第12話 遺跡探索地下二階

「こ、このくらいで、勘弁してやろう……」

「……タンナケット、あんたは頑張ったよ」

 食い過ぎでフラフラしていたら、ミーシャがそっと抱きかかえた。

「な、なあ、俺は食ったよな?」

「分かったから、ここでじっとしてなさい……」

 俺を椅子に座った膝の上に乗せ、ミーシャは自分も食いはじめた。

「なるほど、薄味ではあるけどこれはこれで……」

「うん、勉強になるな。教えてくれ」

 ミーシャの言葉にレインが応じた。

「はい、簡単ですよ。これがレシピです」

 コボルトが、レインにメモ書きのようなものを手渡した。

「へぇ、なるほど……」

 レインが、なにやらコボルトに説明を求めはじめた。

「本当に料理好きですね。あら、美味しい……」

 そして、ひたすら食ってるナターシャだった。

 そんな和やかな一時が過ぎ、コボルトが酒瓶を取りだした。

「そ、それは!?」

 ミーシャが反応した。

「お分かりになりますか。世界にたった百本しかない、伝説といわれる葡萄酒のうちの一本です。苦労して入手したのですが、この良き日に開けずにいつ開けるというのでしょうか。少々お待ち下さい」

 コボルトが、グラスやら何やらを準備しはじめた。

「こ、これは、凄い事になった……」

 ミーシャが俺の背を撫でた。

「なんだ、葡萄酒は葡萄酒だ。そんなにビビる事もあるまい……」

「馬鹿者、これがどれだけ価値があるか……希少過ぎてまず金じゃ買えないんだぞ!!」

 ミーシャが怒鳴るようにしていった。

「怒るな……」

「怒ってない!!」

 どう考えても、怒っていた。

「まあ、いい。お前、まだガキンチョだろう。酒の味なんて分かるのか?」

「し、失礼な。タンナケットよりは分かる自信がある!!」

 ミーシャはコボルトがグラスに注いでくれた葡萄酒を、一口飲み込んだ。

「……薄い」

「ほれみたことか。お前には十年早い」

 俺は鼻で笑ってやった。

「まずは、味を開かせるためにしばらく放置するのだ。くれぐれも丁寧に扱うこと。焦ってクルクルグラスを回すのなど論外だ」

「えっ?」

 まさにグラスをクルクルしていたナターシャが、変な声を上げた。

「俺たちの前でよかったな。下手な場でやったら、とんだ赤っ恥をかくところだったぞ」

 俺は苦笑した。

「なるほど、お詳しいようで」

 コボルトが驚きの目で俺を見ていた。

「なに、猫の雑学に過ぎん。俺は嗜む程度にしか飲まないしな」

「いえいえ……そろそろ頃合いでしょう。どうぞ」

 コボルトが、そっとグラスを差し出した。

 機械的にそれをミーシャが受け取り、俺の目の前でそれを傾けた。

「うむ、この芳醇な香り。さすがは、オールドビンテージといったところか……」

 俺はグラスの中の葡萄酒を一口舐めた。

「なかなか興味深い味だ。例えるなら切りがないが……フル・ボディ!!」

「……タンナケットこそ、分かってるの?」

 ミーシャがグラスをテーブルにおき、俺に鼻ピンをかました。

「……アイツよりはマシだ」

「これ美味いな」

 まるで水のように、ガバガバ飲んでいるレインを手で示した。

「あれは論外……」

 ミーシャはグラスを傾けた。

「あれ、さっきより美味い……」

「それが『開く』という事だ。オールドビンテージものは、とにかくじっくり向き合う事が肝要だ。焦ってもいいことがない」

 ミーシャがニコッと笑みを浮かべた。

「まるで、タンナケットだね!!」

「誰がオールドビンテージだ」

 七才の猫といえば、確かに熟成期ではあるが。

「じっくり付き合わないと、ただのクソ生意気な猫!!」

「お前など、ただの素行不良なクソガキだ」

 ミーシャが特大の鼻ピンをかましてきた。

「……」

「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい……」

 ミーシャが俺の頭を撫でた。

「よしよし、やっぱり可愛い!!」

「……なんか、俺って」

 ため息を吐き、俺はミーシャの膝の上で丸くなった。

「そういえば、ずっと気になっていたのです。お二人はとりわけ仲がよろしいようですが、失礼ながら猫と人間が……。いえ、私は魔物と呼ばれる身の上なので、大変興味がありまして」

