第14話 休暇の猫
「タンナケットさん、お客様です」
迷宮から戻った翌日、連中はいつも通りそれぞれに息抜きをしていた。
誰もいなくなった部屋で、一人杖の手入れをしていると、エプロン姿のアレーシャとターリカが部屋にやってきた。
「客?」
「はい、マリーという女性です。お通ししてもよろしいですか?」
ターリカがいった。
「ああ、マリーか。頼む」
俺が答えると、ターリカが一度部屋から出ていった。
すぐに戻ってくると、マリーが姿をみせた。
「こんにちは、皆さんお出かけですか?」
マリーが部屋に入ってきた。
「ああ、いつもの息抜きをしている。どうした?」
俺が聞くと、背負っていたデカい麻袋の中から様々な品を取りだして、他に置く場所がないので床においた。
「ほんの気持ちです。捨て値で捌いても、それなりの金額になると思います」
「礼はいらん。まあ、他に座る場所もねぇから、適当なベッドに腰を下ろしてくれ」
この部屋には、無理矢理詰め込んだベッド以外は、小さなテーブルが一つあるだけだった。
マリーは俺がいるベッドに、そっと腰を下ろした。
「お陰様で、体調も戻りました。また、あの迷宮に潜る予定です」
「そうか。一応、ゴミ掃除はしておいた。少しはやりやすいだろう」
俺は一度ベッドから下りて、杖を壁に立てかけた。
「なるほど、トネリコの杖ですか。玄人好みの癖が強い杖ですね。相当な値打ちものです」
「さすがだな、見る目は確かなようだ」
俺は苦笑した。
「はい、それが仕事なもので。今日は一つご報告を。今まで拠点にしていた宿の宿泊代が、いきなり倍になってしまいまして。これも何かの縁なので、この宿にお引っ越ししようかと」
「こんなボロ宿にか。物好きだな」
俺が笑うと、マリーは笑みを浮かべた。
「では、さっそく今の宿を引き払ってきます。またお会いしましょう」
マリーは部屋から出ていった。
「あの野郎、ガラクタをおいていっちまった。まあ、あとでミーシャにでも返却させよう」
俺はため息をつき、杖を片手に部屋から出た。
「お出かけですか?」
宿の入り口で、ターリカが声を掛けてきた。
「ああ、特に当てはないが、暇つぶしってやつだ」
「少しお待ちを」
ターリカは宿の奥に引っ込み、アレーシャを連れて戻ってきた。
「ご一緒しませんか。ちょうど、暇な時間なので」
ターリカが聞いてきた。
「まあ、この宿が忙しいわけないな。いいぞ」
元より、ただぶらつくだけのつもりだった。
俺は二人を連れ、ボロ宿を出た。
「そうだな、この街はまだ馴染みがないだろう。少し案内しようか」
俺は二人にいった。
「はい、少し散歩しましたが、この街は大きいです」
アレーシャがいった。
「ぜひ、お願いします。ああ、あそこで売ってる美味しそうなものはなんですか?」
どうも、好奇心旺盛な様子で、ターリカがいった。
「ああ、あれは焼きトウモロコシだ。食うか?」
アーリカとアレーシャが頷いた。
「よし、行こうか」
俺たちが近づいていくと、店のオヤジが頭を上げた。
「なんだ、タンナケット。美人さん二人も連れてよ。隅に置けないねぇ」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねぇよ。どっちもこの街は不慣れだ。しばらくは、レストア亭に滞在する事になる。よくしてやってくれ」
オヤジは、焼いていたトウモロコシを三つ寄越した。
「お近づきの印だ。まあ、食ってくれ」
「悪いな」
トウモロコシを受け取ったアレーシャが、近くのベンチに向かった。
俺とターリカも続いた。
俺は二人が座る間の座面に飛び乗った。
「あの、タンナケットさんはどうやって食べるのですか?」
「ああ、そこにおいてくれ。勝手に囓る」
すると、アレーシャがトウモロコシの実を一つ一つ毟って、手の平に乗せて差し出してきた。
「い、いや、そこまで……熱いだろうし」
「いえ、このくらいはどうという事はありません」
にこやかなアレーシャに急かされたかのような気分になり、俺はそれを食った。
「美味しいですね。こんな食べ物初めてです」
いいながらも、ターリカも同じように、俺にトウモロコシの実を差し出してきた。
「……なんか、落ち着かんな」
妙な気分になりながらも、俺はそれも食った。
こうして、俺たちはトウモロコシをひたすら食ったのだった。
「よし、この街は特に取り立てて名物はないが、一応あそこはいっておくか」
俺たちが向かった先は、この街で一番の市場だった。
「ここにはあらゆるものがある。元々は食材ばかりを扱っていたようだがな、迷宮が見つかり冒険者が集まるようになってからは、そういう装備品を扱う店ばかりになったようだ」
武器やら消耗品まで、迷宮探索に必要なものは、ここで揃ってしまう便利な場所だ。
「そういえば、宿のご主人からいわれていまして、あの辺りは物騒ですしなにか護身用に武器を用意しておけと」
アレーシャがいった。
「まあ、元冒険者のアイツらしいな。なにか買うなら、目利きしようか」
「お願いします」
アレーシャが頷いた。
「私も欲しいですね。今はお金がないので、知識だけでも」
ターリカが笑みを浮かべた。
「大丈夫です。お友達の印になにかプレゼントしますよ。高いのはダメですけどね」
アレーシャが小さな笑みを浮かべた。
「と、友達……」
ターリカが固まった。
「ん、どうした?」
俺が聞くとターリカが泣き始めた。
「私、今までずっと一人で……お友達なんて……」
「……そ、そこまで嬉しいか」
そんなターリカの肩をアレーシャが叩いた。
