第17話 猫の受難
「全く、俺も鈍ったかな……」
ようやく動けるようになった俺は苦笑した。
ミーシャが怒り顔で鼻ピンしてきた。
「暢気な事いってる場合か、死にかけたぞ!!」
「……ごめんなさい」
ミーシャが俺を抱えた。
「全く、あのいけ好かないウンディーネが運んでくれたからいいものの……」
「なんだ、飛ばされたのは俺だけか?」
ミーシャが頷いた。
「そうか、散り散りにぶっ飛ばされる最悪の事態は避けられたか」
俺が安堵の息を吐いた瞬間、また鼻ピンされた。
「馬鹿野郎、タンナケットが死にかけた時点で最悪だ!!」
「……あんまり鼻ピンするな。結構、痛いんだ」
俺からのお願いだ。
猫の鼻には、神経が集中している。
不用意に叩いたりしないで欲しい。
「何発でもやってやる!!」
「まあ、そのくらいにしておいて」
また鼻ピンしようとしたミーシャを、レインが止めた。
「はい。それより、地下三階にこんな空間があったなんて」
ナターシャがいった。
「俺も驚きだ。これは、探ってみる価値があるだろう」
俺はここで気がついた。
愛用の杖がない。
あれがないと、魔法が使えないのだ。
「誰でもいい。俺の杖をみなかったか?」
レインもナターシャも首を横に振った。
「探し物は、これか?」
ミーシャが俺の杖を差し出した。
「お、脅かすな。それがなかったら、俺はただの猫だぞ……」
「そんな事いう猫には、返してやらん!!」
ミーシャは顔を横に向けた。
「な、なんだ、まだ怒ってるのか?」
「こんなもんがなくたって、タンナケットはタンナケットなの。ただの猫なんかじゃない!!」
ミーシャは、そのままスタスタ先に進みはじめた。
「ちょ、ちょっと待て。謝るから返せ!!」
「自分の価値が分かるまで、返してあげない。みんな、いくよ」
レインとナターシャは、黙ってあとに続いた。
「こ、こら、待て!!」
俺は慌てて続いた。
「な、なあ、怒っちゃうぞ」
「集中して、ここには得体の知れない魔物がいるから」
ミーシャにいわれ、俺は神経を張った。
「……前方になにかいるな」
「さすが。気配からして、さっきのトゲボールだね」
俺とミーシャがいうが早く、因縁深い球状の魔物が現れた。
数は一体だった。
「戦闘態勢、アイツは面倒だ」
全員が体勢を整えたところで、素早くレインが斬りかかった。
同時に、ナターシャが先制で魔封じをかけた。
ミーシャもククリを抜き、思い切り振った。
それで魔物は真っ二つになり、戦闘は終了した。
「な、なんだ、俺がいなくたって、お前らだけで戦えるじゃねぇか」
「馬鹿野郎、タンナケットは確かに強いけど、そこが重要じゃない!!」
ミーシャが杖を返してくれる気配は、まだなかった。
この空間の探索は続いていた。
クネクネと蛇行はしているが、道自体は一本。
迷いようがなく、厄介な罠もなかった。
「なんだか、妙な場所だな。ミーシャ、どうなってる?」
これで、通じた。
「うん、これは直感だけど、いくら進んでも終わりはないね。同じ所をグルグル回らされてる」
「ちょっと止まれ……」
全員が止まった。
「お前たち、どこからきた?」
「ウンディーネに連れられて、水路の途中の小道。ちょうど、逆戻りした方向だよ」
ならば、迷うことはなかった。
「引き返すぞ。それが、正解のルートだ」
俺の一言で隊列が入れ替わり、今までとは逆方向に進み始めた。
すると、通路に変化が現れた。
一直線に伸びた通路にの脇に、小部屋がいくつもあった。
「この部屋の探索は?」
「そんなことしてる場合じゃなかったよ。やる?」
「当然だ。そのための探索だ」
ミーシャは笑みを浮かべ、一番手前の部屋から調べ始めた。