 コボルトがグラス片手に聞いてきた。

「うん、落っこちてたから拾ってやった!!」

「それは俺だ。馬鹿者」

 また鼻ピンされた。

「……ごめんなさい」

「分かればいい!!」

 コボルトが笑った。

「お二人の出会いの話に興味がありますが、また別の機会にしましょうか。お二人とも潰れてしまいましたし……」

 いわれてみれば静かだと思えば、レインもナターシャも飲み過ぎで潰れていた。

「馬鹿野郎どもが、この酒はそういう飲み方をするものじゃない」

「いいんです。お酒は楽しく飲んでもらえれば本望でしょう」

 コボルトは自分のグラスを空けた。

「では、少しお休みになりますか。申し訳ありませんが、運べないのでお二人はこのままで。寝室へどうぞ」

 俺とミーシャは寝室に移動し、しばし仮眠を取ったのだった。


「……ダメだ。これは」

「……確実に死ぬね。これは」

 仮眠から覚めても、レインとナターシャはデロデロだった。

「どんな飲み方をしたんだ……」

「水みたいにガバガバ飲んでたからね。罰当たりが……」

 コボルトがせっせと水を飲ませて介抱してくれているが、これは時間が掛かりそうだった。

「すまんな。バカどもが迷惑を掛けて。今、無理矢理起こす」

 俺は呪文を唱えた。

「この、バカチンがぁ!!」

 光輝く杖で思い切り二人の頭をぶん殴った。

「うぎゃ!?」

「ほげっ!?」

 二人が頭をさすりながら起きた。

「な、なんだ、凄く痛い」

「コブできてる……」

「おはよう、諸君」

 俺はシュルシュルと杖を回して持ち直した。

「あ、あれ、タンナケットが凄く怒っている気がする」

「私、なにかしました?」

 ボケた事をいうレインとナターシャの顔面を、思い切り引っ掻いてやった。

「……怒ってる」

「……うん、凄く」

「ふん……とっとといくぞ」

 もの凄くビクビクしながら、二人が立ち上がった。

「というわけで、世話になったな」

「は、はい、またどうぞ。いつでもお待ちしています」

 こちらもまた、少々ビクビクしながらコボルトがいった。

 ミーシャが扉を開け、俺は家の外に出た。

「……どうしよう。タンナケットって怒ると怖いんだよな」

「……滅多にないですからね」

 二人のヒソヒソ話は俺の敏感な耳には届いていたが、俺はあえて聞こえないふりをした。

「二人とも、タンナケットが本気で怒ってる理由は分かるでしょ。ここは迷宮だよ。忘れないようにね」

 俺の代わりにミーシャがいうと、二人は俯いた。

「……次やったらパーティーから放りだすぞ。バカの面倒まで見きれんからな」

 俺はそれだけいった。

「よし、切り替えていくぞ。ここから先がねぇ……」

 ミーシャがクリップボードを取りだした。

「隈無く回るしかあるまい。二人とも、いつまでもしょげてるな。死にたくなかったらな」

「あ、ああ……」

「ごめんなさい……」

 俺は笑みを送り、再び行く先をみた。

 大した事がないといえば大した事がない地下二階だが、それはあくまでもこの迷宮としてはだ。

 油断すれば簡単に命を落とす危険は、常にある場所だった。

「さてさて……まあ、取り立てて変わったところはないんだけどねぇ……」

 ミーシャの鼻はまだなにも感知していない様子だった。

「お前がそういうなら、何もないだろうな」

 罠に気を付けて進むうちに、地下二階も大半を歩いていた。

「うん、ちょっと待った……」

 ふと、ミーシャが足を止めた。

「どうした?」

 俺はなんとはなし杖を構えた。

「えっと、ここをこうして……」

 ミーシャは、壁の石を適当に思える順番で押した。

「これでどうだ!!」

