チェンジリング・3


 緑茶を3人でずずず……と飲む。

 カエンがレインににらみを利かせたままである。

 スコン! と同時に茶碗を置いて、3人もじーっと見つめあった。


「あなたの企みを今日こそ暴くわ!」


「別に企みなんて……。僕は、ただ、早く君が諦めたほうがいいと思って……」


 火花が散りそうなアガサの視線と、それを消火するファビアンの瞳。その中にあって、イミコだけがしんみりしていた。


「でも……ファビアン。あなたがわざわざそんなことをしなくても、このままだったら、明後日の試験は不合格なの。アガタは火をつけられないし、フレイはどこかに消えちゃっているし。あなたは、何もしなくてもいいはずなのに、どうして?」


 アガサは、たらりと汗をかいた。


「イ、イミコ。私はまだ、まったく諦めていないんだけど」


「明後日の試験が終わったら、諦めていなくても諦めます」


 カエンが、目を白黒させているイミコのかわりに言葉を続けた。


「あ、諦めないわよ! 私!」


 アガサは叫んだ。


「でもね、アガタ。ジャンジャンも、諦めたほうがいいんじゃないかって……」


「な、何ですってえええ!」


 どうやら諦めモードに入っていないのは、アガサ一人だけらしい。

 フレイを先頭にみんな揃って諦めなのだ。


「だって……。ジャンジャンの話だと、フレイの本当のソーサリエの子がいるって話だもの」


 イミコは、今日聞いた話を恐る恐るしてみた。


「だから、フレイは、自分は封印を受けて、その子には新しい精霊がつくようにしたいんだって」


「がーん!」


 アガサはショックを受けた。

 それでフレイは、何度アガサが呼びかけても答えなかったのだ。


「フレイは、千年蘇らないつもりなんだって……」


 イミコの言葉に、アガサはすっかりしょげてしまった。


 そのすきに、ファビアンがそっと窓へと近寄っていくのを、カエンは見ていた。


「レインは、ロウソク風呂にでもお入りなさい」


 突然、水の精霊をふんずかまえると、あっという間にロウソクに突っ込んだ。


「あれー!」


 か細い声で叫んだかと思うと、レインはあっという間に蝋人形になってしまった。

 完全に羽も動かせず、精霊としての力を発することはできない。


「さて、これでファビアンも空を飛んでは帰れないわけです」


 アガサとイミコが気がつかないうちに、ファビアンは窓に足を掛けていた。が、ピクリ……と眉をしかめると、再び足を下ろした。

 アガサは思い出した。


「ファビアン。たしか、あなた……フレイを引き取るっていったわね?」


「そうだったかな?」


「そうよ! だから、フレイは死なない。だから、諦めなさいって」


「言ったかな……」


「言ったわよ!」


 何だか陰謀の香りがする。アガサは鼻をひくひくさせた。


「フレイ! 聞いた? 私が試験に落ちたって、あなた、消えないのよ? このファビアンの精霊になるだけなんだから! あなたの本当のソーサリエを助けることになんかならないんだから!」


