第16話 地下三階の出だし
二週間の休暇を挟み、俺たちはまた迷宮に潜る事にした。
出発前夜は、大体ちょっとした騒ぎになる。
食料の買い出しやらなにやら、最低でも二週間分の準備をしていくのが、俺たちのルールだった。
「よし、いつも通りだ。レインは食料、ナターシャは薬草やら薬品関係だ」
市場の入り口で手分けして調達。
これもまた、いつもの手順だった。
「私は道具関係か。そういえば、ロープがボロくなってたな……」
ミーシャは細々とした道具の調達だった。
どういう仕掛けか、迷宮内は明かりが点っているので、ランプなどの明かり関係のかさばるものは不要なのだが、それでも万一に備えて用意するのがミーシャだった。
「よし、こんなもんか!!」
どっさりと買い物をして、ミーシャは満足そうにいった。
「よし、ついでだ。お前の工具……じゃなかった、普段使いの短刀も直してもらえ」
「そうだね、そろそろ折れそうだし」
俺たちは馴染みの武器屋に向かった。
「よう、タンナケットと坊主!!」
「誰が坊主よ!!」
まあ、いつもの挨拶だった。
「なんだ、またその短刀か。直すにも限界があるぜ」
「そういわないで、なんとかして!!」
ミーシャはボロボロの短刀をカウンターにおいた。
「……ダメだな。芯までヒビが入ってる。直すというよりは一回解かして打ち直しだな。新品を買った方が安くて早いぜ!!」
「そ、そっか……可哀想なことしちゃったな」
ミーシャがため息をついた。
「使い方が荒すぎるんだ。いいだろう、なにか適当なの見繕ってくれ。どうせすぐボロボロだ。安物でいい」
俺がいうと、オヤジは頭を捻った。
「安物ってもなぁ。ウチで扱ってるのは、それなりに値が張るぜ」
「じゃあ、蛮用に耐えるとにかく頑丈なヤツだ。切れ味なんてどうでもいい」
「お前、そりゃ武器じゃねぇだろ……ん?」
オヤジがミーシャをみた。
「な、なに?」
「おう、その腰に帯びたククリ。ちっと見せてくれ」
ミーシャが腰のククリをカウンターに置いた。
「こりゃたまげたね。ホーリー・ククリだ。光の魔法が込められた逸品だ。俺も現物は初めてみたぜ」
オヤジはククリの柄を持ち、軽く振った。
ズバンっともの凄い音がして、店の壁にデカい亀裂が入った。
「まあ、こんな感じだ!!」
「……」
「……」
俺はミーシャをみた。
「お、お前には過ぎたオモチャだったかもな」
「だ、ダメ、私の!!」
ミーシャがオヤジからククリを引ったくった。
「間違っても工具に使うなよ。勿体ないお化けが出ちまうぜ!!」
ミーシャが頷いた。
「そうだな、ちと値は張るがおあつらえ向きのものがあるにはある。素材はアダマントだ」
「……また、無駄に豪華だな」
アダマントとは特殊な希少金属で、武器にしても防具にしてもほぼ最強クラスのものが出来上がるという、なかなか豪勢なものだ。
まあ、あれなら確かに頑丈だが、勿体ないといえば勿体ない。
「まあ、いい。それをもらおうか」
「分かった。それと、旦那も魔法以外になにか持ったらどうだ。万一魔法を封じられたら、ただの猫になっちまうぜ」
オヤジがいった。
「馬鹿野郎、俺に剣でも振れっていうのか。体格的に、爪楊枝みたいになっちまうぞ」
おれは杖を掲げた。
「俺にはコイツだけで十分だ。浮気すると、拗ねちまうからな」
「まあ、分かるがな。くれぐれも、単独行動はするなよ!!」
「ご忠告痛み入るぜ。まあ、一人で行動したくたって、コイツが四六時中張り付いてるからな。問題はねぇ」
俺はミーシャを見上げた。
すると、満更でもない様子で、ミーシャは笑みを送ってきたのだった。
ひとしきり準備を終え、レインとナターシャが調達した物資を合わせると、馬車はそこそこ一杯になった。
出発はいつも明け方と決めていた。
宿に戻って仮眠して、俺たちはまだ日も昇らないうちから迷宮を目指して、馬車を進ませていた。
「よし、今回はとりあえず地下三階だ。あそこは水たまりだからな。探索し甲斐があるぜ」
俺は杖を手にしていった。
「あのフロアはなんか不気味なんだよね」
レインが馬車を操りながらいった。
「まあな……」
俺はそれだけ答えた。
馬車が迷宮についたのは、それから間もなくだった。
「さて、いつの間にかこの迷宮にも寄る場所ができちまったな」
