第6話 これが迷宮探索1ソーティ

「やっとっていえば、やっとだな……」

「タンナケット、ボンヤリしない!!」

 階段を下り、いきなりそこに鎮座していたのは、ゴーレムという土塊でできた動く魔法人形だった。

 これも説明不要かもしれないが、これは様々な材質を使い魔法によって生み出されたもので、様々な目的に使用されるものだ。

目の前にいるのは粘土を使ったクレイゴーレムという、実にオーソドックスなものだった。

「ふん、ただデカいだけのウスノロだろうが……」

 実際、通路を埋め尽くすくらい巨体ではあったが動きは遅かった。

「ウスノロって、こんなの剣じゃどうにもならないって……」

 一応、剣を抜いて構えてはいたが、レインは困った様子でいった。

「根性が足りないな。まあ、やってみようか……エア・ブリッド」

 振りかざした杖の先から撃ち出された、握り拳大の空気の塊とでも呼ぶべきものが、ゴーレムの体に大穴を開けた。

 元が粘土なので、この程度の中級魔法で十分ダメージを与えられるのだ。

「くるよ!!」

 ミーシャが声をあげた。

 振りかざされたゴーレムの拳が、容赦なく床にたたきつけられた。

 そこにいたナターシャは、難なくそれを跳んで避けた。

「タンナケット、一撃で仕留めろって!!」

 レインが叫んだ。

「馬鹿野郎、魔法ってのは撃てばいいってもんじゃない。次は、頭でも狙ってみるか」

 俺は同じ魔法でゴーレムの頭を粉々に吹き飛ばした。

「まだ、動くか。ハズレだな」

 頭がなくなったが、それでもゴーレムは拳を振り下ろしてきた。

「うわ!?」

 なぜかゴーレムの動作速度が上がり、床に叩き付けられた拳をギリギリでミーシャが避けた。

「た、タンナケット、いい加減にしなさい!!」

「だから、遊んでいるわけではない。どこかにある核を破壊するのが、一番確実で手っ取り早いのだ」

 ゴーレムには、必ず作成者の命令が書かれた核がある。

 これを倒すには、この核を破壊するのがセオリーだった。

「いいから、早くして!!」

「わかったよ。まあ、あまりスマートではないが……ショット・シェル」

 物理干渉を起こす程高めた魔力が、無数の弾丸となってゴーレムをボロボロに撃ち抜いた。

 そのうちのどれかが核を破壊したようで、ゴーレムはただの土塊に帰した。

「つまらんな。この方法は使いたくなかった」

 俺は杖を持ち直してため息をついた。

「つまってていいんだ。最初からやれ、このボケナス!!」

 ミーシャが俺の鼻を指で弾いた。

「……すっごく、痛いぞ」

「そりゃ、すっごく痛くしたからね!!」

 ミーシャが俺の首根っこを掴んで持ち上げた。

「さて、ガンガンいこう!!」

「馬鹿野郎、ぬいぐるみじゃねぇんだぞ!!」

 俺たちは、さらに奥へと進んだ。


「なんだ、ここは。デカいのばかりだな」

 目の前に現れた魔物は、ヘルムアースギガントという、一言でいえば巨人だ。

 この迷宮の天井までは十メートルほどあるのだが、その天高スレスレに一体の巨人が立っていた。

「よし、こいつなら」

 レインが剣を構え、素早く間合いを詰めるとアキレス腱の辺りを狙って、刃を叩き込んだ。

「か、固い」

 その刀身はザックリと巨人に食い込んだが、倒れる事はなかった。

 しかし、痛かったには痛かったようだ。

 食いこんだ剣を引き抜こうとしていたレインだったが、巨人は足を振るって弾き飛ばそうとした。

「っと!!」

 潔く剣を捨て、レインは安全圏に待避した。

「ムチャするな。待ってろ……グラビティー」

 巨人の体が、床に押しつぶされるように倒れた。

「たまにはね!!」

 飛び出したミーシャが倒れた巨人の首を目がけて、短刀を突き立てた。

「か、固い……」

 しかし、皮膚を少し切った程度で、なんの意味もなかった。

「なにがしたいんだ、邪魔だから退け」

 俺の声に素早くミーシャが待避し、ようやく剣を引っこ抜いたレインが、その体に飛び乗って首の裏に剣を突き立てた。

 ゴキッという生理的に嫌な音がして、もがいていた巨人が動きを止めた。

「戦闘終了ってところか」

 俺は杖を振ってから、改めて持ち直した。

「いやー、やっぱりこれだけ大きいと、腱も頑丈だねぇ」

 再び隊列を組み直したとき、レインが苦笑交じりにいった。

「そりゃ、あれだけの体を支えてるからな」

