第15話 ミーシャの過去を少々
街のデカい宿屋には食堂兼酒場も併設されていたりするが、このボロ宿にはそんな気の利いたものはない。
必然的に、メシを食いたければどこかのメシ屋に行くことになる。
そんなわけで、俺たちが足繁く通う店が、この「火吹きトカゲ亭」という酒場だった。
「おばちゃん、いつもの!!」
ミーシャがオーダーを取りにきたおばちゃんに声を掛けた。
「あいよ!!」
これで注文が通ってしまうところが、俺たちの常連ぶりが伺えるだろう。
「しかし、ここにくるたびに思い出すな。タンナケットとミーシャに出会った時のこと」
「私もそうですね。二人がここの常連と聞いて、何日も粘ったものです」
レインとナターシャが笑った。
「まあ、そんな事もあったな。俺とミーシャが出会ったのもここだ。何かと縁がある店だな」
俺は先に運ばれてきていた猫缶の中身を一口食った。
「あ、あの時って、私はボロボロだったからねぇ……」
ミーシャが頭を掻いた。
「そういえば、あまり知らないな。タンナケットとミーシャの出会い」
「私もずっと気になっていました」
レインとナターシャが乗ってきた。
「そうだな……」
「や、やめて、思い出しちゃうから!!」
話す気はなかったのだが、俺のからかいにミーシャが慌てて止めてきた。
「だとさ。残念だったな」
俺は皿に空けられた猫缶の中身を平らげた。
「なんだ、凄く気になってきたな」
「いくら欲しいですか?」
レインとナターシャが食いついた。
「れ、レインはともかく、いくら欲しいってなによ!!」
ミーシャがナターシャに食って掛かった。
「……いくら欲しいの?」
「そ、そこまでして、聞きたいか」
ナターシャの攻撃に、ミーシャが僅かに揺らいだ。
「おいおい、やめておけ。メシが不味くなるぞ」
おれは苦笑した。
「そんなに凄いのか……」
「それで、いくら?」
「だから、金から離れろ!!」
ナターシャにミーシャがツッコミを入れた。
「ミーシャがお金で動かないとは。相当ですね」
「私をどういう目でみてるの!?」
ミーシャが怒鳴り散らした。
「いやまあ、実際コイツが金でなびかないってのは、確かに珍しいな」
思い切り鼻ピンされた。
「……ごめんなさい」
「分かればいい!!」
ミーシャは運ばれてきたエールを一気に煽った。
「まあ、こんなだが、実際コイツはそんなに浅いヤツでもなくてな。仲間を失う事を極端に怖れている。お前らも、軽率に死ぬなよ」
「ああ、いわれるまでもなく、死ぬつもりはないが」
「ええ、もちろん」
レインとナターシャが頷いた。
「はい、お待ちどう!!」
大量の大皿料理が運ばれてきた。
「いつもながら美味そうだな。食えないのが残念だ」
俺は苦笑した。
「はいはい、あなたにはこれ」
オバチャンが俺の前にメシを置いた。
「……いつできたの。こんなメニュー?」
「ウチだってお客のニーズに合わせて、メニューを開発してるさ。新作だから、味の保証はしないけどね」
おばちゃんは笑って他のテーブルにいった。
「……なんて、いい店だ」
「泣きそうになってないで食え!!」
ミーシャに鼻ピンされ、俺は我に返った。
「猫は猫なりに苦労があるんだぞ。食えるものも限られているしな」
「はいはい、あとでなでなでしてあげるから!!」
ミーシャにまた鼻ピンされ、俺はため息を吐いた。
こうして、俺たちはメシを食って、腹を満たしたのだった。
今食ったのが晩メシだ。
宿に戻れば、あとはダラダラ時間を潰すだけだった。
レインはいつも通り剣の手入れ、ナターシャは杖磨き、ミーシャは俺を胡座の中に入れて撫でくり回し、俺は俺でウトウトしていた。
部屋の扉がノックされて、アレーシャとターリカが入ってきた。
「ん、どうしたの?」
ミーシャが声を掛けた。
「はい、私たち夜の商売を始めることにしたんです」
「ええ、刺激が欲しくて」
俺は思わず飛び上がった。
「ば、馬鹿野郎、早まるな!!」
すると、二人はクスクス笑った。
「そういう仕事ではありません」
「この街には狙う場所が多いようなので、こっちの方で」
二人はこの前の拳銃を取りだした。
「……こ、コロシ?」
俺は恐る恐る聞いた。
「違います。まあ、プロからしたら笑ってしまうでしょうが、盗賊の真似事などを」