問題なく地下二階まで下り、俺たちはあのコボルトの家に寄った。
「お待ちしていました。皆さんにお会いするのが楽しみになりましたよ」
コボルトは大歓迎で俺たちを迎えてくれた。
「どうぞ、食事の支度をしますので」
「なんだかさ、このメシの味が待ち遠しくてねぇ」
ミーシャが楽しそうにいった。
「そういっていただけると、作る甲斐がありますね。どうぞ」
コボルトに招き入れられ、俺たちは食卓についた。
「おう、今日は飲まねぇんだな」
レインとナターシャは水を飲んでいた。
俺が意地悪くいうと、ミーシャに鼻ピンされた。
「性格悪い!!」
「……お前にいわれたくない」
もう一発きた。
「他にいうことは?」
「ごめんなさい」
ミーシャが俺の頭を撫でた。
「やっぱ、コイツ可愛い!!」
「……なんか、複雑だ」
なんてやってたら、メシができた様子だった。
「ちょうど食材が乏しくて、大したものはできないのですが……」
出てきた料理は、肉汁滴るステーキだった。
「じゅ、十分大したものです」
ミーシャが呆気にとられていた。
「こんな分厚いステーキ、滅多にないな」
「はい、高すぎて手が出ない……」
ちなみに、俺が大金を持っていることは、みんなには内緒だった。
「俺は気にせず食え……って、もう食ってるか」
食欲旺盛なコイツらだ。
我慢なんかできるはずもなく、ひたすらフォークとナイフを動かしていた。
「……せめて、猫缶開けてからにして」
「あとでね!!」
ミーシャがピシャっといった。
「……いいもん。俺なんて」
「あなたには、これです」
コボルトが床にメシをおいた。
「……お前、いい奴か?」
「さぁ、どうでしょうね」
コボルトは笑みを浮かべて、再びキッチンに立った。
「……美味い」
腹が満ちればしばしの歓談となった。
「ミーシャさんって、いつも元気ですよね」
コボルトがいった。
「まあ、バカだからな」
「うん、バカだしね」
「はい、バカです」
「お、お前ら!?」
ミーシャが怒鳴った。
「否定できないだろう」
「否定してごらん」
「どうぞ、否定してください」
「なに、この腹黒い三連星!?」
俺の趣味はミーシャ弄りなのだが、それはパーティ全体に蔓延したようだ。
「そうですか。バカなんですね」
「な、納得するな!?」
ひとしきり、ミーシャを弄ったところで、コボルトが切り出した。
「ミーシャさんの肩の傷、かなり酷いですね。少しは分かるのですが、特殊な呪縛がかけられているようです。自然治癒はしないでしょう」
「あ、ああ、これ。うっかり階段から落ちて!!」
俺は少し驚いた。
服の下に隠れてみえないが、ミーシャの右肩には大きな傷があった。
「どんな階段だ……。これは、このバカが孤児院にいた頃につけられたものだ。いい趣味していてな、所有物の証なんだとさ」
「……」
ミーシャが黙った。
「なんで、早くいわないんですか」
ナターシャが苦笑した。
そして、呪文を唱えミーシャの右肩が光った。
「妙な癖はありましたが、大した呪縛ではないです。誰だか知りませんが、下手くそですね」
「……ありがとう」
ミーシャが呟くようにいった。
「いえいえ」
「よし、俺が所有印を付けてやろう」
俺はミーシャの右肩に飛び乗り、バリバリ引っ掻いた。
「……あ、あのね」
「どうだ、嬉しいだろう」
ミーシャが鼻ピンをする素振りを見せ、そのまま俺を抱きかかえた。
「こうしてくれる!!」
ミーシャが俺に噛みついた。
「……」
「お返しだ、いてぇだろうが!!」
ミーシャは笑顔でいった。
「よし、面倒くさいのが消えたところで、とっとと先に進むぞ!!」
ミーシャは俺を床に放りだすと、椅子から立ち上がった。
「やれやれ……」
俺は苦笑して、杖を手にしたのだった。
まあ、地下二階の探索はもう終わっていた。
一応、確認しながら進んだが、特に異変はなかった。
「さて、いよいよ地下三階だね。階段に異常はないよ」
ミーシャがいった。
「よし、いくぞ」
俺たちは階段を下り、地下三階のフロアに降り立った。
「とはいえ、この水じゃねぇ……」
どうやっても、歩いての探索は不可能だった。
「また、浮島でも作るか」
俺は呪文を唱え、氷の浮島を作った。
すると、またウンディーネが顔を出した。
「……なんだ、ハマっちまったのか?」
思わず問いかけると、ウンディーネは頷いてちゅ~るを差し出してきた。
