ファビアンの陰謀・4


 髪の毛を整え終わると、マダム・フルールは立ち上がった。

 同時に、部屋のカーテンというカーテンがぱっと開き、あたりは明るい日差し差し込むもとの部屋となった。


「アガタの精霊・フレイを分断し、あなたに授けましょう。ただし、あの子が万が一、テストに合格してしまったら別よ。フレイをそのままにしてあげる約束だから」


 ファビアンの顔に安堵の色が見えた。


「ありがとうございます。あの子はソーサリエじゃないから、成功しません」


 マダムは、あきれたとばかりに大きなため息をついた。


「私の調べたところによると、あなた、あの子に協力していたんでなくて?」


「協力しました。でも、それで確信しました」


 マダム・フルールはちらりとファビアンの顔を見た。そこには、ミステリーで完全犯罪を企む悪人のような微笑みが見えた。

 それを裏付けるように、ファビアンは言った。


「フレイは僕のものだ」




 ファビアンが部屋を出て行った後、マダム・フルールは再び椅子の上に落ちた。

 引き出しから読みかけの本を出す気にもなれない。


「あーあ、出来過ぎの子ってかわいくないわ……」


 ぽん! と手を叩くと、水の精霊オールが現れた。


「お呼びでございますか? マダム・フルール」


「用事がないときに、私があなたを呼んだことがあって?」


「いいえ、お茶汲みやら、フェイスマッサージやら、花の水やりやら……」


 マダム・フルールは、手を振ってやめさせた。今日はご機嫌斜めなのである。


「ファビアン・ブローニュを調べてちょうだい。ただし、精霊のレインに気がつかれないよう、上手にやってちょうだいね」


「御意」


 オールはすっと消えた。


 マダム・フルールは、次にくしょん! とくしゃみした。


「お呼びでこざいますか? マダム・フルール」


 今度は火の精霊・フュメが現れた。


「用事がないときに、私があなたを呼んだことがあって?」


「いいえ、風呂の準備やら、足ツボマッサージやら、温感パックやら……」


「あなたはフレイやカエンに気づかれないよう、アガタ・ブラウンを探ってちょうだい」


「ラジャ」


 フュメも消えた。


 マダム・フルールは、どすん! と椅子から飛び降りると、大きなため息をついた。


「お呼びでございますか? マダム・フルール」


「用事がないときに、私があなたたちを呼んだことがあって?」


 次に現れたのは、風の精霊・エアリアと土の精霊テラである。


「いいえ、どろんこパックやら、植木の植え替えやら、部屋の掃除やら……」


「冷房調整やら、カラオケやら、お菓子調達やら……」


「お黙り! 私は頭が痛いのだから」


 珍しいマダムの怒鳴り声に、精霊たちは顔を見合った。


「ご免なさいね。女は時にナーヴァスになるものなのよ。特に、秘密がばれそうになると……」


 その言葉に、精霊たちは悲鳴を上げて、お互い抱き合ってしまった。


「もしかしたら、私の旗の下を掘り起こして、封印の結晶を奪おうとする者がいるかもしれない。あなたたち、こっそり見張っていてくれないかしら?」


「当然!」


 精霊のエアリアとテラも消えた。



 独りになると、マダム・フルールは再び椅子に座り、物思いに耽った。


「無理よ……ファビアン。だって、私、精霊を閉じ込める方法なんて、もう忘れちゃったのよ。もうろくしてきたからね」


 それに、結晶を使えたのだって偶然なのだ。たまたまやってみたらできちゃったってヤツだ。

 マダム・フルールは、若かりし頃の自分を思い浮かべていた。

 今から思っても、ずいぶんと恐いバクチを打ったものである。

 若者は、いつの時代でも無謀なもの。


「それなりの美貌と才能を備えていたから、傲慢極まりなかったのよね。若気のいたり、いたり……」


 ――ソーサリエの世界の崩壊か?

 ――無の力を手に入れるか? 


「ばれたら、怒られる……じゃすまないものね」


 火水の精霊にかかわること。下手したら、再びソーサリエの世界を崩壊させることになりかねない。

 こうなると、アガサにがんばってもらうしかないのだが。


「それも無理よね?」


 ……となると、不正を働く?

 アガサが魔法を唱えると同時に、こっそり火をつけちゃえばいい。

 でも。


「それも困るのよね。あの子を置いておくのは火水並みに危険だし……」


 アガサ自身が爆弾のような存在である。学校の多くの生徒・教師たちを危険にさらすのは、学長として避けるべきことである。

 マダム・フルールは頭を抱えた。


「ううう、どうしましょ? どうしましょ? どうしましょ?」


 しばらく悩んだ後。


「あ、そうだ! そうしましょ!」


 マダムはにっこり微笑むと、引き出しを開けた。そして、読みかけの本を取り出した。


「嫌な事は、忘れるのが一番」


 そう言うと、マダムは老眼鏡をかけて、何事もなかったように再び読書に没頭し始めた。

 根本的な解決を見ないまま、物事は進んで行くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る