第11話 迷宮詳細探索へ

 通常は二週は休みを取るが、今回は前回からさほど間が空いていない事もあって、俺たちはすぐに迷宮に潜った。

 予告通りアレーシャには留守番を頼み、いつもの四人で地下一階に下りたところだった。

「よし、今回の目的は先に進む事じゃない。もう一度各フロアを徹底的に洗い直そう。わけが分からないまま、先に進むのは危険過ぎるからな」

 俺の言葉に全員が頷いた。

 じれったい事だが、これは大事な事だった。

「さて、これはやり甲斐があるね……とりあえず、この地下一階か」

 ミーシャがいつものクリップボード片手に、慎重に進みはじめた。

 まあ、ここは一本道だ。

 罠はあるが場所さえ分かれば脅威ではない。

 ……ただ、進むだけならな。

「そこの石、動くけど触らないでね。高確率で罠だから」

 ミーシャの卓越した鼻だけが、俺たちの生命線ともいえた。

 魔法でもある程度は罠を探せるが、魔力感応式だと逆に作動させてしまう結果になるので、迂闊な事は出来なかった。

「ん……そこ、ちょっと押してみるか」

 ジリジリ進むうちに、ミーシャが何かを見つけた。

「気を付けろよ」

「分かってる」

 ミーシャは行く手やや前方の壁石を押した。

 ガコンと音が聞こえ、その壁がスルスルと上にスライドして部屋が出現した。

「サービスいいのか悪いのか……」

 ミーシャが苦笑した。

「またか……」

 部屋の真ん中には、お馴染みのチェストがおいてあった。

「ちょっと待ってね、点検してくる……」

 ミーシャが単独で部屋に入り、俺は杖を構えて待機した。

 無論、レインもナターシャも同様だ。

 ミーシャは慎重にチェストに近づいていき、詳細に調べ始めた。

「タンナケット、出番だよ。爆発系魔法の罠が仕掛けられてる。開けたらドカン!!」

「……嬉しそうにいうな」

 俺は部屋の中に入った。

 レインとナターシャも続いた。

「さてと……」

 俺は杖を構え、口早に呪文を唱えた。

「……よし、これで問題ないぞ」

 チェストが一瞬光り、仕掛けられていた罠が無効化された事を示した。

「それじゃ、後は任せて!!」

 ミーシャは懐から「商売道具」を取り出し、チェストの解錠作業に掛かった。

「錆びてるからなかなか……よし」

 カチッと音が聞こえ、ミーシャがそっとチェストの蓋を開けた。

「今度は杖か?」

 保存状態は極めてよかった。

 そこここに装飾が施された杖は、それなりに価値があるものである事は間違いなかった。

「そうですね……」

 ナターシャが思案気にいった。

「まあ、『鑑定』してみようか……」

 俺は呪文を唱えた。

 この手のものは、たまに厄介な魔法が掛けられていたりする。

 誰も素性に思い当たらないものは、まずは触らないのが鉄則だ。

「……素材はミスリルだ。付与されている魔法があるな。属性は『水』だな。どうやら、回復系魔法のようだ。危険なものではない」

 おれは小さく息を吐いた。

「ここにルーン文字が彫り込んである。意味はナターシャなら分かると思うが、そこそこ強力な回復魔法だ。念じれば発動するだろう。その『朽ちたバールのようなもの』よりは役立つと思うぞ」

 俺がいうと、ナターシャはそっとその杖を取った。

「なるほど、これはいいですね」

 そして、ナターシャは今まで使っていた杖と「朽ちたバールのようなもの」をチェストに入れた。

「ミーシャ、施錠しておいてください」

「馬鹿野郎、どさくさに紛れてゴミを捨てるな」

 ゴミはなるべく持ち帰る。

 迷宮探索の基本的なルールだ。

「捨てたのではありません。寄付したのです。空箱よりマシでしょう」

「杖はともかく『朽ちたバールのようなもの』なんざ、ゴミ以外のなにものでもないと思うが……」

 などとやり合っている間にも、ミーシャはチェストの蓋を閉めた。

「これさ、開けるより難しいんだよ……よっと」

 いってるわりにはあっさり、カチッと音がして蓋が施錠された。

「タンナケット、仕上げよろしく!!」

「……なんの?」

 ミーシャが俺の首根っこを掴んでぶら下げた。

「罠に決まってるでしょ。とびきり、極悪なヤツを頼む!!」

「……あんなゴミにか?」

 俺はため息を吐き、杖を構えて呪文を唱えた。

「エクスプロード・マキシマ」

 極大爆発が起こり、チェストも中身も粉々になって蒸発した。

「こうやるのが、良心的だろう。ここは地下一階で初心者も多い。罠に怯えて苦労して、ようやく期待に満ちあふれて開けたチェストに、下らないゴミが入っていたらどう思う。もう迷宮探索なんて、やめちまうかもしれないぞ」

