第7話 休日の一場面

 迷宮探索の合間に設けている休みは、基本的には自由行動だ。

 レインは武器屋で剣漁りをしているし、ナターシャは教会に入り浸るのが常だが、ミーシャはパターンが一定化していない。

 大体は暇つぶしを兼ねて通りでスリをやっているが、時折所在が分からなくなるときがある。

 それでも晩メシには帰ってくるし、誰だって秘密の一つや二つはあるものだ。

「よし、少しからかってくるか……」

 皆が出払っていなくなったあと、俺は杖を手にしてボロ宿を出た。

 三件隣の壁の隙間。

 そこにヤツのヤサはあった。

「よう、タンナケット。相変わらず元気そうだな」

 茶トラのソイツは笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「生憎とまだ元気だよ。お前の方こそ、相変わらず暇そうだな」

 俺は小さく鼻を鳴らした。

「そうそう暇でもないがな。まあ、あんたじゃアクビが出ちまうようなネタしかないぜ」 コイツは俺が信用をおく数少ない情報屋だ。

 この街の事なら、大抵の事はコイツの耳に入ってくる。

 蛇の道は蛇。猫の道は猫だ。

「それにしても、相変わらずターキニーズ地方の訛りが酷いな。聞き取りにくいぞ」

「それを聞き取ってくれるのがタンナケットだ。ありがたい事にな」

 俺は苦笑して杖をかざした。

「よし、一番いいやつを頼む」

「おう、三丁目の金持ちが腕利きを探してる。地下倉庫に、妙なものが住み着いたらしくてな。手数料はいつも通り10%でいいぜ」

「分かった。俺が行くと話しを通しておいてくれ」

 そう、これが俺の暇つぶしを兼ねたバイトだ。

 迷宮に潜るには、なにかと物入りだからな。


「タンナケットか、噂には聞いていたが……本当に二足歩行で喋るんだな」

 いかにも金持ちそうなオヤジが、心の底から驚いたといった感じでいった。

「まぁな。俺は無駄話はしない主義だ。早速、本題に入ってくれ」

 豪華な応接間に案内された俺は、一応出された茶にも手を付けずにいった。

「うむ、分かった。この屋敷の第三地下倉庫に、どうも魔物が住み着いたようでな。使用人で腕が立つ者をかき集めたが、どうにも刃が立たん。依頼料は八十万クローネ用意してある。どうだ?」