「うん、罠の気配はないね。これ、この迷宮のスタンダード?」
ミーシャが苦笑した先には、お馴染みチェストがおかれていた。
「ちょっと待ってね……」
ミーシャはチェストを調べはじめた。
……嫌な予感がする。
「レイン、バックアップに入ってくれ」
俺の言葉に頷き、レインは剣を抜いてミーシャの近くにいった。
「罠はないね。開けてみる」
ミーシャが蓋に手を掛けた時だった。
いきなり蓋がガバッと開いて、中からグロテスクな「腕」が飛び出た。
「ミミックだ」
俺が叫ぶと同時に、レインが宝箱の中に剣を突き立てた。
耳を割くような悲鳴と共に、飛び出た「腕」がクタッとなった。
まあ、この迷宮ではお馴染みといえばお馴染みなのだが、こういった場所に住み着いて獲物を待ち構え、開けようとした者を誰彼構わず捕食する魔物だ。
「あー、ビックリした。まあ、ミミックがいる場所には、お宝がありってね」
倒したミミックの体液まみれになりながら、ミーシャはズルズルと何かを引っ張り出した。
「なんだこれ……」
「ああ、オーブだな。魔法球ともいう」
その淡く光る人の握り拳くらいの球状のものは、何らかの魔法が封じ込められた特殊なものだ。
素材は大体水晶が使われているのだが……。
「どれ、鑑定……杖返して」
「ダメ!!」
ミーシャはそのオーブを自分の背嚢にしまった。
「馬鹿野郎、危険な魔法だったらどうするつもりだ」
「馬鹿野郎、危険だったら今頃私がどうにかなってる!!」
……一理あった。
「ま、まあ、そういうことにしておこうか。部屋は多い。一通り調べて次にいこうか」
「分かった!!」
一応、他に隠し部屋の類いがない事を確認して、俺たちは次々に部屋を確認していった。
ほとんどが空部屋で何もなかったが、最後の部屋にチェストがおいてあった。
「ここで最後だ。慎重にいけ」
「分かってる!!」
ミーシャは元気よくチェストに向かい、慎重に調べはじめた。
「罠はないね。どれ……」
チェストの鍵穴に道具を差し込み、ミーシャはあっという間に解錠した。
そのまま蓋を押し開くと、中に入っていたのは長柄の先に鎖付きのトゲ付きの鉄棒がついた、フレイルという武器だった。
「いい加減杖を返せ。鑑定しないとヤバい」
ミーシャは黙って杖を差し出した。
俺はそれを受け取り、呪文を唱えた。
「……変な武器ではないな。なかなかエグい付加魔法が掛かっている。属性は『火』だ。これでぶん殴ると、中位火炎系攻撃魔法程度の効果があるだろう」
俺がいうと、またミーシャに杖を取り上げられた。
「……」
「そんな、泣きそうな顔してもダメ!!」
そんな事ををやっている間に、ナターシャがそのフレイルを手に取った。
そして、それを振ると鉄棒が一瞬で灼熱し、標的にしたチェストが爆発的に燃え上がった。
「これいいですね。私が使います」
「……怖くなったぞ」
「……逆らわないようにしよう」
俺とミーシャがヒソヒソ話をしていると、ナターシャが笑みを向けてきた。
「なにか?」
「なんでもねぇ」
「う、うん……」
まあ、それはともかくとして、俺たちは部屋を出た。
そのまま通路を進むと、氷の浮島を持って待っていたウンディーネの姿があった。
「律儀なヤツだな……」
ウンディーネは頷き、お馴染みちゅ~るを差し出してきた。
「こ、これはどうも……」
俺がそれを吸ってると、ウンディーネはミーシャから俺の杖を取り上げ、そっと差し出してきた。
「……いい奴か、お前?」
「あー、なにすんの!?」
ミーシャの声は無視して、ウンディーネは浮島を押しはじめた。
「こら、まだタンナケットへのお説教は終わってない!!」