 ミーシャとナターシャが黙ってその場に正座した。

「よし、分かったようだな。大体、お前らは人の心をなんだと思っているんだ……」

 ……俺の説教は、推定二時間は続いた。


「コホン。気を取り直して、いくぞ!!」

 反省はしたようだが、あっさり立ち直ったミーシャを先頭に、俺たちは先へと進んだ。

「それにしても、ここは……」

 ミーシャの声を聞きながら歩いていた俺は、次の一歩踏み出した時に肉球の裏にカチッという感触を感じた。

「待避!!」

 反射的に叫んだ瞬間、全員が散った。

 同時に伏せた俺の背を何かが掠めていった。

「チッ、やっちまったか……」

 大体分かっていた。

 典型的な機械式の罠で、作動させると矢が飛んでくるものだ。

 人間なら足下を狙ったものだが、俺の場合はまともに体を射貫かれていただろう。

「タンナケット!?」

 慌ててミーシャが声を掛けてきたが、返せなかった。

 大体そうなのだが、飛んでくる矢には何らかの毒物が塗られている。

 ちょっと掠っただけだが、すでに全身が痺れ始めていた。

「ナターシャ!!」

「わかっています!!」

 ナターシャが素早く回復魔法を使った。

「これで大丈夫ですが、しばらく動けないと思います。ここで休みましょう」

 ナターシャの声に安堵のため息を吐き、ミーシャは俺を抱え上げた。

「ごめん、気がつかなかったよ……」

 そのままそこに胡座をかき、ミーシャは俺の背中を撫で続けた。


「全く、ここが迷宮だって思い出させてもらったよ。我ながら弛んでるな」

 どれほど経ったか、ようやく痺れが抜けた俺は伸びをした。

「弛んでるのは私だよ。あんな単純な罠に気がつかないなんて……」

 ミーシャはそれなりにショックだったようで、まだ立ち直っていなかった。

「馬鹿野郎、最後に身を守るのは自分だ。死ななかっただけ、ラッキーだったな」

 俺はミーシャの肩に飛び乗り、思い切り爪研ぎした。

「いったい!!」

「まだだ」

 俺はミーシャの肩をズタボロにしてやった。

「どうだ、気合い入ったか?」

 ミーシャは、俺の首根っこ引っつかんでぶら下げた。

「あのさ、たまにはじっくり落ち込ませてくれないの?」

「そんな、人並みの自由を与えた覚えはない。キリキリ進め」

 ミーシャが、無言で思い切り鼻ピンをした。

「……生意気いいました。ごめんなさい」

「分かればいい」

 ミーシャは俺を床に放り出した。

「頭にきたから、とっとといくよ!!」

 ミーシャが先を進みはじめた。

「タンナケットも大変だねぇ」

 レインの呟きに、俺は苦笑で答えた。


 結局、その後は特に何もなく、地下二階への階段に到達した。

「地下一階はこんなもんかな。これ以上は何もないでしょ」

 ミーシャがメモ書きを見直しながら、誰ともなくいった。

「よし、先に進みたいところだが、ここで大休止だ。地下二階は、もう少し手こずると思うしな」

 俺が提案すると、ミーシャが異を挟んできた。

「地下二階に下りてそんなに遠くないし、休むならあのコボルトの家にしない。床よりは快適だしさ」

「なるほどな……」

 さほど、考えるまでもなかった。

「よし、もう少し進んであの家までいこう。まだ、大丈夫か?」

 レインとナターシャが頷いた事を確認し、俺はミーシャに目配せした。

「よし、いくよ!!」

 ミーシャが先頭に立ち、俺たちは階段を慎重に下りていった。


「大した距離ではないが、一応確認は怠るなよ」

 まあ、俺がいうまでもなく、ミーシャはしっかり鼻を利かせていた。

「そうねぇ……今のところは変なものはなさそうだね」

 ジリジリと進み、特に何もなくコボルトの家に向かう隠し通路前にきた。

「それじゃ、また茶でもご馳走になるか」

 俺の言葉にミーシャが嬉しそうに頷き、壁にしかみえない通路に入った。

「ん?」

 隠し通路に入ってすぐ、俺はすぐに異変を察知した。

「……ヤバいね」

 ミーシャも察した。

 レインは剣を抜き、ナターシャは頷いた。

「急ぐぞ」

 俺がいうまでもなく、全員が一斉に駆け出していた。

 程なくみえてきたコボルトの家を、魔物どもが取り囲んでいた。

「……オークか」

 この迷宮の嫌われ者、小鬼ともいう醜悪な外見をした連中だった。

 徒党を組んで悪さするという意味では、ゴブリンとも似ているがアイツらの方がまだ可愛げがある。

