第10話 探索の合間にバカをやろう

 まあ、パーティに加わったというわけではないのだが、アレーシャを加えて五人で地上を目指した。

 今は探索よりも帰還が最優先だったので、寄り道もせずにそのまま地上へと戻った。

「はやり記憶は戻らないのですが、不思議と懐かしい景色ですね」

 馬車に乗り込むと、アレーシャいった。

「まあ、あの迷宮生まれもなければ、みた事はあるだろう。ゆっくり思いせばいいさ」

 俺がいうとアレーシャは頷いた。

「よし、まずは寝床の確保だな。レイン、頼んだ」

「分かった」

 俺たちを乗せた馬車は、ゆっくりと街に向かった。

 まあ、急いでもゆっくりでも、そう大して時間が変わるような距離ではない。

 最低限の整地だけしたような道を、ガタガタと進んでいった。

「タンナケット、迷宮が変質してから、急に動きが出てきたね。地下五階までなんて罠と通路と魔物くらいだったのに……」

 移動時間を利用して、書き溜めたメモを整理しながらミーシャがいった。

「そうだな。迷宮が俺たちになにかやらせようってか……なんてな、考えすぎだ。俺たちはそんなに偉くはない。たまたま、そういうタイミングだろう」

 俺はミーシャの肩に飛び乗った。

「足りねぇ頭で考えるな。薄毛になるぞ」

 次の瞬間、思いっきり鼻ピンされた。

「……過去最大級に痛いぞ」

「過去最大級に痛くしたからね!!」

 ミーシャは俺の首根っこをひっ捕まえて、顔の前でぶら下げた。

「……ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

 ミーシャは馬車の荷台に俺を放りだし、頭をガリガリ掻きながら紙束と格闘を開始した。

「面白くなってきたからって、熱くなりやがって……」

 俺は苦笑した。

「やはり、仲がいいようですね。羨ましいです」

 アレーシャが楽しそうだった。

「まあ、これを仲がいいというかどうかは、分からんがな……」

「私にもそういう友達がいたらいいですね。こんなときに、きっと助けてもらえるでしょうから」

 笑みを浮かべたアレーシャの肩をナターシャが叩いた。

「え?」

「……」

 ナターシャが友達になりたそうな目で、アレーシャをみつめていた。

「あーすまん。ソイツはダチがいなくてな。よかったら、話し相手にでもなってやってくれ」

 俺は思わず笑った。

「わ、私でよければ……」

 ワタワタとアレーシャが返すと、ナターシャはニッコリ微笑み、右手をさっと差し出した。

 アレーシャは、その右手を恐る恐る握り返した。

「はい、今日はいい日です。取っておきを開けましょう」

 エラく機嫌がいいナターシャは、自分の背嚢の中から酒の小瓶を二本取り出し、一本をアレーシャに押し付けた。

「え、えっと……」

「はい、グッと飲んで!!」

 無理矢理酒を飲まされ、アレーシャは大きく息を吐いた。

「すまんな、ソイツのやり方だ。付き合ってやってくれ」

 俺はアレーシャにいった。

「は、はい……大人の味です」

「……それ、妙な響きだな」

 そんなこんなで、俺たちは無事に街に戻った。


「さて、愛すべきボロ宿だ。ここは六人部屋だから、騒がしいのが好みながらここにいればいいし、他に部屋が欲しいならオヤジに掛け合ってくるぞ」

 レストア亭の部屋に入ると、俺はアレーシャにいった。

「はい、できればここに……。でも、自分でいうものなんですが、名前すら忘れてしまっているような人と一緒で大丈夫でしょうか」

「なにが、気持ち悪いとでもいうと思ったか?」

 心配そうなアレーシャに俺は苦笑した。

「い、いえ……」

「まあ、ベッドは好きに使ってくれ。俺たちはまた準備を調えて迷宮に戻るが、お前はまだ不安定な状態だから、同行させる事は出来ん。留守中は街で適当に過ごしていてくれ」

 俺がいうと、ナターシャがアレーシャの手を引いた。

