第20話 ミーシャとの出会い
「病み上がりだから、まだダメ!!」
と、ミーシャにいわれてしまい、俺は宿の部屋から出してもらえなかった。
杖の手入れと爪研ぎも終わったので、部屋の窓際に飛び乗っていわゆる「猫箱」のスタイルで窓の外を眺めていた。
何の気なしに尻尾をゆらゆらさせていると、窓からみえる通りで冒険者同士の喧嘩が勃発した。
「まあ、気が済むまでぶん殴ればいいさ」
最初はそんな感じで眺めていたが、片方は杖を持ったいかにも魔法使い然とした野郎だった。
どうもカッカきたらしい魔法使い野郎は、杖をかざして呪文を唱えはじめた。
「詠唱が遅いな。大した野郎じゃねぇが、被害を被ると迷惑だ」
俺は素早く窓際から下りて杖を取り、再び窓際に飛び乗って呪文を唱えた。
「必殺、金だらいメテオ」
俺の杖が光り、無数の金だらいが通りに降り注いだ。
それの直撃を受けた魔法使い野郎は、そのまま道に倒れて気絶した。
「ふん、お前なんぞこれで十分だ」
俺は杖を元の壁際に立てかけ窓際に戻ると、再び外の様子を眺めたのだった。
「タンナケット、いい子にしてたか!!」
うるさいのが帰ってきた。
「また鼻ピンされるからな。大人しくしてたさ」
俺はミーシャを一瞬みて、また窓の外を眺めた。
「熱心にみてるけど、なんかあるの?」
「なにもない。退屈で死にそうだぞ」
俺はミーシャの肩に飛び乗った。
「どっか連れてけ。引っ掻いちゃうぞ」
「いくら引っかかれてもダメ!!」
俺はニヤッとした。
「ほう、引っ掻いていいんだな。遠慮なくいくぞ」
俺はミーシャの右肩をズタボロにした。
「どうだ、痛いだろ?」
「痛いに決まってるじゃん。だから、なに?」
ミーシャに聞き返された。
「……平気なの?」
「慣れてるもん。今さらなんとも思わん!!」
ミーシャは俺に特大の鼻ピンをかました。
「お返しだ。痛かろう!!」
「……うん、すっごく痛い」
何万発食らっても、これだけは慣れそうになかった。
「根性が足らん!!」
「根性で痛みは解決しないと思うが……なんでもいいが、マジでどっか連れていけ!!」
猫の天敵は退屈だった。
「ほら、買ってきてやった。猫じゃらし!!」
「……ナメるなよ。そんなもんに引っかかる俺じゃない」
今さら、猫じゃらしなど。
「フフフ、猫じゃらしマイスターの称号を持つ私に、勝てると思ってるのかね。本能を刺激し尽くしてやる!!」
「……誰だ、そんな称号作ったの」
「よっしゃ、いくぞ!!」
「ふん……」
俺は甘くみていた。
ミーシャのテクニックと猫じゃらしの真の力を。
俺の本能を思い切り刺激する動きに、考えるより先に体が反応していた。
「どうした、引っかからないんじゃなかったのかい。ホレホレ!!」
「……」
俺は無言で猫じゃらしを追いかけ倒していた。
「杖を置いて喋らなきゃ、ただ二足歩行してるだけの猫なんだけどねぇ」
ミーシャが猫じゃらしをしまった。
「疲れたからおしまい!!」
「……」
「な、なに泣いてるの。まだ遊びたいの?」
俺はミーシャに頷いた。
「可愛いタンナケットも好きだけど、もうそろそろみんな帰ってくるだろうし、シャキッとしなさい!!」
俺は一つ咳払いをした。
「コホン。俺だって猫だって事だ。よって、忘れろ」
「忘れるもんか。可愛いもん!!」
ミーシャは俺を抱き上げた。
「……やめてくれ」
俺はベッドの上で丸くなった。
「ダメ、ここ!!」
首根っこ引っつかまれ、俺はミーシャの胡座の中に押し込まれた。
「あのなぁ、たまには広いところで……」
「なんかいった?」
ミーシャが極悪ククリを抜いた。
「……なんでもない」
俺はため息を吐き、そのまま目を閉じた。
「まあ、お前も元気よくなってよかった。最悪な状態で出会ったからな……」
俺は目を閉じたまま言った。
「あれね、思い出すだけで嫌になるよ……」
ミーシャは俺にブラッシングをはじめた。
「うん、ここがトレビの街か。地方都市とバカにしていたが、結構デカいな」
俺は乗合馬車の荷台にこっそり潜り込み、王都ファルマスからここにきた。
地下迷宮の話は、王都の猫たちの間でも有名だった。
魔法の腕には少々自信があった俺は、腕試しという意味合いで迷宮に潜ってみる事にしたのだ。
「しかし、仲間の一人や二人は欲しいところだな。猫の俺を相手にする物好きが、どれだけいるかわからねぇが……」
街を当て所なく歩き、俺は小腹が空いたので「火吹きトカゲ亭」というメシ屋に入った。
全く、人間社会というのは生きにくいもので、俺が猫というだけで入店拒否される場合が多い。
俺は半ば追い出される覚悟で店に入った。
「おや、珍しいお客さんだね。その辺りの席を使ってちょうだい」
店のおばちゃんは、俺を好意的に迎え入れてくれた。
これは、レアケースといっていい。
俺は開いているテーブルに飛び乗った。