 コイツらは、狡猾な上に凶暴で始末に悪いのだ。

「家ごとぶっ飛ばすわけにはいかんな。チマチマいくぞ」

 俺が呪文を唱え始めた時、ヤツらも気がついたようだ。

 三十体ほどいるようだが、一斉にこちらを振り向き、一部が矢を放ってきた。

「なんの!!」

 ナターシャの防御結界魔法が発動し、飛び来る矢を全て弾き飛ばした。

「フラッシ・バン」

 同時に俺の魔法が発動した。

 派手な閃光と爆音が散らかされたが、対人にも対物にも破壊力は全くない。

 こけおどしと目くらましだが、ヤツらの気勢を削ぐには十だった。

「やっと、出番か」

 浮き足だった連中の群れに、レインが突っこんでいった。

 次々にレインが斬り倒していく中、俺も突っこんでいきながら次の呪文を唱えていた。

「アイス・アロー」

 杖を振りかざした先から無数の氷の矢が放たれ、五体ほどをズタボロにした。

「タンナケット、この前拾ったこの剣ってなにか癖になる切れ味だぞ」

「いいから、ちゃんとやれ」

 軽口を叩き合いながら、俺たちは次々とオークどもを倒していった。

「これで、終いか?」

 レインが最後の一体を斬り倒した時、俺は一息ついた。

「そうみたいだね」

 レインが剣を鞘に収めると同時に、俺は杖を振りかざした。

「……なんてな」

 俺が放った氷の矢は、家の屋根で弓を構えていた三体をぶちのめした。

「そうそう、油断大敵ってね」

「全くだ」

 レインと俺は笑った。

 まあ、こっちが油断したところを狙って潜んでいたヤツを、わざとらしく油断したようにみせつけて、おびき出してやったというわけだ。

 気配で存在は分かってはいたのだが、正確な場所までは特定できていなかったのだ。

「な、なんか、二人が凄くみえたよ。今さらだけど……」

 完全においていかれたミーシャが、ポカンとしてみていた。

「凄かねぇよ。戦えるっていいたきゃ、このくらいは最低条件だ」

「そうだねぇ。僕なんてまだアマチャンだよ」

 念のために言っておくが、変な嫌みではなく事実だ。

「さて、そんな事よりコボルトのアンチャンが心配だ。急ぐぞ」

 俺の声に全員が家に向かって駆け込んだ。


「よかった、無事だった!!」

 ミーシャが声をあげた。

 コボルトは多少怪我はしていたが、特に大事ないようだった。

「ありがとうございました。急に襲われてしまって……」

 ナターシャの治療を受け、コボルトはやれやれとため息を吐いた。

「まあ、無事でよかった。上で大休止していなくてよかったな。礼ならミーシャにいってくれ」

 もし、あそこで大休止していたらと考えると、ゾッとしない話だった。

「そ、そんな、私は単に快適に寝たかっただけだし……」

 ミーシャがワタワタした。

「なにかとよくして頂いて助かります。どうぞ、ゆっくりしていって下さい。食事の支度をしますので、少々お待ちを」

 広く快適な家のキッチンに向かい、コボルトはなにやら料理をはじめた。

「さて、今日の猫缶は奮発してくれ。暴れちゃうぞ」

 俺がニヤッと笑うと、ミーシャはポケットから猫缶を取りだした。

「ぷ、Platinum……」

「へへへ、ちゃんとご褒美は用意してあるぞ!!」

 ミーシャは猫缶を開けて床に置いた。

「お前もいいところあるんだな……」

「どーいうことよ!!」

 ミーシャの言葉を無視して、俺は猫缶を平らげた。

「うむ、美味い……」

「ああ、ゴロゴロいってる!!」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

「そりゃ俺だって猫だ。ゴロゴロくらいは……」

「いつもそうしてりゃ可愛いのに!!」

「どーいうことだ!!」

 なんてやり合ってたら、コボルトが大皿料理を持ってきた。

「お待たせしました。味付けと材料を猫に合わせたので、人間には薄味かもしれません。調味料を置いておきますので、調整をお願いします」

「……タンナケットのご飯あったね」

「……うむ」

 ミーシャの呟きに、俺は短く答えた。

 そして、俺は皿が置かれたテーブルに飛び降りた。

「据え膳まで食わねば男の恥だ。いくぞ」

「それ、なんか全然意味違うし、無理すんな!!」

 そして、俺の新たなる戦いがはじまったのだった。

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