フレイの憂鬱・2


 フレイは、頭の大きさが半分になっていた。

 それもそのはず、いつも元気に跳ね上がっている髪の毛は、まるでぬれねずみのようにぺったりとなっている。

 しかも、チョウチョのようにピンと伸びた四枚の羽も、まるで、蛹から抜け出したばかりのように、しなしなになっていた。

 色も心無しか黒ずんでいた。

 全然、いつものフレイではない。みんなが別の精霊だと思っても、仕方が無かった。


「ちょ、ちょっと! フレイ! あなた、どうしちゃったの?」


 誰もが驚いてフレイを覗き込んだ。

 だが、フレイはますます縮こまり、ぺたんと座り込んでしまった。


「みんな……おいらを見ないでくれ」


 と、言われて「はい、そうします」と言うメンバーは誰もいなかった。それどころか……。


「あなた、何か悪いものでも食べたの? らしくないわね!」


 アガサは大きな声で言い、フレイをひょいと持ち上げた。

 一瞬、あっ……と思ったのは、フレイの食べ物が自分の頭であることに気がついたからである。


「……おいらのことは、放っておいてくれ!」


「と言ってもね、とりあえず、ロウソク風呂に入る?」


 きっと、長い間アガサと離れていたから弱っているんだよ、と、回りでもひそひそ話。誰もが納得していた。

 だが、フレイ本人はちっとも納得していない。


「どうせ! どうせ、おいらは……いじいじいじ……」


 アガサの手の中で、火の涙をほとばせながらわーんわーんと泣いている。

 アガサの顔は、少しずつ赤みを増し、ついに大きな声をあげた。


「ぎゃーーーー! あちちちちちちっ!」


 手を振り回し、ふうふうした。

 その勢いで、フレイはふらふらと床に落ちた。

 バーンがひらひらとフレイに近より、肩を抱きかかえるようにして、助け起こした。


「もうかまわないでくれ! どうせおいらはもう、千年復帰しない!」


 フレイはいきなり怒鳴ると、急にスカッと消えてしまった。それはもう、まるで手品のように見事に。

 あまりにきれいな消え方なので、誰も何も言えず、呆然としていただけだった。


「今のって……何?」


 やっとイミコが言った。


「つまり……フレイは消えていなくなったってことですか?」


 アリが眉をひそめた。


「ちょ! ちょっと冗談はやめてよ! フレイが消えるって、そんな馬鹿な!」


 アガサは、やっと事態の大変さを認識しだして、慌て始めた。


「でも、我が輩の目には、鮮やかに消えたように見えましたがな」


 イシャムがヒゲを撫で付けた。


「きーえた、きえた、フレイが消えた」


 精霊たちが輪になって躍っている。


「ちょっと! あなたたち、やめなさい!」


 アガサの手の一振りで、輪はバラバラになった。


「消えたのは、事実だ」


 ジャン‐ルイまで腕を組んだままである。 


「じゃあ、フレイはもういないって言うの!」


 思わずよろけたアガサを、イミコとアリが支えた。



 ――そんな! そんな馬鹿なことってある?

 私たち、いつもいっしょだったじゃない!

 フレイのバカ!



 しんとした空気に包まれた。

 だが、その静けさを断ち切ったのは、ジャン‐ルイだった。


「フレイは消えたけれど、死んだわけではない」


「どういうことです?」


 アリが不思議そうな声をあげた。


「フレイが死んで火に戻ったとしたら、アガタがそんなに元気であるはずがない」


 ジャン‐ルイが言った。


「でも……アガタ、元気じゃないですけれど?」


 イミコの言葉は、確かに事実だった。今まで、こんなにアガサがしょぼくれていることはなかったのだから。


「でもね、ソーサリエが精霊を失ったとしたら、そんなものではないんだ。生きているのがやっとくらい。立って歩くことも、座っていることも苦しいくらいに、魂が萎えてしまうんだよ」


 何か思うところがあるのか、ジャン‐ルイはうつむいた。


「フレイは、何かショックを受けて、自分の実体を維持するほどの元気がないだけ。この部屋のどこかにはいるはず。アガタの近くに今もいるはず」


 みんながあたりを見渡したが、それらしい気配は感じない。ジャン‐ルイの言葉は、今回は真実味を感じない。


「でも……。もしも、私がソーサリエじゃなかったら? フレイがいなくても弱ることはないんじゃない?」


「もちろん……そうだ」


「じゃあ、やっぱりフレイは消えちゃったんだ!」


 アガサは声をあげて泣き出した。

 ここに来て、ファビアンの言葉がアガサの頭に響いていた。



 ――君は、ソーサリエじゃない。



「違う! 君とフレイは、ずっといっしょにいたんだろ!」


 ジャン‐ルイはアガサの手を取って握りしめた。

 その時、アガサを支えていたアリとイミコが、何となく複雑な気分になっていたのだが、それは置いておく。

 アガサは、泣きじゃくりながらも、ジャン‐ルイの顔を見つめた。


「アガタ。もしかしたら、今ならロウソクに火がつけられるかも知れない。もしも、フレイが本当に消えていたら、火はつかない。弱っているだけなら、火がつくはず」


 アリが、アガサを奪い取るようにして、口を挟んだ。


「で、でも……それは危険じゃありませんか? もしも、火がついたとしたらですよ? 爆発の危険も……」


「爆発はない。ファビの計算では、フレイの力が指先以下なら、暴走を食い止められるはず。今なら爪先ほどの力もない」


 イミコが震えながら言った。


「で、でも……こんな時に? フレイの力が尽きちゃうってことは?」


「もしも火がつけられたら、アガサはこの学校にいられる。火は、希望の火だ。フレイが弱った原因が精神的なものだとしたら、きっと元気になれるはず」


「よっしゃ! アガタ姫! そりゃ、やるしかないだわさー」


 またまたよくわけのわからない訛りで、イシャムが胸を叩きながら言った。


 フレイが生きているなら、火はつく。

 フレイが死んでいるなら、火はつかない。


 何だか、結果を見るのが怖い。

 だが、ジャン‐ルイの話を聞く限り、ここでロウソクに火をつけられないとすれば、フレイはこのまま姿を現さなくなりそうだ。

 あの、自信過剰で元気でそれでいてしっかり者のフレイを呼び戻すには、火をつけるしかない。

 アガサは、大きく呼吸をした。


「やってみる」

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