第8話 迷宮での出会い

 二週間ほどそれぞれ好き勝手過ごしたあとは、再び迷宮探索だ。

「まあ、今回は前回作ったマップがあるから、そんなに苦労はしないね」

 といいながらも、ミーシャはしっかり警戒していた。

 むろん、ミーシャだけではなく、俺たちもしっかり神経を張っていた。

 ここは、まだ地下一階フロアだった。

「緊張はするけどさ、二度目になると余裕がでるね」

 ミーシャがお手製のマップを見ながらいった。

 相変わらず罠ばかりで、魔物の姿はない。

 通路を進むそのうちに、ミーシャが足を止めた。

「ん……なんか、違和感がある」

 コイツの敏感な鼻が、何かを感知したようだ。

 ただの通路。それにしか見えないが……。

 ミーシャは手近な壁を探り始めた。

「……あった」

 ミーシャは呟き、壁の石を一つ押した。

 すると、地鳴りのような音が響き、その壁が大きく上にスライドした。

「隠し部屋か……」

 俺は呟いた。

「そして、おあつらえ向きに宝箱と……」

 ミーシャが苦笑した。

 小さな部屋の中には、古ぼけたチェストが一個だけあった。

「開けろっていわんばかりだねぇ……」

「まあ、開けるしかないだろうな」

 慎重に罠のチェックをしながら、ミーシャはチェストに近寄っていった。

 この時、ミーシャは俺たちが一緒に行くことを必ず拒む。

 なんでも、やられるなら私一人で十分とか。

「この宝箱も特に問題はないね」

 ミーシャは箱を開けようとした。

「あれ、施錠されてる。ご丁寧なことで」

 ミーシャは苦笑して、ピッキングツールを取りだした。

 待つ事数秒で、カチリという音がここまで聞こえた。

「さて……」

 ミーシャは箱の蓋をそっと開けた。

「また武器だよ。短刀だね」

 呼ばれるまでもなく、俺は箱に近づいた。

「どれ……」

 その短刀は特に華美な装飾が施されたわけでもなく、一見すると普通の短刀に見えた。

「へぇ、クリスか。この波打ったような刃のデザインがいいんだよな。世界で最も洗練された武器っていわれてる」

 一緒にやってきたレインがいった。

「うむ、軽く鑑定してみたが、とくにややこしい魔法は掛かっていない。しかし、何らかの魔力を帯びていることは間違いないな」

 俺は呪文を唱え、さらに詳細な素性を探った。

「間違いない。魔力剣の一種だ。属性は『光』か……珍しいな」

 四大精霊……すなわち『火』『水』『風』『地』が魔法がもつ属性の基本ではあるが、それとは別に、その四大精霊を生みだしたとされる始原精霊というものがある。

 具体的には、再生を司る『光』と滅びを司る『闇』だ。

 この二つの精霊を扱うは相当高難度の技量が必要なのだが、この短刀にはその『光』の精霊の力が宿っていた。

「相当な業物だな。勿体ないが、この中で短刀を使うのはミーシャだけだ。持って行くと役に立つのではないか?」

 俺がいうと、ミーシャは恐る恐るその短剣を手に取った。

「や、安物しか買った事がないから、こんなのどうしていいか……」

「お守り程度には役立つだろう。よし、他になければ進もうか」

 こうして、また一つ俺たちの武器が強化された。

「それにしても、地下一階でこの収穫か。この迷宮、やはり奥が深いな」

 再び隊形を整え、俺たちは奥に進んだ。


 地下二階。

 少し期待はしたが、特に隠し部屋の類いもなくサクサクと先に進んだ。

「ちょっと待った」

 先をゆくミーシャが足を止めた。

「タンナケット、妙な魔力の気配を感じる気がするんだけど……」

「魔力か……」

 俺は目を閉じ、周囲を流れる魔力を探った。

「うん、確かに感じるな。そこの壁だ」

 俺が杖で示すと、ミーシャはただの壁にしか見えないところに、そっと手を置いた。

 すると、壁にめり込むように、その手の先が消えた。

「隠し通路?」

「そのようだな、初歩の幻影魔法だ」

 前回潜った時は見落としたが、どうもここに隠しておきたい通路があるようだ。

「いざいかんってか?」

「他に選択肢がないのが、冒険者の悲しい性だな」

 一応、ちらっとレインとナターシャに目を配ると、レインは剣を抜きナターシャは「朽ちたバールのようなもの」を構えた。

「……ナターシャ、普通に杖でいい」

「いえ、この方が燃えます」

 まあ、本人がその気ならいい。

 俺も杖を構え、ミーシャが慎重を期しながらそっと壁の向こうに姿を消した。

 俺たちも後を追うと、どこまでも続く長い通路があった。

「罠はなさそうだけど、油断しないで」

 ミーシャにいわれるまでもなかった。

 通路を慎重に進み、一直線の道が行きついた先には、場違いにも木できた立派な家があった。

「なにかの気配がするね。いこう」

 ミーシャがさっき拾った短刀を構え、その家の扉をそっと押し開けた。

「のわぁ!?」

 中にいたのはコボルトだった。

 まあ、早い話しが二足歩行する犬。

 そんな感じの、一応魔物とされるものだった。

「よっと!!」

 ぶったまげて立ち尽くしたコボルトの背後に回り、ミーシャは首筋に短刀の刃を押し当てた。

 それを、剣を抜いたレインとアレを構えたナターシャが取り囲んだ。

「お前ら、どう考えても奴さんに敵意はないだろ。無駄にいじめるな」

 レインとナターシャがそれぞれ得物を引っ込めたが、ミーシャだけは油断なく離れようとしなかった。

「お、おい……」

「油断禁物だよ。一歩でも動いたら、首を掻き切るからね!!」

 コボルトは、声も上げずに大人しくミーシャに従っていた。

