第18話 地下三階制覇

「もう大丈夫だ。迷惑掛けたな」

 ミーシャの胡座から下り、俺は氷の浮島の上で伸びをした。

 それと合わせるかのように、ウンディーネがちゅ~るを差し出してきた。

「……随分、サービスいいな」

 俺がちゅ~るを食っている間にも、ウンディーネは浮島を押して動きはじめた。

「よし、ガンガンいこう。誰かさんのせいで、遅れたし!!」

 ミーシャが元気にいった。

「……すまん」

「ああ、なんでガチで受け取るの!?」

 ミーシャが慌てて鼻ピンした。

「……馬鹿野郎、俺の鼻はなんかのスイッチじゃねぇんだぞ」

「似たようなもんだ!!」

 その間にも浮島は進み、入り組んだ通路を進んでいった。

「時々罠はあるけど、どれも水没して作動しないね。今のところ、特に怪しいものはないか……」

 おふざけしていても、ミーシャはちゃんと仕事をしていた。

 いくつも小部屋を出入りし、特に何もない事を確認しながら進むと、ウンディーネがある部屋で止まった。

「ん?」

 ミーシャもなにか感じ取ったようだ。

 なんの変哲もない部屋だが、最奥部の壁に小さな窪みがあるのが分かった。

「妙な魔力を感じるな。あの窪みに近づいてくれ」

 ウンディーネはそっと浮島を押して、窪みに近づいた。

「やはり、ここだな。ミーシャ、さっき鑑定できなかった、あのオーブを出せ」

 ミーシャは頷き、背嚢からオーブを盗りだした。

「……なるほどな、ここの魔力に呼応してオーブから発している魔力が上がっている。どれ、鑑定してみようか」

 俺は呪文を唱えた。

「……一言でいえば鍵だな。状況から考えて、この窪みに填めると何かが起きるだろう。なにが起きるかまでは、これだけじゃ分からないがな」

 ミーシャが頷いた。

 ふと目をやると、レインとナターシャも頷いた。

「……分かった。やってみるか」

 俺はオーブを持てないので、代わりにミーシャが窪みにオーブをはめ込んだ。

 すると、部屋全体が光に包まれ、そのまま消えた。

「なるほどねぇ」

 ミーシャがつぶやいた。

 窪みがあった壁が消え、その先に通路が延びていた。

 そこに一気に水が流れ込み、浮島が押し流されそうになった。

「いくぞ」

 俺の声と共に、島を支えていたウンディーネがそのまま飛び乗った。

「……あ、アンタもくるの?」

 水流に流される浮島の上で、俺はウンディーネに聞いた。

 無言で頷くと、俺を抱きかかかえて頭を撫でた。

「こ、この!?」

 そして、やっぱりミーシャが怒った。

 ウンディーネは何を思ったか、ニッコリ笑みを浮かべるとちゅ~るをミーシャに差し出した。

「い、いるか!!」

「……い、意外と美味いかもよ?」

 俺はもう落ち着かなかった。

 得体の知れない水の精霊に抱かれて、落ち着いていられる猫はいないだろう。

 それ以上に、ミーシャが怖かったが。

「私の猫を返せ!!」

 ウンディーネは笑みを浮かべたまま、今度はミーシャの頭を撫でた。

「な、なにを!?」

「……完全に、聞き分けのない猫扱いだな」

 ある意味で、間違えてはいないが。

「と、とにかく、その猫返せ!!」

 しかし、ウンディーネは無視して俺をずっと抱きかかえていた。

 その間にも島は流れ、やがて通路の最奥部にぶつかって止まった。

「み、ミーシャ、とにかく仕事しろ」

「やってる!!」

 とりあえずこっちは置いて、ミーシャは辺りを見回していた。

「……なるほど」

 ミーシャは行き止まりの壁石を、一見するとランダムに押した。

「これでどうだ!!」

 最後の壁石を押すと、浮島からちょうど飛び移れる高さに狭い通路が現れた。

「よし、いこうか」

 俺はウンディーネの腕から飛び降りようとしたが、放してくれなかった。

「……なに、俺の事気に入っちゃったの?」

 ウンディーネが頷いた。

「……また帰ってくるから。ね?」

 ウンディーネはそっと俺を放し、頭を撫でてきた。

「改めて、いくぞ」

