第13話 地下二階終了
「さて、ここからだな」
俺たちは特に問題もなく、地下二階でマリーを救助した部屋の前に戻ってきた。
「そうだね。さっきは急いでいたから、もう一度部屋の中を調べてみる!!」
ミーシャが部屋に入っていった。
一応の安全確認は済んでいるので、俺たちもあとに続いた。
「ああ、ここってそういう部屋なのね……」
ミーシャが嫌そうな顔をした。
なんの目的かは分からないが、部屋の壁のあちこちに鎖があり、その周辺には白骨がゴロゴロ転がっていた。
「いい趣味だな。全く……」
少なくとも、この迷宮には妙な趣味を持った連中がいる。
それが分かったのも、また収穫だった。
「まあ、いいや。とっとと、調べる!!」
ミーシャがあちこち調べている間、ナターシャは教会仕込みの鎮魂の儀式を行った。
俺とレインは不測の事態に備え、軽く身構えて周辺警戒をしていた。
「おっ、あった!!」
ミーシャが何かをみつけたようだ。
「どうした?」
「うん、ちょっと待ってて!!」
ミーシャはまるでステップを踏むように、床の石を踏んだ。
「どうだ!!」
ガコンと音が聞こえ、部屋の最奥部。
ちょうど、マリーが捕らわれていた辺りの壁が少し開いた。
「毎度思うが、いい勘してるな」
「当たり前でしょ。これが本領だ!!」
なんのヒントもなしに、こういうギミックを見抜いてしまう。
これこそが、ミーシャの真骨頂だった。
「さて、なにが出るかねぇ」
ミーシャが少し開いた壁に向かった。
俺はその背後について、バックアップに回った。
「さてと……」
少し開いた壁をミーシャが押し開けた。
「だ、誰?」
奥からか細い声が聞こえてきた。
「なんだ、ここはそういうフロアなのか?」
扉の向こうは小部屋になっていて、中にはミーシャと同い年くらいの少女がいた。
……いや、見た目は人間の少女だが、気配からして明らかに異質だった。
「どうみたって怪しいだろうが、一応は怪しくないといっておこうか。ただの通りすがりだ。こんなところでどうした?」
どうしたもこうしたもなかったが、俺はそっと切り出した。
「……よかった。アイツらじゃない」
仮に少女としておくが、相手は安堵のため息をついた。
「アイツら?」
「はい、私をここに捕らえた者たちです。その素性は分かりませんが……」
少女はため息をついた。
「まあ、とにかく早く出た方がいいな。ここは、長話には不向きだ」
「はい……」
ミーシャがそっと手を差し出し、少女はそれを掴んだ。
「急ごう」
俺たちは小部屋から出て、外で警戒していたレインたちと合流の後、通路へと出た。
「なんだな、勝手に使っちまって悪いが、話すのに最適な場所がこのフロアにあったな」
「ああ、あのコボルトの家ね」
ミーシャが苦笑した。
「うむ、いこう」
俺たちは一度、コボルトの家に向かった。
「ああ、気になさらずどんどん使って下さい。私も話し相手ができて嬉しいですから」
「悪いな」
コボルトは嫌な顔一つせず、俺たちを迎え入れてくれた。
俺たちは食卓の椅子に座り、コボルトがせっせと茶を淹れてくれた。
「さて、なにから聞けばいいのやら……」
コボルトが気を利かせすぎて猫用ミルクを出してくれたので、正直困ってしまったが、それはさておき、俺はそっと切り出した。
「はい、私はこんな姿ですが竜……いわゆるドラゴンの眷属です。ドラゴニラムという種族をご存じですか?」
「ああ、知ってる。ぶっちゃけ、人の姿をしたドラゴン!!」
ミーシャが元気よくいった。
「……俺は知らなかったぞ。どこで調べた?」
「馬鹿野郎、何でもタンナケットの方が詳しいと思うな!!」
ミーシャに鼻ピンされた。
「うむ……」
「確か、すっごく数が少なかったような……」
俺のあとをミーシャが引き継いだ。
「はい。世界各地に散った同族を集めても、百に満たないと思います」
少女が茶を一口飲んだ。
「……美味しい」
「今日はダレアム地方の緑茶です。リラックスできるかと……」
さりげなくコボルトがいった。
「はい、ありがとうございます。ああ、そうでした。私の名はターリカです」
「んじゃ、ターリカ。なんでまた、あんな場所に?」
ミーシャの問いにターリカはため息を吐いた。
「はい、それがよく分からないのです。一人で住んでいたのですが、夜に眠って起きたらあの部屋でした。時々、アイツらがきては食事などを置いていく程度で、ここがどこなのかも分かりません」
「なるほど……」
ミーシャは一つ息を吐いた。
