第19話 タンナケットを救え

 街に戻った俺は、宿に行く前にナターシャに引っつかまれて教会に運び込まれた。

 神だかなんだか知らないが、それに祈りを捧げる聖堂。

 荘厳な雰囲気ではあるが、薬品臭ともなんともつかないニオイが立ちこめるこの場所は、あまり好む場所ではなかった。

「神父様、致死呪縛を受けまして……」

 俺の首根っこをひっ捕まえてぶら下げ、ナターシャが白髪のジジイに俺を差し出した。

「なるほど……少しみてみましょうか」

「はい、応急的な処置は施しましたが……」

 白髪ジジイとナターシャが会話を交わし、俺は台のような場所に寝かされた。

「……これは、古代魔法による呪縛ですね。今では、解除出来るものはほとんどいません。あなたの応急処置で進行は食い止められていますが、時間の問題でしょう。私にも解呪はできません」

 白髪ジジイがいうと、ナターシャは息を呑んだ。

「もって、どのくらいだ?」

 おれは白髪ジジイに聞いた。

「この状況から察するに、長くてもあと三日程度でしょう。呪縛を抑えるための呪縛が、もう解け掛かっています。単純な呪力のぶつかり合いでは、より強い方が弱い方を飲み込んでしまいますので」

「そ、そんな……」

 ナターシャが絶句した。

「なに、ちょっと早い寿命だ。冒険者をやってれば、こんな事もある」

 俺はそっと目を閉じた。


 俺を優しく抱きかかえ、悲痛な面持ちでナターシャは宿に帰った。

「な、なに、どうしたの?」

 お宝の山に埋もれたミーシャが声を掛けてきた。

「それが……」

 その先は、ナターシャは声が出なかった。

「えっ、ちょっと!?」

 ただならぬ雰囲気を感じたか、ミーシャがナターシャに詰め寄った。

「代わりにいおう。俺の命は、長くてもあと三日らしい。喋れるうちにいっておく、世話になったな」

「なんだって!?」

 どこに埋まっていたのか、お宝を弾き飛ばしてレインが飛び出してきた。

「ど、どういうこと……」

 ミーシャが呆然自失状態でいった。

「タンナケットの致死呪縛が解除できないのです。古代魔法なんて、今時そんな使い手が……」

 ナターシャがいった言葉はそれだけだった。

「じょ、冗談でしょ?」

「この様子が冗談にみえるなら、眼科にいった方がいいな。まあ、数年早い寿命だ。大した問題じゃない」

 思い切り鼻ピンされた。

「な、なんで、アンタ自身がそんな落ち着いてるのよ!!」

「焦って状況が改善するか。最後にいっておく、いざって時は無駄な事はするな。ダメな事はダメと切り捨て、出来ることは必死でやれ。運がよければ、長生きできるかもしれんぞ」