「……運び賃だな」
俺はその絶品を口にした。
すると、ウンディーネは俺の頭を撫で、浮島を押し始めた。
「な、なんか、毎度すっごくイラっとくるんだけど……」
「そういうな。楽ができるだろう……」
ミーシャを宥めつつ進むうちに、俺たちの意図が分かっているのか、真っ直ぐ階段に行く事はなかった。
まるで遊覧船だが、ウンディーネに押されてこのフロアをゆっくりと進んでいった。
「おい、ちゃんと鼻は利かせてるだろうな」
「当たり前でしょ。ちゃんと自分の仕事はしてる!!」
ミーシャが辺りを見回しながらいった。
ふと、ウンディーネが浮島を押す事をやめた。
「へぇ、やるね……この先に罠があるよ。転送系だね」
ミーシャがいった。
「そうか、なら解除だな」
俺は呪文を唱えた。
「だ、ダメ、魔力感応式!?」
ミーシャが止めたが遅かった。
水中が激しく光り、俺の意識は一瞬飛んだ。
「さて……」
ここがどこかわからないが、おれは迷宮の通路にいた。
他に誰もいない。
俺だけ飛ばされたか、散り散りになったか……。
「ったく、俺も弛んでるな……」
思わず苦笑して、勘を頼りに通路を進んだ。
「おっと……」
気配を感じ、俺は杖を構えた。
みた事のない魔物がゆらりと出現した。
グロテスクな球状の体に、無駄にデカい目が一つついていた。
「先手必勝というやつだな」
俺が呪文を唱えた瞬間、ソイツの目が激しく光った。
「……魔封じか」
一瞬全身が痺れ、俺はその正体を見抜いた。
その名の通り、魔法を封じる結界を展開された。
魔法使いにとって、これほど厄介なものはなかった。
「さて……」
そのグロテスクな球体が全身を震わせ、黒いトゲのような物を放ってきた。
俺は難なくそれを避け、杖を構えた。
一気に跳躍すると、渾身の力でこの野郎をぶん殴った。
「……大して効かないか」
分かってはいたが、猫の力でぶん殴ったところで、大した効き目はなかった。
それでキレたかなんだか知らないが、この馬鹿野郎は黒いトゲを無茶苦茶に放ってきた。
とても避けきれるものではなく、何発も食らったが吹っ飛ぶことはなかった。
「……いよいよ、いかんな」
傷の痛みを気にしている場合ではなかった。
俺は無理矢理跳躍すると、その目を狙って猫パンチを放った。
そういうと可愛いかも知れないが、マジの猫パンチほど凶悪なものはない。
ザックリとその眼球に突き刺さった俺の爪は、ズタボロにそれを引き裂いた。
「……どうだ」
目を潰された魔物は、凄まじい悲鳴を上げた。
すると、同じものが三体ほど新たに出現した。
「おいおい……」
そして、三体一斉に無数のトゲを放ってきた。
「……」
さすがに、立っていられなかった。
仰向けにひっくり返った俺の上に、無数のトゲが出現した。
「……終わりか」
最後まで諦めるななんて熱いセリフをいうのは簡単だが、この状況ではどうにもならないのは明白だった。
せめてもの意地で、目を閉じる事なくそのトゲを見据えていると、あまり聞き慣れない乾いた銃声が聞こえた。
「タンナケット!!」
滅多に使わない拳銃を手にしたミーシャだった。
この上なく冷酷な表情を浮かべ、ミーシャは拳銃を続けざまに撃った。
三体の魔物はほぼ一瞬で倒され、頭上のトゲも霧散した。
「マズいね、あの鈍くさいのはなにやってるの!!」
イライラした様子のミーシャの声からしばし。
慌ててレインとナターシャが駆け寄ってきた。
「遅いよ!!」
「み、ミーシャが速すぎるんだ……」
「と、とにかく、治療を……」
肩で息をしながら、ナターシャが呪文を唱えた。
「……こ、これは、普通の傷じゃない!!」
珍しく焦った様子で、ナターシャが叫んだ。
「じゃあ、普通にして!!」
ミーシャが怒鳴った。
「待って……確か」
ナターシャは自分の背嚢を漁り、薬瓶の中身を俺にぶちまけた。
「これなら……」
改めて呪文を唱えると、ようやく俺の痛みは引いていった。
「ふぅ、危なかった……」
ナターシャが安堵のため息を吐いた。
「よ、よかった……」
ミーシャは俺を抱きかかえ、放そうとはしなかった。
……地下三階、まだ探索は始まったばかりだった。
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