ファビアンの陰謀

ファビアンの陰謀・1


 ファビアンが去った後、元気なのはイシャムだけだった。

 空飛ぶ絨毯の上で耳障りな鼻歌を歌っている。

 そのせいなのか、ファビアンに去られたせいなのか、今回も失敗に終わったせいなのかわからないが、ジャン‐ルイはずっとおとなしかった。

 失敗だけでもガッカリ、ファビアンに去られてガックリ、その上、ジャン‐ルイにまで無言になられると、さすがのアガサもショックを隠せない。


「アイツの助けを借りるくらいなら、死んだほうがマシだぜ!」


 などと、フレイまでやけくそなことを言っているから、ますます落ち込む。


「何を言っているのよ! 死ぬだけじゃないんでしょ? 一万年も復帰できなくなるんだよ!」


「ねーさん、千年だ」


「似たようなものでしょ!」


 千年と万年では、十倍も違う……ということを、誰も突っ込まなかった。

 だたし、今までずっと考え事をしていたジャン‐ルイだけが、ぼそっと呟いた。


「……やっぱり、何かが違う」


 鼻歌を歌っていたイシャムが、節を付けてそれに答えた。


「いいの、いいの、違っていても。我が輩、わかったもんね。ちょん切ってちょん切ってバラバラにすれば、どうにかなるってことがね」


 確かにイシャムの言う通り、ファビアンはヒントをくれたかも知れない。だが、バラバラにしたフレイをテストが終わるまでの間、合体させない方法はあるだろうか?


 ――君には無理。ソーサリエじゃないから。


 アガサの耳に、ファビアンの声が蘇ってくる。

 彼は、見事なまでにアガサの希望を打ち砕いてくれる。

 だが、同時にこうも言っていた。


 ――出来ないことで、落ち込んだりしないで……。


 ファビアンは、はじめからアガサには無理だと確信している。

 でも、それはアガサのせいじゃない……とも言っているように聞こえないだろうか?


「確かに私のせいじゃなく、フレイの間違いのせいよね。だとしたら……フレイが覚悟を決めたなら、私、これ以上がんばって出来なくて、落ち込む必要なんてないじゃない?」


 ふっとため息とともに、独り言が出た。

 慌てたのはフレイのほうだ。


「ねーさん、おいら、間違ってないって! おいら、完璧な精霊だぜ!」


 ……どこが? と言いたい。


「やっぱり、違う」


 ぶつぶつとジャン‐ルイが繰り返した。


「違わないやい! おいら、完璧な精霊だっちゅーの!」


 フレイが真っ赤になり、火を吹きながら力説した。

 バーンが慌ててバリアーの魔法を使わなければ、ジャン‐ルイはやけどしていたかも知れない。


「ごめんよ、フレイ。違うっていうのは、そうじゃなく……。ファビアンのことだよ」


「あのいけ好かない冷血漢の鉄仮面のかわいくない気障きざな野郎の、どこが違うっていうんだよ、むがっ!」


 とたんにアガサの手がフレイを握りしめた。


「それって……どういう事?」


「つまり……ファビアンは、もともとアガタがソーサリエの能力ゼロだって決めつけている。ってことは、練習なんて意味がないことだと思っているはず」


 イシャムが、ほほーんとヒゲを撫で付けた。


「無駄って知っていて、手を貸しますかな? あの坊ちゃんが」


「他に目的があるんだよ。たとえば……フレイの力のほどを確認したかった、とか」


 イシャムが大げさに手を叩いた。


「そーよ、そーよ。ファビアンは、火の魔法を習得したがっていたけれど、苦労しているのよ。フレイほどの完璧で力があってイカす精霊を研究することって、とても彼のためになるのよ!」


 アガサの握力が緩んだところで、フレイが元気よく飛び出した。


「えへん! おいらもそれは認めるぜ!」


「そ……そうなの……かな? 私にはそうは思えないけれど」


 ファビアンが手伝ってくれたのは、フレイゆえだった――なんて、アガサは思いたくない。

 その気持ちを察したわけではないだろうが、ジャン‐ルイはさらに続けた。


「それに、彼には何か秘密がある。それを僕に知られたくないから、協力することにした」


「秘密?」


 全員の声が揃った。


「だって、アガタには不思議がいっぱいだ。もしも本当にアガタがソーサリエでないとしたら……」


「おいらのせいじゃないぜ!」

「としたら……誰のせいだよ」


 ――誰のせい?


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