「おいおい、ミーシャ。そのくらいにしておいてやれよ」
レインが苦笑した。
「だって、絶対まだ魔法がなかったらただの猫だって思ってるよ?」
「……違うのか?」
俺がいうと鼻ピンされた。
「ほら!!」
「まあ、いいじゃないか。本人がどう思っていようが、俺たちが勝手に押し付ければいいだけだ」
レインが珍しく意地悪な笑みを浮かべた。
「というわけで、僕たちの命は魔法がなければただの猫が預かっているわけだ。頼もしいね」
「な、なにが、いいたい……」
「それは、タンナケットの魔法は凄いですし頼りにしていますが、なければないでなんとかします。どうしても代えが利かないものがあるのですが、分かりますか?」
ナターシャが問いかけてきた。
「……ね、猫爪?」
思いっきり鼻ピンされた。
「んなもん、どーでもいい!!」
「馬鹿野郎、猫にとって爪は命だ!!」
ミーシャに首根っこ掴まれてぶら下げられた。
「本気で分からないの?」
「……」
俺は苦笑した。
「まさかとは思うが、お前ら俺がいなくなったら路頭に迷うとかいわねぇよな」
「その通り、誰についてくの?」
ミーシャが軽く鼻ピンした。
「僕はタンナケットだから、なにいわれても黙ってついていくんだけどな。悪い事かな」
「私もです。少なくとも、悪い事にはならないでしょう」
「お前ら俺を信用しすぎだ。正しいとは限らないぜ」
俺はため息を吐いた。
「じゃあ聞くけど、正しい事ってなに?」
ミーシャが不意に真顔になった。
「……そ、そう言われてもな」
「正しいって信じたら正しい事だよ。人それぞれだもん、正解はないよ」
ミーシャが俺をそっと抱きかかえた。
「少なくとも、今の私はこれが正しい事。タンナケットに消えられたら、困るなんてもんじゃないよ」
「そうか……」
ミーシャは鼻ピンをして、小首をかしげた。
「さっきから気になっていたんだけどさ、タンナケットの鼻が湿っていないんだよね」
「大怪我したばかりだろう。まだ、不調なのかもな」
しかし、ナターシャはミーシャから俺を引ったくった。
「……こ、これは」
しばらくして、ナターシャは顔をしかめた。
「ど、どうしたの!?」
ミーシャが叫んだ。
「致死呪縛です。もうだいぶ進行してしまっているので、そう長くはもたないでしょう」
……聞いたことはある。
相手を死に至らしめる邪法だ。
あの罠に仕込まれていたか、トゲ野郎のせいかは分からないが。
「そ、それって……」
「やるだけはやってみます」
ナターシャはウエストポーチから特殊なチョークを取りだし、浮島の上に魔法陣を描いた。
俺をその中央において、ナターシャは呪文を詠唱しはじめた。
魔法陣が光り、俺の全身が熱くなった。
「なかなかキツいな……」
しかし、呪文詠唱中のナターシャは、当然答えなかった。
最後にトンと魔法陣の端を杖で叩いた瞬間、魔法陣が爆発的な光りを放った。
全身がぶっ飛ぶような苦痛を味わった後、おれは浮島の上にへたばっていた。
「なんとかなりました。キツかったでしょう」
「なに、大した事はない。助かったぜ」
俺は頭を振って立ち上がった。
まだクラクラする。
よろけたところを、ミーシャが抱き上げた。
「ここで休もう。このまま進むのは危険過ぎるから!!」
ミーシャがいうと、ウンディーネが浮島を押すのをやめた。
「ここは、ミーシャのいう事を素直に聞くべきだな。格好付けても意味がない」
ミーシャが俺を抱きかかえ、そっと背中を撫でたのだった。
地下三階、ただの水たまりがなかなか手強いフロアに化けていたのだった。
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