アガサ強化プロジェクト・3
昨日まで自分をはさんでぎこちない空気が蔓延していた二人――特にジャン‐ルイがニコニコしながらアリと握手している姿は、アガサをますます呆然とさせた。
アガサの精霊・フレイは机の上でバーンに介抱されて仲良くやっているし、イミコはカエンと食事の支度をしている。
何だか自分だけ一人ぽっちで、しかも何かをやらかすとみんなを危険にさらすかも知れない凶暴な女だと思うと、さすがのアガサも落ち込んでしまう。
学校なんか退学になったほうが良かったのかも知れない。
フレイだって、こんな女の振り回されるくらいなら、一度火に戻って千年後にやり直した方が、ずっと楽かも知れない。
そんな気分になっている時に、ジャン‐ルイがポンとアガサの肩を叩いた。
「アリのこと、許してやってくれないかな? それに、君だってまだ結婚を決めていたわけじゃないんだよね?」
そうなのだ。でも、やはり女の子としては許せない。
「爆発するくらい怒るつもりはなかったんだけど、あまりにも馬鹿にした態度が許せなかったのよ」
「ば、馬鹿になど、していな……!」
慌てるアリを手で制して、ジャン‐ルイは言葉を続けた。
「確かに僕たちの感覚ではね。でも、わかってあげてほしい。バルバルって国は歴史は古いけれど、独立国家となったのは、そう昔ではない。王の元に権力を集中させるのには、大変な苦労があったんだ」
「それと、三人も奥さんをもつ事と、どういう意味があるのよ?」
「つまり……政策結婚」
「はぁ?」
アガサは目をまんまるにして、アリの顔を見た。
アリは照れくさそうに、鼻を押えた。見つめられて舞い上がり、一度は止まりかけた鼻血が再び吹き出したのだ。
「バルバルの有力者と婚姻し、国内をまとめる……だろ?」
アリが恥ずかしそうに小声で言った。
「実は……いまだに妻の顔と名前が一致しなくて」
アガサは開いた口が塞がらなかった。
その結婚に納得できたわけではない。だが、アリには同情さえ感じる。
それに、プレイ・ボーイというのも、大いなる誤解らしい。
事情もよく聞かないうちに、アガサは短気すぎたようだ。
「ご、ごめんね。痛かった?」
「大丈夫です」
無理して笑うアリに、本当に申し訳ないと思う。
と同時に……こんなことでいちいち爆発している自分って……と、ますます落ち込むアガサであった。
「朝食にしましょう」
イミコの声。
今日はきっと、イミコのほうがよっぽど明るい女の子だろう。
アリの鼻血もどうにか止まり、小さなテーブルで簡単な朝食をとる。
元々が二人用なので、かなりキチキチである。が、明らかにテーブルの一角だけが暗かった。
そう、アガサの一帯だけが暗いのである。
だが、テーブルに山済みされたマカロンの山は、明らかにアガサの面だけ勢いよく減っていた。
それを見て、ジャン‐ルイは微笑んだ。
「調教していない猛獣は調教すればいい。ニトログリセリンはダイナマイトにして原子炉は改修、原子爆弾は使わせない」
「え? それは何のたとえですの?」
ジャン‐ルイの言葉にうっとりしながらイミコが聞いた。どうやら、彼女は自分の発言を覚えていないらしい。
ジャン‐ルイのかわりにアリが答えた。
「つまり、アガタ姫を教育・改造・指導して、力を抑止できるようにするってことですね? でも、それは可能でしょうか?」
なんせ、アリはイシャムのヒゲを焼き払ったフレイの力を知っている。アガサにイシャム以上の力があるとは思えない。
「ここはどこだと思う? 学校だよ。学校というのは、学びの場だ」
ジャン‐ルイは、妙に自信ありげだった。
「でも……。私。受けられる授業は体育くらいなんだけれど……」
どんより暗いアガサの声。
しかし、声が籠っているのは、口の中のマカロンのせいでもあった。
「だから、個人授業だよ。アリの絨毯を見ていい事を思いついた」
火をつける訓練。
アガサの場合、念じれば火がおきることはわかった。
問題は、その火力である。調整が利かず、とても危険である。
しかも、今回のように、何かのきっかけで念じるのと同じような効果が発動し、アガサの意思とは関係無しに爆発が起きてしまう場合もある。