「猫缶でいいかい?」
他に猫の常連でもいるのか、おばちゃんは特に迷う様子もなく、猫缶を開けた皿を持ってきた。
「すまんな……」
「なに、ウチは誰でも歓迎さ。ゆっくりしていって」
おばちゃんは他のテーブルにいった。
「うむ……」
ひとしきり猫缶を平らげ、俺は店内観察をした。
誰も彼もが冒険者という風情で、この街がどんなものか象徴していた。
「ん?」
俺はテーブルに一人座り、じっとエールが注がれたジョッキを見つめている少女に目が留まった。
「……訳ありだな」
誰がどうみてもそうだった。
別に好奇心だけというわけではないが、俺はその少女のテーブルに近寄った。
よほど酷い目に遭ったようで、その目は完全に死んでいた。
「よう、暇なら猫の相手してくれないか?」
俺はわざと明るく声を掛けた。
その少女は小さく頷いた。
俺はそのテーブルに乗り、体を丸めた。
「……私、猫好きだよ」
少女がか細い声を出した。
「俺が喋っても驚かねぇんだな」
「……うん、そのくらいじゃね」
その少女は、俺の背中を撫でた。
「好きに撫でろ。ちっとは、気が紛れるだろう」
少女は頷いた。
「……どうした、猫でよけりゃ聞くぜ」
「……私のミスでみんな死んじゃった。どうしていいか」
少女が絞るようにいって泣き出した。
俺を抱きかかえ、そっと背中を撫で続けた。
これが迷宮だと、俺は初めて知った。
「……俺は今さっき王都からきた。腕試し程度の気持ちで迷宮に入るつもりだったんだがな」
「……だったら、今すぐ帰った方がいいよ。あそこは、そんな半端な気持ちで入ったら、簡単に死ぬよ」
少女は俺を強く抱きしめた。
「猫はいいな。癒やされる……」
「何でも好きに使うがいいさ。見たところ、それなりに経験を積んでいるようだが……」
「私なんてダメだよ。間違っても、仲間に誘ったりしないでね。死にたいなら別だけど」
少女は俺を膝の上に置いた。
「生憎だったな、俺はお前に興味を持った。猫は獲物をみつけるとしつこいぞ」
「やめときなよ。他に優秀な冒険者はたくさんいるから」
少女は俺の背を撫で続けた。
「無理にとはいわんが、俺はお前以外とパーティを組む気はない。二度と迷宮に入らないっていうなら、俺は素直に帰ることにしようか」
「……なんで、私なの?」
少女が不思議そうに聞いた。
「猫の直感だ。お前ならいい相棒になるだろう。猫アレルギーもなさそうだしな」
「……物好きだね。死にたいの?」
俺は少女の顔を引っ掻いた。
「マーキングだ。猫の習性でね……」
「……そんなに、私がいいの?」
少女はとことん不思議そうだった。
「じゃなきゃマーキングなどしない。この膝の上は俺の縄張りだ」
「……随分、強引だね。嫌いじゃないけどさ」
ここにきて、少女はようやく笑みを浮かべた。
「俺は欲しいものは強引にでも取るタイプでね。ああ、一応魔法使いだ。そこそこ腕には自信があるぜ」
「私はなんだろうね。便利アイテムみたいなものか……」
「よし、俺はその辺で適当に宿を取る。猫相手に商売してくれるかが、問題だがな」
これが、次なる問題だった。
最悪、野宿しかない。
「それなら、この近くに『レストア亭』っていう宿があるよ。あそこなら、誰でも歓迎だから」
「情報ありがとう。それじゃ、俺は宿を取ってくる。そこで待ってるから、気が変わったらきてくれ」
俺が少女の膝から下りようとしたら、そっと背中を押されて止められた。
「今、これがなくなったら、きっと立ち直れないな。私もそこに部屋を取ってる。面倒だから同室にしない?」
「俺は一応男だぜ。いいのかよ」
俺は苦笑した。
「なんで猫相手に恥ずかしがるのよ。その代わり、四六時中触ってるよ。嫌でなければだけど」
「まあ、いいだろう。声を掛けた以上、そのくらいは覚悟の上だ」
少女は俺を抱き上げた。
「実は、お金持ってないでしょ。奢るよ」
「なぜ、分かった?」
俺が問いかけると、少女は笑みを浮かべた。
「お金のニオイが全然しないもの。相棒に食い逃げさせるわけにはいかないからね」
思い切り鼻ピンされた。
「ボンヤリしてなに考えてた?」
「……今日のお前の下着の色だ。テカテカの紫はやめろ。趣味が悪い」
ミーシャが真っ赤になった。
「こ、この、エロ猫!!」
超絶特大の鼻ピンを食らった。
「だって、男だもん」
「お、お前はオスだ!!」
ミーシャは俺の首根っこ掴んでぶら下げた。
「さて、どうしてくれようかな……」
「……」
ミーシャは俺を抱きかかえ、そのままベッドに横になった。
「これでいいや。一番安心する!!」
「そりゃなにより」
ミーシャはそのまま寝てしまい、俺は大変窮屈な思いをするハメになった。
まあ、これも俺の勤めだった。
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