 ムスッとしたミーシャが怖かったが、それはいいとして、俺たちは通路に飛び移った。


 通路自体は大したものではなかった。

 高さは人の背丈くらいで、幅はやはり人一人分といったところか。

「罠はないね。気配を読む限り、魔物もなしか……」

「拍子抜けといえば拍子抜けだな」

 ミーシャの言葉に俺は返した。

 ミーシャを先頭に一列になって進むと、いきなり広い空間に出た。

「のひょお!?」

 ミーシャが変な声を上げた。

「まあ、無理もないか」

 そこには、絵に描いたようなお宝の山が広がっていた。

「こ、これ全部私の。異議は認めない!!」

「それはいいが、どうやって持ち出すんだ?」

 とてもではないが、四人で運べる量ではなかった。

「そこは、努力とか根性とか友情とか!?」

「落ち着け」

 俺はため息を吐いた。

「馬鹿野郎、この気配に気がついていないのか?」

「気配?」

 ミーシャが聞き返してきた時、お宝の山を弾き飛ばすようにして、デカいドラゴンが顔を覗かせた。

「……」

「ほら、いただろ?」

 レインが剣を抜こうとしてやめた。

 俺も杖を構えたりしなかった。

 このドラゴン、全く敵意が感じられなかったのだ。

「おい、デカ物。邪魔したな。ミーシャ、帰るぞ」

「な、なんで!?」

「これもまた呪縛です。その金貨一枚ポケットに入れた瞬間、あのドラゴンは全力で襲いかかってくるでしょう」

 ナターシャが諭すように、ミーシャにいった。

「じゅ、呪縛なら解けばいいじゃん!!」

「解けるには解けるが、その瞬間にあのドラゴンは命を落とす。それでも、この宝を持ち帰りたいか?」

 俺が聞くと、ミーシャは俯いた。

「そ、それは……出来ない」

「だろ。なら、帰るしかあるまい」

 俺がミーシャの肩に飛び乗ると、コイツは大きくため息吐いた。

「はぁ、なんか疲れちゃった……」

「興奮しすぎだ」

 トボトボとミーシャが部屋を出ようとした時、ガシャガシャと音を立ててドラゴンがお宝の山を泳いできた。

 そして、通路を塞ぐようにして立つと、丁寧に頭を下げてきた。

「……そういう事か」

 俺は静かに目を閉じた。

「いいだろう。これは俺が背負うとしよう……」

 俺は杖を掲げ、呪文を唱えた。

「解呪法。彼の者に安寧の大地を」

 ドラゴンの体が光りに包まれ、そして倒れた。

「えっ……」

 ミーシャが目を見開いた。

「終わったぞ。せめてもの手向けだ。俺たちで、このお宝は山分けといこうか」

「ちょ、なにしたの!?」

 ミーシャに首根っこ掴まれてぶら下げられた。

「あのドラゴンからのリクエストです。疲れ切っていたのでしょう」

 ミーシャが鎮魂の言葉を口にした。

「そ、そんな、まさか……」

「どれほどここにいたか知らんがな、ひでぇ事しやがるもんだ」

 俺はぶら下げられたまま、ため息を吐いた。

「ひでぇのは、タンナケットだって……」

「なんとでもいえ、俺が買って出たことだ」

 俺はミーシャの力が緩んだ瞬間に床に下り、ドラゴンの骸に近寄った。

「お疲れさん。アンタはもう自由だ」

 俺はそのドラゴンの体に寄りかかり、そっと目を閉じた。


 しばらく俺に近寄ろうとしなかったミーシャだったが、やがてスタスタ歩いてきた。

「タンナケット、ごめん。ちょっと驚いちゃっただけだよ」

「いいんだぜ、軽蔑してもよ。無抵抗のドラゴンを死ぬと分かって解呪した。その事実は変わらねぇんだからな」

「他のみんながちゃんと理解してるのに、私が理解出来ないと思っていたの。甘くみないでね」

 ミーシャは俺の側で胡座をかくと、首根っこ引っつかんでその中に押し込んだ。

「一応、いっておくが、俺は大した事はしていねぇからな。必要だと思った事をやったに過ぎん」

「じゃあ、私も必要だと思った事をしようかな。このお宝、全部持って帰るよ。他のヤツにくれてやるものか」

 俺は思わず笑みを浮かべた。

「よし、さっきもいったが山分けだ。とりあえず、宿にブチ込んでおこう」

「ど、どうやって?」