「暇つぶしできる場所を案内しましょう」

「おい、教会ばかりいくなよ!!」

 アレーシャを連れて部屋を出たナターシャの背に告げ、俺はため息をついた。

「それじゃ、俺はいつもの武器屋かな。晩メシには戻るよ」 

 レインも部屋を出ていった。

「……」

 黙々と何かやっているミーシャには、迂闊に声を掛けられなかった。

「……そっと出よう」

 俺は猫である利点を最大限に生かし、無音でそっと部屋を出ようとした。

「待て、どこに行く」

 いきなりミーシャの声が飛んできた。

「……なんで、分かった?」

「タンナケットの気配を読めないとでも思ったか。ナメんなよ!!」

「時々、お前が怖い時があるぞ……」

 俺はため息をついて、ミーシャに近寄った。

 ベッドに胡座をかいて座っていたミーシャの肩に登り、なにをやっているのかみてやった。

「……落書きにしかみえんな」

「これが私の整理法なのだ。素人には分かるまい!!」

 ……じゃあ、お前はなんの玄人なのだ。

 心の中でそっと呟いておいた。

「なるほど……分からんという事が分かった」

「やっぱり、ただの落書きじゃねぇか……」

 いきなり鼻ピンされた。

「……」

「だから、落書きじゃないの!!」

 ミーシャは俺を肩から引きはがし、強引に胡座の中に押し込んだ。

「タンナケット、暇つぶししよう。魔法使いっぽい事やって!!」

「な、なんだ、魔法使いっぽい事って?」

 漠然としすぎていて、よく分からなかった。

「なんかこう、ホウキとかだせ。空を飛んでみろ!!」

「『飛行』の魔法を使えば、ホウキなどいらんが……リクエストに応えようか?」

 俺は呪文を唱えた。

 目の前に、宙に浮かんだホウキが出現した。

「……ま、マジで出た」

「お前がやれといったのだろう。よっと……」

 俺はそのホウキに飛び乗った。

「乗ってかねぇのか、姉ちゃん?」

 ニヤッと笑みを浮かべてやると、ミーシャはコクコク頷いてホウキに跨がった。

「いくぞ」

「うわ、ここ屋内!?」

 勢い良く部屋の窓を叩き壊し、俺とミーシャを乗せたホウキは街の上空高く上がった。

「なんだ、やれといったからやった。驚く事か?」

「……な、なんか、すっげぇ!!」

 まあ、元々ガキだが本気でガキになったミーシャが、目の色を変えてわめき散らした。

「うむ、では少し遊んでやろう。落ちたら死ぬからな」

 俺はホウキを操り、複雑なアクロバット飛行をはじめた。

「ぎゃあ!?」

「ほれほれ、死ぬ気でホウキに掴まれ。次はこうしてくれる」

 一気に九十度上昇を掛け、街がごま粒のように小さく見える高さまで上がると、今度は真っ逆さまに急降下をかけた。

 街に突っこむ直前で一気に引き起こし、建物スレスレの高さを掠めるように飛んで再び上昇して水平飛行に入った。

「どうだ、ちっとは暇つぶしになったか?」

「……」

 ミーシャからの返事はなかった。

 見ると、ミーシャはホウキにしがみついたまま、どこかに意識が飛んでいた。

「……いけね、調子こき過ぎたか」

 俺は簡単な回復魔法をミーシャに使った。

「あ、あのさ、心の中で何回タンナケットをぶっ殺したか分かる?」

「……ごめんなさい」

「分かればいい。帰ろう!!」

 俺たちは再びボロ部屋に戻った。


「なんだか派手に暴れていたな。衝撃波で街中の屋台がぶっ飛んで騒ぎになってるよ」

 俺たちが戻って間もなく、レインが苦笑して帰ってきた。

「あーあ、タンナケットがやっちまった!!」

 すっかり元気になったミーシャが、からかうようにいった。

「衝撃波ってお前……そこまで出てた?」

「うん、よく平気だったね」

 そして、レインは新調してきた剣の手入れをはじめた。

「お、俺とした事が……」

「あ、あれ、そんなガチで落ち込まなくても……」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

