ファビアンの陰謀・2


 部屋に帰ると、いきなりイミコに泣きつかれた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私のせいなんです!」


 そう。今日の練習の失敗は、イミコのせいである。


「はい、イミコのせいです。開けてはいけないパンドラの箱を開け、この世に悪という悪をばらまき……」


「カエン! テメー! 誰が悪なんだよ! 誰が!」


 フレイが怒鳴る中、カエンは取り澄まし、イミコは泣き続けた。

 このままだと、次に起こるのは……。

 イミコが「私、死ぬ!」とか言い出して、窓辺に向かって走ることである。

 仕方がないので、アガサは思い切りイミコを抱きしめ、大声で言う。


「イミコ! それを聞いてホッとしちゃった! だって、ということは、イミコが蓋を開けなければ成功していたってことでしょう? 希望が見えてきたわ」


 そう。パンドラの箱には、希望も残されていた。


「常に希望はある」


 ジャン‐ルイが微笑むと、イミコの涙も止まった。

 だが、マダム・フルールの許可した仮入学期間は、徐々に終わりに近づいていた。




 水のソーサリエの寮は、火のそれとは違う。

 水のソーサリエの特徴というのか孤独を楽しむ者が多いため、個室が多いのだが部屋は狭い。

 ファビアンの部屋も独り部屋であり、狭かった。

 彼は、部屋に戻ってくると机に向かった。何をする……というわけでもなく、ぼっと考え事をしていた。考え事が趣味のような少年である。だが、その手は机の上にあったフォトフレームを引き寄せていた。

 真っ赤な髪をした二人とプラチナブロンドの一人。ファビアンとジャン‐ルイ。そして、ベッドの中にいる少女。


「アガサってアガタとはかなり性格が違うみたいですね。意外ですね」


 ファビアンの精霊レインが、もぞもぞとブロンドから顔を出す。


「レイン。話しかけないでくれないか。考え事をしているんだから」


 ファビアンの声に、レインは肩をすくめて再び髪の中に潜り込んだ。

 しばらくそのまま時間が過ぎた。



 ファビアンのブローニュ家とジャン‐ルイのヴァンセンヌ家は、家族ぐるみのつきあいがある。これは、ソーサリエの伝説以来続く長い交流であり、火と水にあって珍しいことでもあった。

 ファビアンも物心ついた時からヴァンセンヌ家に遊びに行った。ジャン‐ルイとは腐れ縁なのだ。


 そして……。

 妹のアガタとは……。 


 突然、ファビアンは立ち上がり、着替え始めた。

 一番白いシャツを出し、ピカピカに磨いた靴を履く。髪の毛を梳かしたので、ブラシに押されてレインが床に落ちた。


「ファ、ファビアン。どこへ行くの?」


 専属の精霊でありながら、レインにさえもファビアンの考えは読めない事があった。


「マダム・フルールのところへ」


 ファビアンはソーサリエのマントを羽織った。青い裏地が翻る。いきなり部屋を出て行ってしまった。

 レインはあわててファビアンを追って、ぎりぎりのところで追いついた。


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