夢の超特訓・4
急にすくっとファビアンが立ち上がった。
「さて、のんびりはしていられないよ」
「なんだ、テメー! 散々おいらを見せ物にしておいて、のんびりとは、ぎゃーぎゃーぎゃー!」
耳元で飛び回り、怒鳴りまくるフレイを無視して、ファビアンは続けた。
「指一本は、かすかな力しかない。途中で火が消えるように果ててしまうかも知れない。早く練習して元に戻さないと、フレイの力を一部を還元してしまうことになる」
「つまり、フレイの指一本は死んでしまうってこと?」
アガサの質問に、ファビアンはうなずいた。
「焚き火から燃えさしをひとつ取り出したようなものだよ。もっと大きく切れれば、ふたつとも燃え盛るだろうけれどね」
大変である。
透き通っている! などと言って、遊んでいる場合ではないのである。
「すぐに出かけたほうがいいな」
ジャン‐ルイも立ち上がった。
「我が輩の絨毯もパワーアップしましたぞよ」
イシャムが誇らしげにヒゲを撫でた。
「私とイミコは居残り組です」
カエンがつつしまやかに頭を下げた。
そのイミコは、気絶したままベッドの中である。
「我が主は、少し鍛える必要があります。今後しばらくは、スプラッターとオカルトとホラーな映画を見せて、免疫をつけさせましょう」
思わずアガサは苦笑した。
カエンの微笑みに、とてもサディステックな色を見たからだ。
イミコは、たとえ恐い映画を百本見たとしても、やはりスプラッターには弱いに違いない。
「行きましょう! 準備は万端よ!」
アガサは胸を張った。
「その前に、これをどこかにしまいたい」
ファビアンは、フレイの入った容器を取り上げると、軽く振ってみせた。
「ぎゃー! 振るなよ、この冷酷人間!」
怒鳴ったのは、透明フレイである。
その声も全く無視をして、ファビアンは戸棚の中に容器をしまい込んだ。
「万が一、アガサが呪文を唱えた時に呼び合ってしまう可能性もあるから、できるだけ離していたほうがいい」
そう言って、ファビアンは戸棚に鍵を掛けた。
こうして完全に準備は整った。
アガサ、ファビアン、ジャン‐ルイ、イシャムとそれぞれの精霊は、ハグレ地まで飛び立ったのである。
はたして……。
これでアガサは火をつけられるのか?
落とし穴はないのか?
「ないよ」
絨毯の上でブロンドをなびかせながら、ファビアンが自信たっぷりに言った。
イミコはベッドにぐったり寝込んでいた。
彼女は、人を半分に切ったら血が出る、肉が出る、死ぬ……という常識からはなれられない。
精霊が人間でないと知っていてもダメなのだ。切っても再生するとか、くっつくとか、そんな説明では頭の深層が理解できていない。
必死にナメクジやらアメーバーやらプラナリアやらを思い出した。精霊は、人間ではなく単細胞動物なのだ、と必死に言い聞かせた。
理科の時間にプチプチ切って、ほら大丈夫、切った分だけ頭が再生…;という説明を思い出したりもした。
だが、努力のかいもなく、想像の中でフレイの頭が5個できたとたん、気を失ってしまったのだ。
カエンが顔の近くで飛び回って風を送ってくれている。
気持ちがいい……といいたいのだが、具合が悪いイミコにとっては羽音がうるさすぎる。顔をしかめながら、起き上がるしかなかった。
「みなさんは行ってしまいましたよ。我々は、つまり、役立たずってことです」
カエンがつらっとしている。イミコは当然がっかりした。
「わ、私……。アガタの役に立てないの?」
「そうです」
カエンは容赦なく言った。
イミコはどっと泣き出した。
「ひ、ひどいわ! わ、私って役立たずなの?」
「役立たずではなく、お邪魔虫です」
ますますイミコの泣き声が大きくなるが……これは、いつものことである。
「てめーら! 何茶番してるんだよ! つまんねーぞ!」
この横ちゃちゃもいつものことである。が、今回は姿が見えない。
イミコとカエンは、回りをきょろきょろ見渡した。
が、いつもの部屋と変わらないし、アガサもフレイもいない。
「そら耳だったのかも?」
「そのようですね」
いつものワンパターンを続けていたら、つい条件反射的にフレイの声が聞こえたとしてもおかしくないだろう。二人は納得した。
ところが……。
ガタガタガタ……。
ガタガタガタ……。
まるで幽霊が出てくる前のラップ音。
突然、何かが揺れる音がした。
「ね、ねえ……。カエン。今、何か音がしたけれど……ここって、私とあなただけよね?」
「あと、いる可能性があるとしたら、幽霊です」
「きゃーーーー!」
叫び声とともに、イミコは再びベッドに中に飛び込んだ。
どんなに臆病者でも、恐いもの見たさというものはある。しばらく毛布を被っていたイミコだったが、こそっと部屋の中を毛布の中から観察した。
すると突然ニョキ!