「私は記憶がないです。これでも、心細かったのですよ。似たようなものですかね」
ターリカが頷いた。
「まあ、大変だよな。俺たちもいるし、二人ともなにかあったらいってくれ」
俺の言葉に、今度は二人が頷いた。
「よし、買い物をしようか。護身用の武器が欲しいなら、オススメの武器屋がある」
俺は二人を連れて市場を歩き、あまり流行ってなさそうな小さな武器屋にはいった。
「よう、タンナケットか。そっちは新しいメンバーか?」
オヤジが声を掛けてきた。
「まあ、似たようなもんだ。護身用の武器が欲しい。一つ二つ見繕ってくれ」
「おうよ……どれ」
オヤジは二人をじっと見つめた。
「なるほどな、どっちも素人か。力もあまりなさそうだ。護身用っていうなら、目立たない方がいいだろう。あまりメジャーじゃないが、これなんてどうだ?」
オヤジがカウンターに置いたのは、小型の拳銃だった。
「おいおい、いきなりそれかよ」
「ああ、元々は非力な女性でも、相手に十分な打撃力を与えるために生まれた武器だ。コイツならさりげなく携帯できるし、見慣れねぇから下手に剣を見せびらかすより牽制できるだろう。悪くねぇと思うがな」
オヤジは拳銃を手に取って、二人に差し出した。
「こ、こんな武器が……」
「強そうですね……」
二人は拳銃を手に取り、まじまじと見つめていた。
「いいだろう。二つもらおうか」
俺はオヤジにいった。
「毎度!!」
「支払いはいつも通りでいいか?」
「ああ、いつものアレで頼む」
オヤジはビシっと親指を立てた。
「よし、いくぞ」
おれは二人を促した。
「あ、あのお金は?」
アレーシャが慌てていった。
「なに、俺からのプレゼントだ。お近づきの印ってやつだな」
俺は笑みを送り、二人を連れて店を出た。
「そ、そんな……」
「そんな、申し訳ない事を……」
「あとで、なにか困った時に助けてくれればいいさ。安いもんだ」
冒険者をやってると、人ととの繋がりが何よりの財産と気がつく時がある。
これは、金で買えるものではない。
俺は二人を連れて市場を歩いた。
「他にも欲しいものがあれば、買っていくといい」
あとは、もう女の子の買い物だった。
服を買ってみたり、鞄を買ってみたり……。
しばらく行くと、見慣れぬ食い物屋を見つけた。
「クレープ……か。また、妙なものができたな」
しかし、美味そうな匂いだった。
「ああ、買ってきます」
アレーシャが即座に出撃していった。
しばらくして、手になにか持ってやってきた。
「タンナケットさんは、野菜とツナがいいと思いまして。私たちは甘いこれで」
「これは、ありがたいな」
「わ、私もよろしいのですか?」
一つをターリカに手渡すと、アレーシャはしゃがみ込んで一つを俺の目の前に差し出した。
なるほど、薄い皮で具材を包みこんだ食い物らしい。
「持てないですよね。食べてください」
「……猫でごめんね」
俺はそれを一口食った。
「美味い!!」
「そ、そんな、気合い入れなくても」
俺はそのクレープとやらを一気に食った。
好んで野菜は食わないが、決して食えないわけでもなく、どうもなにかの魚らしいツナとやらがまた絶品だった。
それがほんのり甘い皮とよく合い、誰かが考えたか知らないが、コイツは天才かもしれない。
「待たせたな、アレーシャも堪能してくれ」
手を使って顔を掃除していると、アレーシャは笑みを浮かべて自分のクレープを食った。
「美味しいですね。もう一周いきます?」
「まだ、種類があるのですか?」
二人は頷いて、再びクレープを買いに突撃してった。
「……どんだけ食うんだ。おい」
この後、二人が全種制覇するまで、俺はひたすら待っていた。
その後、適当に街を歩き、夕方くらいになって宿に戻った。
「タンナケット、どこいってたの!!」
いきなりミーシャの鼻ピンを食らった。
「……だって、猫だから」
「全くもう。ところで、このお宝の山はなに?」
いきなり、目を輝かせてミーシャがいった。
「ああ、マリーがおいていったガラクタか。この前の礼だとさ」
「馬鹿野郎、ガラクタなんかじゃない。どれも、国宝級のお宝だ!!」
ミーシャが極限まで興奮していた。
「そうなのか、ガラクタにしかみえんが……」
また鼻ピンされた。
「馬鹿野郎、それでも冒険者か!!」
「……はい、一応その端くれです」
よく分からないが、相当なものだったらしい。
「いいものもらった。人助けはするものだね!!」
「返すぞ。礼なんてもらうような事はしてない」
特大の鼻ピンが飛んできた。
「なんか、いったか?」
「……いえ、なにも」
狭い部屋を圧迫している、ミーシャのお宝ボックス。
それに、ホイホイそれらを放り込むミーシャを、俺は黙って見つめていた。
「いやー、今日はいい日だ!!」
「まあ、俺もな……」
ポソッと呟いた俺の言葉を、ミーシャは聞き逃さなかった。
「今、なんていった?」
「な、なにもいってない!!」
ミーシャは俺の首根っこ引っつかんでぶら下げた。
「正直に話しておいた方がいいぞ」
「……ちょっと、アレーシャとアーリカの暇つぶしに付き合っただけだ。ついでに、焼きトウモロコシとクレープを食わせてもらって」
「な、なんだと!?」
ミーシャは俺を放りだし、部屋から飛び出ていった。
「……俺、なんかまずい事いった?」
正直に言っただけだったのだが。
「ま、まあ、いい。少し寝よう」
俺はベッドの上で丸くなったのだった。
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