「もういいんじゃないか?」

 しばらくして俺がいうと、ミーシャは短刀を引っ込めた。

「ごめんね。私は疑り深くてさ」

「い、いえ、こういう扱いには慣れています……」

 コボルトはため息をついた。

「無用な争いを避けるために、ここにこうして住んでいたのですが、見つかってしまいましたか」

 コボルトは素朴なテーブルの椅子を勧めてきた。

「これも何かの縁でしょう。お茶でも淹れます。先にいっておきますが、妙な細工はしませんよ」

「……ほらみろ、怯えちまったじゃねぇか」

「……だって」

 俺とミーシャがそっと耳打ちしていると、慣れた手つきでコボルトが茶を入れた。

「アーガイン地方の紅茶です。これが好みで、苦労して取り寄せているんです」

 ティーカップに注がれた紅茶を、こうするのが当たり前というように、率先してミーシャが飲んだ。

「こ、この紅茶、アーガイン地方でも限られた農園でしか生産されない高級品じゃないの?」

「ああ、分かりますか。せっかく苦労するので、いいものをと思いまして」

 ここにきて、初めてコボルトが笑った。

「へぇ、茶は分からないけど、確かに美味いな」

 レインがいった。

「はい、久々ですね。こういうのは……」

 ナターシャもご満悦だった。

「……すまん、俺は飲めん」

 俺は猫舌だった。

「ああ、あなたにはこちらを」

 コボルトはさらに入れたミルクをテーブルに置いた。

「……これも高級品か。ちゃんと猫用なのが、心憎いな」

「はい、猫の冒険者の噂を聞いて、こんな事もあろうかと準備しておきました」

 ちなみに、普通の牛乳は腹を壊すので禁忌だ。

「よ、用意がいいな」

「はい、おもてなしには力を抜きません。時間が許すようでしたら、お食事もご用意しますが……」

 よく分からないが、このコボルトは俺たちをもてなしたくて仕方ないらしい。

「ま、まあ、ちょうど小休止の頃合いだった。少し、休ませてもらおうか」

 俺が言うと満足そうにコボルトはキッチンに立ち、なにやら料理を始めた。

「ああ、俺もなにか……」

 椅子から立ち上がったレインを杖で制した。

「失礼に当たる。大人しく、食わせてもらうじゃないか」

「そ、そうか……」

 レインはそのまま椅子にもどった。

 しばらくして、コボルトは大皿に持った料理を持ってきた。

「簡単なものですが……」

 まあ、簡単といえば簡単だった。

 野菜を切って炒めただけだが、この環境ではこれでもご馳走と言えるだろう。

 猫の俺ですら、美味そうな匂いが鼻をくすぐった。

「ああ、あなたはこちらですね」

 コボルトはすかさず猫缶を開けた。

「……分かってやがるな。俺の弄り方」

「そんな事はありません」

「よし、タンナケットには涙を飲んでもらって、私たちは食べよう!!」

 ミーシャが元気にいった。

「大丈夫だ。猫缶最高」


「な、なにか、普通以上に美味かったぞ」

「ああ、僕も勉強になった」

「美味しければ全てよしです」

 メシを食った三人の意見は、押し並べて好評だった。

「猫缶が美味いぞ。お前らには分かるまい」

 美味いと思うが、猫缶はいつでもどこでも同じ味だった。

「久々におもてなしができて楽しかったです。また、遊びにきてください」

 コボルトがいった。

「なんでまた、こんな所に?」

 ミーシャが聞いた。

「はい、故郷は人間に追われてしまいました。よくある話です。僕たちが魔物と呼ばれている限りは、ついて回るでしょうね……」

 どこか寂しそうに、コボルトがいった。

「そ、そうだんだ……人間を代表するほど偉くはないけど、ごめんね」

 ミーシャがいった。

「いえいえ、これも定めです。ああ、そうだ。お近づきの印に、皆さんに僕たちの故郷で作られていた名産品をお渡ししましょう」

 コボルトは部屋の隅にあったチェストを開け、中から腕輪のようなものを取りだした。

「これは?」

 渡されたミーシャが問いかけた。

「はい、弱いですが常に結界を展開してる腕輪です。簡単な攻撃なら十分防いでくれると思います。待って下さい。猫用サイズも作りますので……」

 コボルトは簡単な機械が置いてある一角で、何やら作業を始めた。

 その間に、残る三人は腕輪を付けた。

「へぇ……よく分からないけど、強くなった気分!!」

「僕もなんかこう……」

「プラシーボ効果ですかね?」

 一人冷静なナターシャが笑った。

「メシ食わせてもらった上にここまでしてもらって、なにもしねぇってのは信条に反するな」

「いえ、いいんです。喋り相手ができただけでも、僕にとってはお宝ですから。はい、できました」

 まさに猫サイズの小さな腕輪を渡され、それをミーシャが付けてくれた。

「……土の結界魔法か。防御力として、一番高いな」

「さすがです。これくらいしか、特産品がないのです」

 俺は杖を構えた。

「まあ、俺もこのくらいしかできん。間取りは3LDKくらいでいいか?」

「え?」

 俺は呪文を唱えた。

 素朴な家が、一転して豪華な屋敷に変わった。

「え、えっと……」

「ボロ小屋に愛着があったら申し訳なかったがな、これは俺の気持ちだ。ちなみに、全部屋エアコン床暖完備だ」

「い、いえ、これだけの事でここまで……」

「気にするな。世話になった。またくるぞ」

 こうして、俺たちはコボルトの家をあとにした。

 こういう出会いも、また迷宮である。

 お宝だけが宝ではない。

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