 最後の石を押した瞬間、その壁が上にスライドして開いた。

「お前、よくなんのヒントもなく見抜くな」

「天才だから!!」

 調子こいたミーシャの顔面を引っ掻いた。

「……愛が痛い」

「気色悪いこというな。とっとと進むぞ」

 ミーシャがそっと隠し部屋に踏み込んだ。

「えっ?」

 そんなミーシャの驚き声が聞こえ、俺はそっと部屋の中をうかがった。

 さほど広い部屋ではなかったが、奥の壁に誰かが鎖で繋がれていた。

「落ち着けよ。罠があるかもしれん」

 俺の声にミーシャが頷き、そっと部屋の奥に進んでいった。

「大丈夫。みんなきて!!」

 部屋の奥に到達すると、ミーシャが大声で叫んできた。

「よし、いくぞ」

 俺が声を掛けると、レインとナターシャが頷き、急いで部屋の奥に行った。

「生きてはいるようだな。ナターシャ」

「分かっています」

 とりあえず、回復が先だった。

 鎖に繋がれていた誰かに……まあ、女性だったが、ナターシャは回復魔法を使った。

 意識がもうろうとしていた様子だったが、すぐにはっきりしてきた様子で、俺は一安心した。

「あ、あなた方は……」

「通りすがりの冒険者だ。ちょっと待ってろ」

 俺は呪文を唱え、壁に繋ぎ留めていた鎖を消滅させた。

「ありがとうございます。私はマリー。冒険者といえば冒険者かもしれませんが……」

 なにか語尾を濁したマリーとやらの言葉を聞いて、ミーシャが目を見開いた。

「ま、まさか、あのマリー!?」

「なんだ、知ってるのか?」

 俺はミーシャに聞いた。

「お宝探しのスペシャリストだよ。世界的に有名なトレジャーハンター!!」

「いやはや、そのマリーです。ここに潜ったのはいいのですが、よく分からない連中に捕まってこの有様で……」

 マリーはため息をついた。

「あ、危なかったね。もう少し発見が遅れていたら……」

「はい、恩人です。なんとお礼したらよいか」

 マリーはゆっくり立ち上がった。

「お互い様だ。礼なんぞいらないが、一度地上で休んだ方がいい。かなり消耗している様子だからな。送っていこう」

「いえ、そこまでご迷惑をお掛けするわけには……」

「なに、急ぐ探索でもない。途中でなにかあっては、寝覚めが悪いからな」

 マリーは頷いた。

「本当にごめんなさい」

「なに、気にするな。よし、いったん戻るぞ」

 俺の言葉に全員が頷き、俺たちは一度地上に戻る事にした。


 まあ、一度徹底的に調べた道を引き返すだけだ。

 地上まで戻るのは、さして時間は掛からなかった。

「はい、ここまでで大丈夫です。街までは一人で戻れますから」

 地上の駐車場で、マリーは自分の馬車に乗った。

 ちなみに、この駐車場はちゃんと馬の世話をしてくれる。

 無論、料金は取られるがな。

「そうか、またどこかで会おう」

 俺は杖を掲げていった。

「あの、街ではどこに投宿を?」

「ああ、隠す事でもないな。レストア亭という、強風でも吹けばぶっ飛びそうなボロ宿だ。マイナーな地域にあるから、分からんかもしれんが」

 俺がいうと、マリーは笑みを浮かべた。

「大丈夫です、分かります。では、また。このご恩は忘れません」

 マリーはゆっくりと馬車で走り去っていった。

「よし、戻るぞ。最低でも、地下二階は済ませよう」

 俺の言葉に異論を挟む者はいなかった。

 かくて、俺たちはまた地下に潜った。

 迷宮探索とは、こうやって一進一退でジワジワ進むものだ。

 焦って急ぐと、命を落とす事になるからな。

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