第4話 リベンジの迷宮

「さて、気を引き締めていこうか。もう、ここは今までの迷宮だと思うな」

 ここだけは変わらず遊園地みたいな地上一階をさっさと抜け、俺たちは地下一階に下りた。

「もう一回、きっちりマッピングし直すよ。どうも、妙な感じがするし」

 ミーシャが紙を挟んだクリップボードを取り出した。

「うん……さて、いこうか」

 どこか緩んでいた空気はない。

 この迷宮探索で最大の敵は、ちょこちょこ出現する魔物ではなく、巧妙に仕掛けられた罠だった。

 一歩一歩が、下手すると命がけだ。

 この迷宮に入ってそれなりの経験を積んでいれば、誰でもこんな気分になるものだ。

「……やっぱり、罠の配置が全部変わってる」

 まだ地下一階に下りて数歩も歩いていないが、ミーシャの鋭い鼻が異常を感知したようだ。

「これは僕の勘だけど、多分魔物も増えてるね。簡単には進ませてくれないと思うよ」

 レインが緊迫しているわりには、どこかのほほんとした声でいった。

 まあ、コイツはこれでいい。

「一応、やっておきましょうか……」

 ナターシャが簡単な防御魔法を使った。

 うっかり罠にかかった時の、最低限の防御策だった。

 そんな厳戒態勢でゆっくり進んでいく。

 ミーシャが紙になにかガリガリ書き込みを入れていた。

「うーん……」

 なにか唸りながら、ひたすら書きながら先頭を歩き、時々立ち止まっては壁や床に触れていた。

「構造自体は変わってない感じだね。罠だけが増えてる上に、場所が変わってるかな。うっかり、変な所に触らないでね」

 ミーシャに警告されるまでもなく、俺たちは慎重に足を進めていた。

 結局、今までの倍以上の時間をかけて、俺たちは地下二階への階段にたどり着いた。

「タンナケット、気がついた?」

「ああ、魔物が出ないな」

 ミーシャに聞かれ、俺はすぐに答えた。

「なるほどねぇ、罠があるから魔物はいらないってことか」

 レインが呟くようにいった。

「逆ね、罠があるから魔物が邪魔なの。せっかく仕掛けたのに、魔物が作動させたら意味ないからさ」

 ミーシャがため息交じりにいった。

「地下一階でこうなると、二階以下はどうなっているやら……」

 ナターシャが落ち着きなく自分の杖を弄りながらいった。

「まあ、そうビビるな。俺たちにとっちゃ、こんな楽しいことはないだろう?」

 俺の言葉に、ナターシャは頷いた。

「よし、それでいい。さて、待望の地下二階といこうじゃないか。ミーシャ、階段は問題ないか?」

 よくある手口だ。

 絶対に通る階段は、罠を仕掛けるには絶好のポイントといえた。

「ここから分かる範囲では、特に問題はないよ。慎重にね」

 まるで自分にいい聞かせるようにいいながら、ミーシャはゆっくりと階段を降りていった。

 何気ないことではあるが、迷宮探索で先頭を歩く者は、罠で死亡する確率が最も高い。

 誰にでも出来ることではなかった。

「全く、階段ですらこれだけ疲れるとはね」

 ゆっくり歩きながら、俺はそっと苦笑した。


 ゆっくり階段を下り、着いた二階フロアでいきなり小休止を取った。

「よし、気分転換だ。なにか美味いものを作ろう!!」

 レインが愛用のフライパンを取り出し、なにやら調理をはじめた。

 どれだけ鍛えても、緊張感などそう長い時間持続出来るものではない。

 こうして節目節目で休憩を挟む事は重要な事だった。

「それにしても、ますますこの迷宮は謎だなぁ。誰が難の目的で……」

 クリップボードに書いたメモ書きを見直しながら、ミーシャが頭を掻いた。

「それは、懲りずに探索を続けていれば、追々分かってくる事だろう。今目の前にある目的はメシだ」

 俺は苦笑して、勝手にレインの荷物から猫缶を取り出した。

「……」

「はいはい、開けてあげるから」

 無言で猫缶を見つめていたら、ミーシャがそれを開けてくれた。

「……さすがに、よく分かるな」

「当然!!」

 残念だが、猫の俺に猫缶は開けられない。

 どうしても、誰かの手助けが必要だった。

「うむ、礼をいっておこう」

 猫缶に頭を突っこもうとしたら、取り上げられた。

「ありがとうは?」

「……ありがとう」

 ミーシャはニッコリして猫缶を置いた。

「最初からちゃんとお礼しなさい!!」

「……心得ておこう」

 これが、俺が猫である故の悲しさだった。

「おーい、出来たぞ!!」

 どうやら、人間チームのメシも出来たようだった。

「あれ、猫缶でいいのか。今回は、タンナケット用にも作ったんだが」

「……そういうことは、早くいえ」

 まあ、猫缶で満腹に近かったが、せっかく作ってもらって食わないわけにはいかなかった。

「ガラでもない事いうぞ……ド根性!!」

 俺はレインが作ってくれたメシを一気に平らげた。

「む、無理しなくても……」

「馬鹿野郎、捨てたらもったいないだろうが……うっぷ」

 俺は溜まらず、その場にひっくり返った。

「あーあ……こんな場合の回復魔法、なにかありましたかねぇ」

 呆れ顔のナターシャがなにか呪文を呟いた。

 猛烈な胃もたれが収まり、俺はなんとか立ち上がった。

「やはり、無理はするものではないな……」

「今さら気がついたんかい!!」

 ミーシャのツッコミが入り、全員が笑った。

「全く、体を張って頑張らなくても……」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「……チッ、見抜いてやがったか」