「誰だって間違いはあるだろ!!」

「……お前にいわれると、無性にムカつくな」

 俺は抱きかかえられたまま、ため息をついた。

「なんでだろうな、ミーシャが絡むと調子がおかしくなる……」

「惚れてるんじゃねぇの!!」

 ミーシャが俺を肩の上に乗せた。

「そんなわけはない……と思うぞ」

「いや、そこは勢いよく否定しろ。恥ずかしいだろ!!」

 ミーシャが赤面して、俺を肩に乗せたままベッドに腰を下ろした。

「安心しろ、俺は色恋沙汰には興味がない。まして、お前に惚れるなど腐ってもありえん」

 渾身の鼻ピンを食らわされた。

「今日の晩ご飯抜くから、いいね?」

「……はい」

 やっぱり、コイツを相手にすると調子がおかしくなる。

 嫌な気はしないが、面倒だ。

「まあ、いい。俺は日課の爪研ぎでもしようか。ちょうどいいところに、足下に使っていい肩があったな」

 俺はミーシャの肩に爪を立ててバリバリやった。

「な、何度経験しても、痛い……」

「当たり前だ。痛くなかったら、すぐに病院に行け」

 そこで、部屋の扉が開いてナターシャとアレーシャが帰ってきた。

「よう、楽しかったか?」

「はい、面白い場所ですね」

 俺の問いにアレーシャが答えてきた。

「さすがに遠慮して教会巡りはやめておきました。普通に買い物を……」

 ナターシャが手にしていた紙袋の中身をベッドに広げた。

「三番街に新しく揚げドーナツの店ができていたので、持てるだけ買ってきました。みんなで食べましょう」

 実に美味そうな匂いがするその食い物に、俺はそっと手を伸ばした。

「ダメ!!」

 バシッとミーシャに叩かれた。

「……いいよ。みんなで食え」

 俺はベッドの布団にもぐり、ふて寝を決め込んだのだった。


「可哀想だから、食ってもいいぞ!!」

「……いい、別に欲しくない」

 ミーシャが差し出した手に、俺は思いきり噛みついた。

「イタタ……キレてるし」

「……」

 ミーシャはそっと俺を抱きかかえた。

「ごめんね……」

「……分かったよ」

 俺はため息を吐いた。

「よし、さっそく揚げドーナツ……ああ!?」

「ん?」

 今まさに、最後の一個をレインが食ったところだった。

「あ、あれれ……」

「なに、問題はない。残念だが、またの機会だな」

 俺はミーシャの腕から飛び降り、これも日課の杖の手入れをはじめた。

「か、買ってくる。ちょっと待ってろ!!」

 慌てて部屋を飛び出し書けたミーシャの手を、アレーシャが素早く掴んで止めた。

「はい、最後の一個です」

 笑顔でアレーシャが差し出してきた揚げドーナツを、ミーシャが目を丸くして見つめた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 ミーシャはそれを受け取り、ベッドの上においた。

 俺はそれに近づき鼻を近づけ、まずは匂いを楽しんだ。

 そして、そっと一口囓り、今まで経験した事のない味を堪能した。

「あっ、いい忘れてた。猫はあんまり食べない方が……」

「やかましい!!」

 なにかいいかけたレインに、ミーシャが蹴りをいれた。

「俺はこの一口で十分だ。ありがとう。食いかけで悪いが、ミーシャ食ってくれ」

「……えっ、もういいの?」

「ああ、十分だ。捨てるのも勿体ないし、お前が食え」

「わ、分かった……」

 ミーシャが残りを片付けた。

「さて、満足した。杖の手入れが終わったら、少し寝るか」

 俺が杖の手入れをしていると、ベッドの上に胡座をかいたミーシャがその上に押し込んだ。

「お詫びだ。このまま寝ろ。起きるまで動かないでいるよ!!」

「そりゃどうも……」

 俺は苦笑して、杖に特殊な油をすり込み続けたのだった。

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