「はい、ほんのお遊びです」
すると、ミーシャが俺を放り出して立ち上がった。
「バカねぇ、そんな物騒なもの振り回して物を盗るなんて、下流の下流だよ。手ほどきしてあげるから、一緒に行こう!!」
「えっ?」
「ええ!?」
ミーシャの一言に、アレーシャとターリカが声を挙げた。
「お前、卒業するって約束しただろう」
いきなり鼻ピンされた。
「いいの、この二人がドジやって捕まっても?」
「……よくない」
ミーシャは俺の頭を軽く撫でてから、二人を連れて部屋を出ていった。
「……」
「タンナケット、ミーシャってなにやってたんだ?」
レインが聞いた。
「はい、これは看過できないかと……」
ナターシャがさらに乗ってきた。
「……しょうがねぇな。アイツは孤児でな、独特の勘の良さと手先の器用さで、そこら中を荒らし回っていた盗賊みたいなもんだったらしいんだ。ある時とっ捕まって、その能力を買われて前のパーティに入ったらしいんだが、アイツのちょっとしたミスでそのパーティが壊滅しちまってな……」
俺は一呼吸おいた。
「まあ、一端の冒険者になっても手癖の悪さは抜けなくて、前のパーティでも盗賊稼業を続けていたらしいんだが、精神的にまいってたアイツと出会った時にな、二度と盗みはやらねぇって約束させたんだ。いずれ、ロクな事にならんからな」
俺はため息を吐いた。
「なるほどね、そんな過去が……」
「それで、タンナケットに懐いているのですね」
レインとナターシャがいった。
「懐いてるのは俺だけじゃねぇぞ。お前らも、アイツにしてみりゃ大事なもんだ。アレーシャもターリカもな。だから、俺との約束を反故にして面倒をみにいったんだ。放っておけなかったんだろう。アイツは、そういうヤツだ」
俺は体を伸ばした。
「さて、戻ってきたらどんなお仕置きをくれてやるかねぇ。まあ、考えておくか」
俺は苦笑して、杖の手入れをはじめた。
レインとナターシャはそれぞれ寝ていた。
夜行性の俺だって夜は寝るが、明け方近くは大体起きていた。
猫的には絶好調の時間帯に、神妙な顔をしてミーシャが戻ってきた。
「無事に帰ってきたから何もいわん。早く寝ろ」
俺がいうと、乗っていたベッドにミーシャが腰を下ろした。
「……ごめんなさい」
「分かっている。程々にしておけ」
ミーシャは俺を抱きかかえ、ベッドに横になった。
「頭から怒ってよ。スッキリしないから……」
「ふん、俺がそんなに優しい猫にみえるか?」
ミーシャは俺を強く抱きしめた。
「どうしても、やめられないものだね。どうしようもないよ……」
「猫から爪研ぎをとるようなものだ。よく我慢している方だと思うがな」
ミーシャは、そのまま何もいわなかった。
夜が明ければ綺麗さっぱり。
それが、ミーシャだった。
レインもナターシャもなにももいわず、すっきり起きたミーシャの頭にダブルゲンコツをお見舞いした。
「……」
「ごめん、なぜかそこに頭があったんだ」
「私もそれが木魚にみえて」
ミーシャが俺を睨んだ。
「……なんか、話したでしょ?」
「なにも……」
フッと目を反らした俺の首根っこ引っつかみ、ミーシャにぶら下げられた。
「正直にいわないと、ご飯抜くよ」
「……」
そのミーシャからナターシャが俺を引ったくり、レインがミーシャにヘッドロックをかました。
「イデデデ!?」
「よし、今日も上腕二頭筋辺りが絶好調だね。ちゃんと剣が振れそうだ」
レインがミーシャを放した。
「ちょっと、みんなどうしたの!?」
「いえ、何でも。タンナケット、朝ご飯いきましょうか」
ナターシャが俺を部屋の外に連れ出した。
「こ、こら、私の猫をとるな!!」
慌てて追ってきたミーシャをレインが取り押さえた。
「ごめん、急に横四方固めをしたくなったんだ」
「いででで!?」
ドタバタやってる二人を尻目に、ナターシャは宿の外に出た。
「こんなお仕置きでどうですか?」
ニヤッと笑みを浮かべたナターシャに、俺は苦笑した。
「ひでぇ事を考えやがるな。まあ、いいだろう」
俺とナターシャは、そのまま「火吹きトカゲ亭」へといったのだった。
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