「当然、なんでも分かるぞ!!」

 ミーシャにはどうにも勝てない俺だった。

「よし、リラックスしたら出発するぞ」

 俺の声に全員が立ち上がったのだった。


「うん……ここも構造自体は変わってないね。魔物はなく、狂ったように罠が増えてる」 構造が変わってないとすれば、今は地下二階の半分といったところか。

 確かに、罠はふんだんに仕掛けられていたが、そこそこの頻度で遭遇していたはずの魔物の数は減っていた……というか、全く出現していなかった。

「ある意味で効果的だな。魔物なら魔法で粉砕できるが、罠となるとそうはいかない」

 俺は手にしていた杖を撫でた。

「なかなか底意地悪いな。この迷宮、実はタンナケットが操作してるとか?」

 レインが失礼な事をのたまった。

「おい、俺がいつから底意地悪くなったんだ?」

「気がついてないのか。時々、変に意地が悪いぞ」

 ……さて、そうだったか。

「それは気のせいだ。俺のウイットに飛んだジョークを見抜けない方が悪い」

「ジョークも場所を考えてくれ。分かりにくいし……」

「まあ、そんな事はいい。集中しろ」

 俺は鼻を鳴らして、前方を見据えた。

「ミーシャ、どうだ?」

「うん、罠は多いけどどれも単純なものだね。ボンヤリしていなきゃ、問題はないかな」

 ミーシャはクリップボード上の紙を見ながらいった。

 今までは踏破済みとして通過していた小部屋も見てまわったので、それなりに時間は掛かったが、俺たちは地下三階に下りる階段に到達した。

「さて、下は湖だ。ここで休もうか」

 なにしろ、延々と神経を張ったあとだ。

 大きく変わっていなければ、地下三階は休める場所がほとんどないはずなので、今のうちに休んでおくべきだった。

「今回は大休止だ。そろそろ、そんな時間のはずだしな」

 つまり、これはここで本格的な睡眠を取る事を意味した。

 時計などという便利な機械もあるらしいが、生憎そんな大層な代物を誰も持っていない。

 ここは、冒険者の勘というやつだった。

「よし、晩ご飯を作ろうか。十分待ってくれ」

 レインが例によって調理をはじめた。

 それができるまでの間、床に胡座をかいたミーシャが俺を抱きかえ、その背中をナターシャが撫でていた。

「……俺を猫扱いするんじゃねぇ。とかいってみた」

「いやいや、誰がどうみても猫だ!!」

「はい、猫は猫です」

 ……まあ、リラックスできるなら、それもよかろう。

「ねぇ、可愛い服を作ってみたんだけど……」

「はい、暇でしたので」

 ナターシャが背嚢をゴソゴソやって、その物体を取り出した。

「……なんで、ピンク主体なんだ。それ以前に、俺は服なんかいらないぞ」

「可愛くていいじゃん。ジタバタするなよ!!」

「はい、これをこうして……」

「ば、馬鹿野郎!?」

 ……ひでぇ。

「はい、出来た。思ったより違和感ない!!」

「はい、いい感じです」

「……これ以上の羞恥はあるまい」

 ……タンナケットは可愛い服を装備した!!

「ちなみに、ミスリル繊維だから防御力高いよ!!」

「はい、奮発しました」

「馬鹿野郎、無駄遣いするな!!」

 ……可愛い服、防御力+八十五。

「飽きたら脱がせてあげる!!」

「はい」

「……ここは、猫のプライドは捨て、リーダーとして我慢すべきなのか」

 俺が呟くと、ミーシャがそっと抱きしめた。

「……いいだろう。このまま、大人しく着ておいてやる」

「うん、それでこそタンナケットだ!!」

 そこに、フライパンを片手にレインがやってきた。

「メシができたんだが。タンナケットも大変だな」

「……同情するなら脱がせてくれ」

 こうして、俺たちは大休止に入った。


 ここで本格的な睡眠となるのだが、全員で一斉に寝てしまうほどボケてはいない。

 特にルールは定めていないが、起きた者が起きているヤツと交代するという感じで、三人が寝息を立てる中、俺は一人神経を張っていた。

 魔物の気配はないが、だからといって安全ではない。

 ある意味、もっと危険ともいえる、他の冒険者という存在があった。

「まあ、全員がそうってわけじゃないがな……」

 一人呟き自慢の耳に神経を傾けた。

 冒険者といっても、別に正義の味方ではない。

 中には、追いはぎに毛の生えたような連中もいるのだ。

「ああ、タンナケットが起きていたんだ。起きたから交代だ!!」

 元気野郎ことミーシャが起き出した。

「よし、頼んだぞ」

 ミーシャとバトンタッチして、俺は床で丸くなった。

「ああ、タンナケットの指定席はここ!!」

 ミーシャが胡座をかき、そこに俺を引っ張りこんだ。

「いざって時は投げ飛ばすから、安心して!!」

「……」

 俺はなにも答えず、そのまま睡魔に任せた。

 結局、なにトラブルはなく、大休止を終える事ができた。


「よし、目が覚めたら地下三階だ。いうまでもないが、ここはちょっとやりにくい。気を付けてくれ」

 俺がいうと、三人が頷いた。

「それじゃ、ついてきて。階段に異常はないよ!!」

 俺はミーシャの肩に飛び乗った。

 こうして、俺たちはゆっくりと階段を降りた。

 前回、間抜けにも途中で外に弾き飛ばされてしまった地下三階だ。

 今度は、ちゃんとしないとな。

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