フレイの憂鬱・3


 ジャン‐ルイが、ロウソクを持ってきた。

 机の上に置いたとたん、ぽっと灯が灯り、みんなが一斉に声をあげたが……。


「ごめん、今のは僕の予行だよ」


 あっさりとジャン‐ルイが言った。

 火は、全くついていない状態からつけるよりも、消えて煙が上がっているくらいのほうがつきやすい。ロウも気化しやすくなっている。


「さあ、今度はアガタの番だ」


 誰もが息を飲んだ。

 アガサは、ロウソクに向かい合い、そっと手をかざした。

 感じないフレイを捜し、気を合わせるようにして……。目を閉じた。


「さあ、お願い。フレイ。ロウソクに火をつけて」


 5秒、10秒、20秒……。

 1分、2分……そして5分。


「やっぱりだめだわ!」


 ついに、アガサは机に顔をぶつけるようにして、泣き出した。

 ごつん! と音がしたが、先ほど貼ったバンドエイドのおかげで怪我はしなかった。


「どうやら……やっぱりフレイは消えちゃった……ということみたいですね」


 カエンが、呆然としているイミコの回りを飛びながら言った。

 アリが、アガサを支えるようにして、助け起こした。

 ジャン‐ルイも腕を組んだまま、何も言わない。


「やっぱり。私、ソーサリエじゃないからなんだ。ファビアンが言うように、赤毛のアガサ・ブラウンなんて、初めから存在していないんだ! 金髪のアガタが本物で、私は偽物なんだ!」


 ここでの『アガサ』も、他の人の耳には『アガタ』に聞こえたのだが、ジャン‐ルイには、その違いが気持ちでわかった。


 ……と、同時に。


「ファビアン? 彼が何か言っていた?」


「私は、ソーサリエじゃないって……」


「……って、その前に……」


「本当のアガタは、金髪なんだって」


「金髪?」


「私の家族は、皆、金髪なのよ! だから、私だけが取り替えっ子だったの!」


 急に子供の頃の悩みが、アガサの頭を駆け巡り、耐えきれなくなった。

 アガサは、そのままアリにしがみついて泣いた。

 アリは、よしよし……と言わんばかりに、アガサを抱きしめていた。


「ああ、かわいそうな私の美しい人。その苦しみを、私もいっしょに受け止めてあげましょう。そして、我が手で癒して差し上げましょう」


 まるで、二人だけの世界に至ったようである。

 が、その外で、ジャン‐ルイはひとつの確信に至っていた。


「……そうか! どうやらフレイの落ち込みの原因がわかったぞ!」


 目を輝かせるジャン‐ルイの横で、イミコが涙を拭いていた。


「でも、今更わかったところで……。もう、フレイは存在していないのに」


 ジャン‐ルイはにっこり微笑んだ。

 まるで、その場にはふさわしくないような、楽しそうな顔だった。


「アガタ。フレイはまだここにいる。弱りすぎて、火がつかなかっただけだ」


「へ?」


 アリとアガサは、きょとんとしてジャン‐ルイを見た。

 二人だけの甘くも切ない時間は終わった。フレイが生きていることが嫌だったわけではないが、さすがにアリの顔が曇った。


「どうしてです? あなたは、火がつかなかったらフレイはいないと言ったばかりではないですか! どこにフレイがいるんですか? これ以上、悲しみを深めるような希望を、アガタ姫に持たせないでください」


 ジャン‐ルイは、再びアガサに近寄ると、今度は燃えるような真っ赤な髪に触れた。


「証拠はこれ。アガタの髪は赤毛だってこと」


 ますますわけがわからない。

 誰もが、不思議そうな目で、ジャン‐ルイの言葉に注目した。


「どうして私の髪が赤いと、フレイが生きているの?」


「君は、もともと金髪だからさ」


 誰もが、えーーー! と、声をあげたが、先ほど金髪碧眼の自分に会っていたアガサは、驚かなかった。


「アガタは元々金髪だった。でも、ついた精霊の力のせいで、赤毛にすり替わったんだよ。つまり、フレイの力がアガタを赤毛にしている」


 ジャン‐ルイは、アガサの髪の毛をくるくると指先に絡めた。


「つまり……フレイの力は、アガタにいまだ及んでいる。フレイはどこかにいるってことだ」



 そういえば……。


 フレイと離れた時、金髪だった。フレイが現れたとたん、赤毛に戻った。

 それって、ファビアンの魔法かと思っていたけれど……。


「ソーサリエのマントには、かすかだけど別属性の力を遮断する働きがある。いくら制御ができるといっても、いざという時のためにね。だから、ファビは君にマントを貸してフレイの力を遮ったんだと思う」


