第22話 地下四階にて
地下四階に下りた途端、魔物の色が濃くなった。
「これは、楽しめそうだな」
俺は杖を構えた。
「ある意味、迷宮らしくなったね」
レインが剣を抜いた。
「はぁ……荒事は得意じゃないんだよねぇ」
文句をいいながら、ミーシャは歩みを進めた。
「おっと、なんかくるね」
ミーシャが足を止めた。
「分かってる……」
通路の先から現れたのは、動く腐れ野郎ことゾンビ……ではなく、それを拗らせたグールという魔物だった。
「さて、いくぞ」
「あれ嫌いなんだよな」
グールの数は三体だった。
基本的にはゾンビを変わらない。
肉体をぶっ壊せば簡単に倒せる。
「ほらよ」
呪文の詠唱と共に放たれた火球が、一体を燃え上がらせて消滅させた。
その間に、レインがもう一体を真っ二つにして始末した。
残る一体が跳躍し、鋭い爪でミーシャを引っ掻いた。
「っつ……」
思わず蹲ったミーシャの側にいたグールを、レインが叩き切った。
「おい、大丈夫か」
「だ、大丈夫……」
ミーシャの顔色が悪い。
「ナターシャ」
「分かっています」
ミーシャの様子をみたナターシャが呪文を唱えた。
その体が光りに包まれた。
「毒爪か。面倒な野郎だ」
グールの面倒臭いところは、猛毒を持った爪を持っているところだ。
似たようなゾンビも毒を持っていて、こっちは食らうと体が麻痺する。
どっちもくせぇし、ロクなもんじゃなかった。
「ふぅ……タンナケットに引っかかれ慣れてるから、この程度平気!!」
「馬鹿野郎、一緒にするな」
まあ、回復出来る者がいれば、グール程度なら大した敵ではなかった。
「よし、いくぞ!!」
毒が抜けたミーシャが歩きだし、俺たちはさらに地下四階の奥へと進んでいった。
「ん、戦闘の音?」
ミーシャがまた足を止めた。
怒号や武器の音が奥から聞こえてきていた。
「かち合っちまったか。少し様子をみよう」
この迷宮には同時にいくつもパーティーが潜っている。
広いので滅多にないが、こうしてかち合う事もたまにある。
そういうときの不文律として、トラブルを避けるために、基本的にお互いに関わらないというものがあった。
やがて、悲鳴のような声と共に、奥からいかにも冒険者然とした連中がやってきた。
「や、ヤバいぞ。ヘルムギガースだ!!」
そいつは怒鳴るように俺たちにいった。
全員で三名。
すべからく酷い怪我だった。
「……何人パーティーだ?」
俺は問いかけた。
「八人だ。他はやられちまった!!」
「分かった。まずは倒してこようか」
俺たちは奥へ向けて駆け出した。
「よし、いくぞ」
天井に届くかという巨人が暴れていた。
足下には五人の冒険者然とした連中が倒れていた。
「オネンネしてろ」
俺の魔法によって真空の刃が無数に生み出され、巨人の体をみじん切りにした。
「ナターシャ」
声を掛けるまでもなく、ナターシャは五人をみて回っていた。
そして、小さく首を横に振った。
「そうか……」
ミーシャとレインは黙って五人を集めて横たえた。
そこに先の三人が戻ってきた。
「お前たち、命があっただけいいと思うことだ。このまま放置すると、低級霊に憑かれてゾンビやらグールやらになっちまう。三人ではこのまま連れ帰れまい。ここで火葬する事を勧めるが?」
俺がいうと三人が床に崩れた。
俺はなにも言わず、次の言葉を待った。
「頼む……」
誰かが絞り出すようにいった。
「分かった。ちょっと待ってろ」
俺は呪文を詠唱し、杖をかざした。
飛び出た火球が五人を焼き、骨になった仲間を三人が拾い集めた。
「助かった……」
「なに、このくらいはな。なんなら、話くらいなら聞くぞ。俺たちは、急ぐ探索ではない」
「すまん……」
俺たちは車座に座り、三人がポツポツ語る思い出を聞いていた。
それでスッキリしたかどうかは保証しないが、三人は最後に礼を述べた。
「出会ったのがあんたたちでよかったよ。また、仲間を募ってここに戻るつもりだ。犬死にだけはさせられないからな」
「それもいいだろう。今度会うときは、笑って会いたいものだな」
三人は地上に向けて引き上げていった。
「これも、迷宮か。思い出しちゃったよ」
ミーシャが苦笑した。
「まあ、ここが遊園地じゃねぇ事は確かだ。明日は我が身だぞ」
俺たちは立ち上がり、さらに地下四階の探索を続けたのだった。
「しっかし、魔物多いね。罠はほとんどなしか」
ミーシャが愛用のクリップボードに挟んだ紙にガリガリ書いていた。
「罠なんてあっても、この魔物の数じゃ全部作動させちまうだろう。極端な場所だな」
ここまで何回戦闘をやったか分からないが、目新しい発見もなく探索は続いていた。
「ん、ちょっと待った」
ミーシャが足を止めた。
「なんかあったか?」
俺が問いかけると、ミーシャは頷いた。
「えっと、この石を……」
まさに、迷宮探索に必要不可欠な人物だった。
ミーシャはいくつかの石を押した。
すると、壁が上にスライドして、新たな通路が現れた。
「こんなところで!!」
「うむ、ご苦労」
いきなり鼻ピンされた。
「なんか、偉そうだ!!」