 アガサは、部屋の至る所に向かって叫んだ。


「こんなヤツの言いなりになっていいわけ? 私と離れてもいいわけ? 一緒に試験に受かろうよ! そして、本当のソーサリエを探そうよ! フレイ!」


「こんなヤツって……僕は!」


「いいからあなたは黙っていて!」


 アガサにすごまれて、思わずファビアンはうなずいていた。


「おーい! フレイ! 聞いているの? 聞いているのかよ!」


 アガサはイライラと叫ぶ。

 その横で、イミコも固まっていた。


「……アガタって……あんなに口が悪かったかしら?」


「ソーサリエは、ついている精霊に影響を受けるから……」


「ど、どーゆーことだよ、てめぇ………」


 かすかな声が、空中に響いた。

 消えるか消えないかの、ゆらゆらしたフレイの姿が、アガサの鼻先に浮かんだ。だが、話しかけた相手は、ファビアンにだった。


「なんでおいらが、このいけすかねー水のソーサリエにつかなければなんねーんだよ?」


 フレイがゆらゆらしながら、ゆっくりと言った。まるで、精霊の幽霊のようである。


「それは……マダムの意向ですね」


 ファビアンは、落ち着き払って言った。


「マダムは、僕を無のソーサリエとして、後継者にしたい。だから、フレイに恩赦を与えて、僕にくれると……」


「おいら、マダムとは長いつきあいだけれど、その話には、どこか陰謀を感じるぜぇ?」


 恨めしそうな顔で、フレイがぼそっと漏らした。

 何やら元気がない分、火力が弱いのか、余計、背後におどろおどろした空気の流れが見える。ぶすぶすくすぶっているようである。


「ちょっと! フレイ。あなた、ホラー映画みたい!」


 思わずアガサが声をあげたが、透き通ったフレイは、くるり……と、首を180度曲げてみせた。


「そ、それって……。ちょっと不気味だから、やめてよね」


 やっと現れてくれたフレイに、何となく素直に喜べないアガサであった。

 アガサの希望を聞き入れることなく、フレイはにったり不気味な微笑みを浮かべた。


「読めたぜ、てめー。おいらの力を利用したくて、マダムと何か取引したな?」


「取引なんて、する材料もないね」


 ポーカーフェイスで、ファビアンも笑い返す。

 何やらピリピリした空気の中、アガサとイミコはなす術もない。が……。


「ああ、もしかして? そういうこと?」


 突然、イミコが言い出した。


「え? 何? 何よ?」


 アガサが、小さなイミコの声を聞き取った。


「あのね、私、とても不思議だったの。だって、ファビアンがわざわざここに来て、アガタを諦めさせようとするわけがわからないじゃない?」


 イミコは、そこまで言って、口をつぐんだ。が、カエンが続きを言ってくれた。


「どう考えても、アガタが火をつけられて入学許可がおりるとは思えません。今のままだと、間違いなくファビアンの思いのまま。なのに、わざわざ、ブローニュ殿がアガタを諦めさせようと、こんな危険を冒してここに来るのは不思議です」


「ずーん……」


 アガサは、思わずうなだれた。

 確かに、今のままでは、どう考えても入学許可は降りそうにない。火がつけられるはずもないし、マダム・フルールだって、アガサの入学を許可したくないはず。


「でも……もしも、マダムがアガタを入学させてもいいって考えていたとしたら?」


 イミコの言葉に、一瞬、ファビアンの眉がピクッと動いた。それを、フレイが見逃すはずはない。


「へ? そうか。マダム・フルールは、テメーとの取引を嫌って、アガタの入学を許可する可能性がある。だから、テメーは念には念を入れて、アガタを諦めさせようと、必死に工作しているってわけだ」


「考えすぎもいいところだ。マダムは、純粋に僕を後継者として、買ってくれている……」


 と、言いつつも、ファビアンの顔色は、みるみる青くなった。


「へ、図星だろ? ポーカーフェイスもそこまでだぜ!」


 フレイはすっかり元気になって、腰に手を当てて、ファビアンを見下ろしていた。そう、見下ろしていたのだ。


「そ、そうじゃない!」


 ファビアンは、ますます慌てた。

 氷の王子と言われる彼が、すっかり動揺している姿にも、アガサはちっとも同情をおぼえていなかったのだが……。


「アガサ!」


 急に名前を呼ばれて、思わずきょとん。

 それどころじゃない。ファビアンは、突然アガサのほうへ駆け寄り、いきなり肩をつかんだ。


「やめろ! 止めるんだ!」


 熱っぽい目に一瞬どきん。

 でも、本当にそれどころではなかった。


「アガサ! 君が抑えないと、フレイが爆発する!」


「え? ええええ!!!」

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