 俺は鼻を鳴らした。

「……はぁ」

 そして、ため息を吐いたミーシャの顔面に、おれはジャンピング猫キックをお見舞いした。

「……結構痛い」

「そりゃ、結構痛くしたからな」

 俺は小さく鼻を鳴らした。

「変な色気は出すな。お前はお前の仕事があるだろう」

「うん……」

 ミーシャは首を横に振った。

「よし、お前らいくぞ!!」

 こうして、戦闘を終えた俺たちは、さらに地下四階の奥へと進んだ。


「ある意味、ここが通常といえるか。罠は減ったけど、その分魔物が増えた」

「通常じゃないだろう。こんなデカ物ども、もっと深い階層で出るはずだ」

 ちょくちょく魔物に遭遇していたが、その全てがゴーレムか巨人だった。

「まあ、そうだね。ってことは、地下五階はどうなってるやら……」

 ミーシャが、相変わらずメモ書きをしながらいった。

「まあ、なにせ変質してからのデータがないからな。もしかしたら、俺たちが先駆者かもしれん」

「そりゃいい。きっちり地図を作って売ろう!!」

 めざとくミーシャがいった。

「それも一興だな。さて、そろそろ半分くらいか?」

「規模が変わってなければね……ん?」

 ミーシャが小部屋の前で動きを止めた。

「どうした?」

「お宝のニオイがする。この部屋に入るよ!!」

 なにか飛びはねそうな勢いで、ミーシャは小部屋に入っていった。

「お、おい、危ないだろ!!」

 お宝の周りには罠がある。

 定番といえば定番だった。

「問題ないよ。この部屋には罠はない!!」

 中から声が聞こえてきた。

 俺はため息を吐き、そっと部屋に入った。

 レインとナターシャも続いた。

「なんだおい、いかにもだな……」

 そこにおいてあったのは、いかにもな感じの古びたチェストだった。

「うん、誰がどう見ても宝箱!!」

 なにかもう嬉しそうに、ミーシャは早速宝箱のチェックを初めていた。

「一応警告しておくが、罠には注意しろよ」

「誰にいってる!!」

 俺が促すまでもなく、レインがそれとなく剣を抜き、ナターシャが杖を構えた。

「うん、問題ないね。開けるよ!!」

 ミーシャがそっとチェストを開けた。

「なんじゃ、こりゃ……」

 その声に俺はチェストに近寄った。

 ミーシャの肩に乗って中を確認すると、そこには一振りの剣が入っていた。

「おい、レイン。お前の出番だ」

「なんだい?」

 レインが宝箱を覗いた瞬間、その顔色が変わった。

「こ、これって……触って大丈夫かな」

「ちょっと待ってろ……『鑑定』」

 俺は呪文を唱えた。

 中にはヤバい魔法が掛かってるようなものもあるので、迷宮探索には必須の魔法だった。

「……問題ない。普通っていうのも変だが、穏健な魔法が掛かった魔力剣だ」

 俺の言葉に頷き、レインはその剣を手に取った。

「間違いない。『ブレード オブ エクスハデス』だ。穏健っていったけど、ダイヤモンドですら真っ二つにするほど、強力な切れ味強化の魔法が掛かった一点物だよ」

 レインがスラッと鞘から抜いた細身の刀身には、ビッシリとルーン文字が刻まれ、心得がない俺ですら、素直に美しいと思った。

「なんで、それがここにあるかは謎だけど、これがあれば今後が楽だと思うよ」

 嬉しそうにその剣を腰に帯び、レインは満足そうだった。

「なんだ、剣だったか。金塊でも詰まってたら、嬉しかったんだけどな」

「馬鹿野郎、そうそう都合よくいくか」

 残念そうなミーシャにいって、俺は杖を持ち直した。

「よし、いこうか」

「うん!!」

 再びミーシャを先頭にして、俺たちはさらに奥へと進んでいった。

 時々、こうしたご褒美がある。

 だから、迷宮探索はやめられないのだ。


「さて、そろそろ小休止だな。大分、疲労も溜まっただろう」

 何度か巨人どもを倒したところで、俺は全体に声を掛けた。

「はぁ、なんか大きいのばっかりで疲れるね」

 どっかりと床に腰を下ろしたレインに、ナターシャが体力回復の魔法を使った。

 肉体労働のコイツは、とにかく疲れているだろう。

「あなたもです。動かないで」

 俺は言われるままにその場に立った。

 ナターシャが呪文を唱え、体が温かくなった。

「魔力譲渡か……。器用な事をするな」

「はい、この程度しか役に立てないですからね」

 ナターシャは笑みを浮かべ、床に腰を下ろした。

