキレたミーシャが飛び込んできた。

「私の猫になにしやがる!!」

 そして、並み居る強面のアンチャンたちを蹴り倒し、酒場中を徹底的に破壊しまくり、俺が入ったゲージを引ったくって、酒場の外に飛び出た。

「ナターシャ、いいよ!!」

「フレア・バースト!!」

 こうして、街から一件の酒場が消えた。

「馬鹿野郎、騒ぎになっちまうだろうが!!」

「あの酒場は違法行為の温床でして、近々手入れの予定だったのです。前倒しで潰しただけですから」

 ナターシャは涼しくいった。

「レインは診てもらってる。検査とか色々大変みたいだよ」

 ミーシャがいった。

「あとは、タンナケットの杖ですか。ある意味、レインの怪我より大変かも知れませんね」

 ナターシャがいって、ミーシャがケージを叩き壊して俺をだした。

「魔法使いの杖ねぇ……面倒くさそうだね」

 ミーシャがいった。

「まあ、面倒だな。そこにある杖を取って、これ下さいななんていうヤツはまずいねぇ。基本的には素材からのフルオーダーだ」

「いずれにしろ、市場にいきましょう。相談しないことには、始まりませんから」

 俺たちは市場の馴染みの武器屋に行った。


「旦那の杖かい。そりゃ、難儀だねぇ……」

 武器屋のオヤジが頭を抱えた。

「トネリコが耐えられなかったんだ。並みの素材じゃダメだ」

 俺がいうと、オヤジは頷いた。

「トネリコがダメなら、木製の杖はダメだな。思い切って、アダマントか……オリハルコンか」

「金属の杖は性に合わねぇんだがな……」

 材質によってはそれほど重くはならないが、何となくのフィーリングで木製の杖を好んでいた。

「まあ、そういうな。よし、ここはオリハルコンにしようか。あれなら、魔力伝導率もいいし、トネリコとさほど違和感はないと思うがね」

「そのさほどが、いざって時にものをいうんだがな。まあ、贅沢ばかりいってもはじまらねぇ。その線でいってみるか」

「よし、分かった。やってみようか」

 俺の言葉にオヤジは頷いた。

「念のためにいっておくが、素直過ぎる杖はダメだ。変な癖があった方が、いい味をだすもんだ」

「誰にいってるんだよ。ちょうど材料もあるし、三日あれば出来るぜ!!」

 俺は手を上げ、店を出た。

 俺は値段を聞かなかったし、オヤジも値段をいわなかった。

 つまりは、そういう関係なのだ。


 市場にきたついでにと適当にボロい荷馬車を買い、俺たちは宿に帰ってきた。

「さて、今回は少し長めの休みになりそうだねぇ」

 例によって胡座の中に俺を押し込み、ミーシャがいった。

「そうだな……」

「さては、魔法が使えなくなって悲しかったな!!」

 ミーシャは俺の背を撫でた。

「そんなんじゃねぇよ。よく脱出できたなってな」

「そんな簡単に、やられるようなタマじゃないよ!!」

 ミーシャの言葉に俺は苦笑した。

「それもそうだな。そんなヤワなヤツは、仲間にいらん」

 鼻ピンされた。

「……」

「偉そうだね。ありがとうは?」

「……ありがとう」

「よしよし!!」

 ミーシャが俺を撫で回していると、ナターシャが苦笑した。

「相変わらずですね。私は教会にでもいってきますか。覚えかけの魔法があるので」

 ナターシャは部屋から出ていった。

 ミーシャはベッドに横になり、俺を抱きしめた。

「慣れない事やったから疲れた。寝る!!」

 ミーシャはそっと目を閉じた。

「やれやれ、俺も寝たいんだがな……」

 俺は苦笑して、とりえず目を閉じるだけは閉じた。

 こうして、俺たちは少し長めの休暇に入ったのだった。

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