「ようは、アガサの力が爆発したときに被害を被らない場所と、その力をセーブできる人がいれば、火をつける訓練ができる」
「でも……あの。訓練ができる場所なんてあるのかしら?」
悲観的なイミコの意見。だが、ジャン‐ルイは微笑んだ。
「たくさんあるさ。行けさえすればね」
「でも……私。ホール・パスを持っていない」
パスを持っていない一年生は、学校での行動範囲が限られてしまう。
うっかり他の属性のソーサリエと精霊に会い、爆発してしまう危険性があるので許可されていないのだ。
「アリの絨毯がある」
そうだった。
アガサは、アリの絨毯のおかげで学校上空を飛び回ったのだ。
パスがなくても、とりあえずどこにでも行ける。できるだけ人が行かないような場所に行って、そこで訓練をすればいいのだ。
アガサの回りの暗い空気は、一気に明るい空気と入れ替わった。
「そしてジャンジャンが、手伝ってくれるのね?」
まるでストロベリー味のマカロンをほっぺたに付けたような顔をして、アガサは歓喜の声を上げた。
だが。
「僕はダメ。自信がない」
がーん。
「え? でも? さっきは……」
「さっきは、本当に奇跡的だよ。きっと生死がかかっていたからできたんだと思う。今まで一度も成功したことがなかったもの」
ジャン‐ルイができないのならば、アリもできない。当然、アガサと同じ一年生のイミコもできない。イシャムも失敗している。
「じゃあ、私。訓練のたびに焼け死ぬの?」
それともどこからか消防士の服でも盗んでくるか? としか、アガサの頭は考えつかなかった。
だが、ジャン‐ルイにはいい人材が思い浮かんでいたのである。
「あいつに頼んでみる。ファビアン・ド・ブローニュ」
えええええええーーーーー!
と、アガサは心の中で叫んでいた。
でも、実際には声にならなかった。
「ファビならば、巻き戻し魔法も使えるし、水と火でも抑える力がある。それに、水だから当然火を消せる。頼んでみないとわからないけれど、彼も火の魔法には苦労していて学びたがっていたから……きっと断らないと思う」
なんと! 王子様と個人授業ですか!
手取り足取りご指導ですか!
王子様とお姫様は、噴水のある薔薇の庭のテーブルで、小さなろうそくに火をつけたり、消したり、つけたり、けしたり……あら、いやだ。
ウエイターがあきれた顔をして見ている。
「ワインはお決まりですか?」
「それよりも食べるものは何がいいのかしら?」
――いや、ディナーじゃなくて訓練よ。訓練。
だが、どうしてもアガサの想像は、火のつけ方ではなく、デートになってしまうのだ。
――落ち込んだ分舞い上がったような、すごい気分の温度差。
フレイがぐったりとローソク風呂で休んでいなければ、また爆発したかも知れない。
ふと、アガサの手にイミコの手が触れた。
「アガサ、よかったわね」
「え? あ? う? い?」
声にならないアガサの様子を見て、アリが食事の手を止めた。
「私には、なぜか恋敵が現れるような、とても嫌な予感がします。でも、これが唯一アガタ姫を助ける方法であれば……耐え忍ぶしかありません」
「そうと決まったら、今日にでもファビに話してみるよ」
ジャン‐ルイも、まるで時間がもったいないとでもいうように立ち上がった。
まずアリが窓から、その後、ジャン‐ルイはドアから出て行った。
その時、思い出したように彼はアガサに囁いた。
「元気になってほっとしたよ。マカロンは無駄にならなかったね」
アガサは真っ赤になってしまった。
落ち込んでいた勢いでやけ食いしたことに気がついたのである。
ちなみに、十個あったマカロンのうち、一個はイミコが食べた。だが、ジャン‐ルイとアリには残っていなかった。
「ご、ごめんね。私、甘いものに目がなくて」
「いや、それでこそアガタだよ。また、マカロンを買ってくるね」
「いや、その、えーと」
アガサはもじもじと指をいじった。
「何も遠慮することないよ」
「……モンブラン」
一瞬、ジャン‐ルイの目が点になった。
だが、すぐにくすくす笑いながら、アガサに背を向けた。
「わかった。次回はモンブラン」
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