「いよいよ、悪趣味にも程があるな。俺たちが前に地下一二階まで下りた時は、特に妙な連中はいなかったがな……」
全くもって、この迷宮は謎だった。
「そこは私にはなんとも……ごめんなさい。なにも情報を持ち合わせていなくて」
「いや、いい。そこはそのうち分かるかもしれないし、分からないままかもしれない。迷宮探索とはそういうものだ」
そう、それ故に迷宮というのだ。
こればかりは、とにかくここを探索するしかない。
あとは、運とタイミングの問題だった。
「はい……あの、よろしければお名前を伺ってもよろしいですか」
「ああ、俺はタンナケットでこのバカはミーシャ、そこのボンヤリしてるのがレインで杖ついてる最年長がナターシャだ」
『馬鹿野郎!!』
三人が一斉にツッコミを入れてきた。
「なるほど、猫とバカとボンヤリと最年長ですね」
俺たちが一斉にコケたのはいうまでもない。
「……や、やるな」
「はい、そこそこ……」
ターリカが笑った。
「あ、あのさ……ずっと気になっていた事があるんだけど」
気を取り直した様子で、ミーシャがターリカに聞いた。
「はい?」
「ゴラゴニラムってブレス吐けるの?」
そうだった、ドラゴンといえばやはりブレスだ。
「はい、もちろん。これがないと、ドラゴンではありませんから」
「……格好いい!!」
よく分からんが、ミーシャの琴線に触れたようだった。
「そうでもないですよ。うっかりクシャミして、家を丸ごと燃やしてしまったりして、結構不便なんです」
「……そりゃ、難儀だな」
まあ、色々と不便そうだな。
「まあ、いい。これからどうしたい?」
俺はターリカに聞いた。
「はい、自宅に戻りたいのはもちろんですが、ここがどんな地なのかも気になります。しばらくこの周辺を一人旅したいと思います」
「ほう、なかなかの冒険者だな」
俺は笑みを送った。
「よし、俺たちはこのフロアを調べたら一度街に戻る予定だ。コボルトのアンチャンが問題なければだが、ここで待っていてもらえれば街まで案内しよう」
「ええ、構いませんよ。お茶仲間ができて嬉しいです」
コボルトが即答した。
「よし、もうそれほど調べるエリアはない。少し待っていてくれ」
「はい、お願いします」
ターリカがペコリと頭を下げた。
「さて、いくぞ」
俺の声に皆が頷き、コボルトの家を出た。
「よし、もうないね。先に進もう!!」
例の小部屋を再確認したあと、俺たちは再び地下二階の残りエリアの探索に入った。
「それにしても、このフロアには捕らわれ人が多いな。妙な連中がいるようだし、用心しておこうか」
「そうだね。恐らく、この迷宮の仕掛けを使って、悪さしているだけだと思うけどね」
ミーシャがいった。
「いつの時でも、魔物より怖いのは人間だよ。身近なところでは、冒険者同士のいざこざなんて、掃いて捨てるほど聞くしね」
レインがため息をついた。
「まあ、そういうこった。この辺りまでなら、少し探索の心得があればアジトに使うにはうってつけだからな」
喋りながらも警戒しつつ、俺たちは先に進んだ。
「よし、そろそろ階段か……」
このフロアも残すところ僅かとなった。
いよいよ階段がみえるだろうというとき、先頭を行くミーシャがふと足を止めた。
「……どうも、早くもご対面みたいだね」
「ああ、話が早くて助かるな」
俺はそっと杖を構えた。
「やれやれ……」
レインも剣を抜き、ナターシャが防御魔法を使った。
行く手にある通路の向こうから、多数の気配を感じ取ったのだ。
そして、程なく目の前に現れたのは、こういった連中のユニフォームなのか、全身黒ずくめの覆面が十名ほどだった。
その誰も彼もが抜き身の剣を持ち、ただじっとこちらを見つめていた。
「別に正義を気取るつもりはねぇ。堅気からみたら、俺たちだってお前らと大差はないだろうしな。この迷宮は誰のものでもねぇし、好きに使えばいいと思うが、俺たちに剣を向けるなら話は別だぜ」
俺は杖を構えた。
「……ただの雑魚かと思っていたけど、こいつら結構デキるよ」
ミーシャがそっと呟いた。
「分かってる。だがな、相手が悪かったな」
俺は呪文を唱えた。
「ストーン・ブラスト」
無数の灼熱した石つぶてが覆面どもに襲いかかった。
石が直撃したヤツはそのまま燃え上がり、一瞬で白骨の山が出来上がった。
「……タンナケット、実はムカついてた?」
ミーシャがポツッと呟いた。
「どうだかな。人の趣味に口は出さねぇ主義だが」
俺は杖を持ち直した。
「まあ、剣を抜くまでもなくて、暇だったけどね」
レインが苦笑した。
