夢の超特訓・2



 待ちに待った水曜日がきた。

 アガサとイミコに部屋に集まったのは、前回と同じ人数。ただし、アリが抜けていた。

 まだ体調が悪いからだが、もしも強力ライバル登場と知ったならば、その場で憤死していたかも知れない。アリのためにはよかった。

 本当に来るだろうか? と思っていた水のソーサリエ・ファビアンは、堂々とマントの青い裏地を翻しながら、ドアから入ってきた。

 パスを持っているとはいえ、水のソーサリエが火のソーサリエの寮を訪ねてくることは滅多にない。

 赤毛の多い火のソーサリエたちの中、彼の色の抜けた美しいブロンドは妙に目立った。

 途中、女性の黄色い声が響いたが、それは一瞬だった。水色の瞳の一瞥は、この声を許さなかった。

 さらに、彼の姿がアガサたちの部屋の中に吸い込まれたとたん、今度はがっかりという低いため息が響いた。

 そのため息と合わせたわけではないが、ファビアンの姿を見て、アガサもついため息を漏らしてしまった。



「そ、粗茶でございます」


 イミコが震える手で、お茶を差し出した。


「ありがとう」


 柔らかな微笑みでファビアンは答えた。

 イミコの心はジャン‐ルイのものだったけれど、それでもファビアンという少年は、どこか女性をどきどきさせるような、不思議な魅力があった。

 それは、緊張ともいう。イミコはカチンカチンになって、右手と左足を同時に出しながら、奥へひっこんでしまった。

 アガサはもっとカキンコキンになって、ファビアンの真向かいに座っていた。フレイが叩いたら、本当に「キーン」という音が響いたくらいだ。

 ファビアンのほうは、ここが初めてとは思えないくつろいだ様子で緑茶を飲んでいた。

 初めて緑茶を飲んだ時のジャン‐ルイのように吹き出す事もなく、優雅な手つきで茶碗を置いた。



「さて、本題だけど……」


 いきなり、ファビアンは言い出した。


「今までの練習では、とても一ヶ月で火をつけられるようになるとは思えない。諦めるか……切るしかない」


「はあ?」


 意味が分からず、みんなの声が揃った。


 諦めるか、切るか?

 どちらも同じような気がするけれど……。


 アガサは恐る恐る聞いた。


「それって……私じゃダメってこと?」


「アガサは、ソーサリエじゃない。その能力はほとんどない」


「がーん!」


 あまりにもずばりと言われて、つい、アガサの口から鐘のような音が飛び出した。

 しかし、ファビアンは気にせずに話を続けた。


「まだ分析が済んでいないから、正確な数字はわからないけれど、おそらくアガサが火をつけられるとしたら、フレイの力を指一本くらいで留めなくてはいけない」


 イシャムが、空飛ぶ絨毯の上であぐらをかき、腕を組みながら、ふむふむとうなずいた。


「それは、我が輩の計算以上に正確な見積もりと見ましたぞ」


 やっと生えたヒゲを、イシャムは撫で付けた。


「ファビアン。それでどうやってフレイの力を抑えるつもりだ?」


 ジャン‐ルイが真剣に聞いた。

 ファビアンは、空手のようにスカッと掌を振り下ろした。


「だから……。切るのさ」


 切る?

 斬る?

 伐る?


 アガサは、一気に緊張状態からほどけた。


「ま、まさか! フレイを切る……って事じゃないわよね?」


「そのつもりだけど?」


 ファビアンは、白金の髪を耳に掛けながら正面のアガサを見つめた。

 一瞬、ふにゃふにゃ……と崩れそうになったアガサだが、ここはフレイのためにも踏ん張らなければならない。


「そ、そんな! フレイを切るなんて!」


 アガサとジャン‐ルイの声が揃った。

 が、微妙に内容が違った。


「無理だ! 切ったところで意味はない!」


 へ? 


 アガサは驚いてジャン‐ルイの顔を見た。

 彼は、いたって真面目だった。


「フレイを切り落としても、すぐに呼び合って復元されてしまう! 力をそぎ落としたままにはならないよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私のフレイを切らせないわよ!」


 アガサは叫んだ。

 が、同時にフレイも文句を言っていた。


「おいら、水の精霊に切られるのは嫌だからな! たとえ、一瞬でもあんな気持ち悪いのは嫌だ!」


 へ?


 何だか自分一人だけ、話が違っているような気がして、アガサはきょとんとした。

 それに気がついたのか、ファビアンが説明した。


「精霊は、人の形をしているけれど、人ではない。だから、切ったり貼ったり伸ばしたりできる」


 切ったり、貼ったり、伸ばしたり?

 それって、まるでゴム人間みたいではないか?


 ――そういえば。

 この学校に来る時、フレイは人間大になっていた。

 それは、引き延ばされていた……ってこと?


 それに、アガサは今の説明をどこかで聞いていた。

 そう、カエンが頭に刃物をぶつけてしまって、突き刺さってしまった時だ。


「つまり、精霊って、半分にしたりできるってこと?」


「もちろんさ、ねーさん」


 偉そうにフレイが咳払いした。


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