第9話 封印とマタタビ

「地下二階はこんなもんかな……」

 お手製マップを見ながら、ミーシャがいった。

「まあ、もう十分な収穫はあったといえるだろう。地下三階に向かおうか」

「待って。どうも引っかかるエリアがあるのよね。なにがとは言えないけど……」

 ミーシャが頭をガリガリ掻いた。

「こういうときのお前の勘は大体正しい。他に異論がなければ、そっちをみようか」

 レインとナターシャが頷いた。

「ありがとう。こっち……」

 罠ばかりで魔物は一切でないという、どうにも不気味な状況で、俺たちはミーシャの先導で通路を進んだ。

「うん、行き止まりか?」

「そうなんだけどさ。通路の配置を考えると、どうもこの辺りに部屋があってもおかしくないんだよね……」

 俺は二人に目配せした。

 すると、それぞれが辺りの壁を探り始めた。

「ああ、罠はないから安心して」

 いいながら、ミーシャも辺りを探り始めた。

「俺は……」

「タンナケットはいいの。邪魔だからじっとしてて!!」

 ミーシャがバシッといい放った。

「……うむ、そうしようか」

 まあ、今のところ俺がやる事はない。

 それは、確かだった。

「あれ、この石動くぞ」

 しばらくして、レインが異変を見つけた。

「変に触らないでね」

 ミーシャが駆け寄って調べ始めた。

「ああ、典型的な押しボタン式だね。罠じゃなさそうだし、押してみようか」

 ミーシャは壁の石を押した。

 瞬間、壁の一部が解けるように消え、そこにはちょっとした小部屋が出現した。

「やっぱり、あった!!」

 ミーシャが嬉しそうだ。

「さて、なにがあるのか……」

 俺がいうと、ミーシャが真顔になった。

「どうもねぇ、よくない気配がするんだ。敵ってわけじゃなさそうなんだけど……」

「よくない気配か……」

 自然とレインが剣を抜き、ナターシャが口早に呪文を唱えた。

「……何らかの強い呪術の気配を感じます。ロクなものではないでしょう」

 ナターシャがため息をついた。

「まあ、いってみようか」

「そうだね。ついてきて」

 ミーシャに続き、俺たちは部屋の中に入った。

 それほど広い部屋ではない。

 部屋の真ん中に、なにか妙な色に光るものが鎮座していた。

「ん、女の子!?」

 ミーシャが声を挙げた。

 部屋の中央にある寝台のような石作りのなにか。

 その上に猫以外……まあ、多分人間の少女が横たわっていた。

「気を付けて、強力な呪術で封印されています」

 ナターシャが声を上げた。

 呪術とは魔法と似ているが、魔法が精霊の力を借りてるのに対し、「力ある言葉」で直接何らかの作用を引き起こすという違いがある。

 実は俺も簡単なものなら使えるのだが、そういうことはナターシャには勝てなかった。

「封印ね……解除していいのかな」

 ミーシャがいった。

「それは分からんな。触らぬ神に祟りなしともいうが、このままおいておけるか?」

 俺が聞くとミーシャは首を横に振った。

「見た目で判断しちゃいけないけど、なんだか可哀想な気がする……」

「だとさ、異論はあるか?」

 レインは剣を構えたまま苦笑し、ナターシャは笑みを浮かべて杖を構えた。

「解呪します。気を付けて」

 ナターシャが呪文を唱えた。

 妖しい光りが明滅し、ガラスの割れるような音とともに、封印が解かれた。

「さて……」

 少女は浅い呼吸のまま、ただ静かに横になっていた。

「これでは、有害か無害かも分からんな。かといって、これで放置するわけにもいかん。ここで、この寝坊助野郎が目を覚ますまで休憩だな」

 俺の一言で、しばしの休憩となった。


「おっ、意識を取り戻したよ!!」

 ナターシャと一緒に、少女の様子を見ていたミーシャが声を上げた。

「あれ……私は」

 少女はそっと身を起こし、頭を横に振った。

「それを聞きたいのはこっちだ。なんで、こんな場所で封印されていたんだ?」

 俺が聞くと、その少女は目を見開いた。

「猫が喋った……」

「うん、気持ちは分かるが、今はそこは重要ではない」

 知らないと、大体こういう反応をされるので、慣れっこだ。

「は、はい。それが、名前すら思い出せない始末で……」

「かなり強力な封印でしたので、その影響でしょう。時間と共に思い出すはずです」

 ナターシャがいった。

「まあ、ただ事ではあるまい。あと、お前が人間でないくらいは、俺でも分かるぞ」

 これ気配としかいいようがないが、人間のそれとは明らかに異質だった。

「そうですか……。ところで、人間ってなんですか?」

「そのレベルで行方不明なのに、猫が喋る事には驚くのだな……」

 なんとも、中途半端な記憶だ。

「まあ、なんでもいいじゃないか。メシにしよう」

 なにか黙ってゴソゴソやっていると思ったら、レインがちゃっかりメシを作っていた。

「そろそろ鮮度がまずかったから、生鮮品を全部使ったよ。この先は、保存食ばかりになるから食べておいて」

「……俺は、猫缶だよな」

 まあ、嫌いではないがな。

「君もどうだ。まあ、味は保証しないが」

 レインが少女を誘った。

「は、はい……美味しそう」

「うん、レインのメシは美味い!!」

 ミーシャが少女の肩をバンバン叩きながらいった。