「そうだな、金額に問題はないが少し額が多いな。その理由を聞こうか?」

「あそこには失った娘の遺品が保管されている。今では唯一の形見だ。何かあっては、泣くに泣けないからな」

 オヤジはどこか遠くをみる視線を送った。

「そういうことが……。わかった、やってみよう」

 俺が杖を持ち直すと、オヤジは頷いてソファから立ち上がった。

「現場まで案内しよう。ついてきてくれ」

 俺はオヤジのあとに続いて、応接室を後にした。


 問題の第三倉庫は地下にあった。

「ここがそうだ」

 鍵を開け扉を開いてオヤジがいった。

「……こりゃ、面倒だと思うぜ」

 俺はオヤジにいった。

「やはり、そう思うか?」

 オヤジはため息をついた。

 部屋に積まれた荷物の間に、全身が妙に光っている少女がいた。

「ありゃ、あんたの娘だろう。ゴーストか……」

 そう、それは荷物の持ち主だったはずの、このオヤジの娘の霊体……まあ、ゴーストだった。

「まあ、やるだけやってみよう。なるべく、穏便な手段を取るから、安心してくれ」

「ぜひ頼む。私はここで見ていよう」

 オヤジは入り口に立って、様子をみる事にしたようだ。

「さて、どうしたものか……」

 ゴーストを霧散させる魔法はあるが、それは最終手段だった。

「あっ、猫さん!!」

 少女のゴーストが喜びの声を上げた。

「あ、あれ、動けない……」

「動けないだろう。物に縛られているからな……」

 一人呟き、俺は少女のゴーストに近寄っていった。

「安心しろ。俺の方からいく」

 俺は少女の足下に近寄った。

「可愛い!!」

 少女はしゃがみ込み、俺を撫でた。

「気が済むまでそうするといい」

 少女のゴーストはしばらくそうしたあと、俺を抱きかかえようとした。

「あ、あれ……」

「残念だが、それが今のお前だ」

 俺を抱きかかえようとした少女の手が、そのまますり抜けてしまった。

「私、どうしたの?」

「俺の口からはいえないが、特別な状態だといっておこうか」

 少女はしばらく自分の両手を見つめていた。

「そっか、思い出したよ。私、馬車に轢かれて……」

 少女のゴーストは、また俺を撫ではじめた。

 無論、撫でられている感覚はない。

「残念だな。やりたいことたくさんあったのに……」

「泣きたければ泣け。気が済むまで付き合ってやる」

 少女のゴーストは、しばらく声もなく泣く素振りをみせたが、程なく笑みを浮かべた。

「もう思い残す事はない……っていうか、思い残す事ができちゃうから、綺麗に消しちゃってくれるかな。最後のお願い!!」

「……いいのか?」

 俺が聞くと、最後に頭を撫でた。

「いいよ、綺麗にお願い!!」

「……分かった」

 俺は素早く呪文を唱えた。

「『浄化』」

 杖が光ると同時に少女の体がパッと散って消えた。

「……まあ、こんなところか。二度と戻る事はない」

 俺は杖をシュルシュルと回して持ち直し、入り口で泣いていたオヤジに声を掛けた。

「アンタの方がダメージが多きそうだな。こんな中途半端な仕事だ。依頼料は減額して構わん。俺ほとんどなにもしていないからな」

 俺はオヤジをおいて、勝手に応接室に戻った。


「おいおい、どういう風の吹き回しだ?」

「娘の最期を看取ってもらったといっていい。このくらいしかできぬがな」

 依頼料は八十万クローネ。

 これだけでも破格といっていい金額だったが、それがいきなり三倍になったのだ。

「いくらなんでも取り過ぎだ。せめて半分でいい」

「そうはいかん。私が納得できないからな」

 まあ、押し問答が続いた挙げ句、強引にその金額が書かれた小切手を押し付けられた。

「い、いや、かえって申し訳ないな」

「なに、私の勝手だ。気持ちとして受け取っておいてくれ」

 オヤジに感謝されながら、俺は屋敷を出て一度レストア亭に戻った。

「タンナケット、散歩でもしてたの?」

 帰れば、ミーシャがなぜか腕立て伏せをしていた。

「い、いや、小遣いを稼ぐつもりで一仕事したら、こんな事になってしまったのだ」

 俺は小切手をミーシャに見せた。

「に、二百四十万クローネ!?」

 ミーシャの叫び声が、俺の耳に突き刺さった。

「うむ、小遣いにしては多すぎる。そこから10%はとある相手に支払わねばならぬが、残りはどうしたらいいだろうか?」

 あまりに大金過ぎて、どこか魂が抜けてしまった。

「馬鹿者、普通に財布に入れておくに決まってるでしょ。なんだよ、そんな稼ぎ口があったら、教えてよ!!」

 ミーシャは半ば呆然としていた俺を抱きかかえた。

「さっさと銀行に行くよ。不渡りでも出されたら嫌だからね!!」

 そのままミーシャに連れ出され、俺は街の銀行に行った。


「羨ましいですなぁ。いっそ、愛国債権でも買ったらどうです?」

 銀行の窓口のオヤジが、札束を積み上げながら言った。

「そういうことは、人間がやる事よ!!」

 こういう事は不慣れな俺に変わり、ミーシャが手続きをやってくれていた。

「はい、これで二百四十万です。現金でお持ちになるのですか。定期預金とか?」

「冒険者は現金しか信じないの。またね!!」

 札束を詰め込んだ財布……というにはデカ過ぎる袋をミーシャが担ぎ、俺たちは再びレストア亭に戻った。

「それにしても、ちゃっかりこんな大金稼いでくるなんて、さすがだねぇ」

「いや、稼いだというよりは、勝手に転がり込んできたという感じだな。俺には多過ぎるから、お前が使ってくれ」

 いきなり「鼻ピン」された。

「……痛いぞ」

「そりゃ、痛くしたからね」

 ミーシャはため息を吐いた。

「私にも意地があるの。タンナケットが稼いだ金なんて、びた一文使ってやるもんですか!!」

「……どんな意地だ」

 俺はベッドの上に登り、杖の手入れをはじめた。

「なんか癪だから、私も一稼ぎしてくるかな。一番街の通りが狙い目でさ!!」

 ミーシャは言い残して、部屋を出ていった。

「やれやれ、忙しいヤツだな……」

 俺は苦笑して、杖に特殊な油をすり込んだ。

 これが、休日の一日である。

 まあ、俺たちも迷宮探索ばかりやってるわけではないのだ。

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