「きゃーーーー!」
「そんなに声をあげたら隠れていても無駄だと思います」
顔を出したのはカエンだった。
「だだだだだ……っだって!」
「だいたいまだ朝なんですけれど。幽霊には早すぎますよ」
「カエンは冷静過ぎよ!」
と言いつつ、イミコは起き上がった。
確かに日が昇ったばかり。幽霊を怖がる時間ではない。
しかし、音はまだ続く。
コト。
コトコトコト。
イミコは思いきって音のほうへと歩き出した。
「トントントン……。何の音? 風の音。ああよかった……」
「やめてよ、カエン!」
人間、恐怖に駆られると意外と火事場の馬鹿力である。
耳元で邪魔するカエンをひっぱたいてたたき落とし、イミコは抜き足差し足で歩いた。
居間のほうを覗いても何も異常がない。いつものように……いや、今日はいい天気で、太陽がさんさんと差し込んでいる。
これじゃあたとえ幽霊だとしても、日光浴で死んでしまいそうだ。命があれば。
それでもイミコは歯をガチガチさせながら、ゆっくり部屋の中を歩き回った。
ガタガタ揺れているのは戸棚だった。
「ああ、そういえばそこにファビアンが何か入れていたけれど……」
床に落ちたまま、カエンが言った。
ファビアンという一言で、イミコはほっとした。
彼が入れたもののせいで音を立てているとしたら安全だ。と、思ってしまった。
ここが、自分以外の人がやる事なら完璧……と、思い込んでしまうイミコの欠点である。
彼女は戸棚に近づくと、そっと引き出しを開けてみた。
すると……。
透明な容器があり、中でフレイが暴れている。
「ああ驚いた。フレイが騒いでいただけなのね」
イミコはほっとして胸をなで下ろした。
フレイは必死に何か叫んでいるようだけれど、聞こえない。
カエンがひらひら飛んできて、容器越しにノックした。フレイはますます暴れている。
「この容器は密封されているから、開けないと音が漏れないんですよ」
楽しそうにカエンが言った。
逆にフレイは悔しそうである。
「カエン、そんなことしたら、フレイがかわいそうじゃない!」
安心したせいか、イミコが今度はカエンに説教した。
「でも、出してやるのはどうかと思います」
カエンが胸を張って言った。
イミコは意地悪な精霊に辟易して、言葉を無視して蓋を回した。
そのとたん!
目の前が真っ白。
気がつくと、イミコはしりもちを付いていた。
床には粉々になった容器が散らばっている。
「……フレイは、ファビアンが封印して行ったのですから」
「……遅かった……みたい」
フレイの姿は、当然ながらどこにもない。
当然ながら、とてもまずいことになったのかも知れない。
だが、イミコにはまだその実感がなかった。なので、窓から飛び降りる事態にもならなかった。
とりあえず、自分がやらかしたことを深く考える前にお茶を飲む事にした。
だが、カエンは事態を把握しているようである。
「さすが、お邪魔虫です」
と、一言。にやりと笑った。
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