 ミーシャが俺の顔をみた。

「まあ、みてろ」

 俺はミーシャの上から下りて、呪文を唱えた。

 杖の先に光が点り、それで床をなぞると光る線が描かれた。

 それで、部屋全体を覆う魔法陣を描き、俺は次の呪文を唱えた。

 瞬間、お宝の山が忽然と消えた。

「……」

「魔力を使うからあまりやらんが、転送魔法の一種だ。今頃は、部屋がお宝で破裂しそうになってるな」

 俺は杖を持ち直した。

「よし、やる事は済んだ。そろそろこの部屋を出ようか」

 三人が頷き、再び狭い通路を抜けて浮島に戻った。

 そこで待っていたウンディーネに押され、きた道をそのまま引き返した。

 あのオーブの部屋で一度止まり、ミーシャがメモ書きの整理をはじめた。

「さて、気合い入れていこうか。もう、それほど残ってないから!!」

 チラッとミーシャが書き起こしているマップをみると、あとは階段周辺のエリアくらいだった。

「よし、一気にいくぞ」

 俺たちはウンディーネに押され、水路と化した地下空間を移動していった。

「色々とヘビーだったけど、もうなにもないね。あとは階段だけだ!!」

 水深が浅くなり、俺たちは浮島から下りた。

 膝上くらいのから急速に浅くなり、階段に着く頃には水はなかった。

「はい、階段到達。地下三階制覇!!」

 ミーシャが元気よくいった。

「やれやれだ。さて、一度街に戻るか、さらに地下四階を攻めるかだな」

「一度戻ろうか。疲れたといえば疲れたし」

「はい、タンナケットの様子も教会で詳しくみないと。大丈夫だとは思いますが」

 レインとナターシャがいった。

「私はお宝が気になる!!」

 さらに、ミーシャが元気にいった。

「よし、決まりだな。さっそく……」

「その前にこれだ」

 レインが調理器具を取りだした。

「待っててくれ、何か作るから」

「好きだねぇ」

 呟いた俺を誰かが抱きかかえた。

「……」

 ウンディーネが優しく俺の背を撫でていた。

「ああ、私の猫!?」

 ミーシャが声を上げた。

「こ、こら、返せ!!」

 ミーシャがいくら喚いても、ウンディーネは俺を放そうとしなかった。

「……本気で猫好き?」

 俺の問いにウンディーネは頷いた。

「……そ、そう、ならしょうがないな」

 猫好きに猫を触るなというのは、死ねというに等しい。

「こ、この!!」

 俺を撫でる手を止め、ウンディーネは片腕でミーシャを抱きしめた。

「だ、騙されないからな!!」

 その声を無視して、ウンディーネは俺とミーシャを抱え、満足そうにしていた。

「おーい、メシできたぞ。って、なにやってるんだ?」

「コレに聞いて!!」

 キョトンとしたレインに、ミーシャが怒鳴った。

「まあ、いい。さっさと食べて帰ろう」

 ウンディーネがミーシャと俺を放した。

「……なに、食ってくの?」

 俺の問いにウンディーネは頷いた。

「……だってさ」

「うん、いいんじゃない。大人数の方が楽しいし」

 レインがウンディーネの分もメシを取り分けた。

 なにも喋らないが、どうみても美味そうにそれを食ったあと、満足気にウンディーネは頷いた。

「……多分、褒めてるっぽいぞ」

「それは光栄だね。水の精霊にまで認めてもらえるとは」

 一通りメシを食い、俺たちは再び氷の浮島に乗った。

 今度は最短距離でウンディーネに押してもらい、地下二階への上り階段までくると、ウンディーネは俺とミーシャをまた抱きかかえた。

「な、なんか知らないけど……」

「ああ、俺たち痛く気に入られたみたいだな……」

 しばらく抱きかかえたあと、最後に笑みを残してウンディーネは水中に消えていった。

「……へ、変なヤツ」

「……ま、まあ、猫好きに悪い奴はいないぞ」

 気を取り直し、俺たちは地下二階から地下一階、そのまま地上へと出た。

 駐車場で馬車に乗り、俺たちは再び街に舞い戻ったのだった。

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