 ミーシャはナターシャから俺を引ったくり、顔を埋めて泣き始めた。

 どうしようもない空気が流れた時、開けっ放しだった部屋の出入り口にアイーシャとターリカが顔を覗かせた。

「あまりに大きな声だったので、聞いてしまいました」

「ちょっとみせて下さい」

 ターリカがミーシャから俺を受け取った。

「……なるほど、同胞の呪術師ならあるいはなんとか出来るかもしれません。ダメ元で掛ける価値はあると思いますよ」

「な、なら!!」

 ミーシャが叫んだ。

「ですが、変わり者で『寂れた大森林』のただ中に小屋を建てて住んでいます。ここがどこか分かりませんが、容易に近づける場所ではありません」

「『寂れた大森林』か。そう遠くはないが、馬を飛ばしても片道で二日かかるな。どのみちリミットだ」

 俺がいうと、ミーシャが首根っこ捕まえてぶら下げた。

「出来ることは必死なんでしょ。転送魔法!!」

「……あれは人向きではないぞ。どうなっちまうか、分かったもんじゃねぇ。しかも、術者自身は転送出来ないから片道だけだ。

 俺はため息を吐いた。

 便利だが制約も多いのが転送魔法だった。

「馬車ごと飛ばして。帰りに二日なら間に合う!!」

「あくまでも長くて三日だ。その前に、ぽっくり逝っちまう可能性もあるんだぞ」

 ミーシャが鼻ピンした。

「何もしないよりマシだ!!」

「落ち着け。『寂れた大森林』は魔物も多い。そんな場所にいかせられるか」

 ミイラ取りがミイラになったら、それこそシャレにならない。

「まあ、過信しているつもりはないだけど、俺たちの事を少しは信じたらどうだ?」

 レインが口を挟んできた。

「まさか、お前。三人でいくっていうんじゃねぇだろうな」

「うん、タンナケットに貸しを作っておくのも悪くない」

 レインはいそいそと旅支度を初めてしまった。

「そうですね。あとで、なにか奢ってもらいましょう」

 ナターシャも同様だった。

「お、お前ら、確実でもねぇのにムチャするな」

「ムチャしないなら、冒険者やってる意味がないと思うけどね」

 手慣れたもので、レインの支度が終わった。

「確実な探索はないと思いますよ」

 ナターシャは元々迷宮帰りだったので、支度というほどの支度はない。

「ほら、みんなもやる気だぞ。タンナケットの負けだ!!」

 ミーシャが元気にいった。

「だ、ダメだ。そんな危険な目に遭わせられるか」

 思い切り鼻ピンされた。

「口答えするな。いわれた通りにやれ」

「……痛いぞ」

 俺が次の一手を考えていると、ターリカが封筒をミーシャに渡した。

「私の紹介状です。昔からたくさん貸しを作っている相手なので、これがあれば無下に断れないでしょう」

「あ、ありがとう!!」

 ミーシャは他の二人を率いて、外に駐めてある馬車に乗り込んでしまった。

「ほら、さっさと転送。時間が勿体ない!!」

「どうあってもいくんだな。いいだろう。お前たちに任せるとしよう。運が良ければ、また生きて会えるな」

 俺は呪文を唱えた。

 馬車が忽然と消えた。

「……分かってるさ。あと一日ももたん。心臓が痛くてな」

 俺は呟き部屋のベッドで丸くなった。


 数時間もすれば、俺はいよいよ動けなくなっていた。

 アイーシャとターリカが看てくれてはいるが、それでどうなる話でもない。

「こうなったら……」

 ターリカがミーシャが部屋に置き去りにしていったナイフを手に取り、自分の手の平をザックリ切った。

 そして、呪文を唱えて俺の体に押し付けた。

「簡単な呪術です。こんな事しか出来ませんが……」

 ターリカが額に汗を掻きながらいった。

 俺はなにかいいたかったが、いえなかった。

 全身に走る痛みは和らいだが、あまり変わらないといえば変わらなかった。

「呪力が強すぎます。私では……」

 ターリカが倒れるように床に蹲った。

 アイーシャは、どうしていいか分からないといった様子で、ただオロオロするだけだった。

 痛みはいよいよ酷くなり、半ば覚悟を決めた時だった。

 部屋の扉が勢いよく開き、あの白髪ジジイが飛び込んできた。

「教会の書庫から書物を見つけました。しかし、私では魔力が……」

 ターリカがその書物を引ったくった。

「……こ、これならば!!」

 痛いだろうに、ターリカが再びナイフで自分の手を抉った。

 呪文を口にして、再びその手を俺に押し付けた。

 全身が温かくなり、痛みが劇的に引いた。

「な、なにをした?」

 やっと、喋る事が出来た。

「根本解決にはなっていませんが、呪縛の拘束力を少し弱めました。多少はもつと思います」

 疲労の色も濃い顔のターリカが笑みを向けてきた。

「なにか、迷惑掛けっぱなしだな……」

 俺は情けなかった。

 元より俺が人間社会で生きて行くには多くの助けが必要だったが、これは迷惑を掛けすぎだった。

「よくして頂いていますので、ささやかな恩返しです。これでは、返しきれませんが」

 ターリカが俺の頭を撫でた。

「私は何も出来ないのが悔しい……」

 アイーシャが呟くようにいった。

「それじゃお仕事です。救急箱を。これ、結構痛いのです」

 アイーシャが頷いて部屋から出ていった。

 すぐに戻ってきて、ターリカの傷を手当てした。

「さて、間に合うか。あの森は、迷いやすいですからね」

 ターリカがポツリといった。


 それから先は、痛みとの戦いだった。

 酷くなってはターリカが処置して急場をしのぎ、ベッドの上で丸くなって過ごす時間が続いた。

 うっかり日付を数えるのを忘れていたが、ある日の夜になって三人と一人の見知らぬ人が部屋に駆け込んできた。

「い、一週間も経っちゃったから、もうダメかと……」

 ミーシャが俺を抱き上げた。

「生憎、しぶといらしくてな。そこのターリカに礼をいってくれ」

「な、なに、その手!?」

 ターリカの手は、傷でグチャグチャになっていた」

「いえ、ちょっとゾウリムシに踏まれただけです。それより、早く解呪しないと」

 その傷をナターシャが癒やした。

「お前らもボロボロだな……」

 三人とも酷い有様だった。

「面白半分にスズメバチの巣を叩き落としたら、エラい目に遭ったよ」

「……嘘コケ」

「アーリア、この猫です」

 アホな話しは終わりとばかりに、見知らぬ誰かにターリカがいった。

「はいはい……これは、酷いね」

 軽い感じでいって、アーリアというらしいが、ソイツが俺をみるなりいった。

「もう呪縛の力が心臓に及んでる。解呪はできるけど、ショックで破裂しちゃうかもしれない。一般的には、手遅れって診断されるレベルだね」

「そ、そんな……」

 ミーシャが床に崩れた。

「正直いっていいかな。難しいなんてもんじゃなくて、不可能に近いかな。呪力が強い上に致命的なレベルまで進行しているから。無理に解呪はしないで余生を送ってもらう事を勧めるけど、それでもやるかい?」

 問われて俺は苦笑した。

「ここまで大勢を煩わせて、怖いからやめますっていえると思うか?」

 俺がいうと、アーリアは笑みを浮かべた。

「根性あるね、気に入ったよ。それをもう一回みせてね。死んだ方がマシくらいに、苦痛を伴うからさ」

 アーリアは俺に手をかざし、呪文を唱えた。


「……死ぬかと思ったぞ」

「正確には、三回死んでるよ。心停止を死とするならね」

 アーリアが気軽な調子でいった。

 つまり、そういう施術だった。

「も、もう、大丈夫なの?」

 ミーシャが恐る恐る聞いた。

「うん、大丈夫。ここまで、骨が折れたのは久々だったよ」

 瞬間、ミーシャが俺を抱きかかえた。

「もう、放さない……」

「分かったから、痛い……」

 俺は苦笑した。

「デカい貸しを作っちまったな。みんな、今日は俺の奢りだ。好きなだけ飲んで食え」

 俺たちは「火吹きトカゲ亭」に向かった。

 前もいったが、冒険者は人脈こそが財産。

 つまり、そういう話だった。

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