ファビアンとデート・3


 確かに、誰もファビアンを詮索する者はいなかった。

 特に女の子たちは、声を掛けてこない。逆に引いてゆくほどだ。

 これは、アガサにとって意外だった。

 それにしても……いくら青い裏地のマントを羽織ったとはいえ、アガサのように真っ赤な多毛症の髪をして、赤みがかった目をしていれば、目立つだろう。ここには、水のソーサリエらしいブロンドや銀髪の生徒ばかりしかいない。

 そう思っているうちに、アガサたちは中央エリアに入ってきた。

 フレイといっしょに躍ったツーステップを思い出す。だが、もう二度と、躍る気はない。


「入れないわ、パスがないもの」


 アガサが言うか言わないかのうち、ファビアンは何事もないようにその場所をすり抜けていた。アガサを連れて……である。

 いったい何が起きているのか、全くわからないアガサであった。



 鏡の回廊が続いている。

 アガサは、ふと鏡に映った自分の姿を見た。

 だいたい、アガサはまともな格好でファビアンと会ったことがない。

 美しい少年に手を引かれて歩く自分は、今度こそ、びっくりな姿ではないよね? と、心配だった。


 が!

 アガサは思わず足を止めた。


 これは、髭面パジャマや忍びの姿や、ましてや水着姿以上に、アガサに衝撃を与える姿である。

 いや、衝撃どころか……パニック寸前。

 寸前で留まっているのは、信じられないからである。


「ちょっと! ちょっとまってよ、ファビアン」


 思わず手を振りほどく。

 ファビアンは、何事? という顔をした。


「これはどういう意味? どういう魔法? あなた、私に何かした?」


「何? 何のことだい?」


 ファビアンはすっとぼけているようだ。


「何って! これよ、これ!」


 アガサは大きな声で怒鳴りながら、鏡の中の自分を指差した。



 鏡には、プラチナブロンドをかきあげる黒地のマントのファビアンが映っていた。

 そして、その隣に、やはり水のソーサリエのマントを着た少女が映っている。それは、アガサに間違いなかった。

 だが、燃えるように真っ赤な髪は、見事な金髪だった。そして、目の色は青。


 ――えええ! 私はどこ?

 アガサ・ブラウンはどこに行っちゃったの?



「これって、いったいどういうこと!」


 ファビアンは、おかしそうに微笑んだ。


「君が映っている。それだけだ」


 アガサは苛々した。こんな事は初めてだ。


「これって、あなたの魔法か、私の目の錯覚か、鏡が間違っているしかないじゃない! 答えはどれよ!」


「答え? その中にはないよ。僕の魔法じゃない。君の錯覚でもない。鏡は間違えない」


「じゃあ、なんなのよ!」



 こんなのおかしい! 絶対におかしい!

 アガサはいったいどうなったの?

 この金髪、青い目の子は誰なのよ!



「だから、君。君の本当の姿」


 ファビアンは、素っ気なく言った。


「私の? 本当の姿?」


 アガサはいぶかしんだ。


「そう。ソーサリエではない君の姿さ」


 ファビアンは、鏡の中のアガサに語りかけた。

 金髪碧眼の……美少女、と言いたいところだが、つり目がややたれたくらいで、顔はアガサのままである。

 しかも、開いた口が塞がらず、お世辞にもいい表情とは言えない顔の。


「もしも、間違ってフレイが君に付かなかったとしたら……。君は、金髪で青い目だった。他の家族と同じようにね」



 ――この子は誰の子なんだ?


 家族の中で、たった一人だけ毛色が違う……。

 夫婦喧嘩なんて、ごくありきたりに日常茶飯事なのかも知れない。どの家庭にもあることだろう。

 でも、幼いアガサは傷ついた。自分が、喧嘩の原因になっているような気がして。


 ――なぜ、この子の髪は赤いんだ?


 そう、アガサ以外、家族はみんな、青い目で金髪だった。

 屋根裏部屋で泣きながら、目の前を飛び回る精霊に話しかけた。


『ねえ、あなたは何なの? 私は何なの……? どうしてここにいるの?』


 幼い日々……。


 でも、今のアガサは。


「よしてよ、今更悪い冗談は! 私、アガサ・ブラウンは、こんなんじゃない!」


 ……という訴えも、おそらく『アガタ』になっているのだろう。金髪を振り回しながら、アガサは叫んでいた。

 ファビアンは、おかしそうに微笑んだ。

 こうなれば、いかに憧れの王子様といえど、許しがたい気持ちになる。


「つまり、あなたはマダム・フルールの回し者なのね! よってたかってフレイの間違いを指摘して、私を追い返すつもりなんだわ!」


「心外だな」


 ファビアンは、笑うのをやめ、髪をかきあげた。

 顔に掛かりそうなプラチナの髪を、そっとかきあげるのは、彼の癖らしい。やや気障な感じだが、顔立ちがきれいだと様になる。


「僕は、君の長年の疑問に答えてあげただけなのに……」


 確かに、アガサの長年の疑問だった。だが、何でファビアンがそんなことまで知っているんだろう? まるで、何でもお見通しではないか?

 何だか、ものすごく腹が立つ。


「あなたが教えたいことって、そんな事だったんだ!」


「違うよ、もっと大事なことだ。おいで」


 そう言うと、ファビアンは再び歩き出した。

 アガサは……何だか納得できないような気分だが、彼を後をついてゆくしかない。



 ――おいで、なーんて言われて、何で私がのこのこついていかなきゃならないのよ!

 しかも……顔がニマニマしてくるなんて。



 ふっとファビアンが振り向いた。

 アガサは慌てて顔を引き締め、むくれてみせた。が、視線が外れると、また、顔がにまぁーっと緩んでしまう。

 にま、むっつり、にま、むっつり……を5回ほど繰り返した後。どうやら目的の場所に着いたらしい。

 ファビアンは扉を開けた。


「おぼえている? この場所は」


「おぼえているですって! 私、ここになんか来たことが……あるわ」

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