「うーん、このフロアって……」

 紙になにかガリガリ書きながら、ミーシャが唸っていた。

「よし、メシを作ろう。腹が減っては戦ができないからね」

 少し体力が回復したか、レインが愛用のフライパンで調理をはじめた。

「まあ、大丈夫だな。よし、俺は少し寝るぞ」

 全員の様子を見て問題ないと判断し、俺は床に寝そべった。

「うーん……」

 紙から目を離さず胡座をかき、ミーシャは当たり前のように俺をその上に乗せた。

「……指定席か?」

「うん、ここ以外で寝ちゃだめ」

 俺はため息を吐いた。


「おーい、メシができたぞ!!」

 レインが声をあげた。

「よし、俺は猫缶か料理か?」

「ごめん、食材がもう乏しくて、今回は猫缶だよ」

 レインが開けようとし猫缶を奪い、ミーシャが缶切りで開けた。

「はい、どうぞ!!」

「なんでもいいが、その行動に意味はあるのか?」

 一応いってから、俺は猫缶に頭を突っこんだ。

「こ、これは、まさかのPlatinum!?」

「特売で一個だけ残っててね。買っておいたんだ」

 全ての猫缶の頂点に立つPlatinum。

 その味、香りともに他の追随を許さない至高の逸品である。

 セレブ猫御用達のこれを、俺が口にすることは滅多になかった。

「勿体ない、ゆっくり食おう……」

「タンナケットって、たまにそういう所あるよね……」

 ミーシャが苦笑した。

「よし、僕たちは普通に食べよう。それと、いいにくいんだけど、食料の残りがもう心許なくてね。節約すれば、地下五階の探索くらいまでは大丈夫だと思うけど」

 主に食料管理担当でもあるレインが頭を掻いた。

「なら、迷うことはない。このフロアの探索が終わったら、一度地上に引き返すぞ」

 ついつい先に進みたくなるが、これが命を落とす最大の原因だ。

 じっくり攻めていく。

 これが、迷宮探索の心得の一つだった。

「分かった!!」

 ミーシャが勢いよく返事した。

「タンナケットの判断なら間違いないだろう」

「はい」

 残るレインとナターシャも頷いた。

「よし、もう少し休憩したら出発だ」

 しばらく休憩した俺たちは、引き続きこのフロアの探索を続けた。


「まあ、こんなところかねぇ」

 粗方フロアの探索が終わり、変質した迷宮の地下四階までのマップが完成した。

「よし、引き返すぞ」

 こうして、俺たちは地下四階から地上に向けて、来た道を引き替えした。

 すでにマップがあるので、そう苦労はせず地下三階に上がった。

「……ここばかりは、大変なんだよね」

 いわずと知れた地底湖と化した地下三階。

「よし、浮島作戦でいくぞ」

 俺は呪文を唱え、氷の浮島を作った。

 ナターシャが結界を張って冷たさを緩和したのち、俺たちはそれに飛び乗った。

 すると、待っていたかのようにウンディーネが顔を出した。

「また、お前か?」

 ウンディーネは頷き、笑顔でちゅ~るを差し出してきた。

「運び賃といったところか……」

 俺がそれを食うと、ウンディーネはゆっくり浮島を押して進みはじめた。

「き、気にくわないけど、この場合はありがたいからね……」

 忸怩たる思いがにじみ出ているミーシャがいって、機嫌悪そうに胡座をかいた。

「俺が悪いわけではないからな。一応、いっておくぞ」

「……」

 どうにも、ミーシャの機嫌がよくなかった。

「……まあ、いい。放っておこう」

 その間にも浮島は進み、地下二階への階段へとたどり着いた。

 そっと俺の頭を撫でて、ウンディーネは水中へと消えていった。

「あああ、ムカつく!!」

「落ち着け、頼むから……」

 こうして、今のところ最大の難所である地下三階を抜けた俺たちは、順調に地下二階と一階を抜け、地上へと戻った。

 迷宮あるあるなのだが、今が何日過ぎたか正確には分からない。

 太陽の位置から判断して、何日目かの昼過ぎだった。

「よし、いつも通り二週間の休暇だ。鋭気を養っておけ」

 駐車場の馬車に飛び乗り、レインの運転で街に戻った。

 レストア亭の部屋に帰ると、俺は杖の手入れをはじめた。

 そう、これが迷宮探索のワンクールだ。

 この繰り返しで、ジワジワ奥に進んでいくのである。

 とにかく、地味な行動の繰り返しなのだ。

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