「安心しろ。地下三階は水たまりだ。つまり、この先のどっかに隠し部屋でもあるはずだ。そこがアジトだろう。存分に暴れさせてやる」
「その怖い笑み、やっぱムカついてるんだ……」
ミーシャが肩をすくめた。
「よし、いくぞ。ついでに、なにかお宝でも隠していてくれたら、ラッキーってところだな」
……隠し部屋を見つけたのは、それから間もなくだった。
「私は思ったよ、つくづくタンナケットが敵じゃなくてよかったって……」
ミーシャがため息をついた。
「なに、コイツらがヘタレなだけだ。三十人はいただろうにな」
その隠し部屋の中は、骨すら残さず消滅した連中のアジトだった。
「タンナケット、暴れさせてくれるんじゃなかったの?」
レインが苦笑した。
「なに、猫の気まぐれだ。あまりにもしょうもない連中だったからな」
そう、出会い頭一発の攻撃魔法で、連中は跡形もなく消え失せたのだ。
「よし、お楽しみタイムだ。家捜しするぞ」
「そういうことなら任せろ。お宝!!」
途端に元気になったミーシャが部屋のあちこちを調べ始めた。
「ああ、気を付けろ。ベッドの下は魔境だ」
「……」
……遅かった。
「まあ、ベッドの下は男の子のロマンが詰まっているからね」
レインが笑った。
「馬鹿野郎、早くいえ!!」
すっ飛んできたミーシャが、男の子のロマンが詰まった本を俺にぶん投げ、超特大の鼻ピンをかましてきた。
「……お、俺が悪いの?」
「当たり前だ。どうしてくれる!!」
ひとしきり騒ぎ、ミーシャはまたお宝探しに没頭しはじめた。
「なあ、今の俺が悪いの?」
「さぁね、ミーシャ担当はタンナケットだよ」
レインがいよいよ笑い出した。
「そうか、俺が悪いのか……ならば、仕方ないな」
納得はいかないが、納得する事にした。
「あった!!」
ミーシャがなにかを見つけた。
「すげぇよ、現ナマでしこたま貯め込んでた!!」
「……そりゃよかったな。全部くれてやる」
「いいの!?」
引き出しに詰め込んであった現金を、自分の背嚢にガンガン詰め込むミーシャをみて、俺はため息を吐いたのだった。
「よし、地下二階は終わりだ。一度、街に戻って休息だな」
地下三階の階段に行き当たり、俺たちはそこで引き返した。
途中でコボルトの家に寄ってターリカを連れ出し、一気に地上に戻った。
「知らない景色です。ワクワクしますね」
ターリカがいった。
「いっそ、冒険者でもやるか?」
俺は苦笑した。
「それもいいかもしれませんね。考えておきます」
レインが操る馬車は、ゆっくりと街に向かった。
特に問題なく愛すべきボロ宿に戻ると、エプロン姿のアレーシャが出迎えた。
「な、なにをしている?」
「ええ、ここのご主人が、暇ならバイトしないかと……」
アレーシャはニコニコして答えてきた。
「バイトって、お前。ここは従業員雇うほど繁盛してねぇだろ」
「その辺りは分かりませんが、お金を稼げるのであればご迷惑を掛ける事はありませんから」
アレーシャは俺の隣にいたミーシャに現金を渡した。
「今月の部屋代です。私の持ち分は、このくらいでよろしいですか?」
「えっ……うん、いいと思うけど」
ミーシャがポカンといていた。
「ありがとうございます。そちらは、お客様ですか?」
アレーシャがターリカをみた。
「えっ、その……私はお金を持っていなくて」
すると、アレーシャは笑みを浮かべ、エプロンを差し出した。
「住み込みでバイトはいかがですか。何をするにしても、色々と入り用でしょう」
「は、はい……」
ターリカはそのエプロンを手に取った。
「おいおい、二人も雇っちまったら、このボロ宿なんざ潰れちまうぞ……」
「そこは私たちが考える話ではありません。さあ、仕事を教えますね」
アレーシャはターリカの手を引いて、宿の奥に消えていった。
「……なかなか、いい性格してるじゃねぇか。気に入ったぜ」
俺は笑い、部屋に向かっていった。
わざわざ付けてもらった猫用扉から部屋に入り、俺はベッドに飛び乗った。
しばらくして、三人が入ってきた。
「こら、タンナケットが寝る場所はそこじゃない!!」
ベッドの上で胡座をかいたミーシャに首根っこ引っつかまれてその中に押し込まれ、俺はため息をついた。
「やれやれ、相変わらずだねぇ」
苦笑したレインがベッドに座って剣の手入れを始め、ナターシャは杖を磨き始めた。
「さて、寝るか」
俺はミーシャに抱えられるような形で、そっと目を閉じたのだった。
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