「それで私、金髪になったんだ」


「ああ、黄金の髪のアガタ姫も美しいかも……」


 アリの言葉を無視して、アガサはジャン‐ルイに詰め寄った。


「ねえ、じゃあどうして? どうしてフレイは消えちゃったの?」


「おそらく、フレイはマダム・フルールの指摘を信じていなかったんだろうと思う。自分は、アガタにつくべき精霊だったと信じてここまで行動していたんだ。でも、アガタが金髪だったと知って、その自信が覆ってしまったんだ」


 アガサは目を丸くした。

 確かに、フレイは『自分が間違えた』と言われてショックを受けていた。だが、その後は比較的元気に、一生懸命、アガサと火をつけることを研究していた。


「ソーサリエじゃないって確信していたら、フレイほどの精霊が、そんな無駄な努力をするはずがない。フレイは、ずっとアガタを自分のソーサリエだって信じていたんだ」


 アガサも、妙に心が沈んでいった。


「……ってことは……やっぱり違うってこと?」


「残念ながら……違うんだろうな」



 ――すべてが、否定された気分。


 アガサはソーサリエではなく、この学校にいるべきでも、フレイといっしょにいるべき存在でもない。

 何もかもが消えちゃって……。


「だから、フレイは消えちゃったんだよ」


「……私も消え去りたいくらいだわ」


 アガサはしょげた。

 でも、うつむいた瞬間に、燃えるような自分の髪が目に入った。そして、先ほど見た黄金の髪も思い出した。


「でも、私は消えない。だって、本来がどうであれ、今の私は、赤い髪をして、この学校にいるの。そして、フレイといっしょにいるんだわ!」


 誰もがおとなしく黙り込んでいたが、アガサの言葉に思わず顔を上げた。


「だいたいね、たったひとつの間違いを気にして、くよくよしていたら、何もできなくなっちゃうわ! 間違ったら間違いをいい方向に持っていくよう、正しいことをしている時よりもがんばらなくちゃいけないのよ!」


 アガサの中に、メラメラと闘志が湧いてきた。

 ファビアンの考えにはついていけなかったけれど、彼の考えを聞いたおかげで、自分の気持ちもはっきりしたのだ。



 ――ソーサリエじゃなくたって、私は負けない!



「フレイったら、出てきなさいよ! 間違っていたっていいじゃない! これからそれを修正すれば! それとも、そこでいじけて留まって、消え去りたいの? それならそれでも、私はかまわないわよ!」


 アガサは部屋のあちらこちらに向かって叫び始めた。


「あなたが私に教えてくれたんじゃない! そこで留まっても何も解決しないんだって! それは嘘だったの!」


 怒鳴り散らすアガサに、さすがに気になったのか、イミコが止めに入った。


「ねえ、アガタ。もういいじゃない。フレイは、ショックだったのよ。自分がとってもイカす精霊だと自信を持っていて、それが全然自分だけがそう思っていただけで、実はおっちょこちょいで、大きな間違いをして、それに気がつくこともなくて、人に指摘されて、それでも信じることができなくて……。そんな中で、やっぱりあなたが間違っているって、本当のことを突き付けられたら? 自信過剰のフレイなんだから、ショックで死んでしまっても許してあげなくちゃ……」


 とても優しいイミコである。

 大真面目に、うるうる涙で、フレイのことを心配してくれているのである。

 だが、その内容は、さすがのアガサも申し訳なくて言えないような、きつい内容だった。

 思わず近くにいたジャン‐ルイが苦笑した。


 しかし、その瞬間。


「バカヤロー! おいら、そんなんじゃねー!」


 突然、火が着き損ねたロウソクに火が灯り、フレイがその上に現れた。

 かなり弱い光で、ゆらゆらしている。


「おいら、おいら……そんな、情けない精霊じゃないぞ! だがな、おいら、もう、アガタに責任はもてねーんだ! バカヤロー!」


 フレイは泣き叫んだ。

 そして、そのとたん、再びパッと火が消えて、姿が見えなくなってしまった。

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