「おいおい、痛そうだからやめろって」

「い、いえ、肩こりにいい感じで……」

 少女が微かに笑みを浮かべた。

「私がただ叩いてると思ったか!!」

「……つくづく、お前って妙に器用だよな」

 ミーシャはよく分からないところが多い。

「よし、食べよう」

 この上なく幸せそうなレインの言葉で、俺たちはメシに手を付けた。

「……えっ、俺も食っていいの?」

 レインが頷いた。

「そ、そうか……。長く生きてみるものだな」

 俺はなにかの野菜炒めに口を付けた。

「……熱い。が、美味い」

「そりゃよかった」

 口中に広がる出汁の香りが堪らない。

 基本的に俺は野菜を好まないが、これは美味かった。

 取り皿の半分ほどを食った時、ミーシャがそれを取り上げた。

「な、なにをする」

「タンナケットの残り半分はいただいたぜ!!」

 そして、あろう事かミーシャはそれを一気に食ってしまった。

「……な、なんてことしやがる」

「えっ、そんな泣きそうな顔しないで!!」

 ミーシャが慌てて俺を抱きかかえた。

「……せっかく、久々に猫缶以外の食い物にありついたのに」

「ああ、そんな泣かないで!!」

 すると、小さく笑って少女が自分の取り皿を差し出した。

「私はもう十分だから、猫さんどうぞ」

「……いい奴だな、お前」

 その少女が床に置いた皿から、俺はメシを食った。

「……ミーシャのロクでなし。お前などもう知らん」

「ああ、ごめんなさい。ほんの出来心で!?」

 ミーシャが慌てて俺をもう一度抱きかかえた。

「……ごめんなさい」

「……いいから放せ、ちょっと痛い」

 しかし、なかなかミーシャは俺を放そうとせず、正直困ってしまった。

「仲がいいんですね。羨ましいです」

 少女が笑みを向けてきた。

「……これを、仲がいいというのか?」

「はい、とっても。いいですね」

 よく分からないが、そういう評価ならきっとそうなのだろう。

「一つだけ思い出した事があります。私は無類の猫好きだったという事です。ポケットにこんなものが……」

 少女が取りだしたもの。

 それは、マタタビの木の枝を乾燥させたものだった。

「そ、それは、デンジャーだな」

 どんな猫でもイカレポンチになってしまう、呪われし魔のアイテム。

 それが、マタタビだった。

 まあ、たまに平気なヤツもいるが……。

「ああ、それちょうだい!!」

 復活を遂げたミーシャが少女からマタタビの枝を受け取った。

「よ、よせ……話せば分かる」

「さて、どんな踊りをみせてくれるかな?」

 俺の体を引っつかんで、ミーシャはマタタビの枝を俺の鼻に押し付けた。

「さ、サタデーナイトフィバーぁぁぁ!!」

 俺はミーシャの腕に噛みついた。

「イタタ!?」

「いぇあぁぁぁぁはぁぁぁ!?」

 そして、手当たり次第に引っ掻いた。

「ぎゃあ!?」

「ガンガンいくぞおらぁ!!」

 さらに、攻撃魔法が炸裂した。

 ……その後、ミーシャが俺にマタタビを与える事は、二度となかった。


「はて……俺はなにを」

「……うん、私が悪いの。タンナケットは悪くないの」

 ボロクズみたいになったミーシャを、呆れ顔でナターシャが治療していた。

「猫さんってマタタビを与えると、妙に凶暴になるんですよね」

 少女が小さく笑った。

「さて、なにが起きたか覚えていないのだが、なぜかミーシャが重傷だ。この少女を連れてさらに進むのも無理があるだろう。ここで、一度引き返そう」

 俺の言葉にレインとナターシャが頷いた。

 まあ、一応ミーシャも頷いたようだが、痙攣なのかなんなのか区別がつかなかった。

「はい、私もお邪魔になってはいけないと思っていました。しかし、どうにも当てがないので、しばらくご厄介になることは大丈夫でしょうか?」

 少女が聞いてきた。

「ああ、構わん。あのボロ宿には他に客はいないしな。好きに使えるぞ」

「ありがとうございます」

 少女がペコリと頭を下げた。

「よし、戻るぞ」

 全員が立ち上がった時、ミーシャがいった。

「名無しじゃ可哀想だし呼びにくいから、仮に呼び名をつけない?」

「うん、それがいいね」

「そうですね」

 レインとナターシャが乗った。

「うむ、いつまでも少女ではな……。ミーシャ、名付け親になってやれ!!」

「わ、私!?」

 ミーシャがワタワタした。

「言い出しっぺだ。責任を取れ!!」

「……れ、レバニラ!!」

 ……馬鹿野郎。

「あのな、お前の食いたいものではない」

「ああ、ごめん……よし、うちの婆ちゃんの名前で、アレーシャ!!」

 ミーシャが叫ぶと、少女は頷いた。

「いい名前です。ありがとうございます」

 少女改めアレーシャは、ニッコリ笑みを浮かべた。

「……おい、お前孤児じゃなかったか?」

 皆に聞こえないように、俺はそっとミーシャにいった。

「……いいでしょ。脳内に婆ちゃんがいてもさ」

 ミーシャは小さく笑い、俺を抱きかかえた。

「よっし、地上に向かうぞ!!」

 元気よくミーシャがいって、俺たちは来た道を引き返したのだった。

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