第21話 誕生日と地下四階開始

「もういいだろう。迷宮に潜るぞ」

「しょうがないなぁ」

 前回から二週間と少し。

 俺はミーシャを説得し、ようやっと迷宮に潜る事となった。

 迷宮に到着し、馬車から荷を下ろして身支度をした。

「今回は地下四階からだね。さて、どうなるか」

 クリップボード片手にミーシャがいった。

「うむ……。まあ、その前に寄るところがあるがな」

 俺は苦笑した。

「ああ、あそこね」

 ミーシャは笑顔で俺を抱きかかえた。


 地下二階に下りると、俺たちはまっすぐコボルトの家に寄った。

「ああ、ちょうどよかった……」

 家に入る早々、ミーシャは俺以外の全員にサラッと耳打ちした。

「……なにか、企んだな」

 俺はため息を吐いた。

「なるほど、そういうことであれば……」

 コボルトはキッチンに立って、なにやら忙しく料理をはじめた。

「今回は、僕も料理するよ」

 そのコボルトと並んで、レインも料理をはじめた。

「おいおい、なにをおっ始めやがった」

 俺はミーシャに聞いた。

「どうせ忘れてるだろうから、思い出させてやる!!」

「なにをだ?」

 俺が聞いても、ミーシャは笑みを浮かべるだけで答えなかった。

「では、私はこうしましょうか」

 ナターシャが呪文を唱え、部屋に装飾が施された。

「……さすがに怖いぞ。みんなでなにしてんの?」

 しかし、誰も答えてくれなかった。

 俺はミーシャの膝上に連れ去られ、ただ背中を撫でられていた。

 そのうちに続々とメシが出来上がり、最後の仕上げとばかりにデカいケーキがテーブルに置かれた。

「……」

「忘れていただろ。今日はタンナケットの誕生日だ!!」

「あれ、そうだったか……」

「そうだよ。仲間のは覚えてるくせに、自分のは忘れる!!」

 ミーシャが俺をテーブルの上に乗せた。

「そうか、俺も八才になったか……」

「そういうこと、いよいよジジイだねぇ」

 俺はミーシャの顔を引っ掻いた。

「誰がジジイだ」

「イテテ……」

 しかし、ミーシャは嬉しそうだった。

「なんだ、そうと分かってれば、プレゼントの一つでも用意したのに」

「そういうことは、一切話さないですからね」

 レインとナターシャがいった。

「俺の誕生日なんざどうでもいいだろう。それで、なにが変わるわけでもねぇ」

 俺はテーブルの上のメシをみた。

「冷めちまうぞ。さっさと食え」

「なにいってるの、これ全部タンナケット仕様だよ!!」

 ミーシャがいった。

「はい、味付けと素材にはこだわりました。祝いの席ですからね」

 コボルトがいった。

「まあ、口に合うかは分からないけどね。とにかく、食べてみて」

「お前ら、こんなに作っちまったのか。食い切れねぇぞ……」

 俺は適当な料理を一口食った。

「ぬっ、なんだこれは。全ての素材がお互いを助け合い、舌の上でしゃきりぽんと踊るようだ!!」

「……いいから、無理しないで普通に美味いっていいなよ」

 苦笑して、ミーシャも一口食った。

「ぬぉ、なんだこれは!?」

「だ、だろ!?」

 あとは、なんでもよかった。

 俺に元々行儀なんてないが、とにかくひたすら食い倒し、さすがに満腹になった。

「もう、十分だ。ありがとう……」

 俺がいうと。ナターシャがいそいそとケーキを切り始めた。

「これも、猫仕様です。食べないとは、いわせませんよ」

「こ、これ以上、食えと……」

 ケーキが切られて俺の前に置かれた。

「食わなきゃ罰が当たるな……」

 俺は一口食った。

 甘さを抑えた猫仕様。

 素直に美味かった。

「しかし、お前ら物足りなくねぇのか。俺の味に合わせちまったら、ほとんど味なんてなかっただろうに……」

「そうでもないよ。ちゃんと、そこは工夫してある」

「素材の良さが分かっていいと思います」

 レインとナターシャがいった。

「いいもん食った。たまにはいいんじゃない」

 ミーシャがニコニコ笑顔で俺を抱きかかえた。

「八才か……あと何年、迷宮に潜れるだろうな」

 俺は誰ともなくつぶやいた。

「悲しい事いうなよ」

 ミーシャがいった。

「人間の年齢に直せば四十八才くらい。猫的には高齢期だな。平均的に、寿命は十五年ってところだ。いつまでも、ここにいるわけじゃねぇぞ」

 ミーシャが俺を力強く抱きしめた。

「先に逝く事は許さん!!」

「……無茶いうな」

 俺はレインとナターシャをみた。

「俺が迷宮に潜れるのは、もう何年もねぇだろう。そうしたら、ミーシャを頼んだぞ。お前ら三人でこの迷宮を暴け」

 すると、二人は苦笑した。

「らしくもないこというなよ。そういうことは、潜れなくなってからいうものだ」

「そういう事です。せいぜい、こき使いますから」

 俺は苦笑した。

「まあ、精々こき使うがいいさ。年寄りに優しくねぇからな、お前ら」

 こうして、コボルトの家でのささやかな誕生会は終わった。


 地下二階は異常なかった。

 地下三階にくると、俺は氷の浮島を浮かべた。

 すると、ひょこっとウンディーネが顔を見せた。

「やっぱり、ハマっちまったか……」

 いつも通り差し出されたちゅ~るを食いながら、俺はいった。

