バルバルの人々・4


 アリの絨毯に乗って、風のソーサリエの寮にある中庭に降り立つ。

 風に揺れる花々の他に、誰が立てたのかわからない色とりどりの風車が回っていた。

 とてもきれいだったが、ここまで響いてくるイシャムの悲しい泣き声に、それを愛でる気持ちにはなれない。


「おいら、できるだけ加減していたつもりだけど……やっぱ、無理かな?」


 フレイが申し訳無さそうに言う。

 そのフレイの回りを風の精霊フーリがくるくると回り、やがてアリの耳元まで飛んでゆき、何かを囁いた。


「フーリが言うには、フレイは非常に力の強い精霊なので、イシャムには抑えきれなかったのではないかと」


 その言葉は、アガサにはとても意外だった。


「え? フレイってそんなにすごい精霊なの?」


 突然、フレイが怒って抗議した。


「ねーさん、おいら、何度も言っただろ? おいらはとても偉いソーサリエに何度も付いていた、すんごーく偉大な精霊なの! なんで、おいらの言葉を全然信じないんだよー!」


「だ、だって……」


 確かにフレイは、ことあるごとに、頭がいいとか、優秀だとか、すごいとか、自分のことを褒めたたえていた。

 だが、アガサは本気にしてこなかった。こんな言葉の悪い精霊が、そんな偉大な精霊だなんて信じられるはずがない。

 ましてや、付く人を間違っちゃうようなおっちょこちょいだし……。


 いや、もしかして。


 フレイはとても丁寧な言葉を話しているのだけれども、マダム・フルールの翻訳により、とんでもない言葉使いになっているだけかも知れない。


「だいたい、おいら、とても礼儀正しいし、紳士だし、頭もいーの! それがなんで、アガタなんかに間違って付いたかは、ホーンと不思議だぜ!」


 ――やはりそれはないか……。


 アガサは試しに両手で耳を塞いでみた。


『私はとても礼儀正しい紳士ですし、賢くもあります。その私めがなぜ、アガサ様に誤って付いてしまったのかは、非常に不思議なところでございますが……』


 フレイの口の動きに合わせて、脳内吹き替えしてみたが、しっくりこない。紳士というよりは漁師か魚屋の親父みたいだ。イキと威勢はメチャクチャよいのだが。

 フレイはくるりと回転しながら飛び上がると、アガサの手の上にとまり、耳たぶを引っ張って怒鳴った。


「おーい! 聞いているのかよ! この、マシュマロ坊主!」


「な、なんですってぇ! 言ったわね! 火の玉団子!」


 最近太り気味のアガサにとって、マシュマロ坊主は侮辱だった。しかも、耳がクギンギン痛い。

 ぎゃーぎゃー怒鳴るフレイを見ていると、だんだん腹立たしくなってきた。


「どうせ、私なんかに付いて困っているんでしょ! フレイなんて、私のこと、迷惑に思っていたんだ!」


「なんで、そこでイミコ化するんだよ! だいたい、いじけるのはかわいい女の子がするといいけれど、アガタのようなのがすると、気持ちわりーだけじゃん!」


「わ、わ、私だって、いじけてかわいい女の子よ!」


 アガサは髪を逆立てて怒った。

 が。

 大げんかになりそうなところ、間に入ったのはアリである。


「アガサ姫は、いつでもかわいく美しいかたですよ」


 思わず、アガサもフレイもどっと疲れて戦意がそがれてしまった。

 やはり、アリという美少年、間違いなく美的感覚がずれている。 


 喧嘩の仲裁が上手くいって、アリはゆっくりと話し始めた。


「イシャムはあれでも素晴しい力を持ったソーサリエなのです。いかに違う属性とはいえ、まったく抑えきれなかったというのは信じられません」


 風の精霊フーリが、こくこくうなずきながら、アリの回りを飛んでいた。


「私が見ていたところ、最初、イシャム様は確かにフレイの力を制御していたと思います。でも、アガタ姫が声を上げたとたん、力は暴走しました」


「え! じゃあ、私が原因?」


「おそらく……」


 がーん。

 大ショックである。


「アガタ姫の期待が一種の呪文として伝わって、フレイの力が解放されたのです。イシャムが抑えきれないほどに」


 ということは……イシャムのヒゲを焼いてしまったのは、フレイのせいではなくアガサのせいなのだ。


 そういえば。


 思い返せば、アガサは学校の先生のヒゲを焼いちゃったり、ぼや騒ぎを起こしたり、とんでもない失敗を繰り返してきたのだ。

 そして、変わり者とか、変人とかいわれてきた。

 もっとも、そのせいで、アガサは鍛えられて、ちょっとやそっとじゃ負けない根性を身につけたのだけど。


「わ、私、どうしたらいいの?」


 この調子では、とても火などつけられるようになるわけがない。

 心を殺し、何も願わないようにしないと、みんなに迷惑をかけまくってしまうことにもなりかねない。


 アリは何も言わず、庭に咲いているデイジーの花を一輪摘んだ。そして、そっと香りをかぐ仕草をした。


「その花、香りないぜ」


 というフレイの言葉を、アリは無視して、アガサに歩み寄った。

 風に花がそよぎ、風車がカラカラと音を立てて回っている。この中庭には、今やアガサとアリしかいない。

 そう、少なくてもアリはそう思っている。


「アガタ姫、あなたはソーサリエの道をあきらめるべきです。あなたが制御するには、フレイはあまりに力が強すぎる」


「ぎゃー、勝手なことをいわんでくれよ、にーさん!」


 アリは再びフレイを無視して、アガサの髪に白い花を差した。


「まるですべてが間違っているように思えましたが、これは運命です。私とあなたの出会いのために、まるでバルバル絨毯の柄のように複雑に織り込まれた運命……」


「へ?」


 アガサは思わず奇妙な声をあげてしまったが、アリのほうは二の線一直線であった。


「あなたが普通の人であれば、私とここで出会うはずがなかった、それがこうして出会う運命だったのですから、これはバッラーの神の思し召しに違いないのです」


「やめてくれよ、おいらの過ちは運命だったってぇ? 冗談はよせー!」


 三度無視されるフレイであった。

 アリはその場にひざまずくと、アガサの手を取り、手のひらに口づけした。そして漆黒の目を潤ませながら言った。


「美しい人よ、私はバッラーの神の導くがまま、あなたに求婚いたします。どうぞ、私がこの学校を卒業するまでお待ちください。必ずや、迎えに参ります」


「はあーーー???」


 アガサ・ブラウン、12歳。

 あまりに早いプロポーズであった。

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