「……ごめんなさい」
いつも通りミーシャが部屋に入った瞬間、壁から放たれた矢に射貫かれた。
「ナターシャ」
なにもいわず、倒れたミーシャをみたナターシャは、自分の背嚢から薬瓶を取りだして振りかけた。
そして、呪文を唱えるとミーシャがピクッと動いた。
「危なかったです……っていうか、いえ、なんでもありません」
「な、なんだ!?」
俺は思わず怒鳴っていた。
「なんでもいいじゃありませんか。もう大丈夫です」
「よ、よくない気がするが、まあ、いいだろう」
多分、聞かない方がいいだろう。
そう判断した俺は、ミーシャの体に飛び乗った。
ただ寝ているだけ。そんな感じだった。
「しばらく、目を覚まさないと思いますよ」
「そうか、ならついでに大休止だな」
俺は呪文を唱えた。
光りが点った杖で、床に魔法陣を描いた。
これは、魔物避けの結界だ。
「ふぅ、疲れたね。メシでも作ろう」
結界の中で、いつも通りレインはメシ作りを始めた。
「俺も疲れたな……」
ミーシャに代わり、俺を抱え上げたのはナターシャだった。
そのまま待つ事しばし。
メシが出来た頃になって、ミーシャがゆっくり動いた。
「イテテ……死ぬかと思った!!」
「いえ……ああ、なんでもないです」
ナターシャが出来上がったメシを食った。
「だから、ミーシャに何が起きたんだ!!」
「……」
ナターシャは答えようとしなかった。
「なに、私がどうかしたの?」
「ナターシャがなにか知ってるが、教えてくれん!!」
問われたミーシャに俺は返した。
「……多分、聞かない方がいいよ」
ミーシャまでいい出した。
「な、なんだよ!!」
「……」
ナターシャは、無言でメシを食い続けた。
そして、結局俺がそれを知る事はなかった。
「さて、気を取りなおしていこう!!」
すっかり元気なミーシャが先頭に立ち、俺たちは通路を進んだ。
しばらく進んでいくと、徐々に通路の気温が上がっていった。
「なんだろうね、急に……」
額の汗を拭いながら、ミーシャがいった。
「さぁな、この迷宮は何が起きても不思議じゃない」
さらに進むにつれ、急激に気温は上がっていき、程なく広い部屋に出た。
「な、なに、あれ!?」
ミーシャが驚きの声を上げた。
全身が炎に包まれたドラゴンのようなもの。
そうとしかいいようがないものだった。
「炎の精霊、サラマンダーです。ウンディーネがいるならと思いましたが……」
ナターシャが汗を掻き掻きいった。
「熱いな。特に用事もないし、帰ろうか」
俺がクルッと向きを変えようとした時、サラマンダーは頷いてさっと燃えさかる手を差し出してきた。
「……ちゅ~るだと。お前もか?」
俺は汗ではなく、冷や汗が出た。
どういうわけか、ちゅ~るは燃えなかった。
「……な、撫でないでね。燃えちゃうから」
俺は熱さを我慢して、そのちゅ~るを受け取った。
「……意外と温かい。人肌?」
「な、なんで、タンナケットが精霊に人気なの!?」
ミーシャが声を上げた。
「……うん、美味かった。ありがとう」
サラマンダーは頷き、俺にまた手を差し出してきた。
その手には複雑な紋様が浮いていた。
「……お、お前も?」
サラマンダーは頷いた。
燃えさかる火が消え、普通のデカいトカゲになったサラマンダーは、俺を抱きかかえるとそっと頭に手を乗せた。
瞬間、バチッと体に刺激が走り、召喚契約の完了が知らされた。
「こ、こら、私の猫!!」
サラマンダーは俺を放してくれなかった。
ミーシャが喚いたところでお構いなしで、俺を抱きかかえたままじっとしていた。
「ナターシャ、四大精霊って猫好きなのか?」
「さて、そんな情報はないですが、ちゅ~るを常備している辺り、相当な猫好きですね」
まあ、変に敵対するよりはいいが、生きた心地がしなかった。
しばらくして、サラマンダーは俺を床に下ろした。
俺は思わずミーシャに飛びついていた。
「なに、怖かったの?」
「……」
苦笑するミーシャに俺はなにもいわなかった。
「あーあ、こんなに震えちゃって。偉そうでも猫は猫だねぇ」
「……」
再び火に包まれたサラマンダーに一瞥をくれ、俺たちは部屋を出た。
「こ、怖くなんてなかったからな!!」
「はいはい!!」
隠し通路の入り口に戻り、俺たちは小休止を取った。
「タンナケットは猫缶ね。僕たちは野菜炒めか」
いつも通り軽くメシを作るレインが、笑いを堪えているのが分かった。
「まあ、だからいいんですけどね。無感情よりいいです」
ナターシャは堪える事なく笑った。
「う、うるさい。お、俺だって……」
「はいはい。タンナケットに飛びつかれて、私は嬉しかったぞ!!」
ミーシャが猫缶を開けてくれた。
「……そ、そこにいたからだ」
「あれ、一番近かったのナターシャだったけど?」
「……もう、いいだろう。食うぞ」
俺は猫缶を平らげた。
「と、とにかく、メシ食ったら探索再開だ」
「はいはい!!」
俺たちは小休止を終え、探索を再開したのだった。
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