 そして、片腕で俺を抱きかかえ、片腕でミーシャを抱きしめ、満足気に頷いた。

「ねぇ、私まで飼い猫かなんかだと思ってない?」

「似たようなもんだろう。よかったな、飼い主ができて」

 ウンディーネから解放されると、ミーシャは迷うことなく俺に鼻ピンした。

「誰が誰の飼い主だって?」

「……」

 ウンディーネは浮島を押して、地下三階を進んだ。

「それにしても、ここって不気味よねぇ」

「まあ、足下がみえねぇからな」

 ミーシャの呟きに、俺は答えた。

 と、レインが剣を抜いた。

 俺も反射的に杖を構えた。

「ど、どうしたの?」

 ミーシャが慌ててククリを抜いた。

「これに気づかねぇほどボケるな」

「数が多いね……」

 ウンディーネも止まった。

 少し先の水面に、無数の馬が立っていた。

 無論、こんな事は普通はない。

「ケルピーだ」

 水棲の魔物としては、それほど珍しくない。

 馬はあくまでも化けた姿といわれているが、実際の姿を知っている者はいない。

 なぜなら、そのまま食われてしまうからだ。

「あれだけ密集しているなら、爆発系か……」

 俺が呪文を唱えようとしたら、ウンディーネがそっと抱き上げた。

「お、おい……」

 ウンディーネは笑みを浮かべると、片手を前に付きだした。

 そこから放たれた激しい水流によって、ケルピーの群れは根こそぎ弾き飛ばされた。

「……」

「すごいね……」

 俺はなにもいえず、ミーシャが一言つぶやいた。

 ウンディーネは再び俺を浮島に下ろすと、何事もなかったかのように押しはじめた。

 あとは特に問題なく階段まで到着し、俺とミーシャはウンディーネの抱擁を受けた。

「あ、あれみちゃったら、なんか抵抗できない……」

「うむ、なかなかやるな……」

 お互いに言い合ったあと、ウンディーネは俺たちを放した。

 いつもはすぐに水中に消えるが、今日はじっとみていた。

 そして、右手をそっと俺に向かって差し出してきいた。

「この紋様……本気か?」

 ウンディーネの右手の甲には、複雑な紋様が浮いていた。

 ウンディーネは頷き、俺の頭にそっと手を当てた。

 ピリッとした刺激が全身を走った、

「あ、あれ、タンナケットの背中に小さな何かが……」

 ミーシャがいった。

「全魔法使いの憧れ、召喚契約ってやつだ。あのウンディーネは俺たちがどこにいても、呼びかけ一つで現れるぞ」

 召喚魔法ともいうが、召喚対象と特殊な「契約」を結ぶ事により、どこにいても呼び出す事が出来るという、使い方によってはこれ以上はなく便利なものだ。

 対象者がそれと認めないと契約を結べないため、召喚魔法の使い手は召喚士とも呼ばれ。魔法使いの中では一種のステータスになっていた。

「な、なんじゃそりゃ!?」

 ミーシャが声を上げた。

「よっぽど気に入られたのだろう。まあ、上手い事力を借りようか」

「へぇ、タンナケットが召喚士にね」

「もう、ただの猫なんていわせませんからね」

 レインとナターシャがいった。

「俺はどこまでいってもただの猫だ。それ以上でも以下でもねぇよ。よし、やっと地下四階だな」

 そこには、さらに深くへと続く階段があった。

「変質前だけど、ここから先がキツくなるんだよね。今はどうかしらないけど……」

 ミーシャがクリップボードを手にした。

「キツいことに変わりはないだろう。まあ、慎重に行こうか」

 ミーシャが階段のチェックを行い、異常がない事を確かめた。

「よし、いこう!!」

 元気よくいって階段を下りはじめた。

 まあ、どの階段もそうだが、通路より薄暗く気持ちのいい場所ではない。

 先頭を進んでいたミーシャが、不意に止まった。

「やっちゃった。罠の作動スイッチ踏んだ……」

 ミーシャがいった。

「……それで、どんなタイプだ?」

「機械式で恐らく槍が壁面から飛び出るタイプ。その辺の壁に穴が開いてると思うよ」

 いわれて壁を調べると、確かに穴があった。

「ナターシャ!!」

 俺の声に頷き、ナターシャは防御魔法をミーシャに掛けた。

「レイン、いいな?」

 レインが頷き剣を抜いた。

「ミーシャ、退け!!」

 ミーシャが素早く動いた瞬間、壁から高速で槍が突き出された。

 それを、レインの剣が根こそぎ切り飛ばした。

「まいったね、こんなもんにひっかかるとは!!」

 誰よりも落ち込んでいるはずのミーシャの肩に飛び乗り、俺は派手に爪研ぎした。

「イダダダ!?」

「慣れたっていってなかったか。俺の本気を知らねぇでよくいったもんだな」

 ミーシャは俺の首根っこ引っつかんでぶら下げ、思い切り鼻ピンした。

「いてぇだろうが!!」

「……そりゃ、痛くしたからな」

 俺はさらに顔をバリバリ引っ掻いた。

「……」

「今さら女の子の顔になんていわねぇよな、坊主」

 俺に特大の鼻ピンをかまして放り投げると、ミーシャは肩を怒らせて先に進んだ。

「もたもたすんな!!」

「怖いねぇ」

 俺たちは苦笑してミーシャを追ったのだった。

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